合い言葉はあさり!
「さぁ。気合い入れて行くぞ!ダビデ!」
「……あさり!」
「ばぁか!当たり前だろうが!!」
六角の愉快な仲間たちには、前から不思議に思っていたコトがあった。
それは。
黒羽と天根のコミュニケーション手段。
「また、あさりが出てきたよ。面白い!」
「う〜ん。何なのか、気になるのね。」
「ダビデはいつも『あさり』だけど、バネのリアクションが毎回違うんだよな。」
「何の暗号だろう。くすくす。」
そう。
天根が時折口にする「あさり」という謎のフレーズが。
全く意味不明な上に、どういう脈絡で登場するかもよく分からないのである。
今日の場合は、部内の練習試合でコートに入るときに飛び出したのだが。
あさりなど、全く縁のない場面だった。
そこで。
彼らはその謎を解き明かすため、黒羽と天根を観察することとした。
「あさり」が出てきたら、その状況をレポート用紙に書いて、葵部長に提出することが義務づけられたのである。
彼らは二人の会話に耳を澄ませて、どきどきしながら、レポートを書いた。
そして、一週間後。
六角の部室では、こっそりと報告会が執り行われる運びとなる。
樹の報告によれば。
お昼休みに弁当を食べている途中で、黒羽の弁当を覗いていた天根が。
「……あさり。」
と、口走ったのだという。
それに対し、黒羽は淡々と。
「良いぜ。食えよ。」
と応えたらしい。
葵の報告によれば。
ウォーミングアップのために葵が飛んだり跳ねたりしているのを見て、天根が。
「……あさり。」
と、呟いたのだという。
それに対し、黒羽は顔色一つ変えずに。
「それは思っても言っちゃダメだぞ。」
と諭したらしい。
佐伯の報告によれば。
極めて寒いギャグを言った天根に素っ気なくしたところ。
とぼとぼと黒羽に泣きつきに行った天根が。
「……あさり……。」
と、嘆いたのだという。
それに対し、黒羽は呆れたように。
「そりゃ、お前が悪い。サエのリアクションはもっともだ!」
と説教したらしい。
木更津の報告によれば。
潮干狩りであさりを掘っていた黒羽の手元を覗き込んで、天根が。
「あさり……!」
と、嬉しげに言ったのだという。
それに対し、黒羽は間髪入れず。
「下らねぇコトを言うんじゃねぇ!!」
と回し蹴りをぶちかましたらしい。
さっぱり、共通点が分からない。
少なくとも、木更津の報告を見る限り、そこで「あさり」と言うのは、正しいのではないだろうか。
回し蹴りをぶちかまされる理由はない。
だとしたら。
何かの暗号なんだろうか……??
一同は、報告書を回し読みしながら、首を傾げた。
「分からないな。くすくす。」
「でもこういうの、スパイみたいでわくわくするのね。」
「そうだね。樹ちゃん。」
佐伯は目も上げずに、報告書を眺めたまま、言葉を連ねる。
「だけどさ、そんなに気になるなら、あさりって何か、バネたちに直接聞けば良いんじゃないのかな?」
身も蓋もない佐伯のコメントに。
葵は大きく目を見開いて叫んだ。
「それだ!!その手があった!!!」
そのとき。
タイミング良く、黒羽と天根がコンビニの袋をぶら下げて、部室に姿を現した。
「飲み物、買ってきたぜ。」
「わ!ありがとうなのね!バネ。」
「俺じゃねぇよ。オジイの差し入れ。」
そして、彼らの輪の中に入る。
「何だ?このレポート用紙。」
「あ。それは……。」
あっという間に事情がばれて。
怒るのだろうか、と心配する間もなく、黒羽は笑い出す。
「あはは!あれ、気になってたのかよ。」
「だって意味が分からないじゃないか。」
さもおかしくてたまらないという様子で、腹を抱えて笑う黒羽と、笑われたのが不満なのか、ちょっと拗ねているらしい天根を見比べて。
佐伯は首を傾げる。
「あれな。」
笑いの発作が収まった黒羽が口を開いた。
「ダビデのやつ、小さいころから無口だろ。ってか、しゃべるの苦手だったんだよ。その上、しゃべるとしたら、下らねぇ駄洒落しか言わねぇし。」
「……むぅ。下らなくない!」
「下らねぇよ!……で、だからさ、言いたいことあったら、上手く言えなくても良いから、とりあえず言ってみろって教えたんだよな。結構、小さいころ。」
「ふぅん。面白い!」
「そしたら、こいつ。」
「うん?」
「変な省略形でしゃべるんだよ!!」
「……あ、あれは、し、省略形なのね?」
黒羽は、買ってきたジュースの缶を勢いよく、プシュと開け。
のどを鳴らしながら、半分近くを一気に飲み干した。
一息、つくと。
手近にあったレポート用紙を拾い上げる。
「たとえばこの樹ちゃんのやつね。弁当喰ってたときの。」
「うん。」
「ダビデは『あのさ。さっきのリンゴ、もう一個くれる?』って言ってるんだよ。」
「はぁ?!」
一瞬。
六角の部室は、不思議な静寂に包まれる。
「そ、そうだったのね?ダビデ?」
「……うぃ。」
「じゃあ、この前、試合始めるときに言ってたのは?」
「ああ?サエ、それ、いつだ?」
「先週の内部試合の日。」
「えっと。ああ!思い出した!『あれそうな試合だけど、さいごまで気合い入れて、ばりばり攻めるっしゅ!』って言ってたんだ。」
「はぁ?!」
こくり。
葵が冷たい紅茶を一口、音を立てて飲んだ。
「剣太郎の見たやつはどういう意味だったの?」
「ああ。それね。えっと。『あおい剣太郎って、ちょっと、サルみたいなときあるって、思ったりしない?』って聞かれたんだよ。だから失礼なやつだなと思って。」
「……でもバネさん、否定しなかった……。」
こくり。
葵はもう一口、紅茶を飲む。
静寂が再び部室を支配する。
「サエのときのはさ。ダビデのやつ、『あーん!サエさんが俺のイカしたギャグを、りかいしてくれない!!』ってほざくからさ。ばかを言うのもたいがいにしろって怒ったんだよ。」
足を組み直して、黒羽はレポート用紙を楽しげに眺めている。
葵は飲みかけの紅茶の缶を机に、ことり、と置いた。
「潮干狩りのときのはなぁ。これはひどいぜ?」
呆れた、という表情で笑いながら、黒羽は佐伯を見やって。
「いきなり『あ!カニ発見!サワガニ一匹にさわがない!とか言ってみたり。……ぷ。』だぜ?」
「……?」
「だいたい、海にサワガニがいるかよなぁ。」
誰も言葉を差し挟めない中。
天根だけが小さく。
「……上手くできた洒落だと思ったのに……。」
と、しょんぼりして。
缶を伝って、水滴が机に滴っていく。
そのおかしな沈黙をうち破り、葵が、勢いよく立ち上がった。
「面白い!面白いよ!バネさん!!」
「あ?」
「天根の考えているコトが分かっちゃう、ムダな理解力が面白い!」
「え?」
「それから!言う前から天根の駄洒落を分かって、突っ込んでしまう思考回路が面白い!」
「へ?」
そして。
誰にも言えなかったコトを。
いともあっさりと、葵は言ってのけた。
「実はバネさん、天根と同じ、駄洒落回路の持ち主なんだね!」
黒羽は。
かたり、と、缶を取り落としかけ。
何度も瞬きを繰り返した。
「な、何、言ってるんだ?剣太郎。」
樹辺りは、狼狽えたように缶を両手に持って強ばってしまい。
隣で、木更津はくすくすと笑い続けている。
頬杖を突いて、話の行方を見守っていた佐伯が、ふと目を向けると。
満面の笑みを浮かべた天根の姿。
「……バネさん、あさり……。」
「そういう問題じゃねぇ!!ってか、俺は下らない駄洒落は嫌いだ!」
天根の言葉にむきになって怒る黒羽。
佐伯はしばらく黒羽の表情を見ていたが。
「あんな、さえたギャグ、やっぱり俺にしか言えないっしゅ。」
天根の口調を真似しながら。
口の中で呟いてみて、こっそり、小さく笑った。
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