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「あいつらは確かに度胸はある。実力もある。だが……。」
 南が呻く。
 夜明け前の会議室には、南と大石、そしてミルフィーユ。
 大きな窓に映るのは、目覚める前のオフィス街の暗闇だけ。
「それも普通の捜査官として有能だという話だ。特殊捜査班なだけに肉弾戦には強いが、あれだって相手が日本語の分かるヤツにしか通用しない戦術だろう?」
 長い足を放り出すようにして、机に座る黒羽。
 窓際に寄りかかる桔平。
 二人を見比べながら、大石が助け船を出す。
「D&Bの戦術は日本でしか通用しない。それは確かなコトだと思う。捜査官としての実力だけで見たら、もっと腕の良いペアもいるからね。」
「あいつらの実力はしっかり確かめさせてもらった。もっとも最初は……仕事の合間に日本の美術館警備の現状を調べるために、潜入していただけだったんだけどな。あんな馬鹿馬鹿しい事件なのに、粘り強く良く食らいついてきたよ。俺たちはあいつらの実力と根性を買っている。まぁ、確かに特別に捜査が上手いとか言うわけじゃねぇけどな。」
 快活に笑う黒羽の声が、会議室の天井に反響した。
「じゃあ、なぜ、伊武と天根なんだ?あいつらじゃないとダメなのか?」
 低い南の声。
 穏やかに黒羽が笑う。
「日本の警察にはあいつらの居場所はない。違うか?」
 大石ははっとした。黒羽の言いたいコトはよく分かる。「永遠の秘密兵器」という名の下に、実力を発揮することを許されないD&B。確かに、日本の警察には……彼らの働ける場所はほとんどない。だからこそミルフィーユ捜査などに追いやられていたのだから。
「こっちに来れば、あいつらに向いた仕事くらいいくらでもある。日の当たらない報われない仕事ばっかりだけどな。あいつらは……日の当たらない仕事にも、報われない仕事にもめげないやつらだ。違うか?」
 南が唇をかんだ。黒羽に腹を立てているわけではない。黒羽の言い分が正しいことは分かっている。反論できない。たとえ危険な道であっても、それがあいつらにとっても一番良い選択なのかもしれない。少なくともこのままここで飼い殺しにされるよりは良いのかもしれない。そう分かっている。
 南の目の前には一枚の書類。
「国際刑事警察機構 美術品特殊対応研究所 特殊捜査課 配属」
 外部組織への出向の辞令である。
 決して表舞台に名前の出てくるコトのない特殊組織。
 危険などという言葉では言い表しきれない闇が、確かにそこにはあった。
 南はそっと書類を手に取る。
 名前欄はまだ白いままであって。

 沈黙を守っていた桔平が口を開いた。
「……あの二人の間には盲目的な信頼がある。捜査のスキルなど後からどうにでもなるが、信頼はそうもいかないからな。」
 ちらりと桔平に目をやって、黒羽は小さく頷く。
「こっちは特に化かし合い、騙し合いの世界だから。何を信じて良いのか分からないまま、手探りで走るしかない。それでも絶対に信頼できるヤツが一人隣にいてくれれば、結構何とかなる。そういうもんだ。」
 大石がふぅっと大きな溜息をつく。
「どうする?南。」
 俯いたまま、南は答えなかった。
 穏やかな笑みを浮かべたまま、大石はミルフィーユの二人に目をやる。
 こんな特殊な出向命令は、そうそう簡単に決断できるものではない。
 まして部下想いの南のコトである。
 分かっている。
 二人は深く頷いた。
 南の部下だったからこそ、D&Bは潰されずにここまで来た。
 D&Bには天性の何かがある。だがそれを育てたのは南や大石だ。

 遠い空が静かに白み始めている。
「あいつらに辞令を出すか出さないかはお前たちの判断だ。後は任せる。」
 言いながら黒羽は腕時計に目を落とす。
「そろそろ行くか。橘サン。」
「ああ。」
 ふわりと音もなく立ち上がる黒羽。
「次に会えるのはいつだ?」
 ようやく顔を上げた南に、桔平が腕を差し出す。
「さぁな。でかい組織が日本を狙い始めたら、また来るさ。」
 南も桔平に応え、その手を握る。
「跡部所長は人使いが荒いからな。来週にもまた来るかもしれないぜ?」
 大きく伸びをしながら、黒羽がにやりと笑って。
 窓の外には朝靄が立ちこめていた。





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