暇。
「暇だ!暇!」
将臣が喚く。
別に喚かなくても良いだろうに、この男は。
そう思うともなく知盛はぼんやりと壁にもたれて自室の天井を見上げている。
「暇じゃねぇ?知盛。」
「……そうだな。」
暇には違いない。
だが何もしなくて良いならそれに越したことはない。
今は朝遅い時間帯。
滅び行く平家ののどかな一日は、まだ始まったばかり。
「遊ぼうぜ?」
勝手に人の部屋に上がり込んで、言うに事欠いてそれか。
あぐらを崩して、ずいっと身を乗り出した将臣に、知盛は眉を寄せ。
「……一人で遊べ。」
そっけなく言い捨てる。
「……弟ってのは兄の命令を聞くもんだろ!」
「……。」
「俺と遊べ!」
「……。」
知盛は眉を寄せたまま、天井から視線を外すことなく、そのまま居る。
初夏の爽やかな風が吹く。
「テレビもゲームもねぇ。暇だ!」
また喚く。
知盛は目を伏せた。
「なぁ、遊ぶとしたら、お前、何して遊ぶんだ?」
「……狩り。」
「狩り……?」
「やったことはないか?」
「……潮干狩りならやったことあるけど。」
「潮干狩り?」
「海で貝を捕るんだ。」
「ほぅ。動けない相手を追いつめる狩りか……それも面白そうだな。」
目を伏せたまま、気怠そうに応じる知盛。
「全然面白そうだと思ってないだろ?」
「……ああ。そうだな。」
身の入っていない知盛の返事に、将臣はあぐらを組み直す。
そして想像する。知盛がせっせと潮干狩りに励んでいる姿を。「俺を楽しませてくれるんだろ?」などと呟きながら、楽しそうにアサリを掘っている知盛の姿を。「まだ血が震えている」などとささやきながら、アサリ入りのバケツを抱えている知盛の姿を。将臣は想像したことを即座に後悔した。
「……。」
がしがしと頭を掻いている将臣の気配に知盛は薄く目を開いて、しかしすぐにまた目を伏せる。
「そんなに退屈なら、一つ、謎をやろう。」
「ん?何だ?」
途端に身を乗り出す将臣。緩慢な動作で知盛は口を開く。
「……俺は、法皇から帝への賜り物を今朝方、預かった。昼に帝にお渡しする。それまで何人たりとも触れさせることはない。触れんとする者があれば斬る。」
「ああ。」
「だが、昼までに……減る。」
「……減る?」
庭に木々の葉擦れの音。
「なんでだ?」
思わず声に出して問い返した将臣。くっと知盛が喉の奥で笑う。
自分が笑われたように感じて、将臣はむっと眉間にしわを寄せた。
知盛の出した情報だけでは、謎を解こうにも難解すぎる。
「口を開けろ。有川。」
「ん?」
反射的に開いた将臣の口の中に、知盛は何かを放り込んで。
「……甘いな。何だ?これ。」
もう一度、くくっと喉の奥で笑う知盛。
異世界に来てから滅多に口にすることのなくなった甘み。しかもかなり質の良い菓子だった。口の中で転がしているだけで何だか嬉しくなるような。
……美味いな。これ。
じっくりと味わいつつ飲み込んだ将臣は、はっとする。
「……もしかしてこれ、帝が法皇からもらった菓子とかなんじゃねぇのか?!」
噛みつかんばかりの勢いの将臣を横目に、ふあ、と知盛はあくびをして、そのまま横になる。
「おい!知盛!」
「……うるさい。俺は寝る。昼前に起こせ。」
目を閉じて。
「知盛!」
呼んでも応えることなく。
「……なんだよ!俺、帝に何て言い訳すりゃ良いんだよ!」
狼狽える将臣の気配に、知盛は喉の奥で密やかに笑った。
部屋の奥には、氷室から切り出された賜り物の「氷」が静かに昼を待っていた。
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