夜の嵐。



「……はっとして目を上げると、ふすまの隙間からさっきの男が覗いていて……。」

 枕を抱えて忍足ににじり寄る向日。
 宍戸はあぐらをかいたまま、じっと耳を傾けている。
 ジローはといえば、ベッドに寝ころんではいるもの、眠ってはいない。

「……おしまい。」
「……ひぇ〜。滝ってやっぱ、上手いや。怖い話!」
「忍足の話はマジでありそうでさ、激怖いけど、滝のはしゃべってる滝が怖ぇよな。」
「なにそれ。呪うよ?宍戸。」

 バスタオルを抱えて、跡部が出ていった後の中三部屋では、怪談大会が続いていた。
 蒸し暑い部屋をカーテンだけ閉めて、窓は全開にしてある。だから大きな声を出すわけにもいかず、ささやくように一人一つずつ、怖い話をして。
「俺、忍足や滝の前で良かったよ。」
「ホント、ホント。お前らの後じゃ、やる気しねぇよ。」

 跡部を除く同室の七人のうち、六人までが話し終えて。
 残るはジローだけ。

「ジローって、怖い話得意だっけ?」
「ん〜?俺??あんまり、かな〜。でも、今日のはマジで怖いよ〜。」

 寝転がったまま、上半身を起こして、ジローがにっこり笑う。
「本当の話だからね〜。怖くてみんな、眠れなくなっちゃうかも〜。」
「いいぜ?聞かせろよ。」
 宍戸がにやりと笑い返す。
 ふわりと生温い風がカーテンをふくらませて、通り過ぎていった。

「あのね〜、俺も聞いた話なんだけど〜。」
「うん。」
「氷帝の二年生にね〜。樺地のコト、好きな子がいるんだって〜。」
「へ?」
「で、告白して、跡部から奪ってやるって言ってるらしいよ〜。」
「へ???」

 一瞬、部屋の空気が凍り。
 事情を理解した瞬間、全員一斉にのけぞった。

「おい!ジロー、それは止めなあかん!」
「その子を説得するぞ!その子の命に関わる!」
「わ〜、わ〜、どうしよ!!テニス部が修羅場になっちゃうよ〜!」
「想像しただけで、胃に穴が空くねー。」

 しかし、ジローは笑顔のまま、ごろりと寝返りをうって。
「ホントに怖いのは、ここからだよ〜。」
 と、小首を傾げる。
「なんだよ?早く言え!」
 焦れた宍戸が今にもつかみかかりそうな勢いで言い寄れば。
 ジローは逆側にもう一度寝返りをうち。

「ん。実はさ〜。」

 全員の顔を見回し。

「俺、その子の名前、忘れちゃったんだよね〜。」

「思い出せ〜〜〜〜っ!今すぐ!思い出せっ!!」

 中三部屋は、凍り付いたまま、就寝時間を迎える。
 どうやら今夜は涼しく過ごせそうであった。



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