腹。
「こんなところにいたんだ〜?」
屋島での合戦を明日に控えた深夜。
陣屋に敦盛の姿がないコトに気づいた景時は、陣屋裏手の雑木林の中に足を踏み入れた。
繊細な平家一門の少年が敢えて源氏の軍門に降り、平家に仇なす戦いに身を投じている。
彼に比べれば自分はまだ恵まれている。自分は家族と一緒だから。でも敦盛くんは……。
聞くところによると、福原の合戦前に敦盛は平家の陣から聞こえてくる琵琶に自らの笛の音を合わせたのだという。琵琶の主は経正であろう。
それが自分と朔だったら……。
ありえたかもしれない運命に胸がつまる思いがする。
数日前の雪がいまだ消えずに残る雑木林の奥に、ひっそりとたたずむ敦盛の姿があった。
小枝を踏み折った音にか、呼びかけた声にか、驚いたように振り返る。
「……景時殿。」
力になれるなどとうぬぼれる気はない。でも、放っておくこともできなくて。
「どうしたの〜?」
努めて明るく声を掛ける。
「いや……あの。」
うろたえたように視線をさ迷わせる敦盛。
「寒くない〜?」
何と言っていいのか分からず、とにかく微笑むしかできない景時に。
意を決したように敦盛はまっすぐな視線を向けた。
「あの……私。」
「ん〜?」
「……ずっと景時殿にうかがいたいコトがあって……。」
「何かな〜?」
敦盛のためなら何でも真摯に真実を答えよう。
たとえ……その問いかけがどんなモノであろうとも。
雪残る大地はしんしんと冷える。
自らの袖を握りしめて、敦盛はしばらく言葉を選んでいる様子だったが。
「ぶしつけなコトをうかがってもよろしいでしょうか?」
俯いてそっと尋ねた。
「どうぞどうぞ〜。何でも聞いちゃってよ〜。」
少しでも君の力になれるなら。きっと経正殿は君を心配している。自分が朔を思っているのと同じように、きっと君を思っている。だから……。
よけいな言葉を口にする気はなかった。ただ、いつも通りの口調を装って、景時は小さく首をかしげてみせる。
「ずっとお聞きしたかったのです。景時殿はなぜ……。」
「ん〜?」
「なぜ、へそを出しておられるのですか?」
「……ん〜と。」
「こんな雪の中でさえ、へそを出しておられる。それは……なぜなのです?」
真っ直ぐな視線で敦盛は問いかける。
はぁ、と景時は大げさにため息をついた。
「やっぱこれ、気になる〜?」
「……申し訳ありません。」
雪のかたまりが木の上から落ちて、がさりと音を立てる。
真剣な表情の敦盛。
「……そうだよね〜。普通、これ、気になるよね〜。」
困ったように景時は笑った。
敦盛のためなら何でも真摯に真実を答えよう。
たとえ……その問いかけがどんなモノであろうとも。
自らの誓いを思い出し、微妙に何かを間違えた気分を味わいながら、景時は正直に訥々と語り出す。
「や、これね〜。政子さまが頼朝さまに『御家人のへそチラ萌え〜』とおっしゃったらしくてね〜。」
「はぁ。」
「頼朝さまは政子さまに甘いでしょ〜?でも、九郎は源氏の大将だし、頼朝さまの弟君だし、さすがにへそチラはさせられないでしょ〜?で、俺だったら安全牌っぽいし、『お前へそチラしとけ』って言われたんだよね〜。俺、頼朝さまには逆らえないし〜。」
「はぁ。」
「心は裏切りに染まって、手は血に汚れて、へそはむちゃくちゃ見られて……俺ってホント情けない男だよね〜。」
おどけたように笑うしか景時にはもうできなくて。
そんな景時を見上げる敦盛の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「そのようなコトはございません!景時殿は……景時殿は……!」
優しい子だな、と景時は思った。敦盛くんは本当に優しい子だ。
ってか、敦盛くん、他に気にするコトとかなかったのかな〜?
それでも何だか口元に笑みが浮かぶのは、心遣いが嬉しかったからで。
「景時殿は源氏の御家人たちを身を挺してかばっておられるではありませんか!」
袖を握りしめ、懸命に主張する敦盛。
真っ直ぐな視線に見据えられては、景時もこれ以上おどけることもできず。
そのとき。
「あ……!」
何か大事な真実に気づいたらしい敦盛は、にじり寄るように景時に一歩近づいて。
「景時殿のそれは……へそチラなどというハレンチなものではありません。男らしく、腹を出しっぱなしているだけではありませんか!決して!決してそれはへそチラなどでは……!」
敦盛はそう言うと、袖で目元の涙をぐいっとぬぐった。
武門の子の誇り。
平家の貴公子の気品。
二つながらに兼ね備えたこの少年は、自分が思っていたよりずっとしっかりしていて、強い子なのかもしれないな、と、景時は思った。
何しろ、自分の苦しみよりも、人のへそを心配するような子なのだから。
そこまで考えて、景時はふぅっと息を吐き柔らかく微笑んだ。
なんか違う気がするけど、ま、いいか〜。
屋島の夜は深々と更けてゆく。
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