伝言ゲーム〜氷帝篇。
「おい!樺地!!」
跡部の声が響く。
しかし、まだ日の高い初夏の放課後、いつもの返事は聞こえてこない。
「樺地!」
「二年生は球技会の練習で、遅れるって言ってたの、跡部だろ?自分の伝達したコトくらい、ちゃんと覚えとけ。」
宍戸につれなく突っ込まれ、跡部は鼻白んだが、それも一瞬のことで。
関わらないのが得策、とばかりに、宍戸はラケットを担いでコートの方へと歩み去る。
練習開始間際の、氷帝テニス部のコートで。
木立の向こうに、鳩がくるくると鳴いている。
宍戸と入れ替わるように通りがかった忍足が、声を掛けた。
「跡部、監督に呼んではったぞ。」
「ああ。分かってる。……そうだ、忍足。樺地に伝言しておけ。」
跡部は いつも通りの、人にモノを頼む態度とは到底思えない口調で、伝言を依頼した。
「あ?何?」
忍足も慣れたモノで、全く気にする様子もなく、受けて立つ。
「あのな、樺地にな。あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞと伝えとけ。」
「はぁ?何やて?」
聞き返す間のあればこそ。
跡部は、言うことだけ言うと、さっさと監督の下へ行ってしまった。
鳩はまだ、舌足らずに鳴き続けている。
氷帝テニス部の中では忍足は比較的常識人の部類にはいるが。
それでも、跡部と普通に会話できるあたり、特別な感覚の持ち主でもある。
彼はこんなに意味の分からない伝言を、大人しい樺地にそのまま伝えるのは気が引けた。
ので。
他の人に押しつけてしまえ、と。
画期的なコトを閃いたのであった。
忍足はさっそく、ターゲットを発見し。
「ふぁ……眠ぃ……。」
ラケットを抱くようにふらふらと歩いているジローを捕獲する。
「おい、ジロー!跡部からの伝言や!あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞって、樺地に伝えておいてな!」
「……ん。……分かったぁ……。」
ジローは、ぽ〜〜〜とコートに向かう。
しかし、コートを目前にした木陰で、ぱたっと力つきたかのように倒れて。
「もぉダメ……寝る……。」
すっかり寝る態勢に入ってしまった。
「ジロ!!!寝るな!!!寝たら死ぬぞ!!!」
「ん〜。向日ぃ……。」
行き倒れたジローに気付いて、飛んできたのは、元気な少年。
「一緒に生きて、生きて、みんなのトコへ帰ろう!ジロー!寝ちゃダメだ!」
「ごめん……向日……。俺、お前に会えて……幸せだったよ……。」
「そ、そんな弱気なコト、言うなよ!!」
「……お前だけでも……生きて帰ってくれ……。」
「ジロー!!」
「最後に、一つ……頼みがある……。」
「な、何?ジロー?」
「樺地に伝えてくれ……跡部が……あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞって言ってたって……。」
「うん!うん!絶対伝える!!だけど、寝ちゃダメだ!ジロー!!」
「……くぅ。」
「うわぁぁぁぁぁん!!ジロー!!!」
ぽかっ。
「ひっでぇ!宍戸!いきなりラケットで殴るなよ!」
ジローを腕に抱えて泣き真似をしていた向日が、後ろを振り返る。
「あのなぁ。毎日毎日、コートで雪山遭難ごっこするなよ。飽きねぇのかよ!」
「良いじゃん!楽しいんだから!!」
宍戸が突っ込んでいる間に、ジローは完全な熟睡モードである。
鳩の声が、初夏の空に響く。
「そだ!ジローが言ってたんだけど。跡部から樺地への伝言。あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞ、だってさ。」
「なんだ?そりゃ。意味分からねぇ。ジローのやつ、適当なんじゃねぇの?」
宍戸は忍足以上の常識人である。
なんで氷帝テニス部に居るのか、不思議なほどに普通の感性の持ち主である。
そんな宍戸を、向日は一瞬、憐れむように見上げて、言った。
「ばかだな。宍戸。ジローが適当になんか、言うわけないじゃん。」
「あん?」
「寝ぼけてるんだからさ、伝言内容を適当に変えちゃうなんてできるわけないだろ。絶対オウム返しだぜ?」
「……そっか。それもそうか……。」
宍戸は。
常識人だったので、意味の分からない伝言をそのまま樺地に伝えるのは気が咎めた。
彼が忍足と異なる点は、そのまま伝言を他の人に押しつけてしまうことすらできないほどに、常識的な感性の持ち主だったコトだった。
「なぁ、滝?」
横で靴ひもを結んでいた友人に、宍戸は声を掛ける。
ばさり、と音がして、鳩が二三羽、茂みから舞い上がった。
「んー?何?」
滝はふわりと顔を上げる。
「あのな、跡部から樺地への伝言なんだけど。意味、分からなくてさ。あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞって。意味、分かるか?お前。」
「うふふ。」
頬に手をあてて微笑む滝。
「そっか。アレなんだ……。そりゃ、やばいよねー。」
滝の場合、本当に意味が分かっているのか、宍戸をからかおうとして適当なことを言っているのか、よく分からないのだが。
宍戸は。
ここはもう、自分の出る幕ではない、とあっさり引き下がることにした。
「じゃ、樺地に伝言、頼むわ。」
「んー。任せて。」
校庭にざわざわと人の気配が増えて。
中二が一斉に、部活へと流れ込んでくる。
真っ先に戻ってきた日吉を捕まえて、滝は笑顔で、こう告げた。
「跡部の伝言。あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞって、樺地に伝えてー?」
「はい!」
日吉は。
とても良いお返事をした。
「遅くなりましたぁ!」
爽やかに駆け込んでくる鳳。
先に来ていた日吉に気付くと、にこにこしながら横に立つ。
「早いじゃん。若。」
「長太郎、言っておくがっ。」
「え?何?」
「跡部部長の伝言だ。樺地に伝えろ。あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞ、だそうだ。」
「あ、伝言……??わ、分かったけど。」
日吉は伝言の内容になど、全く興味がない人間で。
鳳は宍戸並の常識人だった上に、少し気が弱かった。
「か、樺地?」
「……?」(鳳の顔を見る。)
「日吉経由で回ってきた伝言なんだけど。」
「……。」(大人しく話を聞いている。)
「あの、アレだ、もう、アレだから、早いトコ、そうしとかねぇとやばいぞって、跡部さんが言ってたんだって。」
「……!!」(慌てて時計を確認する。)
樺地は、あたふたとラケットバックを開き、なにやら漁り始めた。
「あ、あのさ。」
「……?」(鳳を振り返る。)
「さっきの伝言、あれで、意味分かるの?」
「……。」(こくり、と頷く。)
鳩が再び鳴き始めた。
初夏の校庭には、まだまだ、強い日差しが降り注いでいる。
夕方と呼べる時間は、とうぶん、来そうにない。
このSSをアップした後。
跡部くんの伝言内容が何だったのか、いろんな方に聞かれたので。
卯月なりに考えてみました。(決めてなかったのか?!)
お暇な方は、寛大な心でお読みください。
おまけ篇1 卯月が当初、想定していたモノ。
おまけ篇2 樺跡ウサギ物語。Special Thanks ☆ そそのかし屋軍団さま!
おまけ篇3 樺跡たまご物語。Special Thanks ☆ そそのかし屋軍団さま!
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