賀。
新年の祝いもすんで、早々に自室に引き上げていた知盛のもとを将臣が訪れたのは、元日も夕方を過ぎたころであった。
「どうした。」
だいぶ飲まされたのだろう。酒のにおいをまとった男が当たり前の顔をして部屋に上がりこんでくるのを、いつものこととして迎え入れてやる。
「お年玉くれ。」
どさりと腰を下ろし、しれっと手を出す将臣。
「おとしだま……?」
眉を寄せる知盛に、将臣が「ああ」と首をひねった。
「こっちだとねぇのかな。俺んとこじゃ、年の初めにオトナは子供に金をやるんだよ。」
口の端を上げてにっと笑う知盛。
「ならば弟である俺がもらうべきではないのか?兄上。」
むっと将臣は知盛を睨んだ。
「都合のいいときにだけ、俺を兄扱いしやがって。」
「都合のいいときにだけ、子供のふりをするな。兄上。」
のどの奥に笑いをこらえつつ軽くあしらってやれば、酔っ払いはそのまま反論もできなくなる。黙って立ち上がり、部屋の隅にある水差しから直接水をあおる。
「金が必要なら、いくらでも使えばいいだろう。平家一門の財も荘園も、還内府、お前の好きにすればいい。お前が総領だ。」
水差しを片手に元の位置に座りなおした将臣が、不満げに口を尖らす。
「平家一門の金じゃなくて、俺の金がほしいんだ。」
「何に使う?女か?」
からかうように問うても将臣は答えない。
「そもそも……俺が金を持っていると思うか?」
「お前だって一門の金なら好きにできるだろ。その中から、俺に寄越せ。」
無体極まりない将臣の言葉に、知盛は呆れたように小さく笑って。
「しょうがない兄上だ。」
手文庫から取り出した金細工の小柄を投げて寄越す。
「売ればいくらかにはなる。」
「って、銭じゃなくてゴールドかよ……!」
「いらぬなら返せ。」
取り返す気もなさそうにからかう知盛。
「いや……サンキュ。」
御簾越しに射す西日にかざせば、将臣の目にもそれがかなりの品であることが分かる。もちろん、知盛がそのようなモノに執着を持たぬ男であることも、よく知っている。
「それで足りるか?」
手の中で小柄をいじりまわしつつ、将臣は深く頷いた。
「おう。十分だ。」
そして立ち上がる。
「誰かに金に換えてもらってくる。ありがとな。知盛。」
御簾を片手で掲げつつ、振り返る。
「あ、そうだ。お前も連名にするか?」
何の話か量りかねて黙ったまま将臣を見やれば、将臣は快活に笑った。
「惟盛のお年玉!俺がお父さんで、お前が叔父さんなわけだからな。連名でもいいだろ。」
その言葉を聞いて。
「有川。まぁ、座れ。」
知盛は一門の、特に帝と尼御前の平穏な正月のために、将臣を今夜は酔いつぶれるまで酔わせることに決意した。
福原の初春はきれいに晴れ渡った夕焼け空であった。
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