これは。
ほくろ戦隊ダイブツダー!」シリーズの続編に当たるSSです。
おそらく第一話だけでも先にお読みになってからの方が、
意味が分かりやすいかと思います。
むしろ、これだけ読むと意味が分からない自信があります。はい。

ほくろ戦隊ダイブツダー!
〜一時休戦?!








 大和祐大はサングラスをずりあげながら、つぶやいた。
「そんなばかなことが……許されるとでも思うのですか……。」
 しかし、答えはなく。
 部屋を支配するのは沈黙ですらなく。
 陽気なTVCMの声が、まるで深刻さも感じさせずに、ただ無邪気にあたりを満たす。
「分かりました。仕方がありませんね。そうであるなら……私にも考えがあります。まずはそう、あなたに……消えていただきますよ。」
 大和は低く宣言すると、テレビを消して。
 真っ暗になったブラウン管を見つめ、頭を振った。
「室町くん。」
 携帯を取り上げ、彼は心から信頼するサングラス仲間の名を選んだ。そして、室町の声にようやくほっとしたように口元をゆるめる。
「お願いがあります。神奈川の柳生くんと連絡を取ってください。ええ。いつものようにメールでお願いしますよ。彼ら、いえ、彼とは、電話では会話がしにくいですからね。」
 電話口で室町が何か言ったのだろう。大和は何度も小さくうなずいて、優しく言葉を返す。
「ええ。そうです。その通りですよ。さすがは室町くん。そのサングラスは伊達ではありませんね。いえ、謙遜するコトはないのです。愛は地球を救いますが、サングラスは花粉症を救います。ええ。そうです。もっと自分のサングラスに自信を持って良いのですよ。」
 柔らかな笑みを口元に浮かべ、大和は諭すように言葉を紡ぐ。
「ああ。あとは、そうでした。手塚くんと乾くんにも連絡をお願いします。きっと彼らは……橘くんに眼鏡を掛けさせるため、そして、世界の平和と正義の成就のため、地方自治のためなら、一肌脱いでくれることでしょうからね。」



 ところ変わって、ここは立海大附属。
 土曜日の朝から、少年たちはテニスの練習に励んでいる。
 そんな中、一人、何度も腕時計を見ては、いらだつ男がいた。
「……蓮二!」
「どうした。弦一郎。」
「お前は心配ではないのか!悪の立海の悪の部活が始まっているというのに、レギュラーである仁王が来ていないのだぞ!たまらん!たまらん遅刻ぶりだ!!」
 真田は幸村から、立海の悪の部活をすべて委ねられている。もし、万が一、立海の悪の名に傷が付くなどということがあろうものなら、幸村にあわせる顔がない。悪さ日本一の神奈川県の名にかけて、決して、悪の部活がたるんどるわけにはいかないのである。

「ジャッカル!部活開始からどれほど経った?」
「開始時刻からの経過時間は、7分32秒フラットだ。」
 愛用の紫色のストップウォッチをきらり煌めかせて、ジャッカルがきっぱりと言い切る。
「たまらん!」
 いらだたしげに真田は眉を寄せた。しかし、遅刻していない者に遅刻者への怒りをぶつけても栓がないコトであるくらいは、真田もよく分かっている。彼はそのような不条理を好まない。
 
「柳生。」
 真田の横に立つ柳が、そっと名を目を伏せたまま友の名を呼ぶ。
「何です?」
 ガットの調子を整えていた柳生が、眼鏡をぐいっとずりあげながら目を上げた。
「いや。何でもないが……弦一郎が仁王を心配している。」
「そのようですね。……分かりました。探してきましょう。」

 一瞬の間のあとに、柳生は軽く答えて、コートを後にした。
 あたりには初夏の優しい日差し。朝の風はまだ冷たさをはらんでいたけれども、世界はすでに夏の気配に満ちていた。

 そして、ジャッカルの測定によればぴったり三分の後。
 仁王がコートに姿を現す。
「……ぷり。」
「……弦一郎。仁王が来た。」
 柳の言葉に、真田の眸には一瞬、安堵の色が浮かんだが。
「たるんどる!」
 一瞥の下に吐き捨てると、さっさと後輩の指導に行ってしまう。
 そして、残された柳は、仁王に小さくほほえみかけて。
「怖いねぇ。うちの参謀は。」
 仁王を苦笑させたのであった。



 そのころ。
 六角の部室には、眼鏡をかけた天根が、きちんと姿勢を正して、まっすぐに前を見据え、座っていた。そろそろ部活開始の時間であるはずなのに、のどかなもので、天根以外、まだ誰も来ていなかった。
 開始二分前に、ようやく現れたのは黒羽で。
 そして、がたりと派手な音を立てて扉を開けた黒羽に、天根は。
「ボンジュール。ムッシュー黒羽。良いお天気ですね。」
 と、眼鏡を輝かせて、挨拶をし。

「……ダビデ?!」
 黒羽を大いに驚かせた上。
「ちょっと、待ってろ!お前、それ、すげぇ面白いから!!それ、すげぇ良い!!お前のネタ史上最高!!うわ、サエたち、早く来ねぇかな!!」
 黒羽を大いに喜ばせた。



 日はどんどん高くなる。
「次!柳生、コートに入れ!」
 真田の凛とした指示が飛ぶと。
「次は柳生だそうだ。」
「呼んで来る……。」
 柳に促されて、仁王が姿を消し、きっかり三分後(ジャッカル調べ)に柳生が戻ってくる。
「あっちのコートだ。」
「……ぷり。」
「混ざってるぞ。柳生。それは仁王だ。」
「……失敬。見逃したまえ……。」

 柳生は普段に似ず激しく吹き出す額の汗を、ハンカチでそっとぬぐいながら、大きく息をついてコートに入った。
「柳生先輩、大丈夫っすかね?ジャッカル先輩。」
「……仁王が来られないなら、欠席届出せば良いだけじゃねぇのか?柳生一人で二人分やるこたぁねぇだろ?」
「ですよね……。」
 切原とジャッカルがこそこそと心配している中、丸井は鞄いっぱいのお菓子を抱えて。
「仁王には仁王の、柳生には柳生の意地があらぃ!それが悪ってもんだぃ!」
 と啖呵を切って。
「丸井先輩、柳生先輩と仁王先輩は悪じゃないっす。」
「ってか、お前、明らかに何か買収されただろ。それ。」
 切原とジャッカルに二人ながらつっこまれたが、全く動じもしなかった。



「うわ。何、それ。ダビデ、むちゃくちゃ面白いんだけど!」
「だろ?!サエ!これ、受けるよな!!」
 そのころ、六角では、眼鏡を掛けた謎の天根が大人気であった。
 居住まいを正し、理知的な眼差しで、遠慮がちに、しかし礼儀正しく振る舞う天根。
 こんな面白いギャグがあっただろうか。
 一同は、身も世もなく笑いこけ、眼鏡天根を面食らわせた。

「おはよ……!」
 そこへ、うっかり寝坊して遅刻してきた天根が飛び込んでくる。
「どうしたの?」
 自分が来る前になんだかすごく面白いコトが起きてしまったらしい。その面白いできごとに混ざりたくて、天根はおずおずと先輩たちの輪の中に顔をつっこんだ。そして。
「うぃ?!」
 真ん中にいる少年と目があって、凍り付く。
 そこにいるは、自分とそっくり同じ顔をした少年。ただ、眼鏡を掛けているところが違うくらいで。
「……誰?」
「誰って、ダビデだろ?」
 黒羽は平然と言い切ってから、「あれ?」と首をかしげ。
「今日は、ダビデ、二人いるのね?」
 樹の指摘で、ようやく異常に気づく。

「うわ!面白い!!天根が二人いる!!邪だ!」
 嬉しそうに叫ぶ葵。木更津もくすくす笑いながら、二人の天根を見比べて。
「二人いるなんて、天根も意外とやるじゃん。くすくす。」
 と、ほめてくれたので。
「……うぃ。」
 なんとなく、天根も嬉しくなって、眼鏡天根と邪に仲良くしようと心に決めた。
 一方、眼鏡を掛けた天根は、六角のペースについて行くことができず、四苦八苦していたのだが。
「よろしく……!」
 本家天根に握手を求められて。
「こ、こちらこそ。」
 うっかり、握手を返してしまったので。
 すっかり、六角の仲間入りを果たしてしまったのであった。

「こっちはダビデで、お前、眼鏡ね。」
「はい。分かりました。ムッシュー佐伯。」
 とりあえず、呼び分けさえできれば、天根が二人いようが三人いようが、実のところあんまり大きな問題はないので。
「さて、練習を始めますか。」
「そうだね。樹ちゃん。」
 六角の邪な部活が始まった。



 土曜練のさなかの不動峰の校庭に、手塚が姿を現したのは、お昼休みの始まる少し前の時間帯で。
「橘。少し話がある。」
 手塚が遠慮がちに眼鏡を煌めかせつつ、桔平に声を掛け。
「ああ?何だ?今日は、青学は練習はないのか?」
 穏やかに応じる桔平に。
「いや、午後からだ。」
 淡々と答えてから、そっと手の上のメモに目をやって。
「少し話がある。」
 最初の言葉を繰り返した。

 ほかの部員たちに練習を続けるようにと指示を出して、校庭を出る桔平。手塚といえば、東京を、そしてダイブツダーを狙う謎の組織、眼鏡戦隊インテリゲンチャーの一員である。桜井は一抹の不安を覚えて、桔平の後ろ姿を見守っているうちに。
 気づいてしまったのである。
 校庭を囲むレンギョウの茂みの中に、鮮やかに光を放つ逆光眼鏡が潜んでいるコトを。
 あの逆光眼鏡……!
 間違いない!青学の乾さんだ……!!
「どうした?桜井。」
「や……なんでもない。」
 凍り付いたその顔を心配そうにのぞき込む石田に、桜井は気丈にも笑いかけながら、なにごとも起こりませんように、とひたすら切ない祈りに似た願いを込めて、桔平の背中を見送った。

「話というのは何だ?」
 桔平の問いかけを待っていたように、手塚が口を開く。
「昨日のことだ。大和さんが、テレビで『女三人温泉旅行殺人事件☆房総半島は花盛り☆銚子漁港に夫婦の愛が花開く!』という2時間推理サスペンスの再放送を見ていたんだが。」
「……大和さんというのは、あのサングラスを掛けた青学の先輩だな?」
「そうだ。」
 桔平の冷静な確認に、動揺する様子もなく、手塚が淡々と話を進める。
 昼近い校庭の真上には、初夏の太陽が昇り、じりじりと大地を焦がしている。

「そのとき、大和さんは、正義を揺るがすような重要な事実に気づいたんだ。」
「正義を揺るがすような重要な事実?」
「そうだ。それは。」
 言いかけて、手塚は一瞬口ごもり、またそっと手のひらのメモを見て、言葉を続ける。
「それは……ドラマに登場する千葉県民が誰一人眼鏡を掛けていなかったというコトで。」
「……はぁ。」
 二人の間に微妙な空気が流れた。
 そして、手塚は再び、手元のメモに視線を落とす。
「そこでだ。大和さんは正義のために考えた。千葉に眼鏡を普及させなくてはいけない、と。地方自治の未来のため、世界の平和のためには、千葉県民全員が眼鏡っ子であるくらいの勢いで、眼鏡を広めなくてはならない、と。」
「……はぁ。」
 手塚はそっと自らの眼鏡をずりあげた。きらりと眼鏡が光る。
 風の向こうで、静かにレンギョウと逆光が揺れている。

「大和さんの呼びかけに応じて、立海の仁王が千葉に赴いたらしい。そして彼が……。」
 手塚はしばらく口ごもり、改めて手元のメモにちらりと目をやって。
「そして、彼が、眼鏡戦隊……インテリ……ゲンチャー?……の一員として、千葉へと眼鏡普及に出かけたまま、帰ってこなくなってしまった。仁王を救うため、正義の実現のためには、まず、橘が眼鏡をかけることが急務であって、そうすれば自ずと、地方自治への第一歩、日本の恒久平和への足がかりが生まれてくる。さぁ、橘。今こそ、勇気を持って眼鏡をかけるときだ。眼鏡には無限の未来がある……とのことだ。」
 途中から、手塚はメモを朗読していた。そして、最後まで読み終えたらしく、目を上げる。
 桔平は、手塚の言葉に少し違和感を感じていた。
 もし、邪の千葉に仁王が拉致されているのだとしたら、たとえ、日頃は対立している眼鏡戦隊のメンバーであっても、危機に陥っているところを見捨ててはおけない。そんな邪を許すわけにはいかない。何としてでも、仁王を救い出さなくては。
 しかし。
 しかし、俺が眼鏡をかけることと、仁王救出の間に、いったいどんな因果関係が……?!
 桔平の迷いに気付いたのか、気遣わしげに手塚は桔平を見やり、口を開く。
「ところで橘。この……インテリ……ゲンチャー?……というのは何だ?」
「……お前の所属する正義の組織ではないのか?」
「……そうなのか?」
 ふむ、と、小さく頷いて、納得したのかしないのか、手塚はまたしばらく口ごもり。
「しかし、どうだ。橘。眼鏡はそんなにしてまで普及しなくてはいけないモノなのか?千葉県民は全員眼鏡っ子……とやらにならなくてはならないのか?」
「……良く知らないが、地方自治の未来のために、インテリゲンチャーは眼鏡の普及に努めているのではないのか?」
「……そうなのか?」

 桜井は校庭の隅で切なく身もだえしながら、手塚と桔平の会話を見守った。
 なんで橘さんは、インテリゲンチャーを庇ってるんだ……!ってか、もっと突っ込んでください!手塚さん!手塚さんの突っ込みをフォローしないで、一緒に突っ込んでください!橘さん!!
 桜井の心の叫びは、空しく初夏の空に消えた。
 空は雲一つなく、穏やかに澄み切っていた。

 沈黙が二人の間によどみ、そしてゆっくりと時が流れ出す。
 眼鏡をきらめかせ、手塚は手の中のメモをくしゃりと握りつぶした。
「いずれ……仁王のことは、橘の手を煩わせるまでもない。」
 前言を翻す手塚に、桔平は少し驚きながら。
「しかし……相手は邪の六角。もし万が一のことがあったら。」
 軽く牽制しようとして、言葉に迷う。そこへ、手塚の眼鏡がもう一度きらりと光る。
「仁王は……伊達に眼鏡キャラなわけではない。」
 自信満々に言い切る手塚の姿に、桔平は軽く感動さえ覚えて、そのまま言葉を飲み込んだ。手塚が仁王を信じるなら……自分たちの出る幕ではない。これはインテリゲンチャーと邪の千葉の問題であって。
「メモを作ってくれた乾には悪いが……俺は同じ眼鏡キャラとして、仁王を信じる。」
「そうか。では……俺も影ながら彼の無事を信じることにしよう。」
 二人は熱い握手を交わした。

 そんな二人の姿を見ながら、桜井が拳を激しく震わせ。
 仁王さんは眼鏡キャラじゃないっす!眼鏡キャラなのは柳生さんっす!
 と涙ながらに突っ込んでいたコトを、二人は知らない。

 そして。
 レンギョウの茂みの中に潜む乾を、にこにこと石田が覗き込み。
「かくれんぼですか?」
 のほほんと声を掛けていたコトも、二人は知らない。



 ところ変わって、お昼休み間近の立海のコートで。
「仁王先輩と柳生先輩、今日は同時にコートに入るコトないんすかね?さっきから、どっちかしか呼ばれないっすよね。」
「……いや、たぶん、柳がその辺、影で調整してるんじゃないのか?」
 のどかに切原とジャッカルが日陰で休んでいる間も。
 柳生、あるいは仁王は、懸命に練習を続けていた。

「……頑張っているようだな。仁王。」
「柳……。気の毒ですが……これが土曜練というもの。」
「それは柳生の台詞だぞ。」
「……ぴよ。」

 そんな暖かな土曜の午前中。
 丸井は隅っこで、ばりばりとお菓子をほおばっていて。

「結局、何、買収されたんだ?ブン太。」
 声を掛けられた丸井は取られまい、と慌ててお菓子を隠すが、それに手を出す気など初めからありはせず、ただその食欲に呆れたようにジャッカルが尋ねれば。
「ん?買収なんかされてないやぃ!ヒカルくんのコト教えてあげたらお菓子くれただけだぃ!」
 丸井は憮然とした表情で言い返した。
「ヒカルくんのこと?」
「おう!仁王がヒカルくんのコト知りたがるから、教えてやったんだぃ。ヒカルくんはいろんなコト閃いてすごいんだぞとか、面白い手紙を毎週送ってくれてマメなんだぞとか!結構物静かで、そんで先輩達に可愛がられて居るんだぞとか、ときどき『うぃ!』とかってフランス語使っちゃうんだぞとか!あとな!写真も貸してやった!」

 口いっぱいにお菓子をほおばりながら、大事なお友達の話をまくし立てる丸井に、ジャッカルは苦笑しながら。
「何でそんな話聞きたがったんだろうな。あいつは。」
 小さく溜息をつきながら、休みなく練習に追われる柳生に視線を向けた。

 もちろん。
 丸井もジャッカルも知るよしもない。
 仁王が千葉に眼鏡を広めるため、六角に潜入しようとして、誰か六角のメンバーに成り代わろうと思っていたなどということは。
 天根のクールな容姿を写真で確認した仁王が、丸井からの情報と総合して、天根を、物知りで、律儀で、寡黙で、先輩達に愛されて、フランス語を織り交ぜてしゃべるような、そんな柳生系後輩キャラだと誤解したなどということは。
 しかも「ヒカル」という名前が、眼鏡にぴったりでちょっと憧れる☆などと思っていたなどということは。
 そして。
 そんな謎の天根が、邪の六角で大受けだなどということは。



「じゃ、午前練、終わり〜!」
 葵の声が響く。
 邪の部活は、明るく楽しく元気よくて。
「眼鏡、一緒ご飯食べよう?」
「ウィ。ムッシューダビデ。」
 眼鏡天根と天根は、テニスコートのすぐ脇の木陰で、仲良く並んでお弁当を開いた。
 もちろん、他の仲間達もすぐに集まってきて。

「俺、邪だから。」
 言いながら、天根は眼鏡天根の弁当に手を出し。
 佐伯はこっそりと嫌いなおかずを黒羽の弁当箱に投げ込んで。
「おい、サエ!さりげなく邪なコトしやがって!」
「やだなぁ。バネ。そんなに褒めないでよ。」
 六角はあまりにも和やかで。
 眼鏡天根は、うっかり自分が何をしに来たのか、忘れそうになった。

 そうだ。俺は、この千葉の大地に眼鏡を普及させに来たんじゃ……!

 きらり、と眼鏡を輝かせた眼鏡天根に。
「この卵焼き、あげるのね。」
 樹がそっと卵焼きをくれる。
「……メルシー。」
 ……あ。美味しい……。
 もらった卵焼きを口に運ぶ。午前中、駆け回って疲れたカラダに、ちょうど良い甘さ。
「うちの卵焼きは美味しいのね。」
「ウィ。ムッシュー樹。」

 いや、そうじゃない。眼鏡を千葉に普及させるために俺は……!

「おーい、眼鏡とダビデ。トランプ、やるけど、入るか?」
「ウィ。ムッシュー黒羽。」
「うぃ!」

 さっさと弁当を食べ終えた黒羽が、首藤らと車座になって、トランプを手際よく切っている。地面に誰かのジャージの上を敷いて、その上にカードを広げるつもりらしい。

「あ、眼鏡。お前んとこ、大貧民のルール、どんなん?8切りとJ下がり、ある?」
「ウィ。」
「や、大貧民は、ルール確認しねぇと結構違うコトあるからよ。」

 ほいっとカードを手渡され。
 開いてみれば、なかなか悪くない手札。
 これは楽勝じゃ。

 じゃなくて!俺は眼鏡を……!

「オジイの差し入れで、ジュース来たよ〜!」
 疲れるという言葉を知らないのか、葵が元気いっぱい、バケツいっぱいの缶を抱えて走ってくる。そして真っ先に眼鏡天根の元に駆けつけ。
「はい、眼鏡。好きなの取って良いよ。」
「……メルシー。」
「あ、これ、お薦めだよ!邪な味で、面白い!」
「じゃあ、それを……。」
 神奈川では見たことのない缶飲料であったが、部長の薦めであるからには、と眼鏡天根はそれに手を伸ばし。
「ね、邪で面白いでしょ?!」
「……ウィ。」
 邪で面白い飲み物ってのも、どうだろうと思いつつ、渇いた喉を潤して流れる冷たい刺激に、疲れがふわりと和らぐのを感じて。

 ふぅ……。
 って、和んでいる場合じゃなくて……!俺は……!

「眼鏡ってば、さりげなく邪じゃん。くすくす。」
「ダビも見習えよ。」
「うぃ!」

 手札が良かったせいか、大貧民の勝負は、あっさりと眼鏡天根の勝ちで。
 仲間達に、「邪だ」「邪だ」と褒められて。
 きらきらと初夏の木漏れ日に包まれて。
 眼鏡天根は。
 もう、なんだか、眼鏡じゃなくても正義じゃなくても、いっそこのまま邪になっちゃっても、良いような気がしてきた。

 そして。
 午後の部活が始まる。



「乾?手塚?どうかしたのか?」
 ところ変わって、青学のテニスコートでは。
 心なしかしょんぼりした乾と、いつもより眼鏡が光る手塚が居て。

「地方自治には眼鏡は関係ない。そして眼鏡は地方自治には関係ない。」
「手塚……?」
「しかし、俺は地方自治の眼鏡にならなくてはならない。分かってくれ。大石。」
「……手塚……??」

 今日も青学テニス部は、波瀾万丈である。



 夕方、日が陰るころには、六角の邪な午後練も終わり。
 コートを片づけると、眼鏡天根は他の部員達に別れを告げた。
 西日がそっと眼鏡に反射して、もの悲しい色に光る。
「え〜。眼鏡、帰っちゃうの〜?」
 不満そうな葵の声。天根などは泣きそうで。
「……今度、いつ来る?」
 眼鏡天根の袖を引いて、懸命に帰すまいとする。
 しかし。
 家に帰る時間を考えれば、もう長居はできない。千葉と神奈川は遠いのだ。
 眼鏡天根は、心を鬼にして、六角の邪な仲間達に背を向けた。
 敢えて、彼の正体を問わず、そのまま仲間として迎え入れてくれた、本当に気の良い邪な友よ。

「オー・ヴォワール。」

 呟きながら、そっと歩み去る。
 そう。別れの言葉は、アデューではなく。
 きっと、またいつか逢えるから。
 その日までさよなら。邪で愉快な仲間達よ。

 眼鏡天根の眼鏡が、そっと街灯を映して光った。
 もう、彼の頭の中には、千葉に眼鏡を普及して、地方自治の未来のため、日本の正義のために戦うのだ、などという決意は、微塵もなく。
 立派な邪になりたいなぁ、とさえ、思っていたりいなかったりするわけだが。
 それは、決して明かしてはならない秘密である。



「今日も平和な一日だったね!お兄ちゃん!」
「ああ。そうだな。杏。」

「石田……万が一、視力が落ちたとしても……俺たち、絶対コンタクトにしような。」
「でもコンタクトって、痛そうじゃねぇか?」

「あー。東方。あのさ。漢字テストっていつだっけ?」
「おいおい。しっかりしてくれ。南。お前が覚えてなきゃ、俺ら、絶滅だろうが。」

「今日は一日、手塚も乾も変な感じだったな。英二。」
「え?大石!手塚と乾が変な感じじゃない日なんか、今まであった?」

「あーん?」
「うす。」

 そんな。
 何も起こらない平和な土曜日。
 それがきっと一番の幸せ。




<次回予告?>

悪のぶんたくんへ。
今日はめがねが来て光った。よこしまに光った。
すごくすてきだった。
俺はめがねに目がねぇ。
よこしまのヒカル。

よこしまのヒカルくん。
めがねに目がねぇのは、へんなかんじ。
うちではめがねがめがねかけたりかけなかったりで、おおいそがしだった。
見ててけっこうわらった。
悪のぶんた。






すみません……。
もう、言い訳も思いつかない……!
しかも、次回予告が次回予告じゃない!!

戻ってもいいやと思ってくださる方は、
ブラウザの戻るでお戻り下さいませ〜。

そして、次回予告が意味不明なくせに続いちゃった次の話はこちら。
ハリセンジャーの罠?!