これは。
ほくろ戦隊ダイブツダー!」シリーズの番外に当たるSSです。
おそらくこのシリーズをお読みになってからの方が、
意味が分かりやすいかと思います。
単独でも読める、かなぁ。はい。


ダイブツダー番外 ブラック篇  〜日溜まりの空。





「おい。赤也。右手、見せてみろ。」
「うぃっす。何すか。柳先輩。」

立海の五月の空は晴れ渡っていて。
 静かな昼下がり、ぼんやりと中庭を横切っていた切原赤也は、たまたま行き会った先輩に、おっとりとした口調で呼び止められた。

「……これはひどいな。」
「あはは。ささくれちゃって。痛いんすよ。」
 人差し指の逆むけを見つかって、少し照れくさそうに切原は頭を掻く。気になって仕方がなかったので、午前の授業中、ぴりぴりとむしってしまったのも悪かった。爪の付け根の辺りが赤くなっている。
「たるんどる!!」
 予想通りの真田のコメントに、軽く肩をすぼめ、ちょっと俯いてみせると。
 全くだ、という風に、柳が深く頷いた。

「パンダになど、呪われて……情けないやつだな。」
「ぱ、ぱ、パンダに呪われて……??」
「そうだぞ。赤也。ささくれは、笹を満足に食べられなかったパンダの呪いなのだ。」
「……はぁ。」
「聞こえるだろう?笹くれ〜。笹くれ〜。というたまらん声が。」
「……ありがたいことに、俺には聞こえません……。」
「たるんどる!!」

 切原は。
 ささくれなどになったことを、心から後悔した。

「どうだ。赤也。パンダに仕返しをしてやりたくはないか?」
「パンダに仕返しっすか?真田副部長……?!」
「東京が自慢げに飼っている上野のパンダ、あいつをぎゃふんと言わせてやれば、お前も少しは心が軽くなるはずだ。」
「べ、別に俺はパンダを怨んでなんか……。」

 切原はむしろ、パンダが好きである。あのぽややんとした平和そうな顔つきも、のどかで愛らしい動作も、そう見えて実は獰猛な本性も、みんな好きである。
 だが。

「俺たちには隠さなくて良いんだぞ。赤也。お前は東京を怨んでいる。そして東京の秘蔵の宝、パンダを心から憎んでいる。そうだろう?」
「や、柳先輩がそうだと言うのなら、そうかもしれないっす……。」

 だんだん、上野動物園のパンダを憎まなくてはならないような気がしてくる。
 切原は自分のノリの良さが、ときとして恨めしい。
 だが、それもこれも、立海で生きていくための必要な処世術かも知れない。

「そうか。行く気になったか!さすがは赤也だ。俺が見込んだ後輩なだけあるな。」
「うぃっす。」
「これを持って行け!赤也。今日の蓮二の新兵器はたまらんぞ。」
「へ?新兵器があるんですか?!」
「そうだ。見ろ。これが新兵器、ワルサー2号だ!」
「……わっ!銃っすか?!」

 珍しく、本当に戦えそうなモノが出てきた。
 受け取るとずっしりと重い銃。
 銃身にはやはり、「悪の秘密結社・立海大附属」「一日一悪・神奈川県」と書かれており、東京侵略と悪さ日本一を目指す立海魂をいやでも思い出させられる。
 そうだ。東京を。東京のパンダをいじめに行こう!
 切原は思いっきり、悪人の笑みを浮かべてみた。
 ここ一ヶ月、毎晩、鏡の前で練習していた悪人スマイルを試すには、今日は相応しい日であるのかも知れない。

 だが。
 動物園は夕方になると閉まってしまうので。
 悪事の決行は、次の土曜日に延期されたのである。

「行ってこい。赤也。」
「王者立海のたまらん悪さを見せつけてやれ!」
「うぃっす!」

 先輩たちに見送られて、旅立つ切原の背に、優しく麗らかな五月の太陽が降り注いでいた。
 そして、悪の立海の特攻隊長、切原赤也は。
 電車で動物園に向かった。

 ところ変わって、こちらは橘邸。

「起きたか。杏。」
「うん。おはよう。お兄ちゃん。」
 軽く跳ねた寝癖を手のひらで撫でつけながら、杏は兄の居るリビングに姿を見せた。
 小さくあくびをかみ殺し、冷蔵庫から最近お気に入りのヨーグルトを取り出す。
 そんな妹の姿を静かに目で追って、桔平はふと、思い立ったように尋ねる。

「なぁ。杏。」
「ん?何〜?」
「今日、もし暇なら一緒に動物園に行かないか?」
「動物園?良いね。行こうか。」

 土曜日の朝。コーヒーメーカーから自分のマグカップに半分までコーヒーを注ぐと、ミルクをたっぷりと加えて、橘杏は幸せそうに応えた。

「久し振りだね。お兄ちゃんと一緒に動物園だなんて。」
「そうだな。何年ぶりだ?」
「分からない。こっち来てから初めてじゃない?」
「そうかもしれないな。」
「ねぇ、私、パンダ見たい。」

 午前中のうちに、橘兄妹はのんびりと家を出た。

「あ、待て。杏。」
「ん?」
「……爪切りを忘れていた。取ってくる。」
「動物園に爪切りは要らないでしょ??」

 動物園は親子連れやらカップルやらで賑わっていて。
 ときおり、風が木々を揺らして吹くと、一斉に鳩が舞い上がって空をめぐる。

「お兄ちゃん!パンダ居たよ!!」
「ずいぶんと大きいんだな。」
「ホント!大きいね!可愛いね!!にぃはお!!パンダ!にぃはお!!」
「……杏……?」
「どうしよう。お兄ちゃん。私の中国語、発音悪いのかな?パンダ、挨拶してくれないよ。」
「杏……。」

 空は澄み渡りどこまでも麗らかに明るく。
 子供たちの歓声が響き渡っていた。

「にぃはお!!にぃはお!」
「……杏。あのパンダはな。」
「うん?」
「中に入っている人は日本人だから。」
「……中に入ってる人?!」
「日本語で挨拶した方がいいぞ。」
「そっか!!お兄ちゃん、さすが!何でも知ってるんだね!」
「中三になれば、杏も分かるさ。」

 などと。
 橘兄妹が大まじめにパンダに挨拶をしていたころ。
 3メートルほど離れたところで、切原赤也もパンダに語りかけていた。

「は〜はははは。パンダよ。今日こそはっきり白黒付ける日が来たようだな。」
「もぎゅもぎゅ。」←笹を食べている。
「いつまでも白と黒の可愛い模様で、愛嬌を振りまいていられると思うなよ。」
「もぎゅもぎゅ。」←笹を食べている。
「ふはは。嘆くなら、横浜ズーラシアのパンダになれなかった自分の不運を嘆くことだ!」
「もぎゅもぎゅ。」←笹を食べている。

 ちなみに。
 横浜ズーラシアとは、神奈川の誇る動物園の名前である。
 どうでもいいことだが、ズーラシアでパンダというと、レッサーパンダを指すらしい。

「見るがいい。このワルサー2号は!」
 ごろんごろ〜ん。←寝転がって遊んでいる。
「墨汁と定着液の連射型水鉄砲だ!!ひとたびこのワルサー2号の墨汁攻撃を浴びれば、お前など瞬く間に真っ黒な黒熊になる運命なのだ!ふはは!恐ろしいだろう!!」
 ごろんごろ〜ん。←寝転がって遊んでいる。
「黒熊など、ズーラシアのオカピの足下にも及ばない!!ふはは!!」

 切原は自分の悪人スマイルもなかなか決まっている、と悦に入っていた。
 ちなみに。
 ズーラシアのオカピとは、お尻の模様の愛らしいイキモノである。
 これもどうでもいいことだが、小学生のころ切原は、「大きくなったらオカピになる!」と言い張って、真田に説教をされたことがある。

 その切原の姿に。
 桔平はふと、目を留めた。

「おや?……立海の切原、じゃないか?」
「……た、た、橘さんっすか……!?」

 今は普通の中学生に身をやつしているが。
 かたや、東京を脅かす悪の秘密結社立海の切原。
 そしてかたや、東京を守るダイブツダーのリーダー橘。
 動物園で出逢ったとしても、緊張感が漂うのはやむを得ない。
 しかも、切原は今にもパンダをワルサー2号で攻撃しようとしていた矢先のことだったのである。

 静かな。
 しかし、冷たい沈黙が流れる。
 言葉を失いながら。
 ただ、この場を結ぶ何かを探して。
 橘が口を開く。

「……パンダは……好きか?」
「……好きです。」

 答えてしまってから、切原は大いに後悔した。
 パンダ好きじゃダメじゃん。俺!
 俺は王者立海の悪さを東京に知らしめるために、パンダを黒熊に変えに来たんだった!!

「パンダは好きっす……。だけど、東京は許すことはできない。」
「それでも良い。切原は神奈川で、俺は東京で暮らそう。共に生きよう。」
 二人は見つめ合ったまま。
 何か違うな、と思った。

 日溜まりの優しい空の下で。

「切原……。」
 桔平が穏やかに微笑んで、切原の右手をすっとつかんだ。
「ささくれじゃないか。ひどくむしったな。」
「……ぁ。」
「こんなにむしっちゃダメだ。悪化するだろう?こういうときは、気になったら爪切りで逆むけになったところを切ると良い。」
「爪切りっすか。」
「今、持っているから。切ってやる。動くなよ。」

 パーカーのポケットから小さな爪切りを取り出すと。
 切原の右手を軽くつかんだまま、桔平は器用にその毛羽だったささくれを切ってやった。
「なんで。」
「ん?」
「なんで爪切りがポケットから出てくるんすか?」
「ああ。家を出るときに。」
「??」
「正義の魂が、俺にささやいたんだ。爪切りを持って行けと。」
「せ、正義の……。」
「今、思えば……切原のささくれを切ってやるためだったんだな。」
「俺の……。」
「はは。そうだ。切原、お前のささくれを消毒するのが、今日の俺の存在意義だったんだ。」

 そう笑いながら。
 桔平は逆のポケットから、消毒液を取り出して、切原の傷口を消毒した。

「しみるか?」
「つっ。大丈夫っす。」

 杏がパンダを見て、はしゃいでいる横で。
 手に手を取り合って、ささくれを治療する二人の中学男子。
 そんな五月晴れの日溜まり。

「……で。」
「はい?」
「何を企んでいたんだ?」
「……え?」

 切原の指先にじっと目を向けたまま、桔平が穏やかに尋ねる。
「パンダに……何かしようとしていただろう?」
「……お見通しっすか……?」
「……まぁな。だてに正義を守って戦っているわけじゃないさ。」

 ズボンのポケットから取り出した絆創膏を、そっとその指先に巻いてやり。

「……別に何を企んでいようとも構わない。だけど、今日のところはこのまま、大人しく帰ってくれないか。こんな……きれいな五月晴れの空の下で、悪いことなんか、するもんじゃない。」
「……はは。ばれちゃったら……仕方ないっすしね。」
「そうしてくれ。きっと、今なら、パンダの中の人も許してくれるだろうし。」
「パンダの中の人……?!」

 周囲の子供たちが、わっと歓声を上げる。
 パンダがタイヤにじゃれついて、大きく転げたらしい。

「橘さん。」
「ん?」
「……もし。もし、あんたが東京の人じゃなかったら……。」
「東京も神奈川も関係ないさ。」
「……ダメだ!俺は悪の立海の切原!今世紀最悪の悪の化身なんっすよ!!あんたとは一生相容れない……!!」
「切原……。」
「今日のところは……ささくれに免じて、見逃してやる……!!でも、今度会うときは敵同士だ……!覚悟しておけ!!」
「……はは。仕方がないな。」

 桔平は目を上げた。そしてすっと目を細め。
 少しだけ、寂しそうに笑った。

「俺は……あんたのこと、悪い人じゃないって知ってる……。だけど……。」
「ああ。」
「だけど……一つだけ、言っておく!」
「何だ?」
「パンダの中には人は入っていないっ!!覚えとけよ!!」

 そう叫びながら。
 切原は目に涙を浮かべ、神奈川目がけて走り出した。

「出口はあっちじゃないよね。お兄ちゃん。」
「いや、切原は向こうで何か見たいモノがあるのかもしれないぞ。」
「そっか。」

 走り去る切原の背を見守りながら。
 桔平は優しく呟く。

「すまない。切原。お前はまだ信じていたんだな。」
 空を見上げれば、青く澄み渡り、どこまでも高く。
「パンダの中に人がいることを、まだ知らなかったんだ。夢を奪ってしまって……可哀想なことをした。」

 そんな兄の顔を、ひょこっと杏が覗き込む。
「お兄ちゃん!あっちにたぬきが居るんだって!見に行こうよ!」
「ああ。たぬきか。化かされないように気を付けろよ。杏。」
「もうっ!お兄ちゃんってば!!」

 日溜まりの空の下を。
 ゆっくりと、優しい時間が流れてゆく。
 今日も東京の平和は守られた。
 ありがとう。ありがとう。ダイブツダー!



次回予告。

「弦一郎、次回予告を乗っ取ってみたぞ。」
「うむ。たまらん悪さだな。」
「しかし、橘……。侮れない男だ。」
「さすがの赤也も二年生殺しの橘には勝ち目がないようだな。」
「もう一歩で、東京に寝返りそうな勢いだったぞ。」
「うむ。あとでよくよく説教しておこう。」

「パンダを黒熊に変える作戦は失敗か。」
「赤也……たるんどるな。」
「次はパンダの背中のファスナーに糸を絡ませて、開かなくさせるというのは、どうだ?」
「ふむ。たまらん作戦だな。中にいる人が出てこられないわけか。」
「ああ。」

「で。今のが次回予告なのか?」
「知らん。」
「たまらん!たまらん半端な次回予告だな!」





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