これは。
「ほくろ戦隊ダイブツダー!」シリーズの番外に当たるSSです。
おそらくこのシリーズをお読みになってからの方が、
意味が分かりやすいかと思います。
単独でも読める、かなぁ。はい。
ダイブツダー番外 ブルー篇 〜日溜まりの刻。
「結局、ヨコシマって何なのかな?サエさん。」
悪の神奈川に負けないよう、邪の千葉を目指す六角部長、葵剣太郎が、ふと疑問に思ってしまったのは、とあるのどかな土曜日の朝。
初夏と呼ぶに相応しい千葉の日差しが、穏やかにテニスコートを包み込む。
「縦縞の反対、って言ったら怒るよね?」
「じゃあ、縦縞って何なの?」
「ヨコシマの反対。」
「……サエさん、ボクが中一だと思って、なめてるでしょ?」
朝練も終わりに近づくころ。
にこにこと答える佐伯に、葵は頬をぷぅっと膨らませた。
「そっか。剣太郎、もう中一かぁ。」
「もう中一かぁ、じゃないよ!バネさん!ボク、六角中の部長だってば!」
「立派になったのね。剣太郎。」
「もう!なんだよ!みんなでボクを子供扱いして!!」
すっかり拗ねてしまった葵を横目に。
邪の反対は縦縞じゃないってトコは、突っ込まなくて良かったの?ねぇ、良いの?!と。
心の中に小さな悩みを抱いて、天根は一人、おろおろとしていた。
しかし、葵の機嫌が直るのは早かった。すぐに目を輝かせて。
「でも!とにかく、邪なこと、しなくちゃだよね!」
と曰うのである。
「そうだな。剣太郎がやりたいなら、邪なこと、やろうか。」
なんだかんだ言って、結局、全員、葵に大甘なので。
一同の賛意を得て。
「やっぱ、邪っていったら、間違っているコトしなきゃね!」
にこにこと楽しそうに、葵は腕を組んだ。
「邪で……間違っているコト……。」
一生懸命考える葵くん、中学一年生。
「邪で……間違っているコトなのね……。」
その横で、一生懸命付き合う樹くん、中学三年生。
そして、樹は閃いた。
「邪の千葉なのに、良いコトをしたら、きっと間違っているのね!」
「へ?」
思わず、素で聞き返す佐伯。
「邪の千葉が悪いコトをしたら、それは王道なのね。だけど、邪の千葉なのに、良いコトをしたら、それはオカシイのね。間違っているのね。邪道なのね。」
それは。
違うんじゃないだろうか。
と、突っ込むには。
樹の笑顔は眩しすぎた。
「そうだね。樹ちゃん。それは確かに間違っているよね。」
微笑んで頷いてしまいながら。
佐伯はちょっとだけ、樹ちゃんの将来が心配になった。
「面白い!!そうしよう!!今日は良いことをしよう!!」
すっかり葵は乗り気であった。
まぁ、葵が乗り気なら、それで良いか。
と、一同はなんとなく納得した。
そう。なんだかんだ言って、みんな葵に甘いのである。
「大石!おまたへ!遅刻した〜!」
青学にほど近い巨大ターミナル駅の前で、大石は菊丸を待っていた。
ダブルスの作戦会議と銘打って、スポーツショップやらCD屋やら、あちこち物色して歩こうという、何にもない平和な土曜の午後。
の。
予定であった。
穏やかな日溜まりが、その予定を祝福するように、彼らを包み込んでいた。
「はは。良いよ。もしかしてまた迷った?」
「めんごめんご!出る改札、間違えちった!」
遅刻とはいっても、待ち合わせを二分過ぎた程度のことで。
もともと、大石は人を待たせるのは苦手だが、待つのは全く平気な質である。
「さ、行こうか。」
いつものように彼は爽やかに微笑んだ。
そして。
ふと、その温かな微笑みを静かに凍てつかせる。
「どうしたの?大石?」
尋ねながら、大石の視線を追った菊丸も。
大人しくフリーズした。
目の前には。
邪の千葉の面々が居て。
ゴミ拾いに勤しんでいたのである。
あまつさえ。
「あ、それ!樹ちゃん、粘るよ。」
「がってん。」
道に吐き捨ててあるガムを剥がすほどに。
丁寧に街を清掃していた。
「なんでやつら、掃除して居るんだ?」
「しかも東京都内まで来て、掃除するなんて……!なんて邪なやつらなんだ!」
「え?英二?掃除するのは邪なの?!」
「邪の千葉なのに、こんなボランティアするなんて、邪道だろ!」
菊丸の義憤に満ちた口調に。
大石はどう反応を示して良いのか、分からなかった。
「どうしよう?橘に連絡する?」
「え?橘に?でも、東京が侵略されているわけじゃないし。」
「そっか。そうだよな。でも、都内に来て、こんな邪なことされて、放っておいて良いのかな?」
「……ボランティアだし。良いんじゃないか?」
「むぅ。大石がそう言うなら、見逃してやるか。」
菊丸は、今日のところは許してやろう、と。
胸を張って鼻を鳴らした。
しかし、六角の邪道を見逃してやろうと決めた矢先に。
天は彼らに試練を与えた。
「あ!大石に菊丸!」
そう。
六角の面々が、ほくろ戦士大石と、その後方支援菊丸に気付いてしまったのである。
「ダイブツダーか!!面白い!ここで会ったが百年目!いざ、尋常に勝負だ!」
ここは巨大ターミナル駅前の広場。
公衆の面前で、大石に人差し指を突きつけ、啖呵を切る葵を。
佐伯と黒羽は慌てて引き剥がした。
甘やかすにしても、時と場所というものがある。
「離せよ!サエさん!バネさん!」
「こらっ!暴れるな!剣太郎!!」
じたばたする葵を、二人がかりで押さえ込む間に。
葵を守るべく、樹や天根は大石たちの前に立ちはだかる。
「ふん。ダイブツダーだろうが何だろうが、六角の敵じゃないのね。」
「……俺、ダイブツダーをぶつだー……。」
げしっっ。
「……痛い……。」
天根の背中に、葵を押さえ込みながらの、黒羽の回し蹴りが炸裂した。
「……むぅ!出会い頭に仲間割れとは!なんて邪道な登場の仕方なんだ!!」
菊丸は大いに憤慨し、その声に葵は目を輝かせる。
「やった!バネさん!サエさん!ボクたち、邪道だってっ!」
そして。
「お前たちの好きにはさせない!こうなったら、ゴミ拾いで勝負だ!!」
「望むところだ!!掛かってこい!ダイブツダー!」
菊丸と葵はすっかり意気投合し。
ゴミ拾い勝負が始まった。
「たくさんゴミを集めたら、ボクはもてもて……!」
「こら!剣太郎!!駅のゴミ箱ひっくり返したらダメ!」
駅の備え付けの大きな金網ゴミ箱に手を掛ける葵に、驚いた佐伯が走り寄る。
しかし、葵は大まじめな真顔で。
「だってサエさん、ゴミ箱の中に、たくさんゴミがあるんだよ?」
「ダメ!それは悪いこと……じゃないや、えっと。」
悪いことだなどと言おうモノなら、葵は喜ぶに決まっている。
佐伯は言葉にためらった。案の定、葵は嬉しそうに言い募る。
「悪いことだったら邪じゃん!邪なこと、しなきゃだよ!」
「えっと。えっと。とにかく、ダメなのものはダメ!」
「ちぇ……。」
しぶしぶ、ゴミ箱から手を離す葵。
なんだかんだ言って、先輩の言うことは聞くのである。
自覚はないが、良い子なのである。
そんなコト、指摘したら、本人は嘆くに違いないのだが。
その横で、空き缶を拾い集める菊丸の背後から忍び寄る、天根の影。
「……スチール缶をスチール……!」
「わっ!!ずるいぞ!天根!!俺が拾った空き缶なのに!!盗るなんて!」
「……良いの。俺、邪だから。」
「わ〜ん!大石!邪の六角が邪だよぉ!!」
駅前広場では。
中学生たちが、懸命にゴミ拾い。
「よっし!こうなったら、俺も秘密の技を使っちゃうもんね!」
「……わくわく。」
「見てろよ!天根!……ネコ忍法、分身の術!!」
「……わ!二人に増えた!どきどき。」
たぶん、ゴミ拾い。
あるいは、ゴミ拾いに名を借りた、新しい遊びかも知れない。
そして、彼らの輪に入りきれず。
「あはは。みんな、元気だなぁ。」
「ホント。元気だな。」
なぜか。
ベンチに腰を下ろして、静観してしまう大石と黒羽。
「大変だな。邪なのも。」
「まぁな。でも正義の味方も大変だろ。」
「はは。お互い様ってとこかな。頑張ろうな。」
「サンキュ。大石も頑張れよ。って、正義の味方と励ましあうってのも、変な気分だけど。」
のどかな土曜の午後に、優しい風が吹いている。
ゆっくりと流れる時間。
暖かい優しい日溜まりの時間。
「お前ら、小さいゴミばっかり取りすぎなのね。」
小さく呟きながら、樹がどこからともなくひどく壊れた自転車を拾ってきた。
車輪が片方外れてしまっている。
「でけぇ!樹ちゃん、自転車狙いかよ!」
「ったく。樹ちゃんにはかなわないよな。」
それは褒めるところなんだろうか。
黒羽と大石は顔を見合わせた。
広場は喧噪の中にある。
誰もが携帯を見たり、人と喋っていたり、本を読んでいたり。
他人のことなど干渉しない、そんな空間で。
時間だけはゆっくり流れていて。
誰も、ゴミ拾いの中学生になど、目を留めない。
ふと、何かを閃いた様子で、天根は菊丸に拾ったゴミを見せに行く。
「ねぇ。」
「ん?」
「これ……タバコの束……ぷっ。」
「やるな!天根っ!」
下らないギャグだったに、相手が邪の六角だということがあるからだろうか、菊丸は真顔で対抗心を燃やす。
「じゃあ、俺は空き缶の帰還だぁ!」
カラン!
拾った空き缶を、勢いよくゴミ箱に投げ込んだ。
「むむ。俺は負けない……。くずがくずれた……!」
「バナナが落ちてるなんて、そんなバナナ!」
「ミカンは見っかんない……!!」
菊丸と天根の苦しい戦いも続く。
そして。
黒羽の我慢は、ついに限界に達した。
「二人揃ってつまんないこと、言ってるんじゃねぇ!!」
どげしっっ!!
どげしっっ!!
「……痛い……。」
「……痛ぇっ!!!!」
長身の黒羽のかかと落としが、痛烈に決まった。
頭を抱えてしゃがみ込む菊丸と天根。
「黙って聞いておけば!お前ら、いつまでボケ続けるつもりだ!」
「だって……バネさんが突っ込んでくれないから……。」
「うん。誰も突っ込んでくれないからさ。」
「俺のせいかよっ!!」
びしびしぃっ!!
もう一度、黒羽の鋭い回し蹴りが炸裂した。
そのとき。
カラスが高く鳴きながら空を渡り。
「ねぇ!ボク、ゴミ拾い、飽きた!」
葵がにこにこと宣言した。
「ゴミ拾い、途中でやめるのって邪っぽいかな?サエさん!」
「う〜ん。確かにあんまり良いコトじゃなさそうだね。」
「じゃ、途中でやめて帰ろう!!」
「……うん。葵が言うなら、そうしようか。」
結局、葵に甘い六角の面々は。
ゴミ拾いの半ばで、帰っていった。
もちろん、佐伯や黒羽がゴミをまとめて、集積所に運んでからではあるが。
自転車だけは、どうしようもないので、六角まで持って帰ることにした。
「勝負の途中で帰っちゃうなんて!!なんて邪なんだ!!」
大いに憤慨する菊丸を宥めながら。
大石は思った。
六角って、実は全然、邪じゃないんじゃないかな、と。
だが、それではあんなに一生懸命頑張っている六角の連中が可哀想なので。
今日のところは、その事実を秘密にしておいてあげよう、と。
ひっそりと心に誓った。
西日が静かに空を染め始めるころ。
柔らかな日溜まりの刻が終わりを告げた。
<次回予告。>
「……予告を横取り……ぷ。」
「……突っ込む気もしねぇな。それ。」
「……バネさん、ひどい。俺、すごい傷ついた……。ぐすん。」
「お、おい!泣くなよ。そんなコトで!!」
「……邪なことをしたあとは、気持ち良い。」
「そうだな。達成感があるよな。」
「うい。明日も頑張ろう。」
「おう!明日も邪に生きようぜ!」
「で。次回予告……。」
「そうだな。次回予告。」
「次回も俺たちが出てくるの?」
「そうらしい。次回こそ、東京を邪の千葉の色に染めてやるぜ!」
「うい!」
最後まで読んでくださって、本当にありがたいですよ。
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