羽。
気持ちの良い風が吹いていた。
清盛の元を辞した将臣らの足音に庭の小鳥たちが一斉に舞い上がる。
廊下から見渡す庭は一面の春の色。
立ち止まる将臣にあわせるように、知盛も立ち止まり、庭に目をやった。
屋根の上から小鳥たちが様子をうかがっているらしい。
絶え間ない軽やかな声。
「……。」
小鳥たちを見上げ、将臣は少し眉を寄せた。そして何かを考え込むような表情になる。
小鳥にも庭にも興味のない知盛は、立ちつくす将臣を残し一人そのまま歩み去ろうとして。
「なぁ。」
低く呼び止められた。
「なんだ。」
小鳥たちへの気遣いからか声を潜めるような将臣に付き合って、知盛も普段よりやや小さい声で問い返してやれば。
「……あのな。あの人の……」
「父上か?」
「ああ。」
清盛の話題には、将臣は妙に歯切れが悪くなる。理由は分からないわけでもない。清盛のあの豹変ぶりを見れば、困惑もするだろう。知盛自身は目の前にある現実になど大した興味もなかったが、それでも一門の他の者たちがとまどっているコト自体は理解できた。
そういえばさきほども、有川は父上を直視していなかったな。俯いてばかりで。以前は正面から強い視線を向けていたものだが。
故のないことではない。それは知盛にも分かる。だが、だからと言って、知盛自身が清盛に対し思うところがあるわけでもない。面白い戦にしてくれるなら、それで良いのだ。誰が生きていて、誰が死んでいようと。
「あの人の羽な。」
視線は小鳥を見上げたまま、将臣はゆっくりと呟くように口を開く。
「……羽?ああ。」
父上の背のあれか。
将臣の言わんとする意味を理解して、知盛は小さく頷く。
「あの人の羽、小さすぎねぇ?」
「……小さい?」
「あれじゃ飛べなくねぇ?」
「……飛ぶ?」
ちゅちゅん!
高い声を残して、小鳥たちが羽ばたく。それを目で追い続ける将臣の横顔は、あいにくと大まじめなものであって。
「飛ぶのか?父上は?」
「……羽、あんだぞ?」
極めて大まじめなものであって。
春の陽射しが庭を明るく照らし出す。足の裏に触れる廊下はひんやりとしているが、もう冷たいと感じるほどではなくて。
「……。」
知盛は小さく息をついた。
この男が父上を直視しなかった理由は、まさかあの羽が気になってしかたがなかったからだろうか……?さすがにそんなコトはないだろうが。
そう思い直そうとして、やはり真顔の将臣に不安が募る。
まぁ……どっちでも俺はかまわないのだがな。
春の草が風に薫る。
「……う、ん。」
その空気を胸一杯吸い込むように、ぐっと将臣が大きく伸びをした。そして、振り返って快活に笑う。
「ま、しょうがねぇのかな。どう見てもあの人、まだヒナだもんな。」
機嫌良く廊下を歩き出した将臣の背を見つめつつ、知盛は思った。
もしかして父上はとんでもないモノを拾ってきてしまったのではないか、と。
まぁ、良い。楽しませてくれるんだろ。
陽射しは京を春の色に染めてあふれだそうとしていた。
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