青い鳥〜山吹篇。
「おい!太一!居たか?!」
「居ないです!!あわわ!!」
「とにかく、探せ!!」
地区大会の開始直前の時間帯。
どの学校も、準備体操やら、他校の偵察やらに余念がない中で。
山吹のテニス部員達は、会場をあちこち駆け回っていた。
「亜久津〜!」
「亜久津先輩〜!!」
亜久津が居ない。
それに気付いたのは、南が選手登録に行こうとしたときのこと。
今日はベストメンバーで、実力を試してみましょう。
との伴爺の提案通り、亜久津にも参加を促して。
このまま全国まで行かれる、そんなメンバーでの会場入りだったのである。
なのに、いつの間にか、亜久津が居なくなって。
「あいつ……どこに行っちゃったんだよ!」
「まぁ、落ち着け。東方。きっとふけて、どっかで寝てるんだろ。すぐ見つかるさ。」
「でも、急がないと。南、登録終了まで、あと何分あるんだ?」
「あと……二十分ある。間に合うだろ?」
「ああ。間に合わせないと……。」
「登録んとき、来てくれって言ってなかった俺も悪いんだ。試合までどっかでふけてるつもりなんじゃねぇかな。」
晩春の濃い木陰の奥。
人目に付かない茂みに潜んで、亜久津は南と東方の声を聞きながら、あくびをした。
「くだらねぇ。俺は試合になんか出ねぇよ。」
小さく呟いて。
ばかばかしい、と、目を閉じた。
「亜久津〜!」
「亜久津さ〜〜ん!!」
あちこちから、山吹の連中の声がする。
恥ずかしいやつら……!!
人の名前、そんなに大声で連呼するな!!
一瞬だけ目を開け、亜久津は首を横に振る。
知るかよ。選手登録なんか。
俺が居なくっても、メンバーくらい足りるだろ?
「新渡米!喜多!室町!居たか?」
「居ないのだ……。東方。どこに行っちゃったのだ?亜久津は……。」
「知ってたら苦労しないって!」
新渡米って……あの変な芽のやつだよな。
喜多とか室町とか……。
あいつら、いつも俺のこと、遠巻きに胡散臭そうに見てたやつらじゃねぇか。
放っておけよ。俺のことなんか。
お前らの部活だろ。お前らだけでやれよ。
風に揺れる木々の影が途切れて、一瞬だけ亜久津の顔に晩春の日差しをかすめ。
亜久津は、小さく舌打ちをする。
「困ったのだ。……最近、この辺にはアヤシイ宇宙船がよく来ているのだ……。」
「そうであります!亜久津さんは宇宙船に攫われたかもしれないであります!」
「ほ、本当か?!新渡米、喜多?!」
「こんなときに嘘は付かないのだ……。」
いつも自信過剰なほどにはっきりものを言う新渡米が、うつむき加減に言葉を紡ぐ。
その様子に、東方は不安げに辺りを見回した。
「最近、宇宙では、地球人のヘアチェックが大ブームなのだ……。きっと亜久津が宇宙に攫われたら、あの傷みきった髪を徹底チェックされて……キューティクルが戻るまで、集中的にヘアケア三昧フルコースを味わわされるのだ……!!」
「それじゃ……亜久津は……!!」
「……もしかしたら、300年くらい、地球に帰れないかもしれないのだ……!!」
「…………!!」
空の深い青。
揺れる木々の間から、ときおりのぞく柔らかな光。
「とにかく、探そう!!俺は南にその話を伝える!!」
「分かったのだ!!さぁ、喜多、室町!行くのだ!」
また、声が遠ざかる。
ふぁ、と亜久津はあくびをして。
ようやく眠れるな、と額に腕をあてた。
顔にかかる弱い日差しが心地よい。
小さく「ばぁか」と呟いて。
亜久津は全てを忘れようとする。
「宇宙人だと?!」
「ああ。新渡米が言ってた。」
「……東方……。お前、その話、信じるのか??」
「だって、新渡米が嘘じゃないって言ってたぞ!」
今度は別の方向から、地味な二人の声がする。
ああ。うっとうしい。
あっち行って、やってくれよ。
お前らだけでも、部活はなんとかなるんだろうが。
ってか、宇宙人が俺なんか攫うかよ。ばかばかしい。
言ってやれ。南。ありえねぇって。
どこか別の学校の一団が通りがかったらしい。
南が知り合いらしき声と、よそ行きな挨拶を交わして。
そしてまた、東方との会話に戻る。
「……だけど……宇宙船が下りてきたら、いくら俺らでも気付くだろう?!亜久津が攫われたのに気付かないはずがあるか?!」
「……きっと宇宙人だから、それくらいできるはずだ!」
「そ、そうか?東方が言うなら……そうなのかもしれないな……。」
南はあっさり納得した。
そして東方と、手分けして探す約束をして。
そこへ。
「亜久津先輩が宇宙船に乗ってイスカンダルに行っちゃったです〜〜!!!」
また、ややこしいのが来た。
「太一?!」
「ふぇ〜ん!南部長!東方先輩!!亜久津先輩が、イスカンダルの美容室でカリスマ美容師になるって言って、手を振る人に笑顔で応えて、うわ〜〜ん!!」
「落ち着け!太一!!」
「亜久津先輩が居ないなんて嫌です〜〜!!しかもイスカンダルに行くと、帰ってこられないって室町先輩が言っていたです〜〜!!」
「太一!泣くなってば!!」
いい加減、頭が痛くなってきた。
額にあてていた腕を、そのまま目の上にずらし、亜久津は寝そべったまま、小さく身じろぎする。
風が遠くから、何か放送の声を運んできて。
「選手登録終了まで、あと五分です。まだ登録をすませていない選手の皆さんは……」
……選手登録があと五分で終了だとよ。
亜久津はもう一度、あくびをする。
ほら。とっとと登録しなくちゃ、大会出られねぇぞ。
全国とかいうやつに行くなら、この大会からやんなきゃまずいんだろうが。
ふぅっと小さく息をついて。
俺のことなんか、放っておいてくれ。
と、目をつぶった。
「やばいな。あと五分だと。」
「……仕方ない。」
「ああ。仕方ないな。」
南の言葉に、東方は強く同意をして。
きっぱりと、微笑んだ。
「宇宙船が遠くまで行かないうちに、亜久津を取り返すぞ!」
「ああ!もちろんだ!!さぁ。太一!」
「はいです!!」
足音がぱたぱたと駆け回っている。
「室町く〜ん!」
「千石さん!亜久津さんは?!」
「居ない〜!!とにかく飛行船、見つけなきゃだよ!!」
「飛行船じゃないです!!宇宙戦艦です!!」
「戦艦なの?!」
「はい!!早く探さないと、あれは移動速度が半端じゃないから!!」
「そ、そっか!俺の動体視力、全力で探すよっ!!室町くんも頑張って探して!!」
「もちろんです!!」
ばかか。あいつら。
「見つけたのだ?喜多?!」
「まだであります!」
「みんなにも連絡をとってみたけど、目撃者はいないのだ……。」
「……みんなって、誰でありますか?」
「M−78惑星のみんななのだ。」
「それはきっと、遠いから、目撃できなかったのでありますよ!!」
「なるほどなのだ。でもまだ諦めちゃいけないのだ。」
冗談にも程がある。
ってか、早く登録に行けよ。
「亜久津〜〜!」
「宇宙船や〜い!!」
ホント、時間ねぇだろ。
亜久津は腕時計を目の高さまで持ち上げかけて、そのままもう一度、腕を下ろす。
知るかよ。
勝手にやれよ。
棄権したって俺のせいじゃねぇからな。
そのとき。
後ろからごそごそと音がして。
「亜久津くん……こんなところに居たんですねぇ。(にまにま)」
伴爺が茂みの向こうから顔を覗かせた。
がばっと起きあがった亜久津は、闖入者を強い視線で睨み付けたが、当然、相手は歴戦の強者。動じるはずもなく。
「もうすぐ、試合の登録が終わっちゃうんですよねぇ。」
と、人ごとのように、しかし少し寂しげに呟いた。
「じゃあ、とっとと登録して来いよ。俺は関係ねぇだろ!」
ぷいっと、目をそらした亜久津に。
伴爺は優しく微笑んで。
「あの子達は、亜久津くんが出てこなければ、選手登録になんか行きませんよ。分かるでしょう?」
風がまた、放送の声を運ぶ。
あと何分だ?
耳をそばだてている自分に嫌気が差して。
亜久津はいらいらと、手元の草を引きちぎる。
「試合に勝ちたいなら、亜久津くんが居なくても十分ですけどもね。あの子達は試合に勝ちたくて亜久津くんを捜しているんじゃないんですよ。亜久津くんが居ないから探しているんです。分かりますよね?」
嫌なじじいだ。いけすかねぇ。
ちぎった草をムリヤリ、地面にねじ込んで。
「残念ですねぇ。亜久津くん。あの子達は全国に行かれる実力を持っているんですよ。でも、友達一人のために、そのチャンスを捨てちゃうんですかねぇ。」
ゆっくりと、亜久津は立ち上がった。
こんなじじいのおしゃべりなんか、もうまっぴらだ。
ぐいっと、拳で額の髪をぬぐい上げると、亜久津は唾を吐く。
「ああ。そうそう。南くん達は、西門の方を見てくるって言ってましたね。」
最後まで気にくわねぇじじいだが。
いつまでも愚痴愚痴言われるのは、我慢ならねぇから。
亜久津は、伴爺を振り向きもせず、まっすぐに西を目指して走り出した。
「……ありがとう。亜久津くん。」
みんな、喜びますよ。あなたが無事に居てくれたから。
全く。
仕方のない子達ですね。
みんな、みんな。ホントに。
伴爺はいつも以上に幸せそうな笑みを浮かべて、空を見上げる。
木々の間から覗く空は青くて。
飛行機雲が一筋、静かに消えてゆこうとしていた。
選手登録終了まであと一分。
まぁ、大会本部も、少しくらいの遅刻なら、大目に見てくれるでしょう。
伴爺はにまにまとほほえみながら、それでも本部受付に向かって、ゆっくりと歩き出した。
晩春の陽気は穏やかに、テニスコートを照らしている。
山吹のちょっといい話になってしまった……。
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