半水滸伝!已の巻。
<冒頭文企画連動SS>
「500円貸してくれ」
木更津淳が携帯を見てくすくすと笑っている。
「亮のヤツ、おかしいや。」
人目を気にせず独り言を言いながら機嫌良くくすくす笑っている木更津は、見慣れているから何ということもないが、下手をすると十分おかしい人なんじゃないかと、柳沢は心密かに考えている。だが、柳沢はとても賢いので、もちろんそんなことは口に出して言ったりはしない。
「どうしただ〜ね?」
「500円貸してくれ、だって。どうしようかな。」
ルドルフのメンバーはみな木更津双子の奇妙なコミュニケーションをよく分かっている。だから、こういうのは基本的に放っておく限るコトも、よく了解している。
勝ち抜き指相撲大会のトーナメント表を鞄にしまいながら、赤澤は大きくあくびをした。
時は朝の9時20分過ぎ。
観月からゲームのルール説明を受けてまもなくである。
ゲーム、というのは、他ならぬ今日のメインイベント。誰が言い出した話だったのか、観月も定かには知らないいないらしい。
とにかく全国大会終了の数日後のコトだ。
せっかく子供たちがこれだけ仲良くなったのだから、関東近郊の学校で何かリクリエーション企画の一つもやってみようじゃないか。
そんな話が持ち上がった。
希望者参加の小さな小さなイベント。
部長が全員分申し込んだ学校もあったし、各人好き勝手に登録した学校もあった。
どちらでも良い。
とにかく自由参加で楽しんで欲しい。
そんな顧問、監督たちの思いを込めて作られたイベント。その名も。
人間オリエンテーリング。地図片手に目的地を走破するのがオリエンテーリングなら、メンバー表片手に目的のメンバーを全員集めるのが人間オリエンテーリング。
それぞれの生徒に与えられるのは、自分のグループのメンバー表と1つか2つ文字が書かれたカード。
全員集って、文字札の文字を正しく並べたなら次の目的地が分かる、というルールだけは単純なゲームである。
集まり方は自由。
他のグループと助け合っても良し。
自分たちだけで頑張っても良し。「んふ。木更津。他校の人との連絡は、9時半から10時までの間、禁止されています。いくら双子だってダメですよ。」
携帯で返信を打っている木更津に、観月が声を掛ける。
「うん。分かってるよ。ちゃんとそう書いておくから。」
目も上げず、木更津はそう答えた。淳→亮「連絡禁止だってね。9時半から30分間。500円は貸してもいいけど、何でわざわざ俺に頼むのさ?」
時は9時24分。返信は29分というぎりぎりの時刻になって届いた。
「あれ?なんでバネからメールなんだろう?」
小首をかしげながら、木更津が差出人欄に「黒羽」と書かれたメールを開けば、それはなぜか亮からのメールの続きで。黒羽→淳「さっき、剣太郎が携帯シャッフルって企画考えついて、六角の携帯がむちゃくちゃになってる。お前のお兄様はバネの携帯持ってるから、今後はこっちに送るように。じゃあ、10時すぎたらまた。」
双子同士のメールはいつものことだが、亮ではなく黒羽からメールが届いたとなれば何だか気になる。仲間たちの視線を浴びて、木更津はくすくすと笑った。
「六角ってば、携帯シャッフルだって。変なの。」
「携帯、シャッフル、ですか。」
観月が信じられないといった表情を見せる。潔癖性でいささか秘密主義者めいたところのある観月にしてみれば、携帯を他の人と交換するなど、信じられないことだろう。
「亮のヤツ、500円ネタ、どこかやっちゃってるし。」
くすくす笑い続ける木更津。
時計がかちりと針を進め、世界は9時半を迎えた。
榊の、メトロノームに合わせたフランス語でのカウントダウンによって10時が告げられる。その声と同時に、氷帝の良い子たちは封筒を開いた。
「……変なメンバー。」
向日が飛んだり跳ねたりし、忍足がメガネを光らせる部室の片隅で、滝は小さく微笑んだ。何というべきか、奇妙な組み合わせだった。
まぁ、どんな組み合わせにしろ、奇妙といえば奇妙だろうけどね。観月はじめ(ルドルフ中/中3/リーダー)
木更津淳(ルドルフ中/中3)
滝萩之介(氷帝中/中3)
東方雅美(山吹中/中3)
不二周助(青学中/中3)
森辰徳(不動峰中/中2)正レギュラーでなかった自分にも居心地が悪くなさそうなメンバーだな、とは思う。正直、自分の立場を考えれば、このゲームに参加するのも気がとがめないわけじゃなかった。自分の名前を登録してくれた跡部の好意に甘えて参加してしまったが、どこか違和感がつきまとっていた。だけど、大丈夫かもしれない。全国大会に出ていないルドルフから二人参加している上に、地味さにかけては全国レベルの東方と森が脇を固めてくれている。これなら自分もさほど疎外感を感じずにいられそうだ。
それにしても青学不二とルドルフ観月が一緒の組とは。
「……因縁だねー。」
これはこれで面白いコトになりそうな気がする。特に、試合では不二周助にこてんぱんにのされた観月がグループのリーダーだというあたり。もめるかな。不二も大人だから、これくらいでもめはしないかな。
視界の隅では姿勢を正した日吉がまっすぐにメンバー表を見つめている。
「日吉、どう?大丈夫ー?」
こういうゲームに向かないコトにかけては、日吉の右に出る者は少ないだろう。そんな危惧を抱きながら声を掛ければ、日吉が真顔で応じた。
「勝つのは……氷帝!」
ま、それは当然として。今回のゲームは氷帝の勝ち負けは関係ないかもしれないんだけど。
「困ったらポケベルで連絡してねー。」
日吉のポケベルに対応できるのは滝くらいしかいない。だから、というわけでもないが、一応、それだけ告げて、滝は部室をあとにした。
ルドルフの2人は学校に残って待機しているような柄じゃない。問題は観月くんがどんなシナリオを想定しているかだけど……考えられる可能性としては、目的地に先回りして集合するつもりでいるか、連絡先を突き止めて全員に連絡をして集合場所を指定するか、どっちかだろう。
滝の携帯には観月や木更津淳の連絡先は入っていない。
「んー?」
どうしようかなー、と滝は空を見上げた。
「とりあえず一番近そうな学校に行ってみるかなー。」
9月の空は恐ろしく晴れ渡っていた。
山吹を出て最寄り駅にたどり着いた東方は、もう一度メンバー表を開いた。
セオリー通りに考えれば、ルドルフに行くのが一番だろうな。南みたいな普通のヤツがリーダーだったなら。リーダーが自分の学校で待っているか、そうじゃなきゃ、こっちに連絡を寄越すだろう。でも、俺の連絡先、知らないだろうしな。そうしたら普通は、学校で待機だろう。
しかし、敵は観月だ。
そこまで考えて、東方ははたと気付く。
いやいやいやいや、敵じゃない。敵じゃない。
だが、観月のことだ。裏をかいてくるには違いない。困ったな。俺、自慢じゃないけど、すごく騙されやすいんだぞ?裏をかくどころか、表向きでも騙されるのに、どうやって観月チームで生き残れっていうんだ。
メンバー表に並ぶ名前を順番に眺めてゆく。そして目が留まった。
「……森……?」
そのとき東方の心の中にえもしれぬ温かい気持ちが湧き起こる。
森といえば、森だ。なんていうか、森。俺と同じタイプのキャラだよな。その……目立たないダブルスペアの、特に目立たない方、っていう。
そして東方は森の顔を思い出そうとした。だが、あえなくそちらの試みは失敗した。
まぁ、顔なんて大したコトじゃない。顔が人間じゃない、……ちがった!人間、顔じゃないもんな。
問題はこの地味で大人しい少年が路頭に迷うかもしれない、というコトだ。きっとこの子は観月と面識もないだろうし、観月のシナリオなんて読み切れないに違いない。
地味キャラ同士……ここは森を助けに行くのが人情ってヤツだよな。
東方は9月の空を見上げて決意した。
きっと南だって、俺の立場ならそう決断するはずだ。他のヤツらは派手だからどうでも良い。まずは森を探そう!
「困ったなぁ。」
声に出して呟いてから、不二は苦笑した。独り言を言うなんて、自分もずいぶんと困り果てているものだ。
メンバー表に並んだ名前を見れば、多くの友人たちが不二の困惑の理由を理解するだろう。何しろ、リーダーが宿敵観月なのだ。いや、宿敵と思っているのは観月だけであって、不二としては一度こてんぱんにのした以上、もうさほど気にしてはいない。むしろさっぱり眼中にないくらいの爽やかな気持ちさえ抱いている。
だが、観月は違うだろう。観月の方では不二を相変わらず敵対視しているはずだ。だからこそ厄介なのだ。
青学の昇降口で不二は傘立てに座り込んで考えこむ。
もしも、僕が観月の立場だったら……?
効率よく、しかも、僕をぎゃふんと言わせるような方法で、リーダーとしての手腕を発揮しようと考えるだろうな。
それで……僕とは最後まで合流せず、自分では他の4人集めて、僕に「迷惑かけてごめんね」と言わせようとする。そんな感じかな。
うーん、と天井を見上げて、不二は小首をかしげた。観月って何て性格が悪いんだろう!
自分が観月だったら、という仮定はすっ飛ばして、不二はにこにこと不満げに目を細めた。
さて、どうしよう。
もう一度、メンバー表に目を落とす。
木更津は当然、観月と一緒に行動しているんだろうな。あとは滝と東方ね。この二人は目立つわけじゃないけど、したたかそうだから、観月がどんなに暴れても大丈夫かな。
そしてふと気付く。
不動峰の森くん!
彼は中二じゃないか……!というコトは、可愛い可愛い僕の裕太と同じ学年じゃないか!
そこで、天才の誉れも高い不二周助は決意した。
裕太と同じ学年の森くんを観月のせいで辛い目に遭わせちゃいけない!
それこそ僕のつとめ、このグループに僕が存在する価値じゃないか!
ここは僕が中三としての責任の全てを賭けて、森くんを助けなきゃいけない!
そうだろ?裕太。
天才不二周助はぐっと拳を握りしめて空を見上げた。昇降口の向こう、9月の空は高く晴れ渡っている。
そのとき、裕太が遠い空の向こうでくしゃみをしたことは、不二は知る由もない。一緒に歩いていた柳沢に。
「噂されているだ〜ね?」
と問われて。
「いえ、たぶん、兄貴の呪いです。」
と裕太が真顔で答えていたコトも知る由もない。
淳→亮「楽しいことになりそうだね。このゲーム。そっちの調子はどう?」
亮→淳「うーん。正直、まだ分からないな。都内に入るまでにだってむちゃくちゃ時間がかかるから(笑)。知ってるだろ?」
淳→亮「六十分はかかるよな。もっとかかるか。こちらも目的地目指して移動中さ。」
亮→淳「さすがに同じグループにはなれなかったな。同じだったらかなり面白かったのに。」電車の隣の席で、木更津がさかんに携帯メールを打っている。つくづく仲の良い兄弟だと思う。
「木更津。次の駅で乗り換えですよ。」
「ん。」
観月には姉しかいない。男兄弟、しかも同い年で、同じ趣味を持つ兄弟がいたらどれほど楽しいかとは思う。
しかし、それにしたって。
木更津兄弟のこの仲良しぶりはどうだろうか。
「いい加減、その長文しりとり、飽きないんですか?」
いささか呆れ気味に尋ねてみても。
「9年以上続いているし、終わる気がしないよ。くすくす。」
上機嫌にそう答えられては反論する気もしなくなる。しかし、毎日、ひっきりなしに携帯メールで長文しりとりをしていて、飽きないんだろうか。本当に。
そう思いながら腕時計を見やる。時計は十時半少しすぎを指している。
ルドルフで仲間たちを待ち受けて、そこからゴールに向けてスタートする気にはならなかった。一つにはそれが性に合わないから。もう一つには、きっと自分でさえリーダーに選ばれたなら、赤澤がリーダーでないはずがないから。部室でどーんと構えて、仲間を待ち受けるのは赤澤のような男にこそ相応しい。自分はその器ではない。
部室を出たときには、その程度の認識しかなかった。むしろメンバー表を最初に見たときには、正直、不二周助の名前ばかりが心に重くのしかかっていた。どうしたってこの男は天才なのだ。自分がいくら努力しても、天才には敵わない。そんな想いが心を占めた。
だが。
不二周助とて、勝利に固執する一人の中学生。観月を意識しつつも、一緒のチームなら同じ目標のもとに戦わざるをえない。不二周助は誰にまず接触しようとするだろうか。そして他のメンバーは……?
そう考えたとき、観月の脳裏に鮮やかなシナリオが浮かんだのだ。
「観月のシナリオ、楽しそうだな。同じチームで良かったよ。くすくす。」
木更津がそう言って笑うのはお世辞ではない。たぶん、彼が本心から楽しんでいる証拠なのだ。
「どれくらい上手く捕まるかな。」
「最低2人、可能なら4人。」
「へぇ。強気だね。でも、楽勝なゲームじゃつまらないよ。」
返信を打ち終わったのだろう。携帯を鞄に押し込むと、木更津が立ち上がる。電車が滑るように駅のホームに走り込む。
「さぁ、行きましょうか。僕のシナリオがどこまで通用するか……。」
そして観月のシナリオが発動する。
不二が不動峰の正門にたどり着いたときには、そこに人影はなかった。だが、一度部室の様子を見に行って、森がいないことを確認し、もう一度正門に戻ったときには、怖ろしいコトになっていた。
「すごいな。」
にこにこと見回す不二に、観月が真っ直ぐな視線を向ける。観月の横には当然木更津淳の姿があった。そしてその横には滝萩之介。グループ6人のうちいつの間にか4人が集まっていたのだ。それも、誰の母校でもない不動峰の正門前で。
「不二、部室見てきたトコー?」
「そう。森くん、いなかったよ。橘と神尾がいたから、聞いてみたけど、どうも森くん、携帯持ってないみたいだね。あの二人が嘘言うとは思えないし。」
不二の言葉に、観月が唇を噛む。
とりあえず、森を捕獲する。きっと唯一の中二である森を、他のメンバーも気にかけるに違いない。特に不二周助は森を確保するところから始めるに違いない。だから、不動峰に行けば、森と数名の中三に会えるだろう、と。それが観月のシナリオだった。なのに、肝心の森本人がいないとは。
……よく考えればそれもそうだよな。木更津はくすくすと声を殺して笑った。このゲームでリーダーでもないヤツが自分の学校で待機しているとは、とうてい考えられない。それなのに……俺ら、全員、森くん探してここに来ちゃったってわけか。くすくす。全員、おかしいや。
観月はいらいらと空を見上げた。森と連絡する手だてもない。
「あれ?東方が来た。くすくす。」
悔しがる観月の耳に、木更津の脳天気な笑い声が届く。
「お?みんな集まってんのか。」
東方も地味に脳天気である。
観月が舌打ちした。
「森くん以外、全員集まってしまったじゃないですか!」
そんなコト怒られても困るなー。むしろこれは喜ぶべきところじゃないのかなー。
と、滝は笑顔でそう思った。
っていうか、ある意味すごいねー。リーダーに合流しようって中3が1人もいないあたり、すごい団結だよねー。ま、みんな、東方も、観月がルドルフに待機しているわけなんかないって思ったんだろうけどねー。
そのとき、上空から鋭い猛禽の声が降ってくる。
「あ!ポケベル!」
滝の声に全員が滝を見る。しかし、滝は上空を見上げていた。みな、つられるように空を見上げ、それに気付く。空を旋回する鷹の姿に。
「ポケベル、偉いねー。よく俺を見つけたねー。」
鷹がゆっくりと滝の腕目がけて下りてくる。滝は慣れているのだろう。腕に厚手のタオルを掛けて、その上に鷹を停まらせた。
「ぽ、ぽけべる?」
ようやく突っ込んだ東方に、穏やかな笑みを見せる滝。
「んー。日吉のポケベル。携帯持ちたくないっていうから、ポケベルくらい持ったら?って言ったら、これ使い始めたんだよねー。日吉らしいよねー。」
日吉らしいって何だ?!
と、突っ込むべきか否か、東方は悩んだが、もうどうでも良くなってきた。だっていきなり鷹が飛んできたのだ。しかも足に手紙が結びつけられているのだ。「普通」とかそういう地味な基準で判断できる領域を越えている。
「……日吉ってば、ダジャレだけ書いてるしー。」
しかも、鷹を使って飛ばす手紙の内容が、ダジャレのみなのだ。山吹の常識は、氷帝の常識ではない。だから、ここは突っ込むべき箇所ではない。……たぶん。
観月は不機嫌そうに鷹を見据えている。
木更津が携帯を取り出した。そして何かを送信する。
「滝。」
「んー?何、観月。」
「その猛禽類で森くんを探すことはできませんか?」
観月を真っ直ぐに見据えて、滝が思案する。確かにポケベルは遠くから滝の姿を見つけて飛んできた。それは超人的な能力を持っている証拠だろう。滝の家に手紙を届けるのとは違うのだ。しかし、滝は首を横に振った。
「たぶんムリだねー。この子、日吉の言うことしか聞かないから。」
「そうですか。」
知っている相手ならともかく知らない相手を探せというのは大変だろう。観月も納得したらしい。それ以上は何も言わなかった。
滝が鞄から取りだした筆ペンで一筆返信を書くと、それを足に結びつけられて、ポケベルはまた空に舞い上がった。一直線にどこかに向かって飛んでゆく。
「……さて。森くんとどうやって合流するか、ですか。」
俯く観月。
不二も困った様子で首を捻っている。
連絡手段が見あたらず、合流できそうな場所も見当も付かない。だが、4時までに合流しなくては失格になる。全員が、ではない。森が失格になるのだ。他のメンバーはゴールに向かい、唯一の中2である森だけ失格。それは……あまりに可哀想ではないか。
「全員が一度自分の学校に戻るっていうのはどうだ?」
ふと気付いて提案する東方。森はおそらくこの中の誰かの学校に行っているはずだ。だったら、全員一度学校に戻るのが手っ取り早いのではないか?
「それは考えました。ですが、今から向かってもまたすれ違う可能性が高いでしょう。んふ。」
冷静に反論する観月。なるほど、こいつをリーダーに選んだのはある意味正解だな、と東方は納得した。しかし、地味さが足りない。リーダーに必須な地味さというモノが全く欠如している。南の素晴らしいところは、リーダーとしての素質に恵まれている上に、とびきり地味なところだ。やはり観月は南には敵わない。東方は自分の結論に納得して何度も頷いた。ま、実際、地味なトコはリーダーの仕事の中では何の役にも立たないけどな!そんなこんなで、不動峰の正門前で悩む5人の中三。
そのとき、木更津がびくりとする。携帯に着信があってバイブで震えたのだろう。取り出した携帯を開く。そして「あ」と小さく声を上げた。亮→淳「今、不動峰の森くんに淳と人違いされた。失礼な。。。」
無言で観月に携帯を渡す木更津。
観月は目を見開いてそれを凝視し、それからそのまま不二に携帯を手渡した。
「なるほどね。」
「へー。」
「ラッキー、というヤツかな。」
携帯は滝へ、東方へと回って。
全員が、一様に安堵の表情を浮かべ、微笑み合った。
各人の意地とかなんかもうどうでも良い。
とにかく行方不明の森が見つかったというそれだけで満足で。
悪くないんじゃないか?チーム観月も。
東方はなぜかその瞬間、ふとそう感じた。淳→亮「何でも良いから、とにかく捕まえておいてよ!森くん!」
勢いよく送信したメールへの返信が。
亮→淳「ん、で終わったから普段だったらお前の負け(笑)。まあお兄様は大変機嫌が良いので、今日のところは見逃してやっても良いけど。で、今、どこにいるんだ?」
と、兄貴の余裕を漂わせるものだったことも、今日ばかりは気にならなくて。
淳→亮「だって仕方ないだろ、この緊急事態だ(笑)。今、不動峰にいる。森くんに××駅改札で会おうって伝えてくれる?お願い、お兄様!」
観月の指示通りにメールを送り返せば。
亮→淳「任せとけ。その代わり、500円貸せよ?マジで。じゃないと俺、千葉まで帰れない。」
これでようやく話は一件落着。
もう一度、みなに携帯を示せば、一人ずつ、ゆっくりと安堵の溜息を吐いた。
指定された駅改札口に、森が到着すると、5人の中三が待ち受けていた。
良かった……!
森の安堵は全身に溢れていたのだろう。みな、森を見るなり、にこりと穏やかな笑みを浮かべた。森は知らないだろうけれど、不二と観月が一緒にいながら、こんなに嬉しそうに無防備に微笑むなんて、そうそうあることじゃないよな。東方と木更津、滝の3人は目を見交わして、声を出さずに笑った。
なんだかんだで変なやつらばっかりだったな〜、と東方は自分以外の5人を見回す。滝は普通かと思っていたけど、やっぱり氷帝だから良く分からん。他の連中は言うまでもない。常識人である俺の同志は、地味仲間の森だけだ。……たぶん。
東方がそう思ったとき。
森が鞄を開けて。「あの!おはぎがあるんですけど!」
唐突におはぎを差し出した。
森を待っていた中三たちは誰も知らない。森の安堵の理由が、差し入れのおはぎが腐る前に、仲間に会えたからだ、などというコトは。森の差し入れ、おはぎを頬張りつつ、文字札を並べてみれば。
考えるまでもなく、目的地は判明する。
忘れるはずもない。
全国大会の会場の名前。
「つい数日前のことなのに、行くの、久し振りな気がします。」
素直にそう口にした森に。
東方がぽふっと頭を撫でる。
不二が穏やかな笑みを向ける。
滝が「そうだねー」と相槌を打ち。
木更津は小さく笑いながら携帯をしまい。
観月は仲間たちを見回して。「結果だけが全てです。行きますよ。皆さん。」
それだけ告げるといつものように、んふ、と微笑んだ。
☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
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