鬼たちは雨止みを待っていた。
雨は京を包み込んで、どこまでも暗い。羅城門はすでに荒れ果てて、土台しか残らない。それでも雨宿りをするだけの場所はあった。
さて、筆者は雨止みを待っていた、と書いた。
しかし、彼らは雨がやんだところでどこへ行くあてがあるわけでもない。眠るための家があったとしても、そこに居場所を見いだすことができなければ、雨が上がったところで、どうしようもないのである。
実際、鬼たちといいながらも、鬼の一族は二人のみ。人に生まれた者が三人、やはり雨止みを待ちながら、所在なげに深い闇を見上げていた。
「今」に取り残された意志を「鬼」と呼ぶのならば、彼ら五人はいずれも紛れなき「鬼」である。鬼が鬼である以上、この地に帰るべき場所などありはしなかった。人に生まれながら鬼に堕ちた者たちを、冷たい夜雨が閉ざしていた。
「この全てが終わったなら、お前たちはどうするつもりだ?」
唐突にアクラムが尋ねた。
誰にとも分からぬ問いかけに、ふと沈黙が辺りを包む。
その静寂に耐えかねた和仁が、アクラムを見上げながらまくし立てるように言った。
「私が帝になるのだ。この京を全て私の思うままにするのだ。そして、私を蔑み、私を笑ったやつらを見返してやる。」
じっと、アクラムがその目元を見返し、ふと憐れむような笑みを浮かべた。だがすぐに口元に冷酷な色をはき、つぶやく。
「なるほど。私の命令に従っていれば、それも実現しよう。では時朝、お前はどうだ?」
時朝は、伏し目がちな目のまま、しばらく黙っておのれの言うべき言葉を模索していた。だが、彼に言うべき言葉などなく。
「その日が来なくては分かりません。」
と、絞り出すように答えたのみだった。アクラムは鼻で笑い、
「ふふ、好きにするがいい。」
とだけ言葉を与える。
「時朝!私のそばにいろ!お前は私を見捨てなかった。だから私もお前を出世させてやる。北面の武士の頭にしてやる。」
「は。ありがたき幸せ。」
もう、アクラムは主従の茶番には見飽きたらしく、目を千歳に転じた。
「さて、お前はどうする?黒龍の神子。」
「……分からない。でも……」
「でも?でも、なんだというのだ?」
千歳は相変わらず表情のない眼差しを、羅城門を覆う闇に彷徨わせる。
そして、小さく首を振った。
「……きっと、新しい闇に出会うわ。」
「ふん、お前は悲観主義者だな。」
アクラムは苦々しげに吐き捨てると、辺りを見回した。
「シリン!どこにいる?」
「は〜いっ!お館さま!」
柱の上から、逆さに顔を覗かせるシリンに、アクラムを初め、居合わせた全員がぎょっとする。
「呼びました?私のことを呼びました?」
「……まぁ、呼ばなかったわけではない……。」
諦めたように答えるアクラム。
シリンは嬉しそうにくるりと地に降り立った。
「そうだろ、お館さまが私を必要とする日がきっと来ると信じていたさ。ずっと私だって、そう言っていたじゃないか。坊や。お前の時代はもう終わったんだよ。うふふ、お館さま、さぁ、このシリンになんなりと仰せ付け下さいませ!」
「……一つ聞く。シリン、お前はこの戦いが終わったら、何をしたい?」
すっかり世界はシリンのペースになっていた。だが、なんとか自分のペースに戻そうと、アクラムが今まで通りの問いを繰り返す。
「戦いが終わったらですか?戦いが終わった後の私の予定を、聞いてくださっているのですね?お館さまってば、今日はなんだか、積・極・的☆」
時朝が狼狽えながら、今にも和仁の耳をふさぎたそうにしている。それくらい爆裂な色気を振りまきながら、極上の笑顔でシリンは何か思うように空を見上げた。いつの間にか雨はやんでいる。
「そうね。私、春の日に、きれいな服を着て。小さい子どもと若い男の子、六、七人、あ、もちろん全部、私とお館さまの子どもよ?その子どもたちを連れて、ピクニックに行くの。そして、お館さまは私のために笛を吹いてくださるんだわ。私はほら、白拍子だったこともあるくらいだから、踊らせたら魅力的だし、私たちの子どももお館さまと私に似て、きれいだと思うの、だから一緒に踊るのよ、それはきっと素晴らしくまぶしい……って!おい、坊や!お館さまはっ?」
和仁が馬鹿にしたように、肩をすくめて応えた。
「とっくにどっかに行ってしまったさ。」
外には黒洞々たる闇があるばかりである。アクラムの行方は、だれも知らない。
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