文。




 自室に戻ると神妙な顔をした将臣が待ち受けていた。
 きちんと膝を揃えて正座をし、膝の上にはなにやら品の良い紙。おそらくは誰かから送られた文であろう。
 苦渋に満ちた表情で文をひもとくその姿は、見誤る人がいるのも仕方がないと思うほどに、重盛のそれとよく似ていた。
 それでも図々しく人の部屋に入り込んでいるあたりは、有川の有川たるゆえんなのだが。
 この図々しい男をこれほどに困惑させるとは、いったい、この何の文なのだろう?
 ささやかな好奇心を胸に、知盛はそっと自室に入る。
 将臣は知盛の気配に気づかぬくらい真剣に文に見入っていた。
「懸想文か?」
 揶揄するように声を掛ければ、ぎょっとして顔を上げる将臣。
 冷酷で知られる還内府殿とはいえ、名門平家の総領である。恋焦がれる娘の一人や二人、いや、どれほどいたとしても不思議はない。そしてこの男に惚れるくらいの娘なら、懸想文を送って寄越すくらいの度胸のある者だって、いても良さそうなもの。
 上品で少し愛らしい文の装いに、知盛は薄く笑って尋ねたが。
 普段だったら、懸想文などと言われればむきになってでも否定するところを、将臣は肯定も否定もせず、途方に暮れたように知盛を見上げた。
 平家一門がどんな苦難に追い込まれそうになっても、堂々と先頭に立って戦い続けているこの男を途方に暮れるほどの文とは何事だ。
 胸騒ぎに知盛は眉を寄せる。
「何だ?」
「……大変なんだ。」
「大変?」
 オウム返しに問い返しつつ、将臣の正面に膝を崩して座る。昼下がりの福原に穏やかな風が薫る。
「帝が……。」
「……。」
 帝の名に、知盛は一度瞬きをした。
「帝が……手習いのために俺に文を書いてくれるって言ったから、待ってるぜって返事したんだけどな。」
「……。」
「よく考えたら、俺な、お前らの書く字、読めねぇだろ?」
「……。」
「だからさっきから頑張って解読してんだけど、何書いてあるかさっぱり分からねぇんだ。」
 真剣に告げる将臣。
 それなら、どうして文など受け取る約束をしたんだ、と。
 知盛は脱力気味に考えた。
 だが、たぶん、将臣自身、自分がこの世界の文字を読めも書けもしないことなど、すっかり忘れていたのだろう。一番衝撃を受けているのは、本人に違いなかった。
「……。」
「……とにかく貸してみろ。読んでやる。」
 おずおずと文を差し出す将臣。
 知盛はその幼いながらも丁寧に書かれた文字に目を細める。
 内容は本当に他愛もないもので。
 その文が自分宛でないことに嫉妬している我が身に苦笑しながら、知盛は覚えず穏やかな気持ちで文を将臣に返す。
「返事を書いてやろうか?」
 硯を引き寄せて尋ねる知盛。
 普段だったら見せないような穏和な雰囲気に、将臣は、帝絡むとこいつ全然キャラ違うよな、としみじみしながら、ありがたく知盛の好意に甘えることとした。










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