目が覚めたら、そこは、おとぎの国だった。


夢の向こう側〜山吹篇。



「南!おい!南!」
 遠くで東方の声がする。う〜ん。合宿で疲れてるんだよ。俺は。
 もう、合宿、終わりなんだから、ゆっくり寝かしてくれよ。

「おい!南ってば!いつまで寝てるんだよ!」
「あ〜?うるせぇよ。」
「やっと、起きたか。二度と起きないんじゃないかと心配したぞ?」
 少し安心したように顔を覗き込む東方に、苦笑しながら、俺は深く座り込んでいた木製の椅子から、ゆっくりと体を起こす。
「……って、東方。お前、その格好、何だ?」
「何だ?って、いつも通りだろ?」

 そう言いながら、慌てて我が身を眺める東方には、全く嘘を付いている気配などなく(東方が嘘を付いたら、必ず見抜く自信がある。)。
 だが、その姿は、どう見たってオカシイ。何しろ、何だ、えっと、絵本に出てくるヨーロッパの農民みたいな服装をしていたんだから。それは、どう考えても、いつも通りではナイ。
 っていうか、ここはどこだ?この、ドラマに出てきそうな古くてこきたない木造家屋は。

「何、きょろきょろしてるんだよ。南。太一がなんだか騒いでるんだ。話を聞いてやってくれよ。」
「太一が?」
「はいです!大ニュースです!」
 そう言って、東方の背後から飛び出してきた太一は。
 やっぱり絵本から抜け出てきたみたいだった。
 ……東方も違和感ねぇが、太一のはまり具合は並じゃねぇ。どう見ても、農家のお子さまだ!そういや、こいつ、お父さんの実家が農家だとかで、畑仕事手伝うの大好きだって言ってたな。
 じゃなくて!
 自分の服を見てみれば、何のことはない。俺も農民の服を着ていた。
 あれれ?そっか?みんな、こんなん、着てるんだっけか?
 しばらく、自分の服を見ているうちに。
 なんとなく、前からこうだった気がしてきた。
 時折、俺は自分の順応性を、素直に尊敬する日がある。

「で、ニュースって何だ?太一。」
「だだだだーん!裏の畑で、すごく大きな亜久津カブを見付けたです!とってもテニスが強そうな亜久津カブだったです!引き抜いて、仲間にしたら、きっと山吹テニス部はもっと強くなるですよ!!」
 あ、あ、亜久津カブ???
 何だ?そりゃ。
「何?テニスの強そうな亜久津カブ?そりゃ、引っこ抜かなきゃな!良く見付けたぞ!太一!」
「えへへ!東方先輩に褒めてもらっちゃったです!」

 ……東方、その変なカブを引き抜く気、満々だな。
 カブを仲間にするって、何だよ?それ。
 ……ま、とにかく、見に行ってみっか。

 古くさい家を出てみると、辺りには点在する家々。
 それを取り巻く広い畑。
 さらに向こうには、鬱蒼と茂る深い深い森。
 ここは、どう見ても、昔の農村。

「ここです!これです!」
 太一に腕を引っ張られて、たどりついた裏の畑には、亜久津カブというやつが、生えていた。
 なんていうか。
 亜久津の生首?
 ただ、髪の毛(葉っぱなのか?)の部分が異常にふわふわ長く伸びていて。
 そいつは、ご丁寧に、俺たちをぎろりと睨んできやがった。

「すごい亜久津カブだな!南!これはすごいぞ!」
「そうですよね!大きくて強そうです!だだだだーん!大発見です!」

 東方と太一が大喜びしている。ということは、これは良いモノを見付けた、ということなのか??

「さ!引っこ抜くです!」
「良し!頑張ろう!」
「あ、ああ。」
 思わず、その場のノリで、引っこ抜くことに賛成してしまう俺。ちょっと流されやすい性格なのかも知れない。

 カブを引っ張る太一。その後ろには東方。その後ろには俺。
「うんとこしょ!どっこいしょ!」
 それでもカブは抜けません。

「てめぇら!勝手に俺を、引っ張るんじゃねぇよ!」
「元気のいいカブです!引っこ抜いたら、きっと大暴れしてくれるです!」

 でも、カブは抜けなくて。ああでもない、こうでもない、といろいろ相談していると。

「みっなみ〜!何やってるの〜〜?」
 お気楽な声がして、千石がやってきた。千石はなぜだか、日本昔話から出てきたみたいな農民姿だった。ここはどこなんだ??

「あ、千石先輩!今、亜久津カブを抜いてるですよ!でも抜けないです!」
「亜久津カブ?わ〜!面白そう!俺も引っ張る!」
 千石は亜久津カブに気付いて、スキップしながらそいつに近づき、顔(?)を覗き込んで、にまっと笑った。

「千石!てめぇ、何、笑ってやがる!」
「亜久津〜、土から出てきて、一緒にテニスやろうよ!」
「俺に指図するんじゃねぇ!」
「睨まれたって怖くないもんね〜!さ、南、引っ張ろ〜!」

 カブを引っ張る太一。その後ろには東方。その後ろには俺。その後ろには千石。
「うんとこしょ!どっこいしょ!」
 それでもカブは抜けません。

「さすが、亜久津カブ!一筋縄じゃいかないね!」
「とっととうせやがれ!」

 少し休憩していると。
 今度は室町くんが、相変わらず表情を読ませない雰囲気でやって来た。
 彼の格好は、東南アジアの農民っぽい。あの水牛とか連れて歩いていそうな。
 ホント、ここはどこなんだ?

「何してるんすか?千石さん。」
 相変わらず、彼の眼には、千石しか映っていない。
「亜久津を引っ張ってるの〜〜♪室町くんも一緒に引っ張らない?」
「亜久津先輩を?」

 千石の指さす方角に目をやって、ぽん!と手を打った室町くん。
「良いですね。引っ張りましょう。」
「やった〜!さすが、室町くん、話が分かる!」
「亜久津先輩はあんな風に、ずっと土の中にいるから、日に焼けないんです。ちゃんとお日様の当たるところに出て、健康的に日焼けした方が人間らしいですよ。」
「うるせぇ。室町!俺はカブだ!カブは土に中に生えてるモノなんだ!」
「……問答無用っす。」

 カブを引っ張る太一。その後ろには東方。その後ろには俺。その後ろには千石。その後ろには室町くん。
「うんとこしょ!どっこいしょ!」
 それでもカブは抜けません。

 いい加減、諦めないかと思っていると。
 新渡米と喜多がやって来た。こいつらいつも一緒だな。
 えっと、こいつらの服装は……アイヌっぽい……。
 ますますここがどこだか分からなくなってきた。

「何をしているのだ?南?」
「あ?えっとな、亜久津カブを引っ張ってるんだけど。」
「ふむ。面白い。俺たちも引っ張ろうではないか。喜多。」
「そうでありますね!新渡米さん。」

 そう言うと、二人はにやりと笑みを交わし合った。

「来んな!俺が土の中に居ようが外に居ようが、てめぇらには関係ねぇだろ!」
「ふむ。そうだな。関係ない。」
「だったら、とっととどこかへうせな!」
「しかし、俺たちが何を引っ張ろうが、亜久津カブには関係ないであろう。うせろなどと言い募る貴様こそが、余計なお世話なのである!」
「は?……えっと、それは……。」

 ……新渡米と亜久津がしゃべってるところなんて、初めて見た……!
 新渡米、強ぇ……。

「さぁ、引っ張ろうではないか。そこにカブがある限り。」
「はい!新渡米さん!」

 カブを引っ張る太一。その後ろには東方。その後ろには俺。その後ろには千石。その後ろには室町くん。その後ろには新渡米。その後ろには喜多。
「うんとこしょ!どっこいしょ!」
 それでもカブは抜けません。

 そこへ。
 伴爺がいつも以上に、にまにましながら、手を後ろ手に組んで、やって来た。
 えっと。これは確か、古代エジプト人の服!遊戯王で見たぜ!
 変に似合うのな。伴爺。
 しっかし。ここはどこ???
「おやおや、みなさん、お揃いで。ほぉ。これは良い亜久津カブですね。」
「はいです!引っこ抜いて、仲間にするです!」

 太一の言葉に深く、何度も頷いた伴爺は。
 亜久津カブの正面に座り込み。
「おやおや(にまにま)。良い葉っぱですねぇ(にまにま)。良い茎ですねぇ(にまにま)。良い根っこですねぇ(にまにま)。」
 辺り構わず、触りまくった。

「や、や、やめろ!!」
「いやです。やめませんよ。亜久津カブくん。君がテニス部に入ってくれるまではね(にまにま)。」
「わ、分かった!テニス部にでも何にでも入るから!気色悪い手でべたべた触るんじゃねぇっっ!」

 ああ。
 これで、亜久津カブも仲間になる。全国大会に、一歩近づいたな。
 俺は、セクハラ、じゃなかった!えっと、亜久津カブの筋肉の付き具合なんかを確かめている伴爺を、後ろから遠い目で冷ややかに見つめながら、静かに、冷静に、山吹テニス部の勝利を確信したのだった。
 心の中で、亜久津カブに手を合わせつつ。


「南!おい!南!あと10分でバス、学校に着くぞ!」
 遠くで東方の声がする。う〜ん。疲れてるんだよ。俺は。
 もう、合宿、終わりなんだから、ゆっくり寝かしてくれよ。

「あと5分、寝かせておいてやろうよ。南、ずっと合宿中、みんなのために働きづめだったんだからさ。」
「一番迷惑かけてたお前が、偉そうに言うなよ。千石。」
「だって〜!みんなが居るから、楽しくってさ!」

「それにしても、南部長、よく寝てるです!」
「それは、伴爺が絵本なんか、読み聞かせたから、どっと疲れが出たんじゃないのか?しかもなんで、『大きなカブ』なんだ?」
「中学校では部活の合宿の帰りに、バスの中で顧問が絵本を読み聞かせるですね!僕、知らなかったです!これからも合宿が楽しみです!」
「……太一、合宿の目的はテニスの練習だからな。」


 ぱっと見、個性派揃いで、ばらばらでも。
 みんなで力を合わせれば、きっとすごいことができますよ。
 ねぇ?南くん?(にまにま)





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