雨宿り〜山吹篇。




 空が薄暗くなったコトは、先刻承知だったが。
 むっとした空気が暑くのしかかってきているコトも、気付いてはいたが。
 ばらばらばらばらっ。
 突然の、世界を震わすような激しい雨音にはやはり驚いて、部室に残っていた面々は、慌てて顔を見合わせる。

「うわ。土砂降りだな。」
「ホントだな。」
 東方が窓を薄く開く。
 その脇から、南も覗き込むようにして、外を見た。
 窓の外、校庭にはもう、降り出して一分も経たないうちに、浅い水たまりができはじめている。
「うおっ。マジ、すげぇ雨!!ラッキー!!」
 更に横から、ひょこっと千石が顔を突っ込む。そして、窓を大きく開いて、そのまま外に首を出し、「すげぇ!すげぇ!俺、ラッキー!!」と何度も呟いて。

「何がラッキーなんだよ。」
 頬をかすめて揺れる千石の髪に、ちょっと驚きながら南は尋ねる。
 窓を大きく開けたせいで、雨の飛沫が霧のように部室を湿らせ始めていた。
「へ?だって俺、今日、傘、持ってきてないもん。これであと三分早く部室出てたら、駅に着く前に土砂降りに遭って、びしょ濡れだったよ?」
 そう言って、屈託なく笑う千石に、南は肩をすくめた。

「傘持って来てない日に、雨に降られてるんだから、アンラッキーなんじゃないのか?」
 身を乗り出して外を見ている千石の額をぐいっと押して、屋内に収納すると、いつの間にか全開になっていた窓を、がしゃん、と閉じる。
 南の動作を目で追って、一瞬、いたく不満そうな顔をした千石。しかしいつも通りにたにたと笑みを浮かべて、口を開いた。
「何言ってるのさ。南。お日さまと雷さまの都合は、俺のラッキーとは次元が違うっしょ?俺はお日さまや雷さまとはラッキーを競わないコトにしてんの。」

 にっと、笑い。
 上目遣いにそっと、南の御機嫌を伺いながら、千石は再び、窓を薄く開く。

「俺、土砂降り、大好き〜。うきうきする〜。」

 東方が、「どうする?窓、閉めるか?」と困ったように南を振り返ったが。
 苦笑しながら、南は、「放っておけ。」と首を横に振った。
 それを見て、東方もくすり、と笑い、窓を離れた。

「ラッキーだよな〜。傘持ってなくて、部室から帰れないときにさ、一緒に雨宿りしてくれる友達が二人も居るなんてさ〜。」
「なんで、俺らがお前と一緒に雨宿りしなきゃいけないんだよっ!」
 南は裏拳で突っ込みかけて、ふと、東方が突っ込み体勢に入っていないコトに気付く。
「……東方。お前も傘、ないのか?」
「……そうとも言う。」

 窓に寄りかかるように振り向いた千石は。
「ね?俺ってホント、ラッキー。」
 と、嬉しそうに笑う。
 雨音が、ひんやりとした風と共に、部室に流れ込んできた。
「南は地味な部長だから、まだ部誌、書き終わってないでしょ?東方は地味だから、傘、忘れたでしょ?」
「「地味は関係ねぇ!!ってか、地味って言うな!!!」」

 二人の息のあった突っ込みが、今度こそきちんと炸裂した。

「あはは。ホント、俺ってラッキー!」

 友人達は知っている。
 千石は、本人が言っているほど、ラッキーなどではない、というコトを。
「へいへい。素晴らしいお友達に恵まれて、本当に清純くんはラッキーですね。」
「何、それ。南くん〜?嫌味なの〜??」
 部誌を前に、シャーペンを拾い上げて、南は一瞬、目を上げてにやりと笑い、すぐに部誌に目を落とす。

 部室に三人。
 重い湿度と緩い静けさが、雨音の狭間にゆっくりと淀んで。

「あ〜あ、早く止まないかな〜。」
「お前、土砂降り好きなんじゃなかったのか?」
「うん。俺、土砂降り、大好き。でも晴れも好き。」
「何でも良いんだろ、結局……。」
「いや〜ん、東方くんまで嫌味〜??」

 南がシャーペンを走らせる音が、軽やかに響く。

「ねぇねぇ、聞いて〜。」
「なんだよ。」
「俺、昨日、怖い夢、見たんだよ。すげぇの。」

 窓の外を眺めるのに飽きたのか、千石は手近なロッカーに寄りかかって。
「怖い夢?どうした?」
 相槌を打つ東方の声は優しい。
 少し心配したような色さえ浮かべ、そっと千石の顔を見やる。

「ん。あのさ。俺、夢の中で新渡米としゃべってるんだ。」
「新渡米と?」
 そういえば、新渡米は雨が降り出す少し前に部室を出ていった。降られて、びしょ濡れになったりしていないだろうか?
 片耳で千石の話を聞きながら、南はふと、窓を見上げる。
 まぁ、新渡米のコトだから、雨が降っても、平然と顔色一つ変えずに歩いてるんだろうけどな。

「でね、なんかの弾みに新渡米がさ、『ちょっと飛ぶのだ。』って言い出すんだ。」
「はぁ。」
「で、あの葉っぱがね、くるくるくるくるっっ!!って回転して、それがプロペラ代わりになって、新渡米、ホントに浮くのね。」
「……はぁ。」
 南の手が止まった。
 あり得ない……。あり得ないけど……。
 想像すると、なんか、新渡米なら飛べそうな気がしてきた。

「そしたら、喜多が出てきてさ。『俺も手伝うであります!』って言って。浮いてる新渡米を肩車するんだよ。」
「……浮いてる新渡米を肩車……。」
 東方、真面目に考えるなよ?
 南は親友の動揺した声に少し居たたまれなくなりながら、もう一度、部誌に目を落とした。

「でね。喜多のほっぺの渦巻きがくるくるくるくるっっ!!って回転して、それがモーターみたいになってね。新渡米の葉っぱで浮かんだところに、喜多の渦巻きがジェット噴射して、二人揃って『ちょっと行って来るのだ〜!』ってどこかに飛んで行っちゃったの。」

 いや。
 飛んで行っちゃったの、じゃないだろう。
 と、東方は、さすがに付いて行かれなくなって、額を押さえた。

 しかし、いつの間にか、椅子ごと千石の方に向き直っていた南は、真剣な面もちで尋ねた。
「飛んでいく喜多は、バックして進むするわけか?」
「ん?いや、前に向かって飛んでったよ?」
「それはおかしいな。喜多の渦巻きが推進力なら、そこからジェット噴射するんだから、喜多の後ろに向かって進まなきゃ、理屈に合わないだろう??」
 恐ろしいことに。
 南はいつだって、大まじめだった。

 東方は、さっきとは全く別の理由で、もう一度、額を押さえた。
 俺のこと、騙されやすいとか、流されやすいとか、良く言ってるけど、南だって人のこと言えないだろ??
 南は冷静で落ち着いて見える分、よけい始末が悪い気がする。
 そう思いつつ、東方は二人の表情を見比べた。

 窓の外、雨音はまだ激しくて、空もずっしりと重く暗い。

「う〜ん。そっか。それもそうだな〜。」
 千石はにたにた笑ったまま、腕組みをして、考え込む仕草を見せる。
 そして、ぱっと顔を輝かせると、自信満々に言い切った。
「やっぱ、俺ってラッキー!!」
「は?」
「だってさ!物理的に、あり得ない夢、見ちゃったんだもん!ラッキーじゃん!」

 いや、物理的にあり得ないというのなら、新渡米が浮いた時点で、あり得ないし。
 それ以前に、やつの葉っぱが高速回転した時点で、もう、オカシイ。
 葉っぱが生えてるコトは、まぁ、慣れちゃったし、変だとは思わないけども。

「ところで、それって怖い夢じゃなかったのか?」
「うん。ちょっと怖かった。」
「……怖くてもラッキーなのか?」
「うん!だって、滅多に見られないじゃん!そんな夢!!」

 友人達は知っている。
 千石は、本人が言っているほど、ラッキーなどではない、というコトを。
 しかし、全てをラッキーに変えてしまう、不思議に前向きな思考回路を持っているコトを。
 そして、それがラッキー千石の本当の力の源だというコトを。

 だが。

「雨、止まないねぇ。東方も南も、こんなに地味なのにねぇ。」
「「地味は関係ねぇ!!ってか、地味って言うな!!」」

 千石がラッキーだとか地味だとか言うのは。
 実はただ単に、口癖であって、あんまり深くいろいろ考えているわけじゃない、というコトも。
 友人達は知っている。

「あはは!ラッキー!十円、めっけ!」
「部費に回して置くからな。回収だ。回収!」
「けち〜!南って、地味なトコで、部長っぽいよ〜!」
「うるせぇ!早く寄越せ!」

 まぁ、だけど、それはそれ。
 山吹でこいつらと出会えて、俺、ホント、ラッキーだな、と。
 じゃれる南と千石を見ながら、東方は地味にくすりと笑った。






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