<結び>


 海岸近くに止めた車に寄りかかって、杏は石田を見上げる。
「ずいぶん森らしくなってきたね。」
 六角の山は、ゴルフ場の跡地だと言われなければ、そうとは見えないくらいになっていた。
「狸が出たなんて言ったら、お兄ちゃん喜ぶだろうな。」
「ああ。狸はびっくりだったね。」
 おっとりと石田が微笑む。そして視線を海へと向けた。
 ぴゅうっ。
 秋の初めの季節とは言っても、夕方の潮風はもう冷たい。

「そろそろ帰ろうか?」
 と、杏。石田が頷いて。
「おーい!帰るぞ〜!」
 岩場で遊ぶ子供達に声を掛ける。
 子供達は父親の呼ぶ声にぱっと顔を上げた。そしてしばらくは名残惜しそうにうろうろしていたが、一分もしないうちに二人手を繋いで両親の方へと走ってくる。

「楽しかった?」
「うん!カニがいたよ!」
「魚も見えたよ!」
 両親にしがみつくように報告する二人の髪からは、潮の香り。

「ねえ、次、いつ来る?」
 杏の袖を引いて、少年が尋ねた。
「何言ってるの。帰る前から。」
 笑いながら、杏が少年の頭を撫でる。少年は目を輝かせて言った。

「だって、オジイがまたおいでって言ってたよ!」

 その瞬間。
 杏も石田も、信じられない言葉を聞いたように、目を見開いて。

「ほら!あそこ!」

 子供達が岩場を振り向いて手を振った。

「また来るからね〜!!」

 杏と石田は声もなくお互いに目を見交わし、それから、ゆっくりと、誰もいない岩場に向き直った。
 そこには誰もいない。
 だけど。

 二人は、誰もいない岩場に、深々と頭を下げた。





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