鬼。
宴というほどの華やいだものではない。
だが、久しぶりの八葉勢揃いに全員が浮かれていたのは確かなことで。
はしゃぎつつ酒杯を傾ける青年たちを見守るように、部屋の壁により掛かってリズヴァーンは舐めるように酒を飲んでいた。
ときおり景時も壁際に避難してきて「若いですね。」「若いな。」などとリズヴァーンと一言二言交わすものの、すぐに九郎や将臣からお呼びがかかり宴の輪に連れ戻されてゆく。
にぎやかなのは悪くない。呆れているわけでも、退屈に思っているわけでもない。眺めているだけで十分に楽しいのだ。全員が揃ってすごすことができるこの短い時間。屋敷の奥には朔や神子が休んでいるはず。全員が生きている。辛いこと、苦しいことがあっても、今、この時空で、この運命の上で、全員が生きているのだ。それは何より幸せなこと。この刹那を愛おしいと思えばこそ、自分は時空を渡る。お前たち一人一人が愛おしく誇らしい。
目を伏せ、彼らの声に耳を澄ます。一人ずつにみなぎる温かい命。
「先生。寝てんの?」
耳元でヒノエがささやいた。
酔っているのだろうか。彼が近づいて来たコトに気づきもしなかった。目を開けば、かがみ込むように顔を覗くヒノエ。
「起きている。」
リズヴァーンの言葉に、にやりと笑って杯に酒を注ぐ。
黙って返杯し、自らの杯も軽く飲み干して。
宴席の方からわっと明るい笑い声がわく。
「ちょっと抜けない?」
「……良いだろう。」
いたずらっ子めいたヒノエの誘い。
部屋を一歩出れば、深夜の深い闇があたり一面に広がっている。
「先生と二人っきりになるチャンスってなかなかないもんだね。」
うん、と大きく伸びをしながら、夜の庭を横切って。
「先生も俺のこと焦らしてんだろ?」
夜風が頬を撫でる。ヒノエは梶原邸の庭の隅に置かれた大きな岩に、ひょいと腰を下ろす。
「俺が我慢できなくて、毎晩眠れないほどだってのに、それ分かってて、焦らしてるんだろ?」
「そんなことはない。」
「なんで二人きりのときしかダメなの?」
「答えられない。」
「先生はいつもそればっかだな……。ま、いいや。今夜はちゃんと二人っきりになったぜ?この前の続き、してくれるんだろ?」
「無論。」
リズヴァーンはすぐそばの木にゆったりと寄りかかって、腕を組んだ。
何かを期待するようにヒノエがまっすぐにリズヴァーンを見据える。
しばらくの沈黙の後、じれたのはやはりヒノエだった。
「先生っ!これ以上焦らすなよ。」
「そうがっつくな。」
苦笑しながら、リズヴァーンは小さく息を吐いて。
「ヒノエ。」
低く呼んだ。
「ああ。」
心なしか嬉しそうな声で返事をするヒノエに、リズヴァーンが低く問う。
「この前はどこまでだった?」
うん?と軽く首をかしげ、ヒノエは思考を自らの追うように切れ切れに応じた。
「ああ。えっとな、五代が、響子は三鷹が好きなのかも、とか、疑ってるトコ。」
「そうか。」
リズヴァーンは目を閉じて。
静かに淡々と言葉を紡ぐ。
「では始めよう……そのとき、めぞん一刻の前に、牛車が止まった。」
「ん。」
「三鷹が牛車を降りてくる。綺麗な花束を抱えて。」
「ん。」
真剣な目でリズヴァーンの話に聞き入るヒノエ。
「ベルサイユのばら」「東京ラブストーリー」「冬のソナタ」「タッチ」「ロミオとジュリエット」「ロングバケーション」「牡丹と薔薇」ときて、現在、「めぞん一刻」。ロマンス大好きのヒノエを喜ばすために、リズヴァーンは運命をやり直すたび、どこで仕入れてきたものか毎回違う物語を語って聞かせる。
それがお前の願いなら。
望美や譲、将臣に聞かれると、なんとなく気恥ずかしい。だから二人っきりのときにしか、決してそんな話はしないのだが。リズヴァーンはヒノエの嗜好に気づいて以降、折を見ては彼の喜ぶようなラブストーリーを話してやる。
一生懸命大人の表情を装うこの少年が、目を輝かせて喜ぶのは、見ていて悪い気がしない。
いや、むしろ、どこか心嬉しくて。
「五代は振り返った。そして彼は見てしまう。予想外の場面を……続く。」
「…………。」
「今夜はここまで。」
「あぁ……先生ってば、ホント、焦らすのが巧いよな……。ホント、鬼だぜ……。」
うっとりした目で夜空を見上げるヒノエの横顔。
しん、と静まりかえった梶原邸の庭。
リズヴァーンは心密かに満足していた。
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