青い鳥〜青学篇。



 それは都大会が終わってすぐのころのこと。
 まだ青葉が若々しい色をしていたころの。

「ねぇ、ねぇ、大石ぃ!」
「ん?どうした?英二。」
 休み時間。
 急に現れた友人に少しびっくりしながら、振り返れば。

「じゃん、けん、ぽんっ!!」
 いきなり。
 じゃんけんを挑まれて。
「……え?!」
 反射的に手を出す大石。

「ふぅん。大石は、抜き打ちじゃんけんではグーを出す人なんだね。メモメモ!」
「な、なんだよ?英二。抜き打ちじゃんけんって。」
「ん。うふふ。ひ・み・つ☆」
 休み時間の雑踏の中を、謎だけ大量に残して、菊丸英二はスキップしながら去っていった。
「……英二???」

 それから30秒も経たない頃。
「タカさん!!」
「あれ?英二。どうしたの?」
 菊丸は、河村を襲撃していた。
 笑顔でゆっくり振り向く河村に、菊丸は。

「じゃん、けん、ぽんっ!!!」
 またしても抜き打ちじゃんけんをしかけ。
「わっ!!わっ!わっ!!」
 必要以上に狼狽えながら、河村は大あわてで手を伸ばす。

「タカさんは。抜き打ちじゃんけんだと、後出ししながら、グー出して、俺に負ける人、と。」
「な、何??英二??」
「メモメモ〜〜♪」
 ポケットから小さいノートを出して、なにやら書き込む菊丸。
 きら〜ん、とか小声で呟いていたり、指先で眼鏡をずりあげる仕草をしている辺り、乾のマネをしているようなのだが。

「何なの??英二??」
「ひ・み・つ〜〜!」
 またしても、謎を残して、菊丸は立ち去った。

「ふふ。タカさんもやられた?抜き打ちじゃんけん。」
 部活の前。
 まだ夏と呼ぶには少し早い季節。
 窓全開の部室でも河村は額の汗を軽くぬぐいながら、涼しげな顔をした不二の隣で着替えていた。
 菊丸のクラスメートである不二に、昼間のできごとを尋ねてみれば。
 不二は、さも可笑しくて仕方ない、といった風情でにっこりし。
「英二はね。どうも、体力不足をカバーするために、アクロバティック&データテニスを目指すらしいよ。」
「アクロバティック&データ……??」
 最もありえない組み合わせじゃないだろうか、と。
 河村は口の中でもごもごとつぶやきかけて、断念する。
 英二の努力をばかにしちゃ、いけない。
 自分は体力があるけど、だからこそ、頑張っている英二のことを笑っちゃいけない。
 俺も頑張って、もっと柔軟、しよう。
 河村は前向きに、そう考えたが。
 不二はといえば。
「似合わないよね〜。英二にデータテニスなんて。」
 と。
 一言の下に斬り捨てた上。
「だいたい、抜き打ちじゃんけんで何を出すかなんてさ。テニスの役には立たないと思うんだよね。」
 と、爽やかに言い放った。

 そんな二人の会話を余所に。
「桃〜〜!」
「なんすか。英二先輩。」
「あのね!……じゃんけん、ぽんっ!!」
「ぽん!!」
「おっし!桃は反射神経良いね〜〜!」
「なんすか?いきなりじゃんけんなんかして。」
「ふ・ふ・ふ!次の校内ランキング戦を楽しみにしておけ!」
 と。
 菊丸はデータ収集に余念がなかった。

 その背後で、乾が眼鏡を光らせながら、何かをメモしていたが。
 それは菊丸の知るところではなくて。

 翌日。
「だ〜れだ?」
「……声で分かるよ。英二。」
「大石ってば、つまんないの〜。」
 今度は、背後から目隠しをして「だ〜れだ?」と聞いたときの反応を、菊丸は集めて歩いていた。

「だ〜れだ?」
「……菊丸。眼鏡に指紋が付く。」
「うにゃ!ごめん!手塚!!」
 ある意味、怖いモノなしのデータ収集に、乾さえも舌を巻いたとの噂で。
「メモメモ。手塚の眼鏡には指紋が付く。」
「……誰の眼鏡でも、触れれば指紋は付くぞ。」
「マジ?!それはメモしなきゃ!!」
「常識で考えれば分かるだろう……。」

 翌日は。
 膝かっくん。
 その翌日は。
 抜き打ちにらめっこ。

 昼間は教室で、同学年の友人達がもっぱら餌食になっているのだが。
 部活では、後輩達が、ひたすら菊丸のターゲットになる。
 部室で着替えていた海堂は、背後から迫る菊丸の気配に、軽く苦笑し身構えた。

「海堂〜!!」
「今日はなんすか。」
「今日はって何だよ!!」
「またデータでしょ?」
「むぅ。つまんないぞ!!身構えられちゃ、抜き打ちの意味ないじゃん!」
「はいはい。じゃあ、また後で、いきなり仕掛けてくださいっす。」

 諦めたように、ふしゅ〜っと気体を吐きながら、海堂がグラウンドに出て行く。その後ろ姿に、思いっきり「いーっだ!」としかめ面をしてから。
 菊丸はベンチに座り込んだ。
「ねぇ。ねぇ。不二〜。明日は何、やろうかな〜。そろそろネタが尽きて来ちゃった〜。」
「うふふ。ボクにも秘密にしておかなきゃ、ダメじゃないの?」
「むぅ。そうだけどさ。不二は今まで、一度もびびってくれないんだもん。」
「そうかな??」

 不二の笑みに、菊丸はむぅっと頬をふくらます。
「じゃあさ、明日は英二、ポケットから鳩を出してみたら?」
「あ!それ、すっげぇ格好いい!!でも、俺……出し方知らない。」
「ウサギでも良いよ?」
「ウサギより鳩がいいな〜。」

 菊丸と不二が作戦会議をしている間。
 周りの三年生たちにはその話は筒抜けで。
 乾などはしっかり全てをメモしていて。

「鳩っ!鳩っ!!頑張って、研究してみるよ、俺!!」
 元気よく、菊丸が部室を飛び出していったのを見送ったあと。
 友人達は、一斉にくすくすと笑い始めた。

「あんなデータでテニスをどうするつもりなんだろうね?英二は。」
「気にしない方が良いよ。タカさん。英二の気まぐれはいつものことだろ。」
 菊丸の気まぐれに振り回されっぱなしの人の良い大石と河村は、くすくす笑いながらも、首をかしげて。
「もしあれが試合に役に立つとしてもさ。あんなの、青学以外のデータは取れないだろうしね。」
「う〜ん。でもむしろ、俺は、英二だったら相手チームの選手のトコに飛び込んで、膝かっくんとかやりそうな気がして、怖いよ。」
「あはは。確かに怖いね……。」
 二人はしばらく見つめ合い。
 想像するのを中断した。
 ありえそうで怖い。
 しかも、そんなデータで試合に勝つのはいやかもしれない。
「大石。今度から試合前には英二のこと、ちゃんと見ておこうね。」
「そうだな。タカさん。」

 心配性の二人が、どきどきと決意を固めていたころ。

「ねぇ。乾。面白い英二のデータ、取れた?」
「ああ。」

 乾のノートを覗き込むように、不二が小首をかしげて。
 少し慌てたように乾はノートを閉じる。

「どんなデータなの?」
「はは。ひ・み・つ。」
「けち!少しくらい、教えてよ。」
「まぁ、少しだったらな。」
「ありがと!乾!」
「……一番大事なデータはといえば。……菊丸というやつは……。」
「うん。」
「みんなから愛されて幸せなやつだな、というコト、かな。」
「……全くね。」

 大石と河村は、一度持ち上げたボールのバスケットを床に置き直して、乾と不二の横顔を振り返った。
「あはは。全くね。」
「うん。全くだね。」
 小さく笑って。
 彼らはもう一度、バスケットを抱えて、部室を後にした。 

 今日もきれいに晴れ渡った晩春の空の下。
 木々の緑に包まれて。
「おちび〜!!ポケットから鳩を出すやり方、知らない?」
「……なんすか?それは……。」
「おちびのリアクションは、『なんすか?それは』、ね。おっし!次は桃だ!!」
 菊丸は。
 翌日、鳩の出し方は分からなかったようだが。
 新しいテーマでデータ収集に励んでいた。

「全く。まだまだっすね。」

 越前の口癖も気にせずに。
 菊丸の奮闘は今日も続いている。





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