足。
船から見る空は暗く、一雨降りそうな気配。
将臣の指示の下、船を岸に寄せ、平家一門は早めに一日の旅程を終えようとしていた。
遥か彼方を見やっても、福原や京など望みうるはずもなく、ただ黒雲に霞む遠い山々に向かって、暗澹たる気持ちを抱くのみであって。
経正が琵琶をかき鳴らし始めた。
楽の音というものは不思議である。それを耳にした瞬間、ふと突拍子もない記憶を生々しく鮮明に蘇らせたりする。
そうでなくとも、落ち行く身。
望郷の念は計り知れない。
経正の楽の音に辺りは静まりかえる。
「……。」
船縁に寄りかかって、将臣は目を伏せた。
京も福原も、故郷鎌倉も、すっかり遠くなってしまった。
自分はどこへ行くのか。
自分の知っている歴史と異なる道を選びうるのか。
だがいずれ悩んでもしかたがない。できることをやるほかない。
かつり。
金属質な音がする。
聞き慣れたその音は鎧が船縁に擦れた音であって。
目を開ければ隣に知盛が無表情に立っていた。
「どうした?疲れたか?」
目が合ったが何も言わない知盛に焦れて、将臣が軽く声を掛ける。
「いや。」
知盛の即答。しかし会話が続かない。
琵琶の音がしっとりと響く。
「……。」
眼下に広がる海に目をやって、将臣はうーんと伸びをした。
「……。」
知盛は黙っている。
将臣も知盛の沈黙には慣れている。
海を見つめながら、将臣は静かに思いめぐらす。
――なぜなんだろうな。
こちらに来てから将臣はずっと考えている。
ときどき、自分はなぜこんなことを思い悩むのだろう、とも考える。
平和なあの世界にいたときはこんなコト考えもしなかったはずだ。
しかしどうしても心は彷徨う。
――なぜあんなことになったんだろう?
ホームシック、というわけではない。今はここにある平家という現実と向き合わなくてはならないのだ。こんなコトを考えてもしかたがない。
――だけど。
船縁を叩く波の声。
「……何を思っている?」
将臣の思考を遮るように、知盛が唐突に訊ねた。
「……ん?」
知盛へと視線を向けながら、将臣は自嘲気味に笑った。
「なんでもねぇ。」
だが、知盛は返事を要求するようにまっすぐに将臣を見据える。
告げたところで意味のないことだ。
そう分かってはいた。
それでも、将臣は知盛の視線に押されるように静かに切り出した。
「……あのな。」
経正の琵琶の音はまだ続いている。
「俺……ずっと考えてたんだ。」
「……。」
「タコさんウィンナの足って、どうしてあんなふうに開くんだろうって。」
「……?」
「……悪ぃ。何でもない。忘れてくれ。」
低く呟いた将臣に、知盛は黙って空を見上げた。
船を包み込むように真っ黒な雲が空を覆い尽くしていた。
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