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伊武が茶室のふすまに手を掛けた。ふすまはあっさりと開き、二人が中に足を踏み入れた途端、背後で、ばたり、と閉ざされた。天根が力一杯引いても、ふすまはもうぴくりともしない。
「封鎖されたふすま……ありえない。」
「……『ふ』しか共通点ないんじゃダジャレとしてもありえないね。」
伊武にしては大変好意的なツッコミであったが、天根はふすまを閉めて閉じこめられるという、お子様のお仕置きのような展開に愕然としており、伊武が優しく突っ込んでくれたという事実に気付かなかった。
真っ暗な茶室の中。
青白い光が明滅している。00:07:25
「タイマー?」
明滅するごとに、数は減ってゆく。天根が懐から懐中電灯を取り出して。
「違った……これは焼き芋。」
もう一度懐に手を突っ込む。そして今度こそ取り出した懐中電灯で茶室を照らせば、そこにはビデオデッキほどのサイズの金属の箱が据えられていて。
「時限発火装置……か。」
伊武がかがみ込む。
「俺の手元照らせ。」
「うぃ。分かるの?」
胸ポケットからボールペンを取り出す伊武。
「以前、内村に仕組みを教わったコトがある。」
「内村……あ。爆発物処理班の。」
「そう。」
爆発物解体に生きる男、内村。そして、天使の笑顔で誘爆処理をする男、森。
彼らはD&Bほどではないにしろ、やはり業界においてはかなり有名な特殊任務のプロフェッショナルである。
ボールペンの後ろ側をひねって外すとマイナスドライバーが姿を見せて。
「こんな変なモノ、本当に使うコトになるとはね。」
呟くように言いながら、金属箱を触って構造を確認し始めた。
金属箱からは軽いモーター音が聞こえていて。
「……熱を持っている。急いだ方が良いのか。」
眉をしかめる伊武。00:04:58
時間はどんどん経ってゆく。
かちゃり。かちゃり。
ビスを抜き、上蓋を外すと、中には複雑な配線が絡み合っていて。
慎重にやっているつもりが、軽く揺らしてしまったのだろうか。金属箱の中で、ぱちっと小さい音がした。
「刃物、持ってるか?」
「……工作用のハサミならある。」
「何でも良い。」
天根は慌てたように懐に手を突っ込んで。
「違った……これは焼き芋。」
もう一度懐に手を突っ込んで、小さなペンケースを取り出す。そして「あまね」と名前の書かれた緑色のハサミを伊武に手渡した。
「お前、今度持ち物検査させろ。一体、どうなってんだ。その服の中。」
「……うぃ。秘密。」
配線から視線を外さないまま、伊武はハサミを受け取って。
「この辺はダミー。」
ぱちり、と数本のコードを一気に切り、側面上部のタイマーに目をやる。00:02:15
タイマーは止まらない。内部でぱちっとまた何かが爆ぜるような音がする。
「ちっ。」
金属箱はかなりの温度になっていた。
ふすまに体当たりをして強行突破する?今なら安全なところまで逃げる時間があるはず。
天根はちらりと背後を振り返る。
だが。
これが爆発したら、美術館の中にある美術品が大変なコトになる。アメリカの現代美術なんてよく分からないけど、きっとそれを大事に思っている人がたくさんいるはずだから。00:00:45
「これか?」
マイナスドライバーでこじ開けるようにして奥の中蓋を開く伊武。
「……!」
中蓋の中にはお約束通り、二本のコードが並んでいた。
どちらかを切れば起爆停止。
どちらかを切ればその場で爆発。
ドラマなどで見慣れたその図を、本当に見ることになるとは。
「どっちだ?」
伊武が顔を上げた。天根の目を見る。
懐中電灯に照らし出された二本のコード。
赤いのと。
黒いのと。00:00:26
「どっちを切る?」
天根が選んだら、伊武は迷わずそのコードを切るだろう。
ぱちぱちっ!と何かの爆ぜる音。
時間がない。
その音に天根は眉を寄せる。
違う!!これは時限発火装置なんかじゃない!!
そしてためらうコトなく言い切った。
「……両方!」
天根の声に、伊武は一瞬目を見開いたが。
「両方だな。」
ハサミを構える。
「うぃ!両方切らないと焦げる!」
ぱちり。
二本のコードが断ち切られる。そして。00:00:03
タイマーは完全に停止していた。
モーター音も止まっている。
「……焦げる?」
数秒後。
爆発の気配がないコトに安堵して、ふぅっと息をついた伊武が、思い出したようにさっきの天根の言葉を反復し。
「うぃ。二匹いたから両方切らないと、どっちか焦げる。」
「二匹?」
「違った。二尾?」
「二尾?」
「うぃ。サンマの焼ける音。二尾分。」
「……サンマ?!」
「その機械……たぶん、タイマー付きグリルだと思う。」
「……グリル?!」伊武は今切ったばかりのコードの下に隠れていたスイッチを、半ばやけくそで押した。
すると。
ぱかっ!
金属箱の側面が開いて。
中から焼きたてのサンマが二尾、姿を現した。