けんかの必勝法〜山吹篇。


「やっぱりけんかしたら、亜久津先輩がテニス部最強ですよね。」
 壇太一が舌足らずな口調で、千石に尋ねる。
 練習開始時間まであと10分。
 薄曇りの晩春。夏はそこまで来ている。
 靴ひもを結びながら、千石がのんびりと答えた。
「う〜ん。殴り合いなら亜久津かなぁ。でもテニス部最強が誰か、って言ったら、断然、南でしょ。」

「南部長〜?あんなに優しいのに?」
 素っ頓狂な声を上げて、壇は大きく目を見開く。
「うん。南はすごいよ。優しいだけじゃない。ほら、よく見ててごらん。」

 テニスコートの端に立って、周囲を見回していた南は、時計を見て。
 退屈そうにフェンスにもたれている亜久津の元に歩み寄った。

「亜久津〜。そろそろ練習〜。」
「ああ?俺に指図するんじゃねぇ。」
 案の定、亜久津はその鋭い目を南に向け、今にも噛みつきそうに睨み付けるが。

「指図しねぇよ。頼むよ。お願いします。練習してください。」
「……ちぇっ。仕方ねぇな。」
 あっという間に、毒気を抜かれてしまった。

「ね?あれが、南の最強の戦術。けんかしない作戦〜。」
「すごいです。亜久津先輩が準備体操を始めたです!!」
 壇はさらに大きく目を見開いて、くるくるとその場で回転した。
「あ、新渡米と喜多のとこにも行くな。」

 校庭の隅にしゃがみ込んで、二人の世界を作っているダブルス二人組。
「酒粕。」
「スリランカ。」
「カシス。」
「スリジャヤワルダナプラコッテ。」
「天かす。」
「スカンジナビア。」
 なんだか分からないが、しりとりをしているらしい。
 誰にも入れないような謎のコミニュケーションワールドである。

 そこへ。
 南は果敢にも近づいてゆく。
 練習開始まであと8分。

 ポケットに手を突っ込むと、ラップにくるんだ何かを取り出した南。
 それを静かに開くと、中からはナルトとカイワレが現れて。
 その気配に、はっと目を上げる新渡米と喜多。

「うずまきっ!」
「芽っ!」
「おう。」

 南の手元にあるナルトとカイワレをじっと見据えつつ、二人は立ち上がった。

「ということは、練習開始ということか、南?」
「ああ、そろそろ、準備を始めてくれ。」

「あああ。すごいですっ!南部長!!新渡米先輩と喜多先輩とお話ししてるです!」
 壇太一は感極まった声を上げて、くるくるくるくると回転した。
「な?すごいだろ。あの二人とコンタクトを取れるのは、山吹中テニス部広しといえども南くらいなものだからな。」
 なぜか千石も自慢げに腕を組んで笑う。
 雲に覆われた空の下、芽吹いたばかりの木々が、穏やかに風に吹かれている。

 練習開始まであと6分。
 ぼんやりと何を考えているのか分からない表情で、ようやく校庭に姿を現した室町を見付けると、南は話しかけた。

「室町〜、練習始まるかもしれない。」
「……うぃっす。始まるかもしれないっすね。」

 相変わらず、何を考えているのか読ませないまま、室町はのんびりと準備体操の集団に入っていった。
 ツボがどこにあるのか分からない室町をも軽く御してしまう。
 壇太一はあまりのしなやかな対応に、驚きのあまりまたその場で回転を始めた。

 そして、まだ準備体操を始めない壇と千石に気付くと、南は歩みをそちらに向ける。
 練習開始まであと5分。
 唐突に満面の笑みを浮かべるや、南は千石にひらひらと手を振った。

「お〜い、千石!練習だぞ〜〜っ!」
「はぁい、南♪俺、張り切っちゃう☆」
「おう、頑張っちゃえ☆」
 恐ろしいことに。
 南はきっちりと、千石のテンションに付き合ったのである。

 しかし。
 委員会があるから少し遅れるかも、と言っていた東方が小走りに校庭に現れると、間髪入れず振り返りざまに。

「お、今日も地味に行こうぜ〜。」
「うん、地味に行こうな〜。」
 しっかりと地味’sテンションを発揮して見せたのであった。

 正直に言って。
 壇太一は激しく後悔していた。
 こんな素敵な人が部長だったのに、自分は今日までそれに気付いていなかったのだ、と。
 ただの地味な人だと思っていた、と。
 くるくる回りながら、泣きたくなるくらい、後悔していた。

「どした?太一?」
「うわぁん。南部長〜〜、ごめんなさいです〜〜。」

 南はこの山吹中テニス部の誰のテンションにも合わせることができ、誰の世界にも入り込むことができ、誰のけんかも水に流すことができ。
 千石がテニス部最強、と言い切るのも嘘ではない。
 なんてすごいんだ!
 壇太一は感激していた。

「ボクも大きくなったら南部長みたいになるです〜〜。」

 泣きながら大声でそう喚く壇を前にしては、さすがの南も困惑したように首を傾げるほかない。
 そんな様子を横目に見つつ、千石は亜久津の周りを鬱陶しくスキップで回りながら。

「実は最強なのは太一かも〜〜。」

 と考えを改めたのであった。





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