怪盗ババロア☆
「……ダビデ?」
「……!!」
「何やってるのさ?電気もつけずに。」
ここは六角派出所のロッカールーム。
薄曇りの窓からはほとんど光も入ってこない。
電気をつけなければ、薄暗くて何もできないような部屋の奥で、しゃがみ込んだ天根がごそごそと何かを漁っているのを、佐伯は発見してしまって。
溜息をつきながらも、一応は友情の名の下に突っ込んでやる。
「ダビデ。全く。何やってるんだよ。お前は。」
「……ここは六角派出所のロッカールーム……。」
「いや。ロッカーなのは知ってるから。ってか、『六角のロッカー』ネタはもう聞き飽きたから。俺は、こんな暗いトコで何やってるかって聞いてるんだよ。」
「……真っ暗な枕……。」
答えに窮したように視線を泳がせた天根が、そう呟いて、指さしたのは。
部屋の隅に放置されてるぺたんこの座布団で。
これが黒羽だったら、まっすぐ突っ込んでやったんだろうし。
葵だったら「真っ暗でもなけりゃ、枕でもないよ!ダビデ!」とか、身も蓋もない冷たい言葉を浴びせかけてやっていたんだろうけども。
あいにくと佐伯はそこまでサービスが良くもなかったので。
もう一度小さく溜息をつくと。
「勝手に樹ちゃんの荷物、漁るのやめろよ。」
とだけ、言ってやった。
天根はばつが悪そうな表情で、こそこそと立ち上がり、そのまま、視線を合わせないように、ロッカールームから出ていこうとする。
ちょっといじめすぎたかな、とも思いつつ。
戸口に寄りかかって、天根の動きを見守っていた佐伯は、すれ違い様に、低く。
「俺は抜かせないよ。」
と。
いたずらめいて、天根の耳元にささやいて、小さく笑った。
一瞬立ち止まった天根は、目も上げずに。
「いつか抜く……。お日さま、ぬくぬく……。」
謎の捨てぜりふを残して、静かに立ち去っていった。
天根の足音が聞こえなくなるのを待って、佐伯はぱちり、と部屋の灯りをつける。
自分の駄洒落に吹きださないなんて、天根もずいぶん、焦ってたのかな。
それとももしかして、全然、俺が駄洒落に突っ込んでやらなかったから、落ち込んでるのかな。
とか、考えながら。
出しっぱなしにされていた樹の鞄を持ち上げて、何もされていないことを確認していると。
背後からゆっくりと落ち着いた足音が聞こえて。
「どうしたのね?サエ。なんかダビが暗い顔してたけど。」
樹が姿を現す。
「ああ。樹ちゃん。……ダビデのやつ、また何か企んでるみたいなんだ。」
「ふぅん。まぁ、放っておくのね。きっとまたどうでもいいいたずらなのね。」
「お茶目なのは良いけどね。……樹ちゃんの鞄、狙われてたから。気を付けて。」
「がってん。ありがと。サエ。」
「ダメだな。あいつをフリーにしちゃ。」
「気にしないのね。可愛いもんなのね。」
六角派出所のお巡りさんは地元の子供達のアイドルである。
しょっちゅう、小中学生が遊びに来るし、巡回をしていても、公園などで囲まれてしまって、なかなか派出所に戻れないときがあるほどで。
「バネさ〜ん!お母さんがこれ、みんなで食べてって!」
ご近所さんから、お菓子の差し入れがあったりもする。
それは。
数ヶ月前のこと。
ご近所からババロアの差し入れをもらった六角の面々は、ありがたくおやつでそれを頂いたあと、残った一つを冷蔵庫に入れて置いた。
夜勤のメンバーのためである。
しかし。
夕方には、ババロアはなくなっていて。
冷蔵庫の中に、一枚、広告の文字を切り張りした、元祖「犯行声明」みたいな紙が投げ込まれていたのである。
「ジジイが食ってもババロア」
「犯行声明」を見て、第一発見者佐伯と樹は額を押さえた。
「……しょうもないな。」
「きっとババロアが欲しかったんじゃなくて、このギャグを書きたかったのね。」
説教したりすれば、逆に図に乗るかも知れない。
と。
二人はこの「犯行」をスルーすることに決定。
だが、その晩、夜勤担当だった黒羽は、話を聞いて激怒した。
「俺のババロア食いやがって!!どこのどいつだっ!!!しかもこんな下らねぇギャグ、面白くもなんともねぇよっ!!」
大まじめに激怒する黒羽に。
佐伯と樹はフォローのしようもなく。
「そうだね。バネ。犯人を捕まえたら、徹底的にとっちめようね。」
とだけ。
小さく微笑んで同意するしかなかった。
黒羽が怒ってたらしい、と聞いて。
もちろん、リアクションがあったことに大喜びしている男がいた。
彼は、第二の犯行、第三の犯行を次々と繰り広げる。
あるときは共用の文具箱からマジックが消えて。
「マジックペンが消えるマジック」
と書かれた「犯行声明」が残され。
また、あるときは冷蔵庫のチョコレートが半分減っていて。
「ちょこっとチョコをちょうだい」
という「犯行声明」。
「いつか必ずシッポをつかんでやるんだからなっ!!怪盗ババロア☆め!!」
あの日、ババロアを盗られた恨みを忘れない黒羽は、犯行のたびに、激怒している。
そう。
その犯人の名は、誰が呼んだか、怪盗ババロア☆
「あ。傘立ての傘が全部、上下反対に突っ込んであるよ!面白い!」
ある雨の日。
巡回から戻った葵が、派出所の玄関先で楽しそうに声をあげる。
きっと小学生が遊んだまま、放置して帰ったんだろう、と、傘を引っ張り出し、元に戻そうとして。
葵はもう一度、声を上げた。
「あああ。またババロア☆だよ!バネさん!」
「あん?」
ひらひらと、葵が振り回す紙には、相変わらずの「犯行声明」。
「かさがさかさ」
「かさがさかさ……??傘が……逆さだぁっ?!」
音読して、一瞬、考えたあと、目を剥いた黒羽は。
「……ちくしょう!!ババロア☆のやつめ!!!下らねぇこと、また考えやがって!!しかも今回は全然、怪盗じゃねぇじゃねぇかっ!!全く意味ねぇじゃねぇかっ!!!突っ込ませろ……!!俺に突っ込ませろっっ!!」
と、指先をワキワキさせた。
「現行犯じゃなきゃ、突っ込めねぇっ!!突っ込ませろってんだっ!!」
憤慨しきりの黒羽の背後で。
脱ぎ捨てた帽子に顎を乗せて、机に突っ伏す天根が、にやにやと嬉しそうに黒羽を見上げている。
「ダビデ!てめぇ、なに笑ってやがる!」
「……バネさん。その犯人は半人前じゃないよ……。ぷぷ。」
「うるせぇ!!つまんねぇこと言うなっ!」
どがっ!!
頭上からまっすぐにひじ鉄を食らって。
さすがの天根もびっくりしてじたばたした。
「いてて。」
そのまま髪をぐしぐしと掻き回されて、天根は机に突っ伏したまま、両手で頭を抱える。
「バネさん……ヤツメウナギの八つ当たりだ……。」
「やつ、しか共通点、ねぇじゃねぇかっ!!」
ぐしゃ。
両手でのガードも空しく、天根はそのまま、また髪を掻き回されて。
「……せっかくちゃんとセットしてきたのに……。」
じたばたと文句を言った。
黒羽は鼻を鳴らして、問答無用といった調子で言い返す。
「お前よりは怪盗ババロア☆のギャグの方が数倍面白ぇよ!」
「え?……そ、そう?」
黒羽の爆弾発言に。
天根は困惑したように固まったが。
周囲のメンバーも激しく固まった。
「……バネは……本気で分かってないわけ?ババロア☆の正体。」
「……そうみたいなのね……。」
「っていうか、バネさんが怒っている理由、ずれてるよね!最初はお菓子盗られたから怒ってたのに、今は突っ込ませてくれないから怒ってるよ!面白いっ!!」
「くすくす。バネはやっぱり天然だね。バネが正体に気付いて、きちんと突っ込んでやるまでは、ババロア☆もいたずらをやめないだろうし。くすくす。困ったね。」
ギャラリーがこそこそとささやきあう横で。
「ダビデ!ちょっと手伝え!」
憤慨した黒羽は、「犯行声明」から犯人の指紋検出を試み始めた。
天根に手伝わしちゃ、意味ないだろ。
という、全員の心の叫びを背に。
今日も黒羽は、大まじめに、怪盗ババロア☆を追っている。
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