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そして。
第四の予告が、警察に届く。
先日の事件で、怪傑D&Bに署内への侵入を許し、しかも取り逃がした警察にとって、もう同じ失態は許されない。なんとしても怪傑D&Bを捕らえなくてはならない。それが無理であっても、とにかく何か事件に進展がなければならない。思い悩んだ結果、捜査本部はついに決断する。警察庁の特殊捜査班にこの事件を委ねるコトを。
「怪傑D&B、か。」
話を聞いて、小さく眉を上げてみせるのは、黒羽春風。人呼んで「海千のバネ」。
「奇妙な事件ばかり起こすものだな。」
ざっと書類に目を通しながら、淡々と感想を述べるのは、橘桔平。人呼んで「山千の獅子」。
二人は特殊な事件を扱うプロフェッショナルである。さほどニュースに詳しい人でなくとも、特殊捜査班ミルフィーユの名は知っているのではないだろか。あるいはその名を知らなくとも、オロナミンC殺人事件やリゲイン誘拐事件を解決したと言えば、ああ!と膝を打つことであろう。警察の威信をかけて、ついに特殊捜査班ミルフィーユが動き出したのである。
「D&Bって何の略だと思う?バネさん!」
この事件の責任者であった葵にとって、黒羽は中学時代の先輩である。どこか気安い関係なのも、警察庁にまで捜査を依頼した一つの理由であったのかもしれない。
「……なんだろうな?D&Bか。」
首をひねる黒羽。彼らは有能な刑事であるが、決して魔法使いではない。何もかもお見通しというわけではないのだ。
「ボクはダンディ&ビューティなんじゃないかと思っているんだけど!」
「ダンディ&ビューティか。となると、男女のペアってコトだな。」
「サエさんは、ドラゴンズ&ベイスターズなんじゃないかって言ってる。」
「となると、名古屋と横浜出身のペアってことか?」
「だけど、亮さんはダイエー&ブルーウェーブかもって。」
「となると、福岡と神戸の出身か?」
「でも、樹ちゃんはダージリン&ビールなんじゃないかって。」
「……イギリス人とドイツ人なのか?」
葵の推理に穏やかに、しかしかなり適当に相づちを打ちながら、黒羽は今日届いた犯行予告に目を落とす。
「今夜、26階で頂戴します。とりあえず1本だけでいいや。怪傑D&B」
何度読み返したか分からない犯行予告。ホンモノは橘の手元にある。黒羽が手にしているのはコピー。使い古した赤のボールペンで、「26階」にきゅっと○を付ける。
犯行予定時刻が午後10時と仮定すれば、残り時間は14時間。黒羽は腕時計に目をやり、それから橘に視線を移す。
「そろそろ26階に行っとくか。」
「そうだな。」
黒羽の言葉を待つまでもなく、橘はすでに立ち上がりかけており。
「え?」
目をぱちくりさせる葵の頭に、ぽふっと手を置いて、二人は歩き出す。
「あ!」
残された葵は、ぽん!と手を打って声を上げる。
そうか。26階というのは、何かの暗号かと思っていたけども、これは……。
某県の警察署を出て、都内へと向かう車の中で、橘はハンドルを握る黒羽に視線を向けることもなく尋ねた。
「一つだけ聞いておく。D&Bに心当たりはあるか?」
正午前の都内。
道は混雑しているというほどではないにしても、絶え間なく車の列が続く。信号が赤に変わるのを予感して、黒羽はゆっくりとブレーキを踏み込んだ。
「心当たり?」
一瞬、黒羽は何かを考えるように沈黙する。
その沈黙に覆い被さるように、橘は更に問いかけた。
「聞き方を変えよう。お前はD&Bに心当たりがあるのだろう?黒羽。」
赤信号に、車は静かに停車し。
「違うか?」
たたみかける橘に、前を向いたまま、黒羽は苦笑した。
「答えを知っていて聞いてくるとは、橘サンも人が悪いな。」
歩行者がゆっくりと目の前を横断してゆく。
ハンドルに寄りかかるように、黒羽は彼らを目で追いながら。
「心当たりはある。あの犯行声明のダジャレ……間違いない。」
「やはりな。」
橘が相槌を打つのを待って、黒羽は目を上げた。
「それから、お前も心当たりがある。そうだろう?橘。」
にっと笑って尋ねる黒羽に、橘は小さく笑って頷いた。
「答えを知っていて聞いてくるとは、黒羽も人が悪い。」
信号が青になる。
一斉に流れ出す車の列。
「お互い様だろうがよ。」
そう言って、黒羽は勢いよくアクセルを踏み込んだ。
町並みがぐんぐんと視界から流れ去ってゆく。
「26階ってことは、俺達をご指名ってことだ。」
「だろうな。特殊捜査班が出てくると見越しての犯行予告。あいつらしか、いないか。」
「そんで、今までの3件は、俺達を引っ張り出すための前置きに過ぎないってコト。ご苦労なこった。」
そう。間違いない。やつらが怪傑D&B。
特殊捜査班には本庁とは別の建物にも執務室がある。それは民間の地味なビルの26階で。一見すれば、ただの会計事務所のように見えるはずだった。余程、注意深く探らなければ。
どの建物とは言わない。だが犯行予告でその執務室を知っているコトをちらつかせる。そのやり口は、どう見てもミルフィーユに対する宣戦布告であろう。
二人はお互いの予想が間違っていないだろうことを感じて、深い息を吐いた。
やはり。
しかし、一体、何のために。