誇。




 知盛は軍議の間中ずっと将臣の視線を感じていた。
 将臣はまっすぐに知盛を見つめ。
 穴の空くほど見つめ。
 意識せずにはいられないほど見つめ。
 うっかりこの想いは恋かもしれんと誤解するほどに、将臣の視線が気になって。
 気になりまくったままようやく軍議は終わって。
 立ち上がろうとした矢先。
「お前のその髪、どうなってんだ?」
 知盛の耳をおおう髪を、将臣がつまみ上げた。
「……?」
 両側をつかんで、引っ張る。
「こんなん伸ばして邪魔じゃねぇ?」
「……これでちょうどよい。この長さが一番見目もいいからな……。」
 このオトコは、人の髪の長さが気になって、軍議の間中、ずっとこっちを観察していた、と。そういうわけか。全くくだらない。おかしなオトコだ。
 将臣の視線の理由をようやく理解して。
 知盛は妙な脱力感に襲われながら、将臣の手を振り払うようにどけると、足早に軍議の部屋を立ち去った。
 その知盛の背を見据えて、将臣はふぅっとため息をつく。
「一番見目もいい、か。」


 熊野から戻った将臣は、翌晩、知盛を自室に呼び出した。
「還内府殿。お呼びか?」
 人使いの荒い還内府の呼び出しなど、日常茶飯事で。いつも通りずかずかと部屋に上がり込む。
「おぅ。待ってた。」
 将臣も呼び出しておきながら特に気を遣う様子もなく、年上の弟を迎え入れて。
 文箱から何かを取り出し、知盛に向き合った。
「お前さ。」
 部屋の隅には杯が二つ。
 後で飲むつもりなのだろう。
 だが、将臣はそちらに目を向けることもなく、まっすぐに知盛を見据えて。
「最近、死に急ぎすぎじゃねぇか?」
 いつもより少しだけ低い声。
「……。」
 知盛は答えずに目を伏せた。否定する気はない。だが、肯定してやる気もない。
「お前が死んだら……尼御前が嘆く。」
 揶揄するつもりはなかった。しかし、のどの奥に笑いを含んだ声で、知盛は言い返す。
「母上にはお前がいるだろう?兄上。」
 キッとにらみつける将臣。
「俺が重盛じゃねぇことくらい、尼御前はご存じだ。」
 押し殺した声には、いつものひょうひょうとした将臣とは違う、還内府の威厳があった。
「……。」
 黙り込む知盛。
 ふぅっと将臣は深い息を吐く。
「脱げよ。知盛。」
「……脱ぐ?今ここでか?」
「おう。脱げ。」
 唐突な将臣の命令に、知盛は一瞬とまどって、それから泰然と笑った。
「なぜ?」
「還内府の命令だ。聞けねぇのか?」
 真顔のまま高圧的に命じる将臣。苦笑しながら知盛が折れた。
「良いだろう。兄上の命令に逆らう気はない。」
 ばさり、と肌脱ぎになる知盛。
「相変わらずすげぇ筋肉だな。」
 まっすぐな視線を向ける将臣に、見せつけるように知盛は向き直る。
「下も脱ぐか?」
「いや、それでいい。」
 半裸で仁王立ちの知盛に、ゆっくりと将臣が歩み寄って。
「お前を……死ねねぇ体にしてやるよ。」
 低く呟いて笑った。
 きゅぽん。
 奇妙な音がして。
「変なにおいだな。何だ。それは。」
「……お?そうか?そういや変なにおいかもな。」
 将臣は知盛の前に膝を突く。
「動くなよ?」
「……。」
「こういうの、久しぶりだな。」
「……くすぐったい。」
「くすぐったくても動くな。」
「……。」

 晩夏の福原。
 窓の外を蛍が飛ぶ。

「よし!結構上手く描けたぜ!」
 にっと笑って、将臣が顔を上げる。
「……何だ。これは。」
「ピカチュウ。」
 自信満々な将臣の声。
「……ぴかちゅう……?何かのまじないか?」
「や、ポケモン。」
「ぽけもん……?」
「おう!」
 知盛は自らの腹を撫でる。何だか分からないが、将臣に落書きをされた腹。何だか分からないが、ピカチュウというモノらしい。還内府殿は何を考えているのやら。ま、気が済んだようだし、後で洗っておけば良いか。
 肌脱ぎにした着物を着直す知盛を放置して。
「熊野で譲から奪った油性ペンで描いたからな。それ、洗っても消えないぜ。」
 機嫌良く言いながら、将臣は部屋の隅の酒器を拾いに行く。
「洗っても消えない?」
「おう。だからお前、今、死んだら、腹にピカチュウ描かれてんの、源氏のヤツらに見られるぜ?」
「……。」
「特に望美とか譲とかに見られたら絶対ぇ爆笑される。『まさおみ画』って俺の名前書いてあるから。あいつらむちゃくちゃ笑うぜ?そりゃ、もう、末代までの恥とか、そういうレベルじゃなく笑うぜ?なんつうか、見目が良いとかそんな次元じゃねぇぞ?」
 知盛は黙ったまま、将臣の背中に目をやった。
 知盛に背を向けて、酒器やらつまみやらをごそごそ取り出す将臣。
 それから、ふと思い出したかのように低い声で、将臣はゆっくりと付け加える。
「だから……死ぬんじゃねぇぞ?」
 くっと、のどの奥で、知盛は小さく笑い。
「……仕方ない。源氏のヤツらに死体が見つからないように死ぬとするか。」
 そう言いかけて、その言葉を飲み込む。
 言って聞かせてやる必要はない。
 ただ。
 このオトコがここにいるなら、もうしばらく生きてやろうか。
 そう考えてしまったのが何だかやけにしゃくに障って。
「とっとと酒を出せ。」
 知盛は将臣の背を軽くけとばした。










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