半水滸伝!歌の巻。
<冒頭文企画連動SS>



 指名手配中?誰が??
 佐伯は携帯を見つめた。どう見てもこれは剣太郎の携帯。
 そこにメールが入るコトは何の不思議もない。
 ただ不思議だったのは、メールを受信したときに表示された差出人氏名である。
 受信の通知とともに表示されたのは。

差出人氏名:指名手配中

 という奇妙な文字列。
 ……なんだ、こりゃ……?
 何だかどきどきして、部室の椅子に深く寄りかかったまま、携帯のアドレス帳を開いてみれば。
 並んでいる名前は「指名手配中」のみならず、「ロックオン」「ゲットだぜ!」「狙い撃ち」などなど、意味不明のフレーズばかり。
 たぶん、剣太郎は氏名の代わりに、その人を表す謎のフレーズを登録しているのだろう。試みに、いくつかの名前を詳細表示にして見ると、見覚えのある電話番号を見いだした。
 ……なるほど。俺は「徹底マーク!」なわけね。
 ってことはこの「指名手配中」ってのは誰だ?
 佐伯は首をかしげた。
 そして手の中でくるりと携帯を回す。
 9時半まであと5分である。オジイが機嫌良くかくかくと揺れている。


 誰が言い出した話だったのか、オジイも定かには覚えていない。
 とにかく全国大会終了の数日後のコトだ。
 せっかく子供たちがこれだけ仲良くなったのだから、関東近郊の学校で何かリクリエーション企画の一つもやってみようじゃないか。
 そんな話が持ち上がった。
 希望者参加の小さな小さなイベント。
 部長が全員分申し込んだ学校もあったし、各人好き勝手に登録した学校もあった。
 どちらでも良い。
 とにかく自由参加で楽しんで欲しい。
 そんな顧問、監督たちの思いを込めて作られたイベント。

 その名も。
 人間オリエンテーリング。

 地図片手に目的地を走破するのがオリエンテーリングなら、メンバー表片手に目的のメンバーを全員集めるのが人間オリエンテーリング。
 それぞれの生徒に与えられるのは、自分のグループのメンバー表と1つか2つ文字が書かれたカード。
 全員集って、文字札の文字を正しく並べたなら次の目的地が分かる、というルールだけは単純なゲームである。
 集まり方は自由。
 他のグループと助け合っても良し。
 自分たちだけで頑張っても良し。


 オジイからその話を聞いたとき、六角テニス部員たちは目を輝かせた。こんな面白そうな話に乗らない六角っ子ではない。
「またみんなと会えるんだね!わくわくするなぁ!」
 葵の叫ぶような声に、誰もが深く頷いた。会いたいヤツがたくさんいる。
 ルールの説明を聞いたのは当日のことである。都内の学校は10時スタート、神奈川と千葉の学校は9時半スタート。確かに移動時間を考えれば、30分のアドバンテージがあったとしても、さほど有利ではない。むしろ、30分程度では不利なくらいだ。しかも、相互に連絡を取り合っていいのは10時以降。
 要するに。
 六角と立海の良い子たちは、最初の30分間、自分の判断だけで動かねばならない、というコトなのだ。
「ま、都内に入るまでは他にルートもねぇし、一緒行くよな。」
 当然のように提案する黒羽に。
 当然のように全員が頷いた。
 そのとき、葵が閃いたのである。
「ねぇ!せっかくだから、みんなの携帯、シャッフルしようよ!」
「え?」
 首藤が長い下まつげをぱちくりとさせる。
「携帯持っている人は、オジイに預けて、もう一度配り直すんだ!そうしたら、自分がいつも連絡できる相手とも連絡できなくなるし、連絡先知らない相手に連絡できるようになるかもしれないし!プレッシャーがかかって面白そうでしょ!」
 嬉々として提案する葵に。
 嬉々として樹が頷いた。
「面白そうなのね〜。」
 樹ちゃんは携帯持ってないだろ!と、首藤がツッコミたそうに下まつげを震るわせていることに佐伯は気付いていた。だが敢えて黙ってその場をやりすごす。確かに面白そうな話ではある。人によって当たりはずれが大きそうだけどね。
 結局、樹の賛同に誰も反論する者はおらず。
 六角の良い子たちは携帯電話をシャッフルするコトにした。
 だいたい、誰の携帯か見覚えはあるもので。
 木更津はくすくすと笑いながら「バネ、借りるよ。」と携帯を鞄に押し込み、天根は隠すようにポケットにしまいこむ。各人各様に身支度を調えたところで、佐伯が手にしていた携帯が震えだしたのである。
 メール着信、か。
 差出人氏名は「指名手配中」。
 一瞬、迷ったものの、佐伯はそのメールを開いた。シャッフル中は携帯は好きにして良い、という約束になっている。それをお互いに許せる関係だからこそ、彼らはこんな奇妙な特殊ルールを追加できたわけなのだが。

題名:Re:負けないよ!
本文:俺も

 ……なんのこっちゃ。
 これでは全く何のヒントにもならない。佐伯は苦笑しながら、携帯を閉じたかけ、ふと気になって葵からの送信メールを確認する。

題名:負けないよ!
本文:ゲームでも手かげんなしで行くよ!

 なんか微笑ましいな、と佐伯は口元に笑みが浮かぶのを感じた。誰だろう。とにかく六角の生徒ではない。だけど、今日、このイベントに参加するんだな。この「指名手配中」の人も。
 そう思った矢先、もう一通来た。

題名:Re:負けないよ!
本文:そっちはもうゲーム開始?

 9時半まであと3分。確かにもうゲーム開始寸前だ。
 佐伯はちらりと葵の横顔を見た。葵はうきうきと時計を見上げている。

題名:もうすぐ
本文:ゲーム開始!

 葵に成り代わって、というわけでもない。だが、うきうきした気分は佐伯も同じこと。友達の雑談に入るような気楽さで、佐伯は「指名手配中」の人に返信する。
 オジイがかくかくとメンバー表入りの封筒を配り始めた。さて、誰と出会うのかな。
 9時29分。
 秒針を見据える葵が叫んだ。
「カウントダウンだ!15秒前!」
「9、8、7」
 その声に応じて、くすくすと木更津がカウントダウンを始める。天根、首藤、樹の声が重なる。
「6、5、4」
 黒羽が封筒を片手にカウントダウンに参加する。立ち上がって身を乗り出し数える葵。佐伯も携帯を鞄に押し込んだ。
「3、2、1、0!!」
 ゴーサインと同時に、一斉に封筒を破る音。

 佐伯虎次郎(六角中/中3/リーダー)
 柳生比呂志(立海中/中3)
 天根ヒカル(六角中/中2)
 日吉若(氷帝中/中2)
 越前リョーマ(青学中/中1)
 

 へぇ。
 佐伯はメンバー表を何度も見返した。自分がリーダーなのは、まぁ、ありかと思う。実質的には六角の全てを握っているようなもんだしな。俺。
 正直、天根が一緒なのは結構びっくりした。それにしても、中3が2人か。淳も参加するって言ってたからルドルフも出るわけだけど、基本的には全国大会参加者が中心のはず。全国大会参加者ってほとんど中3のはずなんだけどな。珍しいチームなんじゃないかな、ここ。
 天根が佐伯を見ているのに、軽く手を挙げて応える。
 さて、どうするかな。
 っていうか、柳生ってどんなヤツだっけ?……メガネ?……うん。メガネだったな。なんていうか、とてもメガネだった。うん。


 柳生は立ち上がった。
 さて、どうしましょうか。
 メンバー表に目をやる。立海は個人主義だ。それぞれが好きに歩き出している。仁王くんは……誰に変装するつもりです。いったい。
 柳生としてものんびりする気はなかった。とりあえず都内に出なくては。都内に出て……まずはそれからですね。


 10時と同時に桃城が部室を飛び出してゆく。越前はその背を見送りながら、メンバー表を片手に途方に暮れていた。
 誰だっけ。こいつら。
 正直な話、自分は人なつっこいタイプではないし、人に懐かれるタイプでもない。ついでに言うと、人の顔を覚えるのが得意なわけでもない。この手のゲームはあまり得意ではないかもしれない。
 あ。六角が2人いる。
 六角の人だったら、絶対、会っているはず。だけど、漢字で名前を書かれたら、読み方も自信がないし誰のことだか見当もつかない。
 うー。
 しかしここは生来の負けず嫌い。意味もなく気合いを入れて越前はがたりと立ち上がった。それからもう一度、思い直して座る。
「……えっと。」
 確か、葵って六角だったよな。
 やけに元気いっぱいの友人の存在を思い出したのである。いくら人付き合いしたがらないとはいえ、全国大会で数少ない中一の出場選手同士ともなれば、お互い情は湧くものだ。まして一緒に合宿までやった仲ともなれば。
 えっと。
 越前は膝の上にメンバー表を広げる。
 この「佐伯」って人……「さはく」って読むのかな。「さばく」?「さばく」ってなんか聞いたことある。それから、もう一人「大根」って「だいこん」……だっけ?「だいこん」。うん。きっとそうだ。この人たちのコト、葵は知ってるかもしれない。
 うん、と思いっきり頷くと、携帯を取り出してメールを打ち込み始めた。その一部始終を海堂が興味深そうに、しかし無表情に眺めていたことを、越前は知るよしもなかった。

題名:知ってる?
本文:だいこんとさばく

 そして送信ボタンを押す。これでリーダーと合流できるかな。リーダーと合流できたら、あとはついて歩けば良いだけだし、楽勝だな。
 そう考えて、越前は急に安心してしまい。
 返事が来るまで、ちょっと昼寝でもしてようかな、と屋上に向かった。


「とりあえずさ、ダビデ。」
 電車に揺られながら、佐伯が爽やかに告げた。
「俺はリーダーだというコトは、ダビデは下僕だよね。」
「……うぃ?」
 そうなのかな、と疑問に思わないでもない。だが、佐伯の口調は質問ではなく事実の確認のように響いた。
「下僕はリーダーの言うコトを聞かなきゃいけないよね。」
「う、うぃ。」
 佐伯がメンバー表に目を落とす。柳生は恐らく都内に出てくるだろう。中3だから、自力で合流できるんじゃないかな。それにメガネだし。越前は面識もあるし、たぶん、青学の誰かに連絡を取れば何とかなるはず。というわけで、問題は日吉くんだな。氷帝の連中は何を考えているか、いまいち分からない。特に跡部。
 そこまで考えて、佐伯はきっぱりと天根に指示を出す。
「じゃあ、ダビデは日吉くんを探して連れてきて。頼んだよ。」
「う、うぃ?!」
 決定事項のように告げられては、逆らえる天根ではない。困惑した様子で目をぱちぱちとさせていたが。
「ダビデの持ってる携帯、俺のだったよな。じゃあ、連絡するときは携帯に電話するから。」
 時計の針が10時を少し過ぎたころ。
 乗換駅で下車すれば。
「あ、メール。」
 佐伯は慌てて携帯を取り出し、メールを受信する。そして固まる。差出人は「指名手配中」氏。そしてメールのタイトルは「知ってる?」。そこまでは良い。本文の意味が分からない。「だいこんとさばく」……?
「ダビデ。」
「うぃ?」
「だいこんとさばくって何?」
 そのまま素直に問いかける佐伯。
「……?」
 ただ黙ったまま天根は静かに首をかしげて見せた。


 日吉は思い出していた。以前、滝が読んでいた『おまじない☆大百科』という本に、好きな人のそばにいるためには、その人の名前を緑色のペンで消しゴムに書いて、誰にも見つからずに消しゴムを使い切れば良いと書いてあったコトを。
「……そばにいる!」
 氷帝学園からほど近い公園のジャングルジムの上で、日吉は凛々しく「思いを貫く一等星」の構えを取った。
 ペンケースから消しゴムを取り出すと、先日、近所のおばちゃんにもらった四色ボールペンを構える。それからメンバー表をじっと凝視し、ターゲットを定めた。
「……天根!」
 あいうえお順で一番最初に来るのが天根である。何でも一番が良い。負ける勝負には意味がない。
 確信を持って、日吉は大きく「天根」と書いた。そしておもむろにノートの何も書いていないページを激しく消し始める。消しゴムを使い切れば、きっと天根のそばにいられるはず。
 そう信じて、日吉はひたすらに消しゴムを動かした。


 帽子を顔に乗せ、屋上に寝転がった越前のポケットで携帯が鳴り出した。
 メール、か。
 薄目を開いて着信を確認する。案の定、さっき送ったメールの返信で。

題名:え?
本文:「大コントさ(爆)」ってこと?

 さっぱり意味の分からない返信に越前は身を起こした。何、これ?
 9月の陽射しが眩しい。
 ふあ、と一つ大きくあくびをして越前は返信を書く。

題名:大コントって何?
本文:「だいこん」と「さばく」

 数分と待たず、すぐレスが来る。

題名:大きなコントかな?
本文:「大根」と「砂漠」?

 ぽりぽりと頬をかきながら、越前はどう説明していいものか悩みつつ、再度返信する。以下、メールの往還の記録である。

from 越前
題名:大根はあってる
本文:砂漠じゃない「さばく」漢字変換できない

from 佐伯
題名:砂漠じゃないの?
本文:裁く?

from 越前
題名:それもちがう
本文:左白?

from 佐伯
題名:なんだろう?
本文:左白??とんちクイズ?

from 越前
題名:クイズじゃない
本文:左白、両方に「い」がついてる

from 佐伯
題名:「い」?
本文:どういう意味?

from 越前
題名:かたかな
本文:イ

from 佐伯
題名:もしかして
本文:イ白イ左……佐伯ってこと?

from 越前
題名:なんだ
本文:知ってるんだ?

from 佐伯
題名:君は
本文:越前くんだったりする?

from 越前
題名:当たり前
本文:誰だと思ってたわけ?

from 佐伯
題名:ごめん
本文:六角は携帯をシャッフルしたんだ。剣太郎の携帯を持ってるのは佐伯です。越前くん、今、どこにいるの?

from 越前
題名:しゃっふる?
本文:青学の屋上。あんたの名前、何て読むの?

from 佐伯
題名:「さえき」って読んで(笑)
本文:じゃあ、青学に行くから、屋上で待ってて。

from 越前
題名:屋上は暑い
本文:部室で待ってるッス「さえき」先輩

 なんだ。「さえき」先輩なら知っている。菊丸先輩と不二先輩相手に「ダメじゃん俺をフリーにしちゃ」とか言ってた人だ。無料が嫌だなんてお金持ちなのかな。
 メンバー表に越前は大きく「さえき」と書き込んだ。これで大丈夫!読めるもんね!


 天根としては、どうやって日吉と合流して良いモノかどうか、途方に暮れていた。こんなときには、アサリのみそ汁パワーだ!と、駅で黒羽に励まされたが、相変わらず黒羽の励ましはさっぱり役に立たない。
 とりあえず、氷帝に行ってみよう。氷帝の人に会ったら、日吉がどこに行ったか聞けるかもしれないし。
 とぼとぼと歩く天根は、小さな公園の前を通りすぎかけて、真っ直ぐな眼差しでひたすらに消しゴムを動かす少年の姿に気付く。
 ジャングルジムの上で、何を消して居るんだろう……?
 気になって、立ち止まれば。
 その気配に、少年も手を止めた。
「……!」
「……!」
 お互い、目と目で通じ合う。言葉はいらなかった。ただ見つめるだけで分かり合えた。
 二人は並んでジャングルジムに腰を下ろし、出会うことができた運命に感謝しながら9月の陽射しを全身に浴びた。少し暑いくらいだったけども、とても幸せだった。
「……!」
 天根が思い出す。この後、サエさんと合流しなきゃいけないんだっけ。
 そして携帯を取り出し、佐伯の番号をコールしようとして気付く。
 これ、サエさんの携帯だっけ……!
 あれ?サエさん、誰の携帯を持って居るんだろう?
 携帯を見据えて、固まってしまった天根を、日吉が「どうしたのかなと聞きたいんだけど聞くに聞けないカラスウリ」の構えでそれとなく覗き込む。
「サエさんの持ってる携帯、誰のか分からない……。だからサエさんに連絡できない。……どうしよう?」
「サエさん?」
「佐伯虎次郎。うちのリーダー。」
 ようやく言語によるコミュニケーションが発動した。二人はお互いに、相手が人語を解する様子であることに深く安堵した。
「日吉くんは……携帯、持ってる?」
 とりあえず会話をしてみよう。天根が積極的に交流を図れば、日吉とて拒絶するはずもない。正々堂々受けて立つ。
「……携帯歯ブラシ。」
 鞄から取りだした携帯歯ブラシに、天根はしばらく困惑し。
「その携帯じゃ、電話しても出んわ……ぷぷっ!」
 更に高度なコミュニケーションを試みてみた。
 一瞬、日吉は理解できない様子で黙り込んで、天根を凝視したが。
 沈黙を守ったまま、天根の長い髪を勢いよく引っ張った。
「……痛い。」
 怨みがましく訴える天根に、日吉が頷く。
「……?」
 日吉の頷く意味が分からず、見つめ返す天根に、日吉は再度、天根の髪を引っ張った。
「毛!」
「……痛い。」
 真顔で頷く日吉。
「……毛……痛い。……けいたい、か!」
 天根が瞳を輝かせた。日吉も満面に喜色を浮かべ、「エベレスト登山をなしとげたきりたんぽ」の構えで喜びを表す。
 すごい!俺のダジャレにツッコミを入れてくれた人はいたけど、ダジャレ返ししてくれるなんて、日吉くんはすごい!しかも、かなり体を張った、言葉を使わないダジャレだ!
 天根は目に涙さえ浮かべて、日吉の手を取った。
「……!」
「……!」
 二人の間に言葉はいらなかった。


 さて。
 都内に入った柳生はメガネを光らせた。
 王者立海の名に賭けて、常に勝者の指示に従わねばなりますまい。リーダーが六角だろうと何だろうと、我々テニス部員にとっては、勝者こそ全て。越前くんのいる青学こそが、王者の集うべき場所に相応しいはずです。
 そこまで考えて、柳生は再びメガネを光らせる。
 さぁ、行きましょう。王者の集うべき場所へ。


「越前くん!」
 佐伯の爽やかな声に、越前は眠い目をこすって起きあがった。
「ふぁ。『さえき』先輩。おはようございます。」
 時計はもう12時近い時刻を指している。
「やはりここにおられましたね。」
 数分も経たぬうちに、柳生が姿を見せた。
「ごきげんよう、越前くん。それから佐伯くん。」
 指示も出さずに、きちんとリーダーのもとにやってくるなんて、柳生はなかなかだな、と佐伯は少し見直した。メガネだしな。まぁ、メガネだもんな。
「それにしても、日吉くんを迎えに行ったダビデはどうしたんだろ。」
 独り言のように呟く佐伯に、越前は一瞬、ぽかんとし、それからメンバー表を取り出した。
「……だいこんじゃなくて、ダビデ、か。」
 大急ぎで大きくふりがなを振る。これで大丈夫!ダビデという人ももう読み間違えない。でも「大根」って書いて「だびで」なのか。六角の人たちは読みにくい苗字ばっかりだな。やっぱり千葉だからなのかな。……千葉、関係ないか。
 そんな越前の姿を微笑ましく眺めながら、中3たちは残る2人の相談をする。
「携帯で連絡ができませんか?佐伯くん。」
「そうだね。連絡してみるよ。」
 葵の携帯から自分の携帯に電話する。これで天根に繋がるはず。


 もう、二人でどれだけ斬新で感動的なダジャレを考えただろうか。途中、天根は感激の余り、何度もネタ帳を引っ張り出してはメモを取り、日吉も感極まって、何度も滝宛の手紙をしたためた。天根は鷹の足に手紙を結びつけて文通する人なんて初めて見たと思ったが、そんな感動など気にもならないほどに、深く深く感動していた。
 そこへ。
 突如、携帯の着信音が響く。
 びくっと身を震わせながら、天根は携帯を手に取った。
「あ。剣太郎からだ。」
 そう考えて、携帯シャッフルをしていた事実を思い出す。
「えっと。」
 誰からだかは分からない。だが考えてもしかたがない。勇気を出して通話ボタンを押せば。
『どこにいるんだ?ダビデ。』
 爽やかに問いつめる口調の佐伯に、天根は一瞬きょとんとし。
 そこでようやくゲームを思い出した。
 それだけではない、この小一時間の楽しく感動的だったできごとが、一斉に脳裏に蘇る。先輩に聞いて欲しくて、天根は携帯をぐっと力強く握りしめた。
「あ、あのね……電話じゃなくて歯ブラシだったの。」
『……ダビデ?』
「でもね……日吉くん、とても上手だった!」
『何が?』
「……ダジャレ!」
 沈黙が数秒続いたあと。
 溜息混じりに佐伯が告げる。
『とっとと来い。青学の最寄り駅集合。良いな?』
「う、うぃ!」
 有無を言わせぬ口調に、天根は姿勢を正す。
「……!」
 通話の音声が漏れ聞こえていたのだろう。日吉は真っ直ぐに天根に目を向け、「旅立ちのミソ煮込みうどん」の構えで気合いを見せる。
「……行こう!」
 ジャングルジムから飛び降りれば、晩夏の風が二人の髪を揺らす。
 先輩たちが待っている青学へ。
 そう。あのスーパールーキーの学校へ。


「遅い!」
 爽やかに佐伯の拳が天根の額を撲つ。それから、少しためらって、やはり同じようにこつんと日吉の額にも拳をあてる。
「心配していましたよ。」
 メガネの人が笑った。そうそう、この人が柳生さん。
 納得する天根と日吉のすぐ横で、「やなぎなま」さんだっけ?と越前が一人首をかしげていたコトは。
 他のメンバー4人、誰一人知ることはなく。
「じゃ、目的地に移動しようか。」
 爽やかな佐伯の声に全員が一斉に頷く。

 目的地は、確認するまでもない。
 この前、このメンツが集まった場所。
 他でもない、全国大会の会場。
 来年はどこの県で行われるか分からないけど。
 越前と、日吉と、天根と。
 そして、切原と、葵と。
 彼らがみな来年の会場で再会できることを願って。
 そう。
 ヤツらはみんな、来年に向けて指名手配中のライバル同士。
 来年もまた同じ戦いができるなんて、ちょっと羨ましくないわけじゃない。
 でも、高校の先輩たちと合流できるのだって、また別の魅力がある。
 だから、前に進む。来年は来年の風が吹く。
 中学と高校に分かれたって、それもまた面白いはず。

「行きましょう。佐伯くん。」
 立ち上がった柳生の背後で。
「やぎゅう、ね?」
 指名手配中の誰かさんのメンバー表に、小さくルビを振る佐伯の姿があった。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
 指名手配中?誰が??

どうもありがとうございました!




ブラウザの戻るでお戻り下さい。