みんな大好き。
ここは木の実幼稚園。
都内の良い子達が通う素敵な幼稚園です。
みんな、仲良く遊んでいますよ。
今日は年中のさかき組さんのお教室をのぞいてみましょう。
おやおや?お外で遊ぶ時間みたいですね。みんな靴を履いて、園庭に駆けだしていきます。最後まで扉の横に座り込んで、一生懸命靴を履いていた鳳長太郎くん(推定四歳)が、跳ねるように立ち上がると、教室の中にぶんぶんと手を振ります。
「若くん!崇弘くん!俺、先、行ってるね〜!」
「うん!俺もすぐ行くよ〜!」
樺地崇弘くん(四歳)の元気なお返事が聞こえます。
もう、電気を消されてしまった薄暗い教室の奥。
まだお外に行かないのかな?崇弘くんと日吉若くん(四歳)は一体何をしているのかしら?ちょっとのぞいてみましょう!
教室の奥、みんなのロッカーの横で。
ぺたりと床に座り込む若くん。
「何やってるの?」
「積み木、しまってる。」
さっきまでおもちゃ箱にちゃんとしまってあった積み木を、全部引っ張り出して、床に並べています。
全部並べ終わったら、それをもう一度、おもちゃ箱へ。
でも、最初に入れてあった箱じゃないですね。他のおもちゃの入っている箱にぎゅうぎゅう詰め込んでいますよ。
何をやっているのか、やはり分からないらしく、困ったように若くんの手元をのぞきこむ崇弘くん。
その気配に気付いたのか、顔を上げずに、淡々と積み木を詰め込みながら、若くんが口を開きます。
「……父上が『男は黙って下克上だ!』って言ってた。」
「……げこくじょう?」
「うん。下克上だって。」
若くんのおうちでは、お父さんのこと、父上って呼ぶんですね。古風だわ。
「げこくじょうって何?」
「俺もよく分からない。でも、父上は『何でも人に聞くんじゃない!』って怒るんだ。『自分の武士道を究めろ!』って言うの。」
「ふぅん。オトナなんだね。」
「うん。俺、オトナだからいっぱい考えた。……で、決めたの。今日の俺の下克上は、隙間収納なんだ。」
「……隙間収納……?」
淡々と、積み木をおもちゃ箱の隙間に押し込む若くん。
がらんとした薄暗い教室で、崇弘くんは途方に暮れたように立っています。
積み木の軽い音だけが響いて。
「母上も言ってた。『武士道とは隙間収納と見付けたり』って。」
「……ぶしどうって……?!」
「うん。だから今日の俺の下克上は隙間収納なんだ。」
「……そうなんだ……。」
窓からはお外遊びの子達の声が聞こえてきます。
高い笑い声、きゃあきゃあとはしゃぐ声。
ふと、ドアの方に目をやると。
「ほら、まだここにいた!」
「遅いぞ!二人とも!早く来いよ!」
おやおや、長太郎くんと年長組のお友達が迎えに来てくれましたよ。
「長太郎くんが来たのに崇弘くんが来ないから、景吾くんなんて泣きそうだったんだよー。」
「な、泣いてなんかいないぞ!」
滝萩之介くん(推定六歳)の言葉に、真っ赤になって慌てる跡部景吾くん(五歳)。でも、目元は少しうるんでますね。ホントに泣いちゃったの?
「萩之介くんがいじめるからだろ!」
宍戸亮くん(五歳)がフォローしてくれています。
「いじめてなんかいないよー。ただ、崇弘くんたち、誘拐されちゃったかもねーって言っただけだよー?」
「木の実幼稚園で一番可愛いのは、どう見たって、崇弘じゃないか!!だから、絶対、人さらいが来たら、崇弘が狙われるに決まってる!!だから!だからな!!」
ああ、なんかまた景吾くん、涙目です。
萩之介くん、ちょっといじめっ子?
あらら、崇弘くんが飛んできましたよ。
「景ちゃん、俺、さらわれてないよ!」
「当たり前だろ!崇弘!」
とか言いながら。
いつも通り、しっかり手を繋いで。
「行くぞ、崇弘!」
「うん。」
御機嫌、直りましたね。二人はさっさと園庭に行っちゃいます。
「若くんも早くおいでよー。」
萩之介くんに呼ばれて、若くんがようやく教室の奥から、のそのそと出てきました。
あ、積み木は全部、きれいに押し込んじゃいましたね。
「さ〜、行こ〜!」
「早く行こうぜ!今日は縄跳びで二人跳びしような。侑士!」
「うん。しような!」
みんな、ぱらぱらと園庭に駆けだして行きます。
靴を履く若くんの隣りに座って、一緒に待っていた萩之介くん。
「また下克上の練習していたの?」
「うん。」
「若くんはホントに下克上好きだよね。」
「うん!俺、下克上、大好き!」
上手に靴、履けましたね。
ほら、良い子達が振り返って、若くんたちを待っていてくれるよ!
転ばないように気を付けて!
「下克上とお友達、どっちが好き?」
「ん〜とね。どっちも好き〜。みんな、大好き〜〜。」
さかき組の良い子達はとっても仲良しさんなんですね。
みんなで横一列、手を繋いで園庭を走り出しました。
あ、向こうで榊先生が手を振ってますよ!
夕方。
みんなが帰った後で。
さかき組のお教室では、ぎゅうぎゅうに積み木の押し込まれたおもちゃ箱を前に、途方に暮れる榊先生の姿があったとかなかったとか。
榊先生も大変ですね。
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