部活のない土曜日の午後。
狭い町の中。
別に約束などしていなくても、どこかで誰かに会うモノで。
なんとなく一緒にいた黒羽と佐伯と樹は、どこへ行くともなくぶらぶらと海辺を歩いていくうちに、見知った背中を発見した。
「……ダビデと剣太郎なのね?」
「何やってるんだろ。あいつら。」
学校の前を通り、海岸に通じる道。浜辺を前に、行き止まりになっている。
その行き着いた場所で呆然と立ちつくす二人の少年の背中は、ムダな哀愁に満ちていた。
「青春ごっこか?」
「……う〜ん。でも、なんかこの光景は見覚えがあるんだけどな。」
黒羽が首をかしげる横で、にこにこと微笑みながら、佐伯は黒羽を見上げた。
「見覚え?」
「ううん。独り言。」
「ダビデ。剣太郎。何やってるのね?」
樹が後ろから声を掛けると、天根と葵はひどくしょぼくれた顔で、振り返った。
「……樹ちゃん。」
「バネさん……サエさんも……。」
途方に暮れたように、迷子の子犬のように哀しげな目の二人は、そっと視線を交わしあうと、困ったように先輩達に問いかけた。
「ねぇ、これは何?」
言いながら、葵が指さしたのは、彼らの足下にある、何の変哲もないアスファルトの道で。
「何って、道だろ?」
「……やっぱり、これ、道?」
黒羽の直球な答えに、天根はひどく哀しそうな眼で俯いた。
日は高く、じりじりと照りつけ、砂浜に寄せる波は、白い陰を残して静かに戻っていく。
「どうしたのね?」
心配そうな樹の声。
「あの……あのね!」
事情を説明しようとして、葵は口を開けたが、悲しみに打ちひしがれてしばらくは言葉を見いだせずにいた。それでも一度小さく首を振ると、心を決めて勢いよく語り出す。
「あのね!俺、学校でことわざを習ったんだよ。」
「うん。」
「全ての道はローマに通ずって習ったんだよ。どの道も全部ローマに繋がってるって。」
「うん。」
「それでね、天根と二人で、学校の前から道をたどって来たら。」
「うん。」
「ここで行き止まりだったんだよ……!」
黒羽が腕を組んだまま、うーん、とうなり。
樹は困ったように瞬きを繰り返した。
ローマに行きたかったのに、寂れた行き止まりにたどり着いちゃって、そりゃ、がっかりもするだろうな。と。
さすがに少しだけ同情した三年生たちに、天根が苦しげに問いかけた。
「……ここがローマなの……??」
げしっ!!
問答無用に黒羽の跳び蹴りが炸裂した。
「こんなローマがあるか!!ボケ!!」
波の音が遠く聞こえる。陽光が海面できらきらと弾けている。
黒羽の足が、すとんと、道の向こうの砂地を踏みしめる。
「痛……。」
しゃがみ込んだ天根は道の端っこにいて。
その頭に、ふわりと手を載せて、佐伯が微笑んだ。
「ごらん。ダビデ。この道をずっと行くと……海の中にローマがあるんだよ。」
佐伯の視線を追って、煌めく海に目を向けた天根は、少しうっとりと佐伯の言葉を繰り返す。
「この海の中に……ローマがあるんだ……。」
黒羽は、「あるかぁっ!!」と突っ込みたそうに指先をわきわきさせていたが、佐伯が爽やかな眼差しでそれをあっさり却下したので。
釈然としないままに、それでも夢見る少年の夢を壊してはならない、と、引き下がった。
天根と葵は静かに海の果てを見つめている。
「サエさん、ローマはどの辺?」
期待に胸をふくらませて、葵が問いかけると。
佐伯は優しく微笑んだ。
「えっとね。このまま道なりに行ってね、で、5個目の角にタバコ屋があるから、そこを左に曲がると、3軒目がローマだよ。駄菓子屋の向かいにあるから。」
「……結構、近いね!!面白い!!」
樹はにこにこしながら彼らの話を聞いている。
佐伯が目を細めているのは海が眩しいからなのか。
小さく溜息をついて、黒羽は額を押さえた。
そんな三年生の姿を気にも留めず、後輩達はただ純粋なる憧れを胸に、どきどきと海を熱く見据えて。
「その距離なら、行かれるかな!今から!」
まっすぐに問いかける。
「そうだな。剣太郎だったら、30分もあれば着くよ。」
穏やかな佐伯の笑顔に。
黒羽は、ぴしっと遠慮がちな突っ込みを入れた。
「剣太郎やダビはマジで海に突っ込んで行くから、危ねぇだろうが!」
「んー?」
佐伯はおっとりと視線を廻らせて、後輩達の横顔を順繰りに見回し、黒羽に向き直り。
「いい加減、後輩に嘘教えるの、やめろよ。」
苦笑しながらも、苦言を呈する黒羽に。
「嘘じゃないってば。ただの冗談だろ?」
小さく声を上げて、佐伯は笑った。
「……冗談なの?サエさん。」
まだ地べたに座り込んだまま、佐伯に頭に手を置かれたまま、天根はそっと佐伯を振り返り、少しだけ、寂しそうに尋ねる。
「……じゃあ、やっぱり……ここがローマなの?」
「んなわけ、あるかぁっ!!!」
勢いよく、後頭部に黒羽の飛び膝蹴りが炸裂した。
波の音が絶え間なく聞こえ。
優しい風が、天根の髪を揺らす。
「あんな〜、ダビも剣太郎も。よく聞けよ?」
「何?」
「……?」
人差し指で頬を掻きながら、黒羽は言葉を選ぶように口を開く。
「あのな。この道はここで行き止まりなんだよ。」
「やっぱり行き止まりなの?!面白い!」
「……!」
佐伯はそっと樹の横に移動して、黒羽が後輩達をどう説得するか、お手並み拝見、と言った様子で、にこにこしている。
道の果て。砂浜の始まり。
その境界に、風が砂を運ぶ。
「この道はさ、こっち側はここで終わってるけどな。」
「ん?」
「うぃ?」
「逆側は……ほら、ずっと続いてるだろ?」
「あ!」
「うぃ!」
振り返れば。
この道はここから学校へ、学校からずっとずっとどこか遠くへ続いているわけで。
「この道な、ずっとあっちに進むと、ローマに繋がってるから。」
「……そうか!!面白い!!」
「……!!」
道は、両方に延びているわけで。
そう。
きっとあっちに行けば、いつか、ローマにたどりつく。
「んなわけ、あるかぁっ!!!」
黒羽は。
自分の発言に、自分で突っ込みを入れた。
「……ば、バネさん……?!」
「自分に突っ込んでるよ!面白い!!」
その背後には、樹の肩に額を押し当てて、笑い崩れる佐伯の姿。
「サエっ!!!てめ!!騙したな!!」
「……バネってば……二年前のネタ、まだ騙されててくれたんだね……!!」
樹はにこにこしながら。
ぽんっと手を打った。
「今日の会話、なんだか一度聞いた覚えがあると思ったら、二年前にここで同じこと言ってたのね。バネ。」
心なしかげんなりした表情で、黒羽は溜息をつき。
「そういうこと。」
そして小さく笑った。
「あのときは、楽しかったね〜。一緒に半日自転車こいだけど、結局、ローマに着かなかったんだよね〜。」
「当たり前だろうがっ。」
永遠の都ローマには。
なかなか簡単にはたどり着けないものみたいで。
「半日じゃ着かないのね。バネ。きっと半年くらいかかるのね。」
「……樹ちゃん……自転車でローマに行くのはちょっときついと思うぜ?途中に海があるかんな。」
学校の前を通って駅の方に向かうこの道を。
ずっとずっと遠くまで、たどっていったなら。
もしかしたら、その道はローマに繋がっているかもしれないから。
「そうか!!海走れるように、自転車改造しなきゃね!!面白い!」
葵の言葉に天根がぽんっと威勢良く手を打った。
「……未知なる道を行け!……ぷっ!」
「海に道はねぇっての!!」
げしっ!と。
黒羽の回し蹴りがきっちり決まり。
くつくつと笑いながら、佐伯は黒羽の肩に手を置いて。
「でもさ、いつか本気で行ってみたいよね。自転車でローマ。」
嫌味でもなんでもなく、ただ素直にそう言うので。
「ああ。そうだな。」
黒羽も、素直に笑って頷いた。
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