<第二話>
部室を出てからも、みんな黙っていた。俯きがちに足早に歩く。
汗ばむような湿っぽい風が額を撫でる。
「橘さんにとって、俺たちは邪魔だったんでしょうか……。」
呟くような石田の声に。
「そんなはずないだろう?ただ……橘は。」
木々を揺らす温い風。
「橘は……一人で戦う覚悟を決めたんだ。」
大石が立ち止まり、みなを振り返った。
「だけど……あいつを一人で戦わせたりするもんか……!」
まぶしい夏の空。
「そんなの、当たり前だろ。」
南が穏やかに、しかし断言する。
当たり前だ。橘一人を戦場に残して逃げ出したりなんかできるものか。
その気持ちはみな一緒。
「でも……どうしたら良いんだろ……?」
ため息をつく菊丸に跡部が傲岸に笑った。
「橘なんていなくても俺たちは全員正義の味方だ。違うのか?あーん?」
驚いたように跡部に目を向けた仲間たちを見回して、跡部は宣言する。
「俺様に考えがある。全身の毛穴ぶちあけて、よく聞け。」跡部の声に仲間たちがまっすぐな視線を向ける。
跡部は後方支援に甘んじているが、実際は天下の氷帝中学テニス部の部長である。200人の部員の頂点に立つ男であり、怪我をしていたとはいえインテリゲンチャーの手塚に勝ったことのある数少ない中学生なのである。
初夏の風の中、跡部は力強く言い放った。
「良いか?橘がダイブツダー解散を宣言したとしても、俺たちが正義のために戦うコトまで止める権利はねぇはずだ。だったら俺たちは勝手に戦えば良い。」
ごくり、と石田が小さくのどを鳴らす。
「橘が正義を守るのは、正義に『守ってくれ』と頼まれたからじゃねぇ。勝手に守って戦ってんだ。なら俺たちが勝手に戦っても文句はねぇはずだろ。……そうだな。正義の味方を名乗る必要もねぇ。俺たちは『橘の味方』になって、勝手に橘を守って戦えば良い。違うか?あーん?」
確かに!と石田は思った。
確かに俺たちは「正義」から「守ってくれ」とか頼まれた記憶はない。だけど今まで勝手に守って戦ってきた。だったら、橘さんから「守ってくれ」と頼まれなくても、勝手に橘さんを守って戦ったって良いはずだ!
きらきらと目を輝かす石田に、南は小さく微笑んで。
「だけどな、跡部。一日中、橘を尾行しているわけにはいかねぇだろ。どうやって危険を察知して橘を守るんだよ。」
冷静なツッコミを入れる。
「あーん?」
「はーい!呼んだ?跡部さん!」
いつの間にか。
跡部の背後には杏の姿があって。
走ってきたらしく、小さく息を弾ませている。
や、別に今の「あーん?」は杏ちゃんを呼んだんじゃないんじゃないかな、と大石は思ったが、突っ込まない方が話がややこしくならなくて良いよなと思い直して、大石は素直に黙っているコトにした。
南が今までの話をかいつまんで杏に説明する。
それを聞いて、杏はふと目をそらした。その目元が少しうるんで見えたのは、夏の陽射しのせいではないだろう。
「そっか。ありがとう。みんな。」
俯いて杏は小さくつぶやいて。
そして。
「大丈夫!お兄ちゃんが戦いに行くときは私がみんなに連絡するよ!」
はっきりとそう宣言した。
「ごめんね。お兄ちゃんが迷惑かけて。」
杏の言葉に菊丸が笑顔で首を横に振る。
「んにゃ!こういう展開もたまには新鮮で面白いと思うしね!」杏は桔平の元へと戻っていった。
他のメンバーは近所のファーストフード店に移動する。
「勝手に橘を守るなら、変装するのが筋だろう?あーん?」
と跡部が強硬に主張したためである。
樺地と石田、大石、菊丸の四人が手芸屋に寄って買ってきた布と裁縫道具をテーブルに置いて。
元ほくろ戦士たちの孤独な戦いが始まった。
「仮面って……どうやって作るんだ?」
南が冷静に尋ねたが。
誰一人、家庭科の裁縫の授業で仮面を作ったことのある者などいなくて。
手を動かす者がいない中で。
「……。」
黙々と一人布を縫っていた樺地が、顔を上げる。
「お!すげぇ!仮面できてる!」
「ホントだ!仮面だ!」
樺地の手元には綺麗に作り上げられた仮面。それは目元を隠すだけの簡単なものであったが、ベネツィアの仮面舞踏会を彷彿とさせるような気品さえ漂っていて。
樺地の裁縫指導の下。
ほくろ戦士たちはみごとな仮面をそれぞれに作り上げた。
「これで『橘の味方☆寄り添い仮面』の装備は完璧だな。あーん?」
何もしなかった跡部が満足そうに頷く。
「跡部、これ、食ってみ!美味いから!」
「あーん?何だ。これは。」
「チキンナゲット!」
菊丸が跡部に庶民の味を教え込んでいるころ。
石田は一人。
桜井と東方さんはどこへ行ったんだろうなぁ、と。
ぼんやり心配していた。
時間は少しさかのぼる。
「東方さん!」
一歩遅れて不動峰の部室を出た桜井が追いかけてくる。
「なんで……なんで橘さんに突っ込んでくれないんですか!なんで……」
東方の白い学ランの裾をつかみ、食い下がる桜井。
「ツッコミはボケのそばにいなくちゃダメだって教えてくれたのは東方さんじゃないですか!それなのにどうして……どうして橘さんに突っ込んでくれないんですか!俺一人じゃ……俺だけの力じゃ……橘さんには……!」
そこまで言って、桜井は俯き、唇をかみしめた。
ぽふっと、東方の大きな手が降ってくる。
「よく頑張ったな。桜井。さっきのツッコミは悪くなかった。」
穏やかなその声に、桜井は顔を上げた。
「だがな。ツッコミってのはその場で正面から突っ込むだけじゃダメなときもある。突っ込まれる気のないボケに突っ込むときには特にな。」
「……それじゃあどうすれば……?」
「ひたすら待つんだ。最高のタイミングを。」
「……ひたすら待つ……?」
「行こう。桜井。最高のツッコミを入れるために。俺たちには俺たちの戦いがある。」
いつも通り穏和な笑みを浮かべる東方に顔を食い入るように見つめ、桜井は一瞬ためらってから。
「はい!よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げた。「ジャッカルか?ああ。いきなり悪い。東方だ。……ああ。勘が良いな。そうなんだ。橘がとんでもなくボケた。俺と桜井の二人じゃツッコミきれないくらい、激しいボケだ。……ありがとう。助かるよ。……ああ。頼む。」
ぴっと、携帯を切る東方に桜井がまっすぐな目を向ける。
「ジャッカルさんは何て?」
「ああ。来てくれるって。」
「良かった!」
「次は忍足な。」
不動峰の近所の公園で、東方は次々と仲間たちに電話をかけてゆく。
座っているだけで汗のにじむ初夏の空気の中で。
きっと立派なツッコミを入れるんだ、と。
桜井は決意を新たにしていた。
もう逃げない。今回は俺が突っ込む。「……なんだ?提出課題?氷帝のか?……インテリゲンチャーの?……素敵メガネを考える?変な課題だな。ってかそっちは提出課題なんか出されるのか?大変だろ?……いや、橘は宿題なんか出したコトないぞ?……じゃあ忙しいんだな。しかたないよな。……え?そうか。悪いな。……ムリすんなよ。ああ。待ってる。」
東方の声を聞きながら、桜井は手作りのハリセンをぐっと強く握る。
あの日、確かに俺は橘さんに突っ込んだんだ。
そして褒めてもらった。
あのときの感覚、忘れていない。
それに……俺に突っ込ませてくれた橘さんに恩返しをしなきゃいけないんだ。絶対に。東方は真剣な表情の桜井に目をやった。そして穏やかに目を伏せると、携帯を軽く手のひらに転がす。
「さて。次は黒羽だな。」
公園は土の匂いがしていた。
六角の部室に天根が飛び込んでくる。
「どうしたの?ダビデ!廊下を走るなんて邪だ!」
葵が飛び跳ねながら尋ねると、荒い息のまま天根が告げた。
「ダイブツダーが解散したって……!」
ダジャレを忘れるほどの天根の動揺ぶりに、部室に居合わせた者たちは顔を見合わせて。
「ダイブツダーが解散……。」
そのまま復唱する佐伯。そしてコトの重大さに気付き、目を見開いた。
「それは本当なの?くすくす。」
笑いながら訊ねる木更津にもいつにない真剣さがにじむ。
「いきなり解散しちゃうなんて、ダイブツダーって実は邪だね!!面白い!」
「あー?そうでもねぇよ。」
目を輝かせてはしゃぐ葵を、黒羽がゆったりと制した。
「確かに正義の戦いの途中でいきなり解散したダイブツダーは邪だ。だが、考えてもみろ。」
仲間たちの視線が一斉に黒羽に注がれる。
「邪である俺たちが、ダイブツダーに正義の団結を思い出させることができたなら、それこそ真の邪なんじゃねぇか?」
樹がしゅぽー!と勢いよく息を吐く。
「じゃあ、俺たちの力でダイブツダーに正義の心を取り戻させるのね!」
「すごいや!バネさん!樹ちゃん!真の邪は東京ではなく、千葉だってこと、思い知らせてやろう!!」
六角の部室には潮の香りが満ちていた。
もっと上を目指そう。もっと上の邪を。
全員の意志が一致した。
「そう来なくっちゃね。くすくす。」
木更津が機嫌良く笑う。そして足を投げ出すようにベンチに腰を下ろす。「さて。で、どうする?」
ダイブツダーに正義の結束を思い出させるためには。
葵が目を輝かせた。
「『五人組の正義の味方限定潮干狩り大会』とか開催したらどうかな!そうしたら橘さん、参加できなくて悔しいと思うんだ!」
皆を見回して楽しそうな葵に、天根は、大会に参加しなくても潮干狩りはできるんじゃないかな、と思ったが、それは寂しくてとても哀しいコトだと思ったので、やっぱり葵の提案は良いのかもしれないと思い直した。
しかし。
「でも、ゴクラクダーとか参加しちゃったら嫌だろ?くすくす。」
木更津がにべもなくその提案を却下する。
ほほえみ戦隊には淳がいる。
邪の千葉を捨てて東京に走った淳が。
そう。千葉を裏切るなんて、千葉に居る自分たちよりずっと邪に違いないのに、なんでか正義の味方をやっている淳が。邪なはずなのに正義を名乗るなんて、淳はすごく邪だ。そんな邪なのに千葉の敵だ。それはきっとすごくすごく邪だ。そんなにも邪っていうコトは、えっと。
そこまで考えて、樹は淳が敵なのか味方なのか分からなくなってきた。仕方がないので、しゅぽー!っと一つ鼻息をはいて、樹は全員を見回した。「とりあえず、二正面作戦が王道だろうな。」
佐伯がゆっくりと告げれば、黒羽が頷く。
「だな。まず、ダビデが正面を衝く。で、同時に別働隊が橘に揺さぶりをかける、と。そうなりゃ、さすがの橘でも、一人で戦場に出てきたコトを後悔するだろうよ。」
窓から吹き込んでくる潮風は、夏の海を思い出させる。
大好きな千葉のため。そして千葉を邪に染めるため。
「うぃ。俺は橘さんと戦う。」
そう応じて、邪虎丸を部室の奥から引っ張り出してくる天根。
木更津は、なんでこういうまともな作戦を普段から立てないんだろう。サエとバネは……?ととても微笑ましい気分で、皆を眺めている。
「で、誰が別働隊になるのね?別働隊は何をするのね?」
樹の問いかけに。
薄く口を開いて何かを言いかけた黒羽が、ふと手元の邪☆通信機に目を落とす。
「悪ぃな。電話だ。」<第三話>
<他力本願企画☆結果>
ご協力ありがとうございました!
<1> 邪の黒羽篇。 10票「あー?東方か。久し振りだな。」
木更津「バネってばどんな作戦考えていたんだろ。」
通信機を片手に廊下に出た黒羽は、声を潜めて通信機に向き合う。
「ん?悪い。今、仲間と一緒なんだ。」
ハリセンジャーの仲間は大切だ。だが、邪を目指して戦う戦友たちも大切。彼らを裏切ることなど、できるはずがない。
黒羽は部室の戸を振り返る。誰一人黒羽の行動を不審がる様子もなく、開け放たれたままの扉の向こうでは、仲間たちが楽しそうに作戦会議を続行中で。
「……そっか。そうだな。そのレベルでボケられちゃ、橘にツッコミ入れるには大変だな。」
だが。
今、邪の千葉は一つの高みを目指して走り出したばかり。
「ああ。でも悪い。俺、今日はちょっと行かれねぇ。……ごめんな。桜井にもそう伝えてくれ。」
黒羽の言葉に、東方は苛立つ様子もなく、そうか、と引き下がる。
でも。
ハリセンジャーの目的は、邪の六角の目的と同じところにあって。
黒羽は目を伏せる。
「その代わりってわけじゃねぇんだが、一個、提案がある。」
佐伯「ダビデとハリセンジャーの四人を合流させる気だったらしいよ。」
木更津「うわぁ。しょうもない作戦。くすくす。」
佐伯「まぁ、バネの作戦が役に立った試しはないからね!(爽)」
→<第三話>
<2> ハリセンジャー黒羽篇。 39票
<3> 首藤登場篇。 18票「あー?どうした?聡。」
首藤「見てくれ。樹ちゃん!よくできてるだろ?」
通信機のスイッチを押しつつ呼びかける。
「ん?おう。来いよ。今、邪な会議やってるから。」
今まで邪の六角として戦場に赴いたコトはないが、首藤も実は立派な邪戦士である。
「ああ。そりゃ、良いな!待ってる。」
通信を切れば、葵が嬉しそうに。
「聡さんも来るって?!」
と飛び跳ねた。
「おう。邪虎丸3号が完成したから持ってくるってよ。」
樹がその言葉に目を見開いた。
「もうできたのね?さすがは聡なのね!」
「くすくす。邪虎丸3号か。」
橘桔平対策を万全に考え、特殊開発された邪虎丸3号。
それがあれば、たぶん、東京に行く時間も短縮できるはずだ。何しろ、今までの邪虎丸では東京まで半日かかったのだから。
「じゃあ、今日は電車で行かなくて良い?」
天根が嬉しそうに訊ねると、心優しき邪の仲間たちは深く頷いてみせた。
樹「すごいのね!多機能なのね!さすがは聡なのね!」
首藤「いやいや。樹ちゃんの設計図が良かったのさ。」
樹「次に東京を侵略するときにはこれを使うのね〜!」