さよなら正義の味方〜悪の立海篇。



「弦一郎。聞いたか?ダイブツダーが解散したそうだ。」
 柳の言葉に真田は黙って帽子を深くかぶり直す。部室へと向かう廊下に初夏の陽射しが溢れる。
「ダイブツダーが解散って、どうするんすか?!正義の味方がいなくなっちゃったら、悪いコトしにくいじゃないっすか!」
 身も蓋もない切原の言葉。
 悪さ日本一を目指す立海にとって、正義の味方と戦うコトほど手っ取り早い悪事はなかった。
 そのダイブツダーが解散してしまったのなら、これからどうやって悪さ日本一を目指せば良いのか?!
 とまどう切原を真田が切り捨てる。
「赤也。たるんどる……!」
「だって、真田副部長!」
 神奈川の悪事全体を指揮している真田と違い、前線で正義と戦う切原にとっては敵の動向はささいなコトでも重大関心事である。まして解散したなどと聞いては冷静ではいられない。
 だが、真田は落ち着いていた。
「解散しようがするまいが、橘桔平が正義のほくろ戦士であることは変わりない。」
「……!」
「いいか。赤也。俺たちの狙いは橘桔平ただ一人で良い。橘桔平をつぶせ。」
 神奈川の大地を悪の風が吹き抜けていった。

 切原の目が一瞬だけ赤く輝いた。
 そして、その光がすっと薄れる。
「すみません。副部長。俺……。」
「どうした?」
「……俺、今日、もう悪いことしちゃったんす。」
 おずおずと告白する後輩に真田は眉を寄せた。
「……一日一悪をすませたなら、仕方ないな。」
 一日一悪の掟は、あの神奈川最悪の悪である幸村でさえ守り続けている大切なもの。
 まさか、破ることなどできるはずがない。
 自分たちが悪さ日本一を目指す以上、譲れないコトがあるのだ。
 真田はもう一度深く帽子をかぶりなおす。
「分かった。では、今日のところは見逃してやることとしよう。」
 真田の言葉に、柳が細い目をさらに細めた。
「命拾いしたな。橘。」

「真田〜!」
 そこへ元気な声がして。
 振り返れば、丸井が猛烈な勢いで駆け寄ってくる。
「ジャッカルが今日の練習休むって。」
「体調でも悪いのか?」
 真田の代わりに柳が訊ねれば。
「なんか急に大事な用ができたって言ってた。」
 切原と柳が顔を見合わせる。
 悪の時間厳守人にして、律儀者のジャッカルがいきなり部活を休むとは、よほどの用事があるに違いない。きっと何か、なさねばならぬ悪事があるに違いないのだ。
「あ!しまった!」
 唐突に丸井が声をあげる。
 驚いて丸井に目をやる一同。
「俺、今日の一悪やってないから、ジャッカルの欠席連絡、黙っておけば良かった!そしたらジャッカルを無断欠席にしてやれたのに!」
 歯がみして悔しがる丸井を見ながら。
 悪さ日本一への道は厳しいな、と。
 なんとなく真田は、悪に生きる決意を新たにしていた。





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