怪傑D&B!



<1>

 ざわめきが捜査本部を支配した。
「……かくなる上は……警察庁の特殊捜査班に委ねるほか……。」
 うめくように佐伯が口を開けば、周囲は声もなくうなずくばかり。集まった刑事達は、誰もが佐伯と同じことを考えていた。
 もう、普通の捜査ではどうにもならない。自分たちは全力を尽くした。だが、全く犯人のシッポを掴むコトができない……。
 できれば本庁にまで話を持って行かずにすませたかった。それは誰にとっても本音である。まして、今回の事件の責任者である葵はなおさらであろう。
 しかし。
 書類の束をとんとんと鳴らして揃えながら、葵は一同を見回した。
 そして、にこっと破顔一笑し。
「誰も異存がないなら、バネさんに連絡するね。さぁ、すごいコトになってきたぞ!面白い!!」


 ここは関東の某県を管轄する警察署。
 凶悪犯罪などとはほとんど無縁の平和なこの地域を、昨今、奇妙な事件が騒がせている。
 被害届の出されることのないそれらの事件は、ただ警察の威信を脅かすのみで、被害者もおらず、裁判沙汰になりそうにもない。
 当然のように市民は無責任に面白がり、警察内部の人間は歯がみをして悔しがっている。そんな犯人の思惑通りの事態が進みつつあった。
 その事件は、通称「怪傑D&B」事件という。
 必ず送られてくる犯行予告に「怪傑D&B」と書かれているために、そのような通称がついているのだが、実際のところ、「D&B」が何の省略形であるのかすら、警察はつかんでいない。犯人の手がかりとなるのか。ただの文字列にすぎないのか。それすら闇の中である。

 発端は、市内のケーキ屋に対する犯行だった。
 事件の二日前に地元テレビ局に送りつけられた犯行予告は、ただの愉快犯の予告として一笑に付され、そのままゴミ箱行きになりかけていた。
 何しろ、その犯行予告たるや。
「◎月×日、ケーキ屋××のショートケーキのイチゴ、全て、どうにかさせて頂きます。怪傑D&B」
 とのみ書かれたレポート用紙だったのだから。
 しかし、その日ケーキ屋××で起きた不可解なできごとを、聞きつけたテレビ局スタッフは愕然とする。
「××のショートケーキのイチゴ、とよのかだったのが、シェフが目を離している一瞬の隙に、全部、女峰に付け替えられていたらしい。」
 なんていうことだ!
 スタッフは即刻取材に向かった。
 ケーキ屋が損害を言い立てれば、刑事事件にもなし得たできごとである。犯人は事前に犯行を予告しているわけで、犯罪のつもりなのは明白なのだから。しかし、それはあまりにもばかばかしい。しかも、そのイチゴの差し替えによってケーキの品質は全く損なわれていなかったのだという。だから、ケーキ屋の店長は、そのまま警察沙汰にすることもなかった。ただ、地元のテレビ局だけは、夕方のニュース番組でやや大げさにその事件を取り上げ、一部の市民の好奇心をかき立てたのであった。
 そして、犯行現場に残された「イチゴ屋、お主も悪よのう。怪傑D&B」という犯行声明のレポート用紙は、誰にも気づかれずに捨てられたのであった。

 第二の事件は、地元の小学校で起こった。
 前の日に、教員室に投げ込まれていたレポート用紙の犯行予告は、子供たちのいたずらとして、そのまま放置されていた。
「今夜、体育倉庫で、全て、ふくらませて頂きます。怪傑D&B」
 そして。
 翌朝、犯行予告の存在などすっかり忘れていた体育教師が、体育倉庫を開けて愕然とする。
 運動会用に用意し、大量に余ってしまったカラフルな風船が、全部ふくらんだ状態で、体育倉庫の中にぎっしりつまっていたのであるから。その大量の風船は、子供たちに配られ、その日、子供たちは風船バレーボールで朝から大はしゃぎをした。
 この事件に至って、ようやく警察が動き出す。彼らの調査によれば、風船はヘリウムなどを用いて機械でふくらませたのではなく、誰かが息を吹き込んでふくらませたものらしい。怪傑D&Bは根性がある、とその晩、地元のテレビ局が報じ、市民たちの好奇心を更にかき立てた。
 ちなみに、そんな意味不明の脅迫では、おびえろと言われても無理だ、と事件の後で校長がため息混じりに警察に証言している。今回の犯行声明は、「そうこそ倉庫へ。怪傑D&B」と風船に油性ペンで書かれており、一応、体育教師の手によって警察に渡されたのであった。

 第三の事件は、警察を相手にした事件である。
「明日、警察署内の大切なモノを、いただいたりいただかなかったり。怪傑D&B」
 との犯行予告に、署内は騒然とした。もしこの犯行予告だけであれば、誰も気にしなかったかもしれない。しかし、今までの二本の犯行予告が、きちんと実行されているコトを考えれば、見過ごすわけにはいかない。
 機密情報か、証拠物品か、現金か、何が狙いだ?
 水も漏らさぬ警備体制を敷いて、犯行に備えた警察をあざ笑うかのように、翌朝、警察署の玄関先に「葵の宝物を板抱いて頂きました。怪傑D&B」という犯行声明が投げ込まれていた。
「剣太郎!!」
 佐伯がいつになく取り乱した声を上げて、廊下を駆け抜け、捜査本部室の葵の元へと駆け寄ると、葵が蒼白な顔をして机の前に立ちつくしていて。
「剣太郎……?!」
 ゆっくりと葵は佐伯を振り返った。
「……サエさん……ボクの大事な……蝉の抜け殻がない……!!」
 呆然とした表情で訴える葵を。
「……お前の宝物って……蝉の抜け殻か!」
 とりあえず、佐伯はグーでどつき、安堵と脱力に身を委ねたのであった。

 そして。
 第四の予告が、警察に届けられるコトになる。




>へ。    パラレル頁へ。