半水滸伝!明の巻。
<冒頭文企画連動SS>



 お前にはネット越しのスポーツをやる資格がない、と言われて俺は動揺した。
 いや、動揺したのは確かだけど、言われたのは俺じゃない。言われたのは跡部。
 新渡米の言葉に、ぐっと眉を上げ睨みかえす。
「お前なんか、高校に行ったら俳句で全国大会目指せばいいのだ!」
 あの温和な新渡米が怒っている。よく分からないけど、何か怒っているっぽい。
「いっそ都々逸の深さに打ちのめされて、地区大会敗退すればいいのだ!」
 とにかく怒っているのは分かる。跡部の言い方が悪かっただとは思うんだけど、新渡米もそんなに怒ることないんじゃないかな、とも思ったりして。
「お前のせいで、柳沢がどれだけ怖い思いをしたか、分かってないのだ。むちゃくちゃ怖い思いをしたのだ。」
「新渡米、それはもう良いだ〜ね。結局、全然怖くなかっただ〜ね。」
 少し困惑したみたいに柳沢が新渡米を止めに入ったけど、新渡米は怖い顔したまま、跡部に噛み付きそうな感じ。本当に怒っているんだなぁ。怒り方が不思議なだけで。
「あーん?」
 跡部は低く呟くと柳沢に目をやった。それから、伊武。そして、俺に。
「順を追って話せ。さもないと分からん。なぁ、河村?」


 えっと。
 最初から話さないと意味が分からないよね。ごめん。説明する。あー、その前に名乗らなきゃ!俺ね、河村隆。青学中の3年生で……え?知ってる?そ、そっか。じゃあ、自己紹介は省略。
 で、何だっけ。そうそう。今日のこと、話すんだった。
 今日はね、みんなでリクリエーション企画に参加しているんだ。有名なイベントだったから、知っている人もいるかもしれないな。
 誰が言い出した話だったのか、竜崎先生もちゃんと覚えていないみたいなんだけど。
 とにかく全国大会終了の数日後のコトらしい。
 せっかく子供たちがこれだけ仲良くなったのだから、関東近郊の学校で何かリクリエーション企画の一つもやってみようじゃないか。
 そんな話が持ち上がったんだって。
 希望者参加の小さな小さなイベントでね。
 部長が全員分申し込んだ学校もあったし、各人好き勝手に登録した学校もあったらしい。
 どちらでも良いってことで、青学は自由参加。だけど、レギュラーは全員登録した。
 とにかく自由参加で楽しんで欲しいってね、そんな顧問、監督の先生たちの思いを込めて作られたイベント。だったら参加しなきゃもったいないじゃない。それに……先生たちの気持ちもすごく嬉しかったからね。
 それで、決まった企画。
 その名も。
 人間オリエンテーリング。

 地図片手に目的地を走破するのがオリエンテーリングなら、メンバー表片手に目的のメンバーを全員集めるのが人間オリエンテーリング。
 それぞれの生徒に与えられるのは、自分のグループのメンバー表と1つか2つ文字が書かれたカード。
 全員集って、文字札の文字を正しく並べたなら次の目的地が分かる、というルールだけは単純なゲーム。ってルールだけだけどね。単純だったのは。
 集まり方は自由。
 他のグループと助け合っても良し。
 自分たちだけで頑張っても良し。
 俺たちはその壮大なゲームの中に飛び込んだんだ。

 ゲームは10時スタート。
 俺が渡されたメンバー表には、見覚えのある名前ばかりが並んでいた。主に東京の学校からの参加者が多いと聞いていたけど、うちのグループは見事なまでに全員都内の学校の生徒だったから、都大会以来の顔なじみばかり。
 あ、一応、ここにメンバー表を貼っておくね。この5人だったんだ。

 跡部景吾(氷帝中/中3/リーダー)
 河村隆(青学中/中3)
 新渡米稲吉(山吹中/中3)
 柳沢慎也(ルドルフ中/中3)
 伊武深司(不動峰中/中2)


 ね?都内のやつ、ばっかりだろ?個性的は個性的だけど、集合するなら、それなりにやりやすいかなって思ったんだ。もちろん、先生たちが作ったゲームは一筋縄で行くはずがない。すぐに甘さを思い知らされたんだけどね。

 俺は、最初、やっぱりリーダーの学校に行くのが良いかなって思った。だって、メンバーの連絡先とか知らないし、ほかに合流できそうな場所が思いつかなかったからさ。
 青学の部室からは、10時と同時に桃が飛び出して行って。すぐに英二と不二もかばんを抱えて出て行った。手塚はしばらく悩んだ末にかばん置いたままふらりと消えるし、乾はノートを開くし、海堂は乾睨んでいるし、越前は携帯眺めていたし、みんな、それぞれに何か戦略があるみたいだった。
「タカさん。」
 俺、結構ぼんやりしていたみたいで、大石に急に声をかけられてびっくりした。振り返ると、かばんを手にした大石が立っていて。
「俺、駅に行くんだけど、一緒に行かない?」
 って誘ってくれた。俺、個人主義って嫌じゃない。青学の一人一人好きにやらせてくれるとこ、大好きだ。俺みたいな……なんていうか、バランスの悪い部員でも、居場所があるじゃない?そういうの、本当に青学のいいところだと思う。だけど。
「うん。ありがとう。大石。」
 大石のこういうところも良いなって思うんだ。ほら、何ていうのかな、休み時間に女子が誘い合って一緒にトイレに行くみたいな……なんか違うね。ごめん。
 それで、俺と大石は一緒に駅に向かったんだ。
「タカさんはどこ行く?」
「んー。氷帝かなぁ。大石は?」
「俺は……一番近場だから、不動峰から行こうかな。」
 ん?ってちょっとだけ、俺は疑問に思った。「不動峰から」ってことは、このゲーム何校も回らなきゃいけないのかな。まぁ、確かにそうかもしれない。氷帝に行ってみて、跡部に会えなかったら、ほかを探さなきゃいけないもんね。
 大石は少し言い難そうに。
「タカさん、取引しない?」
 と尋ねた。
「取引?」
「タカさんのグループに不動峰のやつ、いる?」
「いるよ。えっと、伊武がいる。」
「そっか。じゃあ、俺が不動峰で伊武くん情報を入手したら、タカさんに連絡するよ。」
「オッケイ。じゃ、俺は氷帝の誰の情報を大石に知らせれば良い?」
 俺の問いかけに、大石はさわやかに笑って。
「ありがとう。芥川を捕まえたいんだ。頼めるかな。」
 そんなわけで、俺と大石は同盟を組んだ。こういうのもきっと戦略のうち、だよね。芥川に直接会えなくても、跡部と合流できたら、彼の情報、聞きだせるだろ?だったら、大石の役に立てるだろうしね。

 ところが、だった。
 俺が氷帝の最寄駅にたどりつく寸前。携帯に着信があったんだ。家からの着信でね。留守電聞いたら「すぐ折り返せ」とだけメッセージが入ってた。びっくりするじゃない?何かあったのかと思って、俺、電車降りて大慌てで家に電話したんだよ。
「あ。オヤジ?」
『おう!隆。友達が来てるぞ。』
「え?友達?誰だろ。」
 今日は友達と家で遊ぶ約束なんかしていなかった。驚いている俺にオヤジが普通に言った。
『跡部くんって子だ。』
 ……ちょっと待って。何で跡部がうちに来ているの……?!
 と思ったけど、まぁ、うちが寿司屋なのは結構友人間では有名な話だし、名前とかもそのまんまだしね、跡部が知ってても不思議はない。
『すぐ帰ってこい。友達待たせんじゃねぇぞ。』
 オヤジは能天気にそう言って電話を切った。
 そのときには、俺は跡部と電話で直接話をして、どこかで合流するとかそういう発想がなかったんだ。時計を見たら10時30分くらいだったかな。俺はあわてて家に帰った。
 リタイアして家に帰るときには、竜崎先生に電話しなきゃいけないんだけど、こういうときはいいんだよな?と少しどきどきしながらね。

 家帰ったら、跡部が普通にカウンタ席で茶を飲んでた。
 なんか、むちゃくちゃ不思議な感じ。
「意外と早かったじゃねぇか。あーん?」
 うちの湯飲み片手に振り返る跡部。
「あ、うん。」
 時計はもう11時近くを指していた。早かった、で良いのかな?まぁ、時間は4時まであるわけだし、良いのかもしれないけど。うーん。
 跡部の前にはタコの酢の物が出ている。オヤジ、違うから。跡部にタコの酢の物って組み合わせが絶対間違ってるから。割り箸もおかしいよね。跡部は絶対、割り箸とか、割ったことないって。跡部に似合うようなものなんか、うちにはないよ。
 と思ってたら、跡部、すごく慣れた感じで、酢の物一口ぱくりと食べたんだ。驚きじゃない?跡部なのに!
「良い雰囲気の店じゃねぇか。」
 とりあえず作戦会議でもしなきゃいけないだろうと、跡部の隣に座ったら、跡部が平然とそんなことを言い出したんだよね。結構、俺、素直に嬉しかった。
「そ、そうかな?」
「お前がオーナーシェフを継ぐんだろ?」
「え?……あ、う、その、オーナーシェフじゃなくて、店は継ぐつもりだけど。」
「シェフにはならねぇのか?」
「や、その、寿司屋になるけど!寿司屋の場合、普通、シェフじゃなくて職人って呼ぶんだよ。」
「ふーん。マエストロなわけね。」
 何でもカタカナに直すの、止めてくれないかな。跡部。
 ちょっとだけ、俺の脳内には、ラケット握ってテンション上がりすぎているときの自分が過ぎる。将来、お客さん相手にさ、はりきっちゃってさ。
「カモーン!アイ アム マエストロ!グレート!」
 みたいな感じの……や、止めよう。自分で想像して恥ずかしくなってきた。ごめん、脱線したね。えっと、何だっけ。
「これからどうするの?」
 俺が尋ねたら、跡部は即答した。
「ここで他の連中が来るのを待つ。」
「え?」
 それ、普通、ありえないでしょ?普通、そんなこと、考えつかないでしょ?俺がリーダーならともかく、いや、俺がリーダーってのはまた別の意味であり得ないけども、ともかくリーダーでもないやつの家に集合っておかしいよ。家だしさ。それに、みんなが俺んち寿司屋だって知っているかどうかも分からないし。……って、俺、反論しようとしたんだけど、跡部って自信満々じゃない?だんだん、俺の方がおかしいのかなって気分になってきて……。
 そのとき、からりと店の戸が開いたんだ。
「伊武?!」
「……こんにちは。」
 入ってきたのは不動峰の伊武。
 うわ。うわ。うわ。何だよ。それ。
 俺は狼狽えて、ついいつもの癖で。
「へい!らっしゃい!」
 とか、返事しちゃった。今思うとちょっと恥ずかしいや。
「これで3人揃ったな。」
 伊武が俺の隣に座る。とりあえず、お茶ぐらい出そうと思って立ち上がると、店の奥からオヤジが出てきた。
「お。また、隆の友達か。」
 嬉しそうに伊武に挨拶した。
「なんか、食ってくか?」
 ちょうどお昼前だしね。せっかく来たんだから、何か食べてけばいいや、って俺も思ってたとこだった。そしたら、伊武のやつ、少し言いにくそうに遠慮がちに。
「……漬け物ください。」
 だって。寿司屋来て漬け物か……渋いよね。伊武って。
 伊武と自分の分のお茶を淹れて、カウンター席に3人で並んで座る。うちの店に伊武と跡部がいるなんて、ホント、変な感じ。
「よくここが集合場所だって分かったね。」
 俺は本心から感心して尋ねたんだけど、伊武は俺を一瞥して。
「……本当にここにいるとは思わなかった。」
 とだけ答えた。そっか。俺の連絡先とか、ここに来たら分かるもんね。他に連絡が付くあてがなかったら、俺でも確かに仲間の実家に行ってみるかもしれないしね。俺は結構納得した。でも、度胸あるよね。伊武。
 そんな感じで伊武としゃべっていて、っていうか、ほとんど会話になってなかったんだけど、そのとき、ふと、俺は大石との約束を思い出した。思いもよらないコトばっかりだったから、うっかり忘れてたんだよ。
「あ、そうだ。跡部!芥川の連絡先とかって分かる?」
 オヤジが漬け物の盛り合わせを出してくる。伊武、きっと将来、日本酒好きになるよね。
「あーん?ジローの携帯なら分かるが、あんまり使えねぇぞ。」
「なんで?」
「寝てるときは気づかない。覚醒しているときははしゃいでいて気づかない。」
「……なるほど。」
 それでも大石に伝えるからって、頼み込んで、芥川の携帯連絡先を教えてもらったんだ。で、携帯を取り出したら、大石から伊武のメアドが届いていた。うわ。気づかなかった!慌てて大石の携帯に感謝と芥川情報をメールして、これで一件落着。
 と思ったら、跡部が携帯で誰かと電話していたんだ。
「あーん?……分かった。」
 携帯をかばんに入れると、跡部がこっちを振り返る。
「樺地によれば、ジローのヤツ、山手線で寝ているらしい。」
「……山手線?」
 山手線っていうのは、都内の中心部を走る環状の路線なんだ。一度乗ると、永遠にぐるぐる回れる造りになっている。
「もうすぐ××駅を通過する内回り線の先頭車両だ。」
「わ、分かった!ありがとう!今、大石に連絡する!」
 ××駅のあたりは不動峰からかなり近い。急いで移動すれば、どこかで捕獲できるんじゃないかな。芥川。
 そう思って俺は大あわてで大石に電話でそれを伝えた。
 跡部によれば、芥川の野望だったんだって。山手線で何周も寝るっていうの。変な野望だよね。それにしても、樺地はよく芥川の居場所を把握しているね。俺、感心しちゃった。
 そしたら、俺の携帯が鳴って……。
 あ。そうだ。
 この辺で少し新渡米たちの話をしなきゃね。
 後から2人に聞いた話で、俺が直接見てたわけじゃないけど、一応、順を追って話すよ。
 えっと、どの辺から話せば良いのかな……?


 柳沢が氷帝の最寄り駅に着いたのは11時ごろだったらしい。
 リーダーがいそうな場所を探す、となれば、跡部は恐らく自分の学校から移動しないだろうって思ったみたいだね。俺もそう思っていたし。
 で、駅の改札口から出ようとしたところで、向こうから見覚えのある芽が歩いてくるのが見えた。芽が歩いてくるって変だな。えっと、見覚えのある芽の生えた人が、って言えば良いのかな。とにかく新渡米がいることに気づいたんだ。
 新渡米もすぐに柳沢が改札の向こうにいるコトに気づいて、そっちで待ってろ、って言ったらしい。で、二人は駅構内で合流して。
「柳沢に会えて良かったのだ。」
「俺も安心しただ〜ね。だけど、何で氷帝に行かないだ〜ね?」
「今、氷帝の部室に行ってきたのだ。」
 柳沢の問いかけに、少し困ったように新渡米が報告した。
「跡部はもう居なかったのだ。」
 跡部の連絡先を聞こうにも、部室に居た忍足に「跡部は人に連絡先を教えるのを嫌がるんや。だから堪忍な。」と詫びられてしまっては、どうしようもない。
「跡部以外の人の連絡先も分からないのだ。」
 新渡米が喜多や壇と連れだって行ったときには、氷帝の部室には、まだ、忍足しか居なかった。跡部の連絡先も分からないのでは仕方がないよね。それで、新渡米はとりあえず引き返して来たんだって。
「他のメンバーの連絡先も知らないだ〜ね。」
「困ったのだ。」
 2人は顔を見合わせて途方に暮れてたんだけど、しばらくして、柳沢が意を決したように口を開いた。
「実は……俺、青学不二周助の携帯、知ってるだ〜ね。」
「青学の不二なら、きっと河村の連絡先を知っているはずなのだ。」
 こくり、と頷く柳沢。
「そうだ〜ね。きっと河村と連絡が付くはずだ〜ね。だけど……俺は、不二周助から『裕太に何かあったら連絡して』とこの番号を渡されただ〜ね。この番号にかけたら、裕太に何かあったと誤解されて、呪われるかもしれないだ〜ね。」
「不二周助は人のことを呪ったりしないのだ。大丈夫なのだ。」
「そんなコトないだ〜ね。俺は見ただ〜ね。不二周助に呪われると、くしゃみが出るだ〜ね。」
 俺も不二が人を呪ったりするとは思わないけど……どうも、柳沢はそのとき本当に怖がっていたんだって。不二っていつも優しいじゃない?不思議だなぁって思ってたんだけど、その話の続きを聞いて、俺、なるほどって思った。
「俺は不二周助と試合をしたことがあるのだ。不二周助はフェアで温厚な男だったのだ。」
「俺も不二周助の試合、見たことがあるだ〜ね。それはそれは恐ろしい試合だっただ〜ね。」
 確かに観月との試合のときは、不二、人が変わったみたいに怖かったよね。それを見ちゃったから柳沢のイメージでは、不二は怖い人って思っていたんだね。……英二なんかは、不二はもともと怖い人で、俺とダブルス組んでいるときだけ、人が変わったように優しく見えるとか何とか、全く逆のコト言ってたけど……それは英二の冗談だろうし。英二は陽気でお茶目だからね。
「だったら俺が代わりにかけるのだ。」
 新渡米が提案した。だけど、柳沢は譲らなかったらしい。
「俺はくしゃみが出ても大丈夫だ〜ね。だけど、新渡米はくしゃみして、葉っぱが散ったら大変だ〜ね。だから、俺がかけるだ〜ね。」


 この辺で、うちの方に話を戻しても平気かな。
 えっとね。
 それで、俺の携帯が鳴ってね、それが不二からの電話だった。
『ルドルフの柳沢がタカさんの連絡先知りたがってるんだけど、勝手に教えちゃまずいかなって思って。』
 そういうところ、不二らしい心遣いだよね。
『代わりに柳沢の連絡先を聞いておいたんだけど、メモしてもらえる?』
「あ、うん。ありがとう。」
 俺はそこで柳沢の連絡先を手に入れたんだ。
『タカさんたちのグループはどう?全員揃いそう?』
「今、3人まで集まったトコ。不二は?」
『ボクの方はあと1人だよ。』
 不二との電話を終えるなり、俺はすぐに柳沢に電話を掛けた。それで、新渡米と柳沢がうちの店に来ることになった。
 俺は、今、電話越しに全員の文字札を確認して、ゴール地点で集合すれば良いんじゃないかって思ったんだけど。
「時間はたっぷりある。それに、ゴールはここからそう遠くないだろ。」
 と跡部に自信たっぷりに言われて、そうかなって思った。いや、そのときには、俺、ゴールがどこかなんて全然考えてもいなかったんだけど。跡部が言うと、そういうものかなって思っちゃうじゃない?え?そんなの、俺だけ?


 12時過ぎには全員が集合していた。
 うちにね。河村寿司に。
 すごく変な感じだよね。うちのカウンターに跡部と伊武が座っているところに、新渡米と柳沢が来るんだよ?夢の中でだったら、こういう変なコトも起こるかもしれないなって思うけど、夢じゃないしさ。
「遅かったじゃねぇの。あーん?」
 新渡米たちを振り返って、跡部がそう言った。
 やっぱりね、こんな変な場所を勝手に集合場所にしておいて、「遅かった」はちょっと可哀想だと思うんだ。だから、俺、フォローしなきゃって思ったんだけど、その前に、新渡米が怒っちゃったんだよね。
 あ、そうそう。それで最初の台詞に戻るわけ。
「遅かったってどういう意味なのだ!リーダーとしての地味なつとめも果たさずに、こんなところで派手にお茶飲んでいたお前には、ネット越しのスポーツをする資格はないのだ!」
 ものすごい剣幕で怒るんだけど、ちょっと意味が分からないところが新渡米らしいところ。
「コードボールのスリル感なんか、二度と味わえなければ良いのだ!」
「あーん?」
「インターネット対戦型のスポーツもダメなのだ!ネットゴルフも、ネットゲームも、ネット囲碁もダメなのだ!」
「ちょ、ちょっと、新渡米、落ち着くだ〜ね。」
 俺は新渡米の奇妙な怒りに動揺しちゃってて、止めるコトなんか思いつかなかったし、伊武は伊武で全然気にしないで、普通に漬け物食ってるし。それでも柳沢が止めてくれたんだけど、あまり効きめがなくって。新渡米って、前から跡部のこと、苦手だったみたいだしな、とか、思い出して、なぜか理由もなく哀しくなってきた。
 高校行ったら俳句始めろとか、都々逸やれとか、難しいことをいろいろ言って新渡米、怒ってたんだけどね。
「お前のせいで、柳沢がどれだけ怖い思いをしたか、分かってないのだ。」
 この一言が効いたらしい。
「あーん?順を追って話せ。さもないと分からん。なぁ、河村?」
 軽く眉を上げて、跡部が尋ねた。それでやっと跡部は、この2人が氷帝に行ったり、不二に電話をしたりして苦労してここにたどり着いた顛末を理解して。
「お前を見つけるのは、本当に大変だったのだ!」
「それは……悪かったな。」
 失礼な言い方かもしれないけど、俺は跡部が謝ったりしたから、本当にびっくりした。
 新渡米も拍子抜けしたみたいで、さっきまでの勢いはどこかに行っちゃってね。黙っちゃったんだよね。
 なんかさ、全員、どうして良いか、分からなくなっちゃってさ。そういうのってあるじゃない?みんな、よかれと思ってやっていたのに、巧くかみ合わなかったりしてさ。誰かが怒っちゃったりとかしてさ。何て言うのかな、誰も悪気はなかったのに、どうしてこうなっちゃったのかな、本当は仲良くしたいだけなのにな、みたいなの。ぎくしゃくするって言うのかなぁ。空気がね。
 跡部も新渡米も黙っちゃってさ。
 柳沢と俺は目を見合わせて固まってさ。
 そのとき。
 黙々と漬け物食べていた伊武がぼそっとぼやいたんだよね。
「……『とべ’s』のくせに、何、仲間割れしてんの?ばかなんじゃない?」
 『とべ’s』……?
 一瞬、俺、意味が分からなくてね。きょろきょろしちゃったんだけど。

「新渡米と跡部で『とべ’s』だ〜ね!」

 柳沢が言うなり吹き出して。
 2秒くらい、間を置いて、新渡米が笑い出した。
「確かに『とべ’s』なのだ。」
 怒っていた本人が笑っちゃったら、もうそれまでだよね。
 俺も急に安心して、そしたら無性におかしくなってきちゃってさ。跡部も笑ってるし。急に空気が暖かくなった。良かった。だってみんな悪気はないんだもん。仲良くできる方がずっと良いよね。

「……全員揃ったみたいだから、これ。」

 しかも、伊武ってばかばんからおはぎとか取り出すし。橘が作ったんだって。マメだよね。橘。俺も何か用意しておけば良かったな。とか思っていたら。
「隆!運ぶの手伝え!」
 いつの間にか、オヤジ、5人分の昼飯作ってくれていて。
「海鮮丼だ〜ね!」
 柳沢が目を輝かせた。


 全員揃ったし、腹ごしらえも完了したし。
 俺たちはようやく出発した。
 文字札を並べて確認するまでもなく、ゴール地点は跡部の予想通りの場所。
 そう。
 全国大会の会場だった。

「美味しかっただ〜ね!これで元気いっぱいだ〜ね!」
 柳沢が張り切ってる。
「……ごちそうさまでした。」
 おはぎの入っていた容器に、うちの特製漬け物をいっぱい詰めて、伊武がぺこりと頭を下げる。
「早く行くのだ。跡部。」
 すっかり機嫌を直したらしい新渡米が、跡部に笑いかければ。
「当然だ。なぁ、河村?」
 跡部がいつもの自信に満ちた声で出発を宣言する。
「うん。行こう!」

 ゴールまで、きっともうすぐ。





☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
お前にはネット越しのスポーツをやる資格がない、と言われて俺は動揺した。

どうもありがとうございました!




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