肩。





 熊野から戻ってきた将臣の様子がオカシイ、と気付いたのは知盛だけだったかもしれない。
 額にしわを寄せて黙り込むのもいつものコトであったし、熊野水軍を首尾良く引き入れられなかったのは大きな痛手であるとはいえ、ある程度覚悟の上であったのだから。
 だが帰ってきた将臣の様子は間違いなくおかしかった。しきりに俯いて何かを気にしていた。
 尼御前に熊野での経緯を報告し、自室に戻ろうとする将臣を待ち受けて知盛は。
「おい。有川。」
 低く呼び止める。
「あー?どうした?」
 応えるのはいつもの脳天気そうな声。だが、やはり何かが違う。
「熊野で何があった?」
 単刀直入な知盛の問いかけに、将臣は屈託なく笑った。
「や、しくじったな〜と思ってな。熊野の頭領に会うコトさえできないってんじゃさすがの俺もちょっと凹むぜ?」
「それだけか?」
 まっすぐに射抜くような知盛の視線。
「んー。そうだな。あとは敦盛に会ったり、元の世界の幼馴染みに会ったりしたからな〜。いろいろありすぎてもう何が何だか良く分からねぇや。」
 将臣は知盛の視線から逃れようとはしなかった。
 嘘をついている、とも思えない。たぶん、いろいろありすぎて本当に何が何だか分からないのだろう。
 ふぅっと知盛は息を吐く。
 そのまま知盛とすれ違い自室に入ろうとして、ふと将臣は立ち止まった。
「なぁ。知盛。」
 知盛の肩に将臣の手が掛かる。
 背中からぽふっと寄りかかるような将臣の近さ。背中越しに温もりが伝わる。
「……どうした?」
 さすがに屋敷の中では鎧は着ていない。
 薄い夏の着物を通して直接生きている人間の温かさを感じて。

 いくら還内府と呼ばれようが、異世界から迷い込もうが、この男とてただの人。
 縁もゆかりもない平家の滅び行く運命。
 そんなモノを双肩に背負い込むのはいくらなんでも荷が重すぎるだろう。
 実際、この男はよくやっている。
 誰よりも一途に平家のために戦っている。
 たとえ……平家一門の血を一滴も引いていなかったとしても。
 だから。
 疲れたなら、少しくらい、弱音吐いても良いんだぜ?

 首筋に将臣の息がかかる。
 何を考えているのか、ごそごそと身じろぎをしながら、将臣はゆっくりと顔を上げて。
「……悪い。」
 とささやいた。
「……しょうがねぇ兄上だな。」
 くっと喉の奥で知盛は笑う。
 良いぜ。少しくらいなら。俺の肩なら貸してやる。
 そう思った矢先。
「えっと……さぁ、おいで。知盛。ってか?」
 謎の動きを見せる将臣。
 いきなり意味不明に呼びかけられて、びくりとする知盛。
「んで……恋の炎が翼となるぜ!で、こうか?」
 しかし将臣は知盛そっちのけで決めポーズを取る。
「……有川?」
 怪訝そうな声を上げる知盛など気にかける様子もなく。
「なるほどな。そうか。そうか。これなら望美の乳も見えねぇだろうな。」
 ぶつぶつと呟きながら、何度も満足げに頷いた。
「オッケイ。良しとしようか。」
「何だ?のぞみのちち?おっけい?」
 苛立たしげに、しかし律儀に将臣に問いかける知盛。
 ようやく将臣は知盛と向き合った。
「や、望美ってのは幼馴染みなんだけどな。変なセクハラ野郎がそばうろうろしててな。いくらぺちゃぱいでも、覗かれてたらさすがに可哀想だと思ってよ。」
「……せくはら?ぺちゃぱい?」
「おう!」
 満足そうな将臣は、ぺたぺたと知盛の胸元を触り。
「こういう胸をしたオンナをぺちゃぱいって……あれ?お前、胸の筋肉、すげぇな。おい。」
 話題がずれたコトを気にする様子もなく、嬉々としてその胸をぺちぺちと叩き、将臣は尊敬の眼差しを知盛に向ける。
「やっぱお前、すげぇわ。俺もがんばらねぇとな。素振りでもして来るか。」
 そして上機嫌に将臣は去っていく。
 釈然としないままに、褒められたようなセクハラされたような微妙な気持ちを抱いて立ちつくす知盛を残して。










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