夏休みももう終わる頃。
宿題、うざいな〜。みんな、終わってるのかな〜。
と。
ベッドで枕を抱えてごろごろしていた神尾。そのとき、枕元に転がしてあった携帯が、にわかにリズムに乗った。
「はいっ!もしもし!」
飛び起きると同時に電話に出れば。
それは案の定。
「ああ。アキラ。俺、桜井だけど。」
学校の仲間からのお誘いの電話。
「明日さ、朝から石田んちの本堂借りて、宿題大会やろうと思うんだけど。」
お前、宿題終わってないよな?と。
不名誉な質問を正面からかまされたにもかかわらず、それに腹を立てないのが神尾の鈍いところというべきか、寛大なところというべきか。
「行く行く!ん!明日9時な!絶対、行く!」
電話を切ってから。
「あれ?明日って、俺、誕生日??ま、いいや。宿題やる誕生日ってのも。」
なんて、のどかに考えて。
神尾はその晩、早めに寝ることにした。
そして、朝日は昇って、世界は8月26日を迎え。
「おお。俺、14歳じゃん!」
神尾は例年通り、「誕生日が来ると、やべ!夏休み終わりじゃん!って気分で、損した感じだよな〜。」とぶつぶつ考えながら、朝ご飯を食べ。
「宿題片づけて、あと5日は遊ぶぞ〜!」
と、今日もリズムに乗るコトにした。
石田の家はお寺さんで。
いつも不動峰の仲良しグループは本堂を借りてごろごろしていたりする。
真夏の本堂は、板張りの床が涼しくて気持ちが良い。
朝の日差しをいっぱいに受けた石段を登れば、石田のおじいさんのリズムに乗ってる読経の声が聞こえて。
「おっし!俺もリズムを上げるぜ!」
神尾のリズムも良い感じになってきた。
もっとも、石田に言わせれば、おじいさんはリズムに乗っているのではなく、朝の「おつとめ」をしているらしいのだが。
「おつとめ、ご苦労だったな。やす。ムショ暮らしはどうだった?」
「兄貴〜!」
みたいな「おつとめ」しかイメージできない神尾にとっては、石田家ってワイルドでかっこいいぜ!!という程度にしか通じていなかった。とにかく、石田のおじいさんは、神尾にとっては魂のリズム友達であった。
境内では蝉がリズムに乗っている。
降り注ぐような蝉時雨は、なかなか高度なリズムを生み出していた。
濃い影を落とす本堂のひさしの奥。
「っす!」
覗き込めば、闇の向こうから石田が顔を出す。
「神尾。もう、来たか。早かったな。」
石田の声に、ぞろぞろと後ろからも人影が現れ。
ふと見回せば。
まだ9時にもなっていない本堂に、いつの間にかもう見慣れた顔が勢揃いしていた。
「どうする?」
「いいじゃん?桜井。忘れない内にすましちゃおうぜ。」
「そうだよな。アキラのコトなんか、みんな、すぐ忘れちゃうんだから、今の内にすました方がいいよな。ぼそぼそ。」
と。
一同は一瞬、顔を見合わせてから。
「せーの!」
という桜井の合図と同時に。
「ハッピバースデー アキラ〜♪」
寺に似合わない歌を歌い出した。
本堂を覆うように深い緑の下で。
びっくりしすぎた神尾アキラは思わず、涙目になる。
「おい!泣くなよ!ばか!!」
「だ、だ、だって……てめぇら、全然、リズム、合ってねぇ!!」
「それから、これ。アキラが欲しがってたCD。」
森が後ろ手に持っていた小さな包みをおずおずと手渡して。
「え。あ。マジ……?お前ら、今月、橘さんの誕生日があるから、金、ないって言ってたじゃん……。」
またしても涙目になる。
「5人でCD1枚くらいなら、なんとか買えるよ。」
「内村はホントに金なかったから、俺に借金してるんだけどね。」
「うっせぇぞ!森!!9月になったらすぐ返すって言ってるだろ!!」
「な、なんか……マジで……ありがとう。」
蝉時雨と日差しと。
滴る汗。
濃厚な影を落とす広葉の大樹。
全てが神尾のリズムを狂わせる。
「暑ぃな。ってか、午後はもっと暑くなるんだよな。」
「そういうこと、言うなよ。石田。とにかく、さっさと宿題やるぞ!」
一同は、奥から借りてきた長い文机を並べて、あるいは床に寝そべって、それぞれ思い思いに宿題を始める。
質問は良いけど、丸写しはしない。
それは、別に誰が決めたわけでもない、彼らのプライド。
「うっし!リズムを上げるぜ!」
神尾もなかなか良いリズムになってきた。
「ってかさ。なんでみんな、俺の誕生日なんか祝ってくれたんだ?嬉しいけど、ちょっとびっくりしたぜ。」
「……それは今がアキラ愛護月間だからだろ……。そうじゃなきゃ、こんなサービスしねぇよ。絶対。アキラなんかに。ぼそぼそ。」
「あー?なんだ?そりゃ??愛護月間??」
神尾が伊武の言葉に反応すると同時に、桜井の険を含んだ声が飛ぶ。
「深司!!」
伊武は桜井の方を振り返って、しばらく憮然とした表情で、口をぱくぱくさせて何かを訴えようとしていたが、これ以上何かを口にするのは得策じゃないと悟ったのか。
「だって誕生日あるだろ。」
とだけ言い捨て、会話への興味を失ったかのように宿題に目を戻してしまった。
かりかりかりかり、と。
みなのシャーペンの音ばかりが響く。
その合間、合間に。
「アキラ〜。麦茶、飲むか?」
「あ!くれ!内村!喉乾いた!」
「ねぇ、アキラ。その問題、解き方違うよ?」
「マジ?」
「うん。ほら、ここ、代入が逆。」
「うわ。サンキュ!森!すげぇ助かった!」
なんか今日はすごく愛されている気がする。
友達と過ごす誕生日って良いなぁ。
神尾はしみじみと、喜びを噛みしめた。
そこへ。
「お〜。やってるな。」
「「「「「橘さん!」」」」」
「やっほ〜!差し入れだよ〜!」
「「「「「杏ちゃん!!」」」」」
橘兄妹が顔を見せた。
「スイカ、冷えてるのを持ってきたから、お前ら、手、洗ってこい!」
「わ!マジっすか?!」
橘は抱えていたスイカを本堂に置くと、背負った大きなリュックから、まな板と庖丁を引っ張り出し。
「橘さん……まな板まで背負ってきたんですか……。」
石田が文机を縁側に運び、その上にスイカとまな板を移した。
「お気に入りのまな板だもんでな。」
にやりと笑うと、橘は勢いよく、スイカに刃をあてる。
さくっ!
と、鮮やかな手際でスイカは割れて。
「「「「「わ〜!」」」」」
ばたばたと洗面所から戻ってきた子供達が一斉に声を上げる。
「アキラ。お前、確か今日、誕生日だったな。」
「え。はい!」
橘さんも、誕生日を覚えていてくれた。
神尾はリズムに乗りすぎて、世界の果てにまで飛んでいきそうになっていた。
「じゃあ、一番うまそうなトコ、大きめに切ってやるか。」
そう言って笑う橘に、杏が横から口を挟む。
「この辺が美味しそうだよ。お兄ちゃん。」
もう。
世界はすでに。
リズムにHIGH!!!
である。
「ほら。食え。アキラ。」
「はい!」
「美味しい?アキラくん?」
「うん!すげぇ甘くて美味しい!」
リズムにHIGH!なまま、神尾は思った。
誕生日って良いなぁ、と。
ってか、俺、幸せすぎでどうにかなりそう、と。
縁側で、にこにこと神尾がスイカを食べているころ。
そして周りで友人達がそれぞれにスイカをかじっているころ。
友人達は一斉に思い出していた。
「アキラくんって8月26日生まれなんだ?それって乙女座だね!」
神尾の誕生日の話をしていた日の、杏の無邪気な発言を。
「ああ。アキラってば、男なのに乙女座だなんて……可哀想すぎるぜ……。」
と同情の涙を流しつつ。
乙女座の期間くらいは、アキラを愛護してやろう、と心に誓っていたのは。
神尾には決して言ってはならない秘密であった。
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