目が覚めたら、そこは、おとぎの国だった。


夢の向こう側〜氷帝篇。


「おい!起きろ!」
 跡部さんの声がする……。
 樺地はゆっくりと目を開いた。西日が眩しい。ここは……。
 ここは……??
 見覚えのない川原で、樺地は辺りをきょろきょろと見回す。
 樹のように大きな草に囲まれて。
 丘のような岩がごつごつと積み上げられた川原に転がっていた自分。

 そして、声のした方を見上げると。
 巨大な跡部さんが、小首を傾げてこっちを見下ろしていた。

「なんだ?お前。小さくて可愛いやつだな!」

 ……跡部さんが巨大なのではない……。
 自分が小さくなっているんだ……!!

 樺地は一瞬、目を閉じて、そのまま寝てしまおうかと思ったが。
 そんな現実逃避では何にもならない、と思い直した。
 跡部さんは、自分が樺地だと分からないのだろうか?まぁ、仕方ないか。こんなに小さいんだから。でも、一体、どうしたんだろう?どうすれば良いんだろう?

「あはは!小さい癖に、人間みたいに動くんだな!よし!決めた!俺の家に来い!飼ってやる!」
 飼って……??
 疑問に思う暇もあればこそ。
 樺地をひょい、と持ち上げた跡部は、すたすたと家路に就く。
 跡部の手のひらに乗せられて、冷静に樺地は考えた。
 自分の身の丈と跡部さんの手の大きさを比べてみるに。
 どうやら、自分は……一寸法師レベルの大きさらしい……!!

 家に着くと、跡部は、樺地のために、大きな籠を出してきて、その中に食事用の皿と水浴び用の茶わんと、止まり木用のお箸を用意してくれた。
 あんまりよく見えなかったのだが、どうも、跡部は「小鳥の飼い方」という本を参考にしているらしい。
 ……止まり木はいらないんじゃないかな。
 樺地は思ったが。
 何も言わずに、黙って、その上に腰を下ろしてみた。

 さて。
 跡部がくれた食事を食べ終えて。
 お皿をどこで洗おうかと、抱えてうろうろしていると。

「なんだ?お前。馬鹿力だな。そんな皿、持てるのか?」
 様子を見に来た跡部が、腕組みをして感心してくれたので。
「う、うす。」
 樺地はつい、照れてしまう。いや、皿を持っただけで褒めてもらえるなんて、いつもだったら考えられない。跡部の荷物を普通に持たされているんだから。

「……照れてるのか?……お前、実はちょっとシャイだな。」
「……う、うす……。」
「よし!決めた!今日からお前の名前はカバジだ!」
「うす?」
「可愛くて、馬鹿力で、実はちょっとシャイ!略してカバジだ!良いな!カバジ!」
「うす!」

 いや、初めから、樺地なんすけど。
 そうは言い出せず、樺地は諦めた。
 どうも、跡部さんは。
 自分の存在を忘れてしまったらしい。
 どうもこの世界はオカシイ。なんだか、異次元に来ている気がする。
 よく考えたら、跡部さん、和服着てるし。腰に刀を下げている。
 もしかしたら、ここは本当に一寸法師の世界なのかも知れない。
 ……一寸法師を拾うのは、お姫様だと思ったけど……。
 まぁ、その辺は気にしない……。

 翌朝。
 跡部さんは樺地の籠を覗き込んで、言った。
「今日は俺は、準レギュヶ島の準レギュどもを退治してくるからな!家で良い子にお留守番しているんだぞ?カバジ!」
「……うす。」
 準レギュヶ島??
 なんだろ。それ。
 まぁ、いいや。これが一寸法師の世界だったら、そのうち、元の大きさになれるはずだし。この大きさでお供しても、きっと邪魔になるだけだし。

 樺地はおっとり、そう考えて、和服に刀を下げたまま、ラケットを背負って出かけてゆく跡部さんを見送った。
 あああ。早く元の大きさに戻りたいな。そうしたら、跡部さんの荷物を持ってあげられるのに!

 止まり木に捕まって、ぶらぶらと遊んでいると。
 ふと。
 樺地は気付いてしまう。

 準レギュヶ島の準レギュ退治って……!
 それは桃太郎のシナリオじゃないっすか?!

 途端に樺地は、居ても立ってもいられなくなり。
 ムリヤリ、籠をこじ開けると、怪力で曲げてしまった部分を慌てて元に戻し、そして、籠の中から、茶わんとお箸を取りだし。
 両手に抱えて、家から飛び出した。

 準レギュヶ島ってことは、島なんだから、昨日居た河を下っていけば、たどりつけるはず!

 ぷか〜〜ん。

 河に茶わんを浮かべて、樺地はえいっ!と飛び乗った。
 どんぶらどんぶら。
 茶わんの舟に箸の櫂。
 樺地はぷかぷかと、河を流されてゆく。

 と、思ったが。
 10メートルも行かないところで、樺地の茶わん舟は拾い上げられてしまう。

「滝さん!茶わんです!」
「ホントだー。中に何か居るよー。可愛いイキモノ。」
 きぃぃぃぃん!!
 滝さんの指摘に、茶わんの中を覗き込んだ日吉は、思わず嬉しそうに演武の姿勢をとる。
「うふふー。ホント、可愛いよねー。でも、日吉、はしゃぎすぎだよー。」

 そこにいたのは、ラケットをかついだ滝さんや日吉たち、準レギュラーの面々で。
 ただ、なぜだか、みんな、着物に刀を下げている。
 そしてどうやら、彼らも自分が樺地であることに気付かないらしい。

「これから俺たち、レギュヶ島のレギュラーたちを倒しに行くんだけどー。小さいイキモノさん、一緒に行く?」
「一緒に下克上しよう。」
 滝さんと日吉に誘われて。
 樺地は、小さくこっくり頷いた。
 きっと、このまま付いていけば、跡部さんに会える気がする。
 だって、レギュラーたちと戦うって言うんだから。
 会えたところで、どうしたら良いか、分からないけど。
 とにかく、話の筋を一寸法師に戻さないと、自分は元の大きさに戻れないかもしれない!

 うららかな日差しの下。
 ぞろぞろと、準レギュラーたちは歩いてゆく。
 川原の道は、穏やかな風に包まれて。

 いつの間にか。
 氷帝のテニスコートにたどりついていた。

「んー?レギュラーたちは、もう、先に来てるみたいだねー。」
 滝さんがおっとりと、言う。
 そりゃあそうだろう。跡部さんは、ずいぶん前に出発していたんだから。

「いつまでも負けてばっかりじゃいられないよー?頑張ろうね!日吉!」
「はい!下克上、大好きです!」

 レギュラー陣も、滝さんたちの登場に気付いたらしい。
 一斉にこっちを振り返り。
 跡部さんの顔色が変わった。

「おい!滝!それは俺のカバジだ!」
「んー?何、これ。跡部のなの?」
「そうだ!昨日、拾ったんだぞ!なぁ、カバジ?」
「うす!」

 つかつかと歩み寄り、茶わんごと、樺地を奪い取る跡部さんに。
 滝さんは軽い苦笑いを浮かべた。
「ま、跡部のだっていうんだったら、仕方ないよねー。」
 ……きぃぃぃん……。
「ほら、日吉!そんなにしょんぼりしないのー!」
 そういえば、日吉は可愛いモノが大好きだったな。
 ……って、自分は可愛いのか?そうなのか??

 途方に暮れながら。茶わんの中から、樺地は辺りを見回した。

 しかし。
 どうやったら、一寸法師の物語に戻るんだろう?
 これじゃ、ただのテニス部の日常だ……。

 樺地は身を乗り出して遠くまで眺めた。
 すると、そこへ、柔らかい風が吹き抜けてゆき。
 ばさばさ!!
 何かがはためく音がする。
 その瞬間、ただ、直感で、樺地は理解した。
 監督が。
 来る。

「……一つ、人の世、良いトコ、一度はおいで。……二つ、不埒な悪行三昧、たまには良いかも知れない。……三つ、醜い試合はこの俺が断じて許さない。……榊から生まれた、日本一の榊太郎。ただいま参上……!」
 ばさばさ!!
 コートをムダになびかせて。
 背中に「日本一!」と大書した幟を背負って。
 榊監督が、コートに姿を現した。
 準レギュたちもレギュラーたちも、一斉に威儀を正す。

 ……桃太郎じゃなかった……!榊太郎だった……!!

「今から、レギュラー・準レギュラー対抗で、団体戦形式の練習試合を行う。各々、力を尽くすように!」
「はい!」
「なお、今回の優勝賞品は、打ち出の小槌だ。」
「はい!」

 ……なんて、むちゃくちゃな……。
 樺地は思った。
 しかし、彼は、あえてそれを口にすることはなかった。


「おい!起きろ!」
 跡部さんの声がする……。
 樺地はゆっくりと目を開いた。西日が眩しい。ここは……部室か。

「全く。寝るほど疲れてるんだったら、先帰れ!」
「う、うす。」
 すみませんでした。
 頭を掻いて。樺地は心の中で詫びる。
 そうだ。跡部さんは、来週の部内練習試合の日程について、監督と相談しにいってたんだった。
 待ってるつもりが、寝ちゃったんだな。
 うっそりと立ち上がって。
 先に立って歩き出している跡部さんの鞄を背負い。

「帰るぞ。樺地。」
「うす!」

 やっぱり自分はこの大きさが良いなぁ……。
 しみじみと、樺地は夕焼け空を見上げた。





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