これは。
ほくろ戦隊ダイブツダー!」シリーズの番外に当たるSSです。
おそらくこのシリーズをお読みになってからの方が、
意味が分かりやすいかと思います。
単独でも読める、かなぁ。はい。


ダイブツダー番外 シルバー篇  〜日溜まりの花。





「赤也。哀しいお知らせがある。」
「……か、哀しいお知らせ……?!」
 中二の教室にいきなり姿を現した真田と柳は、言いにくそうに口を開いた。
 その苦渋に満ちた表情に、切原は少しだけ不安を覚える。
 テニス部に不祥事でもあったのか?
 それとも、まさか、誰かの身に何か……?
 軽く唇を噛む真田にちらりと目をやってから、静かに口を開いたのは柳。

「哀しいことに、赤也……最新版の日本地図でも、東京と神奈川の境界線は少しも動いていなかった。」
「……1キロくらいは侵略したつもりだったのだがな。ムリだったようだ。」
「しかも、神奈川県の特色紹介に、『悪』という文字が一度も使われていなかった。」
「まだ一般に認められていないのだ。俺たちの『悪さ』が……!!」
「だが、弦一郎も俺も、この程度ではめげはしない。」
「ああ。そうだ。赤也よ。俺も蓮二もこんなことでは負けはしない。更なる悪を目指して、精進するのみだ。」

「…………はぁ。そうっすね……。」

 一瞬でもシリアスな展開を予感した自分が愚かだった、と。
 切原は素直に後悔した。
 真田と柳の目は、もちろん真剣そのものであって。
 だからこそ、困るのだ。
 切原は静かに目を逸らそうとした。
 クラスメイト達は、突如闖入してきた三年生に驚いた様子で、遠巻きに様子を窺っていて、同じテニス部の友人でさえ、そばに寄ってこようとはしない。
 そりゃ、そうだろうな。
 溜息をつきつつも。そんな諦めの良さが、切原の長所でもあった。

「しかし、そうであっても、だ。」
 真田の朗々たる声が、切原を現実に引きずり戻す。
「我々は最近、たるんどる!悪さの一つも満足に世間に認めさせていないとはな!六角にしてもたるんどる!本当に、たまらんたるみ方だ!」
「全くだな。我々はみな、もっと努力しなくてはならない。」
 穏やかに相槌を打つ柳の指先が、すっと伸びて。
 切原の額に、ぷすっと突き刺さる。
「お前もだぞ。赤也。反省しろ?」

「う。うぃっす。」
 素直な切原の返答に、先輩二人は少しだけ嬉しそうに頷いた。

「そんなわけで。今日は三人がかりで東京を攻撃しようと思う。」
 真田の言葉に応えるように、柳は、胸に抱えていた小型の段ボール箱から、赤い文字で「R」と書かれた銀色の金属塊を取り出して。
「ほら。赤也。これがお前のために特別開発したワルサー3号γだ。弦一郎、お前はワルサー3号α、そしてこれが俺の。ワルサー3号βだ。」
 切原と真田にそっと手渡す。
「へ?今回の武器は、これっすか……?」
「そうはしゃぐな。赤也。それにしても、蓮二。たまらんフォルムだな。」
「ふふ。今回は形にも少しこだわってみた。」
 いつものように、ワルサーには「一日一悪・神奈川県」「悪の秘密結社・立海大附属」と誇らしげな標語が書かれている。



「退屈だな。樺地。」
「うす。」
 氷帝のテニス部は本日お休みである。
 別に、何のことはない、その日は部活のない曜日で。
 テニスにのめり込んで生きている跡部や樺地は、部活がないと急に拍子抜けしてしまう。何をして良いのか、分からなくて本当に手持ちぶさたで。
「ふぅ。ダイブツダーの呼び出しもないしな。」
「……うす。」
「……あ。悪ぃ。別に、東京がピンチになれば良いと思ってるわけじゃないからな。ただ、悪をうち破るのは最高の暇つぶし、じゃねぇや、えっと、とにかく正義のために戦えたら部活と同じくらい良いなと、思っただけだ。」
「うす。」

 部活がないなら、そのまま下校すれば良いのであるが。
 下駄箱からぐるりと校庭に回り、ちょっとだけテニスコートの方へと足を伸ばす。
 無人のコートを見て、ああ本当に今日は部活がないんだな、と、確認し。
 がっかりしながらも、どこか安心して帰宅するのが、いつもの彼らの習慣であった。
 日差しは暖かく、のんびりと校庭を歩くと、植え込みのユキヤナギが緑の細枝を揺らす。
 ハナミズキの花もすっかり散り果てて、世界は初夏の色合いを見せ始めている。

 校庭を囲む金網。
 並木と呼ぶには物足りない感のある植え込み。
 その向こうには小さな花壇があったのだが、目立たない場所であったせいか、いつの間にか忘れ去られて、雑草が野放しになっている。
 今の季節なら露草が青い花を付けているころか。
 雑草の茂る花壇も悪くない。
 そう思いつつ、花壇に目をやって。
 跡部は目を疑った。

「……おい。樺地。」
「うす?」
 花壇には、人影が三つ。
「……あいつら……真田に柳に切原じゃねぇか?」
「……うす!」

 悪の立海の三人が。
 花壇にしゃがみ込んで、花を植えていたのである。

「てめぇら!人の学校で何やってやがる!」
「……跡部か。たまらんタイミングで登場だな。」
 トレードマークの帽子の下に、薄手の白いタオルを挟み込んで、まるきりガーデニングに夢中☆といった様子の真田が目を上げる。
 真田の動きにつられて、ようやく人の気配に気付いたように、一テンポ遅れて柳と切原も跡部らの方を振り返った。

「何をしてるかだと?聞くも愚かな問いだな。跡部。」
「……あーん?」
「見ての通りだ。俺たちは今、東京の私有地に入り込んで、許可もなく雑草を抜き、土を掘り返し、勝手に花を植えるという悪事を働いているところだ。たまらん悪さだろう?」
「くっ!なんてコトだっ!悪の神奈川め……!」

 樺地はその瞬間。
 切原と目が合ってしまった。
 お互い、何だか気まずくなって、即座に目をそらしたが。
 なんとなく、神奈川も大変なんだなぁ、と樺地は素直に同情した。

「蓮二の開発したワルサー3号αにかかれば、数年放置されて荒れ放題の花壇も、あっという間に素敵なお花畑に変わる。ふはは。どうだ。跡部!悔しいか!」
「くっ。ワルサー3号αというのは、お前が持っているシャベルのコトか……!」
「違うな。跡部。これはシャベルと見せかけて……スコップだ。」
「何だと、柳……!!それがスコップだというのかっ!!」

 先輩達の愉快な漫才を聞きながら、切原は思った。
 きっと、柳先輩も真田先輩も、跡部さんや樺地に油断をさせて、一気に叩きつぶすつもりに違いない。
 いや、そうじゃない!俺がノーマークになっている今がチャンスなんだ!先輩達が作ってくれたせっかくのチャンス!今なら、先輩達に気を取られている樺地を背後からぶっつぶすコトくらいなら、できそうだ……!!
 そう思って。
 こっそりと樺地らの後ろに回り込もうとした切原。
 だが、現実は冷酷であった。

「赤也。何をやっている。」
 冷静な声で突っ込みを入れたのは、他ならぬ柳であって。
 樺地はおろか、跡部にまで振り向かれ、せっかくの隙をつく攻撃は失敗に終わる。

「赤也。たるんどるぞ!そんなところで遊んでいる暇があったら、花を植えろ。」
「う。うぃっす。」
 樺地の目が同情の色に優しく揺れたように見えた。
 決して。
 決して、ダイブツダーになど、同情されてたまるか!
 切原は強い眸で、樺地を睨み付け、ワルサー3号γを握りしめる。
 そうだ。これが俺の道。
 この悪を貫いてこそ、俺は立海の真のエースになれる!
 本当の切原赤也はこれからだ!

 植木屋で三時間唸って、真田が選んできた花の苗は。
 パンジーやスミレ、マリーゴールドと、やけにファンシーな花ばかりで。
 氷帝のクールなイメージには全くそぐわない。
 そう。これは完璧な迷惑行為!完璧な悪事だ!!
 ダイブツダー……潰すよ?
 切原は会心の笑みを浮かべて、マリーゴールドの苗をそっとポットから取り出した。

「てめぇら。いい加減にしねぇか……。」
 跡部の低い声が響く。
「今なら……今、改心してこの場を立ち去るのなら、俺も見逃してやる。なぁ?樺地。」
「うす。」
 真田がゆっくりと眼差しをあげて。
 挑発するように目を見開く。
「ほぉ。……それで。立ち去らないのならどうする?」

 跡部はきっ、と眼光鋭く、その挑発を受けて立つ。
「……立ち去らないなら……樺地がお前らを許しはしない。なぁ?樺地。」
「…………う、うす。」

 樺地は。
 本当は、お花を植えているような人と戦いたくはなかった。
 荒れ果てた花壇にお花を植える人に悪い人はいない、と彼は信じていた。
 むしろそれは、親切な妖精さんのお仕事だと。
 跡部に伝えるべきかどうか、彼は迷っていた。
 植えられたばかりのパンジーの小さな葉が、風にふわふわと揺れる。

「……たまらん!たまらんな!跡部!しかし、お前の思う通りにはならん!」
「あーん?なんだと?!」
「当たり前だろう。俺たちは悪の立海。」
「そうだ。蓮二の言うとおり。俺たちは花を植え続ける。お前の脅しになど、屈しはしない!」
「……てめぇら。いい加減にしねぇと……泣かすぞ。あーん?」

 樺地は。
 なんとなく、悪の立海よりも正義の跡部の方が、悪い人っぽい感じがするなぁと、飛んでもないことを思ってしまってから、大慌てで頭をふるふる!と振り、邪念を振り払った。
 そんなコトを言ったら、跡部も立海の人たちも傷つくから。
 そんなコトは決して口にしてはいけない。
 優しい樺地は、一生懸命自分の心にそう言い聞かせた。

 放課後の校庭を柔らかな風が吹いてゆく。
 暖かい日差しを受けて。
 植え替えられたばかりの苗が、懸命に根付こうとしている。

 切原はざっくりと掘り起こした穴に、マリーゴールドの苗を優しく下ろす。
「いい加減にしろと言っているのが分からねぇのかっ!」
 ついに跡部が声を荒げた。
「切原っ!」

 苛立ちをあらわに、切原の腕を捻りあげる。

「てめぇ!」
「なんすか。跡部さん。」
 挑発的に笑う切原に、跡部は噛みついた。

「そんな植え方したら、根っこが傷むだろうが!!お花が可哀想だと思わねぇのかっ!!!」
 樺地や真田が止める間もなかった。
 切原からワルサー3号γを取り上げると、跡部はマリーゴールドをそっと取り上げて、植え直す。
「良いか。土はもっと深くまで掘れ!!こんなに肥料を入れたら、植え替えたばかりの根に負担が掛かる!!この半分で良い!!しかもなんで油かすだけしかねぇんだよ!骨粉はどうした!!」

 苛々と文句を口にしながらも、跡部は苗に丁寧に土をかける。

「切原!全身の毛穴ぶち開けて、良く見ておけ!これが正しいマリーゴールドの植え方だ!!」
「……う。うぃっす。」
「水だ!樺地!」
「うす!」
 いつの間にか、じょうろ片手に跡部の背後に立っていた樺地が、すっと水を湛えたじょうろを手渡す。
「植えたら、多めに水をやる。そうすると根が早くつく。」
 きらりと跡部の額に汗が光った。

 静かな校庭の隅の花壇に揺れる、小さな黄金色の花。
 そしてスミレにパンジー。
 真田、柳、そして跡部は。
 ワルサー3号を片手に、おのおの、さわやかな気持ちで額の汗を拭った。
 跡部からじょうろを押しつけられた切原は。
 これも悪のため、これも悪のため。
 と小さく呟きながら、花壇に植え終わった苗に水を掛けて回る。
 樺地はもう一杯、じょうろに水を汲んできた。

「感心なことだな。」

 唐突に低い声がして。
 全員、一斉に声のする方を振り返る。
 太陽を背に、黒い影を落とす長身。
「監督!」
 跡部が驚いたように叫ぶ。

「ふん。誰にも気付かれぬように、密やかにさりげなく善行を積む。さすがにジュニア選抜に選ばれた良い子達だ。」
 弾かれたように立ち上がった少年達は。
 榊の言葉に目を見開く。

「聞いたか。弦一郎。我々が、良い子……だと?!」
「たまらん!たまらん!!」
「悪の立海に対して、なんという侮辱……!!」

 榊は、きっちりと着込んだスーツのまま、ゆっくりと膝を突いて花を愛でる。
 その姿を目で追いながら、口々に動揺をあらわにした立海三人組は。
 じりじりと後ずさり。

「覚えていろ!樺地!そして跡部!」
「今度、会うときには、たまらん目に遭わせてやる!」
「東京都、潰すよ?」

 そう言い残して、夕陽に向かって駆けだした。
 走り去って行く彼らの背には、一抹の哀愁が漂っていた。

「ふむ。青春とは、かくも美しいモノか。跡部、樺地よ。」
「……監督……。」
「…………。」

 穏やかに降り注ぐ西日の中。
 花壇の花々が静かに静かに咲いていた。
 榊はワルサー3号γを跡部の手から取り上げ、すっと目を細めると、植え終わらなかった二鉢のパンジーとスミレを、淡々と移植し始める。
 神奈川の連中がどうして西に向かって走っていったのだろう。あっちは山梨だ、と。
 樺地はおっとり考えながら、監督の植えた花に愛おしげに水を与え。
 肥料片手に跡部は新しい美技を開発した。



<次回予告>

「たまらん伏兵が現れたモノだな。」
「全く。榊監督が出てくるとは思わなかった。」
「スミレとパンジーが伏線だったんすかね。」

「それにしても番外シリーズでは何一つ悪さをできなかったではないか!」
「確かにその通りだな。弦一郎。」
「うぃっす。」
「たるんどる!邪悪な魂がたるんどる!!」
「うむ。反省するほかない。」
「番外が終わって、本篇に戻ったら、徹底的に悪さをしましょう。」
「ああ。そうだな。赤也。」
「さすがは今世紀最悪の悪の化身!期待して居るぞ。」
「うぃっす!」




スミレとパンジーは妖精さん事件ネタですね。
混線しました。申し訳ない……!
今後続くのかどうかは分かりませんが。
とりあえず今日のところはブラウザの戻るでお戻り下さい。