半水滸伝!〜さくらさくら。
<冒頭文企画連動SS>






 早い季節から台風が来だしたのをきっかけにか、今年の日本の気候はめちゃくちゃで、ついには秋に桜が咲くというとんでもないことになってしまったのだが、中学生においてそれを異常だと思う人は少なく、珍しがったり喜んだりする人の方が多かった。
「杏さん、こっち!こっち!」
 桜の舞い散る小道。朋香の声に気づいて、杏は手を振った。
「久しぶり!って、そんな久しぶりでもないか。」
「一ヶ月ぶり、くらいですね。」
 桜乃が指折り数える。
「連絡、ありがとう。ここにみんな集まるんだね。」
「ううん。私だって、おばあちゃんにこっそり教えてもらっただけだもの。」
 広いテニスコートには点々と桜の木。
「人間オリエンテーリング、かぁ。」
 上手くいくかは分からないがな、と機嫌よく笑っていた祖母の顔を思い出し、桜乃は空を見上げた。
「みんな、無事にたどりつけるといいね。」
 空を染める一面の薄紅。
「当たり前じゃない!桜乃。リョーマさまがついているのよ!」
 朋香の謎の自信に、杏がくすくすと笑った。
「そうだね。越前くんがいたら、安心だよね。」
 風にゆらりふわり。
 薄紅の花びらが散り。
 9月の澄みきった空に満ちる。
「秋なのに……桜かぁ。」
 杏が呟く。
「桜、ですねぇ。」
 朋香も空を見上げて。
「なんか……卒業式みたい。」
 桜乃の言葉に、杏は小さく頷いた。
「だって、今日は、卒業式、でしょ?」

 全力で駆け抜けた日々の、最後の一章。
 それが今日。
 もちろん、全国大会という夢は、もう終わってしまったのだけれど。
 あの時には分かち合えなかった何かを、分かち合うために。
 もう一度、あの日と同じ夢を見られるのなら。


「あれ?杏ちゃん?」
 聞き覚えのある声に振り返る。
「あ。桜井くん。もう着いてたんだ。早いね!」
「え?ああ。うちのグループ、最初からここに集合してたから。」
 桜井の横には、乾、黒羽、真田、柳、裕太の5人の姿があって。
「竜崎が竜崎先生から話を聞きだした確率、99%だな。」
 乾がにやりと眼鏡をずり上げる。
「ずっと聞きたかったんですけど、それ、どうやって計算してるんですか?」
「知りたいか?裕太。」
「貞治の場合、インスピレーションが95%。」
「残る5%は何だ。蓮二。」

 さくら。
 さくら。

「お!あれ、不動峰の橘じゃねぇか?聡もいるし。」
 黒羽が道の向こうを指差した。
「ホントだ!お兄ちゃん!神尾くん!桃城くん!」
 杏に手を振られて、少し苦笑気味に桔平が頷いた。
「早かったな。桜井も、杏も。」

 そして5人。
 あるいは6人。
 桜、降り敷くゴールへと続く小道をたどる。

「9月にお花見か。」
 佐伯がにこやかに空を見上げる。
「こういうのも良いな。」
 手のひらに花びらを受けながら、首藤。
「そういえば剣太郎はどうしたのね?」
 樹の声に天根が首をかしげた。
「桜見て錯乱したとか……ぷぷ!」
「意味分からねぇんだよ!このダビデが!」
 かかと落としの鈍い音と同時に、天根が嬉しそうに桜散る小道へと倒れこんだ。

「くすくす。相変わらずだね。この2人。」
 木更津淳が倒れた天根を覗き込んで笑えば。
「そうそう簡単には変わらないよ。こいつらも、俺たちも。」
 木更津亮もくすくすと笑った。
「はい。500円。必ず返せよ?」
「サンキュ。」

 太陽はゆっくりと西に向かう。
 昼過ぎの暖かな光。

「どうだった?」
 桔平が一人ずつの顔を見回せば、伊武が即答した。
「美味しかったです。」
 橘さんは、果たしておはぎの話をしたかったんだろうか?と桜井は少しだけ疑問に思ったが、森がにこにこしているので、とりあえずは自分もにこにこしていることにした。
「それにしても内村、遅いですね。」
 石田が腕時計を見る。ゴール締め切り時刻である4時には、まだ余裕はあるけれど。
「道に迷ってんじゃねぇのか。」
 そう毒づきながらも、携帯の着信を確認するのは、神尾も心配しているのだろう。
「……来ていないチームがあるはずだ。ちょっと聞いてくるか。」

 薄紅の。

「まだ来ていないヤツ?」
 南はメンバーを見回した。
「いや、うちはもう全員揃ってる。そっちは誰か来てないのか?」
 南の声に、山吹組の視線が一斉に桔平に向かう。
「時間はまだあるですだーん!」
 励ますように壇。喜多が深く頷く。
「それもそうだな。」
 自分が心配性なだけか、と、桔平は小さく笑いながら、山吹の輪を離れる。
「太一。それは何のまねだ?」
「越前くんですだーん!」
 東方は自分の問いかけを愚問だったなぁ、と地味にしみじみする。
「新渡米先輩!変装用の葉っぱを借りたであります!」
「これでおそろいにできるのだ。」
 無敵ダブルスペアの会話を聞きながら、亜久津はかばんに残る生サンマを思い、木に寄りかかってふわとあくびをした。
「最高じゃねぇの。」

 淡く淡く空を染めて。

「ねぇ、室町くん!見て!俺、指ずもうキングの旗、もらっちゃった!」
「何すか。それ。」
「ルドルフの校章入りだよ!すごくない?!」
「だから何すか。それは。」
「よぉし!南くんにも自慢してこようっと!」

 ゆっくりと流れる時間。

「赤澤!あなたという人は!なぜ、指ずもうキングの旗を千石になど渡したんですか!」
 髪に散る花びら。
「まぁまぁ、怒るなよ。観月。俺、負けたんだから仕方ないだろ。」
 あっけらかんと赤澤が笑う。
「俺が勝って取り返してくるだ〜ね。だから観月も落ち着くだ〜ね。」
 柳沢がなだめすかして、ふと見上げれば桜。
「ノムタクがいたら、千石なんかに負けなかっただろうにね!」
 くすくすと笑いながら、淳が指先で舞い散る花びらを弾く。
「あの……金田はどうしたんでしょうか。」
 裕太の言葉に、赤澤は首をかしげた。
「大石ともう連絡がついているはずなんだがな。」
「それは確かなのですか?」
 観月の確認。赤澤は確信を持って肯定するのを見て、観月は微笑んだ。
「んふ。それならきっと大丈夫ですよ。」

 空の端に白い細い月が浮かぶ。

「仁王くん、ずいぶんと楽しそうですね。」
「そりゃ、そうじゃ。ネタの仕込が上手く行ったら楽しいに決まっとる。」
 不二の姿のまま、にこにこと言葉を紡ぐ仁王に、柳生は覚えず吹き出しそうになる。
「赤也。ちゃんと立海大の意地を見せてきた?」
「うぃっす!橘さんの妹の名前を調べてきました!」
「杏ちゃんでしょ?」
「……幸村部長、なんで知ってるんすか?!」

 柔らかい風。

「カキ氷、食い放題だったんだぜぃ!いいだろ!ジャッカル!」
「あいにくだったな。ブン太。こっちはサンマ食い放題だ。」

 静かに西へと傾き行く陽。

「桜ですねぇ。宍戸さん。」
「あー?桜だなぁ。」
 風のまにまに、かすかな香が漂う。
「珍しい、ですよね。9月なのに。」
「あー?そうだな。珍しいよな。」
 常識人ペアがのんびり桜を見上げる横で。
「んー?大丈夫だよー。別に心霊スポットだから狂い咲きしてるってわけじゃないしー。」
「……!」
 きぃぃぃんと効果音も華やかに、「春一番を十八番にしているピカチュウ」の構えを取る日吉を、滝が笑いながらなだめ。
「侑士、何だよ。それ。」
「何だよって、手塚や。見て分からん?」
 けらけらと指差して笑う向日と、満足げな忍足と。

 そして桜。

「寿司屋はオーナーシェフではなくマエストロだ。なぁ、樺地?」
「……うす。」
「湯飲みでは、湯だけでなく、茶も飲めるぞ。なぁ、樺地?」
「……うす。」
「河村の美技はなかなかだった。もう少しで破滅への海鮮丼の完成だな。」
「……う、うす。」

 鮮やかな西日が一人一人の横顔を照らす。

「おい、跡部、ジローはどうした?」
「あーん?そういや、ジローのヤツ、どこ行った?」

 夏が終わる予感の風に。

「ねぇ、せっかくだから、集合写真撮ろうよ。」
「良いっすねぇ!」
 不二と、偽不二と。
 桃城と、偽桃城と。
「ほら、手塚も越前も入って!」
「うむ。」
「……しょうがないっすね。」
 手塚と、偽手塚と。
 越前と、偽越前と。
「海堂も逃げない!」
「……うぃっす。」
 海堂と、偽海堂と。
 そんな奇妙な集合写真を撮ったりして。

「まずは越前くんに身長で勝つですだーん!」
「……負けてなんかやるもんか。」
 ルーキーの意地の張り合いとか。

「眼鏡同士、仲良くしようや。」
「うむ。油断せず行こう!」
 眼鏡同士の謎の連帯とか。

「そのバンダナ、自前か?」
「いや、その、仁王さんの。」
 バンダナを介したコミュニケーションであるとか。

「全然似てねぇな!似てねぇよ!」
「面白けりゃ、それでいいのである。」
「あはは!そりゃそうだ。」
 初めて会話を交わした2人であるとか。

「タカさん、どう?似てる?」
「タカさん、そっち、仁王だからね!ボクはこっち!」
「わ、分かってるよ。不二。」
 そっくりな2人に挟み撃ちされて、うろたえたりとか。

「俺の真似してくれる人はいなかったんだ。つまんない。」
 拗ねている菊丸に。
「まぁ、拗ねるな。」
 眼鏡の連帯に入れなかった乾が同情を寄せたりとか。
 そんな中。
「ねぇ、大石は?」
 菊丸が空を見上げる。

「おやおや。楽しそうじゃないか。」
 よく通る声が響いた。
「竜崎先生!」

「それにしてもおあつらえ向きですな。桜とは。」
 にまにまと伴田があたりを見回した。
「よい思い出になるでしょう。」
 榊の言葉にかくかくとオジイが頷いて。

 風に舞う桜をカルピンが追う。

 そのとき。

「大石!」
 小道の向こうから、5人の少年たちが小走りにやってくる。
「ジロー、てめぇ、どこで寝てやがった!」
 まだ4時まではずいぶんと時間があるけれど。
「金田!遅いっての!」
 仲間たちが手を振って出迎える。
「間に合ってよかったね!内村。」
 これで全員。
「剣太郎!心配かけやがって!」
 集まって。

「合流するのに手間取ってね。」
 頭をかく大石。
「でね、その後、大石が道に迷ったおばあさんを駅まで案内して、それから、荷物たくさん抱えた子連れのお母さんの荷物運ぶの手伝ってあげて!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら報告する芥川に。
「そのたびに、内村とか葵とか芥川さんとか、行方不明になっちゃうし。」
 苦笑しながらも金田の表情は明るくて。
「しょうがないじゃないか!だって、ゴールに着いたら……ゲームは終わりでしょ?」
 真顔の葵。
 内村が帽子をかぶり直す。
 どんな楽しい時間も、終わるときは、いつか来るもので。
「楽しかった。」
 内村が呟けば。
「そう、だね。」
 頷いたのは金田。

 さくら。
 さくら。
 空の果てには白い月。
 難しい言葉なんて何も必要ないから。

「ねぇ、全員で写真撮ろうよ。」
「全員なんか、入りきるの?」
「入らなくてもいいじゃん。撮ろうよ!」
 誰が誰に言ったのか、なんてもう分からない。
 分からなくて良い。
 みんな、ここにいる。

 季節外れの桜に。
 名残の夢に。

「大石!」
「ん?」
「このまま前進突っ走るぞ!」

 いつか見た夢。

「突っ走るってどこへ?」

 見果てぬ夢。

「そんなの、決まってるじゃん!」

 どこへだって行けるから。
 彼らの夢は続いてゆく。





☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
早い季節から台風が来だしたのをきっかけにか、
今年の日本の気候はめちゃくちゃで、
ついには秋に桜が咲くというとんでもないことになってしまったのだが、
中学生においてそれを異常だと思う人は少なく、
珍しがったり喜んだりする人の方が多かった。

どうもありがとうございました!




ブラウザの戻るでお戻り下さい。