手を叩こう〜山吹篇。
お昼休みを告げるチャイムと同時に、俺は教室を飛び出した。
といっても、別に用はないけど。なんか嬉しいじゃない?お昼休みって。
ラッキーな感じがする。そりゃ、誰にでもお昼休みはやってくるんだから、全然、ラッキーでもなんでもないんだけどさ。それでも、俺にもお昼休みが来たってのがラッキー。
そう言ったら、室町くんに。
「そうっすよね。追試とか補習とかあったらお昼休み潰れるっすからね。」
って返されたけど。よく判ってるね!室町くん!!
で。
話、戻るけど、廊下に飛び出してみたわけよ。
そしたら。
「うわっ!!」
南に激突しそうになって、ぎりぎりのトコで避けた俺。いや、ラッキー。マジでラッキー。俺の素敵な動体視力がなかったら、南くんのコト、気付かなかったかもだよ。地味すぎて。
って、思っていたら、勢いよく額を手のひらで叩かれた。
「お前はっ!」
「うぐ。」
……怒ってる?
……怒ってるよな。この目は。
……俺、何かやったかな??
…………あー。
とりあえず、俺は全力で逃げ出した。
「千石?」
南が俺を呼び止めようとするけど、聞こえないふりで、全力ダッシュ!
危ない!危ない!!
怒られるトコだったよ。
「待てよ!おい!!」
あれ……?
やっぱ、南、追いかけてくる……??
お昼休みなもんだから、廊下にはいっぱい人がいて。俺はじぐざぐに避けて逃げる。
そしたら、少し先に、見覚えのあるでかいやつ。
「東方!捕まえろ!!」
南が俺の後ろから叫ぶ。
うわぁ、挟み撃ちかよ!地味にひどいコトするのね!地味’s!!
南の声に気付いて、東方がこっちを振り返る。そして、俺と南を交互に見て。
あいつ、腕が長いし、結構反射神経も良いからなぁ。横すり抜けるのは、危ないかなぁ。
そう思いながらも、全力で走る俺は止まらない。全力のまま、東方に向かって走る。もちろん、南に頼まれた東方は、俺を捕まえる気でいるらしいんだけど。
「そうだ!捕まえろ!」
叫びながら、俺は東方の横をすり抜けようとする。
「ちゃんと捕まえろよ?……南を!!」
「え?南を?!」
俺に向かって伸びていた腕が、一瞬、動きを止める。
その隙に、俺は難なく東方を突破! やっぱ俺ってばクレバー千石!
頭良くてラッキー!!
「おい!俺を捕まえてどうする!!」
「あ?やっぱ、そうか?」
東方ののんびりとした声がする。
「いや、オカシイとは思ったんだ。追いかけている方の南を捕まえるなんてさ。」
「オカシイと思ったら、考えろよ!」
これでちょっと時間稼げたね。ラッキー!俺!!
と、中三の廊下を駆け抜けて、階段をだだだだーん!と走り抜けて。
ふぅ。
踊り場に座り込んでみる俺。
いやぁ、逃げた逃げた。無事に逃げたね。
と、ラッキーをかみしめてみたのも、三十秒くらいで。
俺は、すぐに飽きてしまった。
……せっかく逃げて隠れているのにだよ?
どうして、南くんは俺を追いかけてきてくれないのかな?
それって、どうなの?! 南ってば、俺には興味がないってこと?!
なんなの?必死で逃げた俺の立場はどうなのよ?!
階段の踊り場から身を乗り出して、中三の教室のある階を覗き込む。
そしたら、いたよ。案の定、南ってば、俺を見失ってきょろきょろしていた。
「鬼さん、こちら!!手の鳴る方へ!!」
思いっきり叫んでやると、びっくりしたようにこっちに目を向けた南が、間髪入れず体の向きを変えて、階段を駆け上がってくる。わお!さりげなく俊敏だな。南!
まぁ、俺はもちろん、逃げる気満々だからね!!南が駆け出す前に、俺はとっくに尻尾を巻いて逃げ出していた。
そこへ、とことこと歩いている新渡米と喜多を発見!
いつも一緒だな。こいつら。
「新渡米〜!喜多〜!」
「うわ!なんなのだ?千石?!」
「南が呼んでるよ!」
「南が?」
「南部長がでありますか?」
後ろを指さしながら、俺は新渡米と喜多の横をすり抜ける。
これで、こいつらが南を引き留めてくれる、はず。
と、思いきや。
ぐぎっ、と袖を掴まれて、俺はバランスを崩しかけた。いや、転ばなかった!俺、優秀!俺、天才!天才でラッキー!!
「何?!新渡米?!」
「廊下を走るのはいけないのだ。」
「あ。う。あ、判った。歩くよ。歩きます!!」
「なら、良いのだ。」
……相変わらず新渡米は、ときどき真面目だよなぁ。葉っぱ、きらきらしている。今日はお日さま、良い感じだから、いつもよりたくさん光合成できて、気合い入ってるのかな。やっぱ!
俺は。
走っちゃいけないって言われたから、全力でスキップする。
走らない!俺、走ってないぞ!!スキップしているだけだぞ!!
「南?何のようなのだ?」
「へ?別に用はないけど。」
背後で南と新渡米の声がする。サンキュ!新渡米!!
俺は、るんるんうきうきと全力スキップしながら、南くんから逃げまくった。
よっし、中二の教室発見〜♪
「むっろまっちく〜ん!」
「何すか?千石さん。」
相変わらず、無表情に黒板を消していた室町くんが、俺の声に渋々振り返る。いやぁ、相変わらず渋くて良いね!何考えているか判らなくて良いね!男は黙って黒板消しだね!
「俺、南に追われてるの。」
「はぁ。」
「南がもうすぐ、俺を追ってここに来るかもしれないの。」
「はぁ。」
「南が来たらさ。千石さんはベランダ経由で部室の方へ逃げて行きましたって言って?」
「騙すんですか?」
一瞬、室町くんの手が止まった。しかし、すぐに黒板を消し始める。
いやぁ、渋いね!!マジで格好いいよ!!黒板消しが似合う男!!去年は「黒板消しが似合う男ナンバーワン」だった千石清純さんだけど、今年はやばいな!室町くんにこの地位を奪われそうだ!
「違う!違う!俺、ホントにベランダ経由で部室に逃げてくから。」
「……はぁ。」
「室町くんに嘘言わせたりしたくないもん!」
「…………はぁ。」
「じゃね〜!」
俺は笑いながら手を振って、教室を横切り、ベランダに出た。気持ちの良い風が顔を撫でてゆく。なんか楽しいな〜。
「……楽しそうっすね。」
室町くんの無表情で棒読みな声が俺を追いかけてくるけど。もう、振り返っている余裕はない。俺はそのまま全力でスキップを再開した。
「おい!室町!千石見なかったか?!」
背後で南の声がする。やったぁ!ちゃんと室町くんに俺の居場所を聞いてくれた!
ラッキー!!
これで逃げる甲斐があるってもんだ。俺は少しだけ、バックして、廊下から中二の教室を覗き込む南をちらりと眺めた。
相変わらず、両手に黒板消しを持つ格好いい室町くんは、サングラスにチョークの粉がかかるのも気にせずに、淡々と南に俺の居場所を伝えてくれていた。良い後輩を持って俺ってラッキー!!
勢いあまって、つい、声を出しちゃったりして。
「鬼さん、こちら!手の鳴る方へ!!」
「千石っ!!」
うわ〜。思いっきり見つかっちゃったよ!
逃げろ〜!!
もちろん、走っちゃいけないから、俺は全力スキップ。
南くんは……優等生のくせに走ってるな。いけないな、部長さん。
でも、まぁ、俺のスキップは実はなかなかのスピードなもんで。
「待てよ!千石っ!」
「やなこった!鬼さん、こちら〜!手の鳴る方へ〜〜!!」
と、振り返って、南にあかんべーをして。
悔しそうに、南が舌打ちするのが聞こえる。う。結構、近いな。追いつかれそうだな。
もうちょっと頑張れ!俺!スピードエースの名に賭けて!!いや、俺、スピードエースじゃないけど。一応、名に賭けて!
部室に向かう通路にベランダから突入しようとしたとき。
俺は、なんだか見覚えのあるやつに激突した。
「何、ぶつかってるんだ?あー?」
首根っこを掴まれた俺。
うわ〜ん。亜久津くんじゃないですか。やばい。やばい。ここで捕まってたら、すぐに南に追いつかれちゃう!
と、思った矢先。
視界がぶれた。
「だだだだーん!!!」
な?何??
「亜久津先輩〜!千石先輩をいじめちゃダメです〜〜!!」
「太一!?」
太一に体当たりされて、亜久津はうっかり俺の襟元から手を離した。
でかした!!!
「いじめちゃ、ダメです〜!!」
「いじめてなんか、いねぇよ!!」
亜久津くんは太一に弱いからな!ラッキー!!今のうちに逃がしてもらいましょ!!
太一にうるうると見上げられて、亜久津は舌打ちしながら、廊下を足早に立ち去っていく。その後を追いすがる太一。良いねぇ。仲良し先輩後輩コンビ!
さて。俺は今のうちに逃げることにして。スキップ!スキップ!
と、思ったんだけど。
全く前に進めない。
恐る恐る、振り返ると。
俺の肩を掴む、南くんが居て。
うわぁ。怖い顔〜。
「千石っ!!」
「ふぁい。」
「お前、何やったんだ?」
「ふぇ?」
「俺から逃げるってことは、何か悪いことをやったんだろ?」
「ううん。南くんが追いかけてくるから逃げただけ。」
「は?俺はお前が逃げるから追いかけてたんだけど。」
「あれ?」
なんで俺、逃げ出したんだっけ?えっと。なんか、南くんが怒っているように見えたからかな?あれ?
目の前では、がっくりと肩を落とす南の姿。えっとぉ。
「あのな……千石。一つだけ、言っておく。」
「うん?」
「……手の鳴る方へって言うときはな。」
「うん?」
「……ちゃんと手を叩け。」
「……おお!」
南ってば。
相変わらず、真面目なやつ。
そして俺たちは、スキップしながら手を叩きながら教室に帰っていった。いや、スキップしていたのは俺だけだけど。手を叩いていたのも俺だけだけど。
あー。
そういえば。
昨日、駅前のコンビニで、南の好きな鮭のおにぎり、最後の一個買っちゃったのは俺だったんだよね。
南、昨日、それ食いたいって言ってたんだけどね。聞いてたんだけどね。うっかり忘れて買っちゃったんだよね。
って、怒られそうなコトを一つだけ思い出したけど……これは秘密にしておこう、と思った。南はどうも気付いていないみたいだし。うん。
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