半水滸伝!忘の巻。
<冒頭文企画連動SS>



 彼は考える。
 勢いの盛んなものに更に勢いを加えることを「火に油」というのなら。
 ボケがいるところに、更にボケが加わり滑りっぱなしでどうしようもない状況。
 それは「氷に油」と言うことが出来るのではないか、と。

 いや。
 氷に油を注いだところで、より凍り付くわけじゃない。
 どうなるんだろう?油って何度くらいで凍るのかな。
 でも、とにかく氷に油を注いだら、むちゃくちゃ滑りそうだ。滑りまくる。
 ああ。今の状況ってまさにそれだよな……。
 もちろん、桜井には分かっていた。
 自分がそこでツッコミを入れれば良いのだ。
 むしろ、その事実に気付いてしまった以上、今すぐにでもツッコミを入れなくてはいけないんじゃないか、とも思う。

「すまないな。桜井。俺の携帯電話は、丸井がくすねたらしい。」
「ああ。確かに丸井がくすねていたぞ。弦一郎。俺が見ていたから間違いない。」
「む。そうか。蓮二が見ていたなら間違いないな。たまらん丸井だ!」

 目の前には立海の中3が二人。

「ちなみに桜井。俺は携帯は持っていない。電磁波の有害さと、情報ツールとしての有益性を検討し尽くした結果、携帯を持たない方が俺の幸せ度がアップする確率が53%だったからな。」
「む。さすがは蓮二だ。」
「ちなみに俺は弦一郎を呼び出せるが、弦一郎は俺を呼び出せないという確率が99%。」
「たまらん分析だな。」
「ふむ。弦一郎が今たまらんと言う可能性は47%だと思っていたが、もう少し上方修正しておいても良かったかもしれないな。」

 なんで俺は今この二人と一緒にいるのだろう?
 桜井は空を見上げた。
 遠い空の向こうに9月の風が光る。
 早く来てください。
 乾さん。黒羽さん。それから、不二弟……じゃないや、不二裕太。
 誰でも良い。
 早く来て、この二人の会話にツッコミを入れて……!


 ゲームの始まりは、それより2時間半ほど前のコト。
 桜井は不動峰の部室で、仲間たちとともに時計を見上げ、スタートの合図を待っていた。
「みんな、財布は持った?」
 森が全員の顔を見回すと、仲間たちはそれぞれに鞄に手を突っ込んだり、ポケットを探ったりして、慌てて確認をする。
 声を殺すように桔平が笑った。
 時計の針は9時55分を指している。
「あと5分だな。」
 独り言のように呟いた石田に、神尾が真顔で問いかけた。
「おやつってやっぱ300円までなのかな?」


 誰が言い出した話だったのか、不動峰の顧問も定かには覚えていないと言う。
 とにかく全国大会終了の数日後のコトだ。
 せっかく子供たちがこれだけ仲良くなったのだから、関東近郊の学校で何かリクリエーション企画の一つもやってみようじゃないか。
 そんな話が持ち上がった。
 希望者参加の小さな小さなイベント。
 部長が全員分申し込んだ学校もあったし、各人好き勝手に登録した学校もあった。
 どちらでも良い。
 とにかく自由参加で楽しんで欲しい。
 そんな顧問、監督たちの思いを込めて作られたイベント。

 その名も。
 人間オリエンテーリング。

 地図片手に目的地を走破するのがオリエンテーリングなら、メンバー表片手に目的のメンバーを全員集めるのが人間オリエンテーリング。
 それぞれの生徒に与えられるのは、自分のグループのメンバー表と1つか2つ文字が書かれたカード。
 全員集って、文字札の文字を正しく並べたなら次の目的地が分かる、というルールだけは単純なゲームである。
 集まり方は自由。
 他のグループと助け合っても良し。
 自分たちだけで頑張っても良し。


 いつでも一緒だった7名の仲間。
 それが今日はばらばらのチームに分かれて競い合うコトになるらしい。
 こんなコト、きっと、仲間でもないヤツと競い合ってもつまらない。
 仲間だからこそ面白い。

「ああ。そうだ。これを渡すのを忘れていた。」
 桔平が鞄から何かを引っ張り出す。
「おやつという程でもないが。」
 妙にかさばる6つの容器を、一つずつ、後輩たちに手渡して。
「橘さん。これは?」
 両手で容器を捧げ持ち、不思議そうに尋ねる伊武。
 内村は中を透かして見ようというのか、高くかざしている。
「見た目は良くないんだが良かったら食べてくれ。」
 そう言いながら、手の中で自分の分らしき7つめの容器を軽く叩いて。
 桔平はゆっくりと告げた。
「おはぎだ。」
 時は9月下旬。
 まさしくおはぎの季節である。
「傷む前に食えよ?」
 まさか、手作りのおはぎの差し入れがあるなんて。
 不動峰の良い子たちは素直に感動にうちふるえた。
 おやつの上限、300円。
 橘さんのおはぎ、プライスレス!
 その晩、伊武は感動の余り震える文字で、3ページ以上に渡っておはぎの外見と味を微に入り細に入り詳細に日記に書き記している。
 神尾は容器に入っていた保冷剤を、後生大事に宝物箱にしまい込んだ。
 その日以来、峰っ子の間で、携帯待ち受け画像をおはぎ写真にするのが流行ったコトは言うまでもない。

「あ。あと1分で10時!」
 神尾が叫ぶ。
 桔平が一人ずつに封筒を手渡した。
「そろそろ、開けても良いよな。」
 桔平の呟きと同時に、時計がかちりと10時を指した。


 桜井は舌打ちした。
 しまったな。
 実は、先週、桜井は携帯を落としてなくしたのである。数日間、心当たりのあるところは探し回ったが、どうしても見つからず、諦めてとうとう一昨日新しく買い直したところなのだ。
 だから、今の携帯にはほとんど知り合いの番号は入っていない。
 同時に自分の番号を知っている者は少ないはずだ。何しろ買い換えるにあたって、電話会社まで変えてしまったから、番号が違うのだ。
 とりあえず、駅まで歩く。
 不動峰に待機していても仕方がない。

 桜井に与えられたメンバー表には以下の6名の名があった。

 真田弦一郎(立海中/中3/リーダー)
 乾貞治(青学中/中3)
 黒羽春風(六角中/中3)
 柳蓮二(立海中/中3)
 桜井雅也(不動峰中/中2)
 不二裕太(聖ルドルフ中/中2)

 乾の連絡先なら、以前の携帯には入っているはずだった。乾に聞かれたとき、すかさず聞き返したのだ。聞き返されたときの乾の妙に嬉しそうな表情をよく覚えている。
 いや、その、乾さん!別に俺はデータが好きだから訊いたわけじゃないんです……!
 そう言い訳しようかと思ったが、やめておいた。他校であれ、先輩の夢は壊さない方が良い。たぶん。
 それはそうと、乾先輩の電話番号さえちゃんとどこかにメモしておけば良かったよな。他の人は分からなくても、一人でも連絡が付けばそれで何とかなったのに。
 ああ。なんで携帯なくしたりしたかな。俺は。

 頭を抱えたい気分で歩いていた桜井の背後から。
「桜井!」
 爽やかに石田の声がして。
「これからどこ行くんだ?」
 何の警戒心もなく尋ねてくる石田に、桜井は思わず溜息をつく。これくらい脳天気だと楽だろうなぁ。人生。
「どこ行こうか悩んでいるんだ。」
 それでも正直に答えれば。
「俺はとりあえずリーダーの学校に行ってみる。氷帝って遠いんだっけ?」
「大して遠くないだろ。××駅かその辺だった気がするぜ?」
 なるほど。
 リーダーの学校に行くってのも手だよな。
 だけど……立海で集合ってのはあんまりありえなさそうだ。遠いし、たぶん、目的地は都内のはず。
 ん?
 目的地は都内、だよな?
 ……だとしたら……?
 全員が迷わず行かれる目的地など、限られている。しかも、50人以上の参加者の集合場所になるようなところだ。不平等になるから、参加者のいる学校ではないだろう。学校ではなくてそれなりに広い場所。
 桜井は自分の文字札に書かれていた文字を思い出す。
 ……あそこ、だよな。
「石田。」
「ん?」
 お前の文字札の文字を見せてくれ、と頼みかけて、桜井はその言葉を飲み込む。さすがにそれはルール違反だ。
「いや……おはぎ、美味しそうだったな、って。」
 誤魔化すための桜井の声に、石田が深く頷いた。
「ああ!おやつの時間が楽しみだな!」


 10時ちょうど。
 封筒を開くなり、桃城が青学部室を飛び出していった。
「勇ましいことだね!」
 からかうように笑う竜崎も、楽しくてしかたがない様子だ。
 自分のメンバー表を一瞥すると、乾はノートを開いた。全国大会で収拾した連絡先リストがついに役に立つ日が来たのだ。携帯の充電は完璧。端から順に連絡をしてゆけば良い。
 まず真田か。
 携帯番号をアドレス帳から選択する。
『もしもし!』
 勢いよく通話口から声が応じた。
「……真田か?」
 何か違うなと思いながら、一応聞いてみれば。
『違うわい!丸井ブン太さまに決まってるだろぃ!』
 乾は一瞬携帯を耳から離し、まじまじと見つめてから、もう一度耳に当てた。
「なんで丸井が真田の電話に出るんだ?」
『秘密だ!お前は仲間じゃないから教えない!じゃあな!』
 事情は分からないが、とにかく真田は携帯を奪われたらしい。たぶん、再び電話をかけなおしたところで意味はないだろう。
 ……困ったな。リーダーと連絡が付かないとは。
 だが考え直す。他のメンバーと連絡が取って、それから考えよう。それで良い。
 次は……黒羽だな。黒羽もチェックしてあったはず。
 携帯のアドレス帳で目当ての名前を見つけ出す。
「黒羽か?」
『くすくす。残念でした。外れ。』
 また予想と異なる声。
「……木更津だな。なぜお前が黒羽の携帯に出るんだ?」
『くすくす。そんな日もあるよ。で、誰に用?』
 電話の向こうから電車の音がする。駅にいるのだろう。きっと六角は揃って都内に出てくるに違いない。それだけは簡単に予想できた。
「黒羽に用がある。そばにいるのか?」
『いるよ。』
「替わってくれ。」
『やだ。くすくす。』
「なぜだ?これは黒羽の携帯だろう?」
『やだよ。だってイワシ水、まずかったもの。ね?聡。くすくす。』
 遠くから「イワシ水?ああ。ありゃすごかったな」という首藤の声と、それに応じるようにどっと沸いた笑い声が聞こえてくる。意外なところで恨みを買っていたものらしい。どうにも木更津は黒羽に電話を替わってくれそうにない。
『あ。電車来ちゃった。じゃあね。乾。』
 あっさりと電話が切れる。
 もう一度携帯をまじまじと見つめる。なんでこうも連絡が付かないんだ?黒羽のヤツ、一体、どうした?俺からの電話がそんなに嫌か?……あー、でも、あいつもイワシ水飲んだよな。って、俺も飲んだじゃないか!っていうか、木更津と俺は一蓮托生でイワシ水を喰らった仲間じゃないか!なんでだ。一体。
 乾は眉間にしわを寄せて数秒考えた。
 それから頭を振って邪念を振り払うと、メンバー表を確認する。
「蓮二は……ダメだな。電磁波の有害さを力説していたから、当分、携帯を持ちそうにない。立海の二人には連絡付かないか……。黒羽もダメ、立海の二人もダメ。困ったな。」
 だが、メンバー表には二人の名前が残っている。
 不動峰の桜井とルドルフの裕太。
 えっと……裕太は……。
 嫌な予感を胸に、ノートをめくる。案の定、裕太の欄には「兄貴から毎朝毎晩電話がかかってきてうざいので携帯は解約しました」と書いてある。
 ああ。裕太……!お前ってヤツは!
 しかし、大丈夫だ。俺には桜井がいる!桜井が。
 桜井なら、誰かに携帯を奪われたりはしていないだろうし、充電をし忘れたり、家に置いてきたりもしていないだろう。大丈夫!桜井がいる!

「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません。」

 受話器の向こうから聞こえてくる無慈悲な声。
 乾は三度携帯をまじまじと見つめた。

 チャペルを照らす9月の光が眩しい。
 ルドルフから駅へと向かう道。
「裕太はどこに行くだ〜ね?」
 足早に歩きつつ柳沢が尋ねる。
「柳沢さんは?」
「俺はとりあえず跡部を捜しに行くだ〜ね。」
「そうですか。俺は……どこに行けば良いのかな。」
 うーん、と空を見上げる。
「リーダーのいそうな場所に行くのが一番だ〜ね。」
 アドバイスというほどのコトでもない。だが、柳沢の言葉に、裕太は二度浅く頷いた。
「そうですよね。」
 リーダーのいそうな場所。
 メンバー表をもう一度取り出す。
 リーダーは真田さん。真田さんのいそうな場所と言ったら……?


「亮。その電車、乗れねぇぞ。」
 ホームに滑り込んできた回送に目をやって、黒羽が溜息混じりに突っ込む。
「あれ?ホントだ。くすくす。」
 半ば確信犯だったのだろう。駅のフェンスに寄りかかったまま、木更津は手の中の携帯を弄ぶ。
「さっきの電話、乾だったんだろ。なんで替わってくれねぇんだよ。」
「だってイワシ水、まずかったんだもん。それに、わざわざ替わってやったら、携帯シャッフルした意味ないし。くすくす。」
「樹ちゃんへの電話は替わってたじゃねぇか!」
「宍戸はイワシ水を俺に飲ませたりしなかっただろ。くすくす。」
 ホームに溢れる光。
 六角では、ゲームをより面白くするため、プレッシャーをかけるため、という部長命令によって、携帯をシャッフルしていた。ただでさえ、大変なゲームがさらに複雑になっているのである。もっとも、六角の面々は、都内に入るまでは一緒に行動する予定であったから、ある程度はお互いに情報のやり取りもできるわけだが。
「ちっ。」
 軽く舌打ちをしながら、黒羽は携帯を取り出した。
「これはダビデのだよな。」
 言いながら、勝手にアドレス帳を開く。それが許される関係だからこそ、携帯シャッフルなどという怖ろしい追加企画が入ってしまったわけだが。
「へぇ。ダビデ、結構いろんなヤツの連絡先、知ってんじゃん。」
 黒羽グループの仲間の連絡先こそ入っていなかったが、それなりにいろいろな情報が入っている。フェンスの上にぴょこんと座り込んでいた天根は、困ったように黒羽を見下ろす。
「ダビデ。お前の持ってる携帯、誰のだ?」
「……サエさんの。」
「なるほどな。」
 ぱちぱちと二度ほど瞬きをしたが、天根は黒羽から目をそらさない。
「お前の携帯に入っている連絡先、知りたきゃ教えてやっても良いぜ?ダビデ。」
 天根の目の前に携帯をちらつかせ、黒羽が挑発する。
「ホント?」
 素直に目を輝かせた天根に、佐伯が眉を寄せた。
「ダビ。誰のを知りたいんだよ。」
「姉ちゃんと母ちゃん。」
 かつん、と佐伯の拳が天根の額に当たる。
「今日はそんなのいらないだろ。バネを調子に乗らせるなよ。」
「だ、だって、サエさんの携帯には俺の姉ちゃんと母ちゃんの番号が入ってない!」
「俺の姉ちゃんと母ちゃんと樹ちゃんちの番号が入っているから、我慢しろ。」
 や、サエの姉ちゃんと母ちゃんの番号が入ってても、しかたないんじゃないかな、と首藤は考えた。ってか、樹ちゃんち、関係ないし。樹ちゃんの携帯ならともかく、樹ちゃんの番号って家電話だろ。樹ちゃん、家にいないんだから。今。
 黒羽も諦めたように小さく息を吐いて、鞄に携帯を放り込んでいる。
 こりゃ、バネの取り引きは成立しそうにないな。たぶん、サエが知ってそうな番号を聞き出したかったんだろうけど。
 そのとき、天根の持っていた携帯が軽やかに鳴りだした。
「こ、公衆電話からかかってきた!」
 慌てて通話ボタンを押す天根。
「もしもし!」


『乾さん!』
 桜井が電話の向こうで嬉しそうな声を上げる。
「海堂から番号を聞いた。携帯を変えたそうだな。」
『すみません!新しい番号、連絡しなくて。』
 乾の声もだいぶ安堵の色を含んでいた。ようやく連絡がついた。桜井の声からしても、たぶん、不安だったに違いない。とにかく良かった。
「他の連中と連絡はついたか?」
『いえ。乾さんが最初です。すごく安心しました。』
 これだけ素直に感謝されると、なんだか面はゆい。青学の後輩たちは素直ではないだけに、面はゆさはひとしおだ。
「ではこれからどうするか、だが。」
 連絡に気を取られていて、これからどうするかは全く考えてもいなかった。乾は自分のうかつさに少し呆れながら、ゆっくりと唇を舐める。
『あの。乾さんの文字札、何て書いてありますか?』
「文字札?」
 すっかり忘れていた。
 乾は封筒から文字札を取り出して確認し、読み上げる。
『……やっぱり。』
 一瞬の間の後、聞こえてくる桜井の声。
 ああ。そうか。桜井は現地集合を狙っているわけか。なるほど。悪くない。
 自分の文字札の文字から考え得る目的地。
 それはもう自明であって。
「全国大会を思い出すな。」
 鎌を掛けるように呟けば。
『そうですね。』
 笑いを含んだ返事が聞こえる。
 考えているコトは同じだ、というコトか。
「では、俺もこれからそっちへ向かおう。」
『分かりました!じゃあ、あそこで。』
「ああ。あそこで会おう。」


「サエのヤツ、裕太からの電話だって聞いた途端、態度が全然違ってさ。」
 駅で合流するなり、黒羽がからからと笑った。
「でも、何で佐伯さんの携帯に、天根が出たんですか?」
 困惑した様子の裕太。
「そんなコトもあるんだよ。六角ってトコはな。」
 9月の風。9月の雲。日は高く昇って11時半。
「それにしても、よくサエの携帯番号、メモしてたな。」
「偶然持ってたんです。」
 照れたように笑う裕太。たぶん、携帯を持っていない分、裕太は手帳の類をしっかり持って歩いているのだろう。
「で、これからどうするんですか?」
 黒羽に指定された待ち合わせの駅。
 知らない駅ではない。
 だけど。
 一応確認の意味も込めて、問いかけてみれば。
 長身の男はにやりと笑った。
「さっき、自分で電話で言ってたじゃねぇか。真田のいそうなトコに行くんだろ。」
「真田さんのいそうな場所……。」
「おぅ。あいつは関東大会準優勝でさえ、満足しねぇ暴君だからな。」
 揶揄するように笑って、駅前の地図を指さす。
 示されるまでもない。
 応援のために出かけたコトのある場所だ。
「来年は全国大会でやり合おうぜ。六角とルドルフでな。」
 もちろん俺はいねぇけど、と黒羽が笑う。
 木更津さんが中2までいた学校、六角。
 六角にそのままいたら、木更津さん、全国大会に出られたのになぁ。
 そう思わないわけでもない。
 だけど、木更津さんはそんな愚痴、一度も言わなかった。
「行こうぜ。裕太。来年の下見だ。」
「……来年は東京開催じゃないですけどね。」
 裕太の真顔の反論に、黒羽の大きな手のひらがぽふっと降ってきた。


 全国大会の会場。
 あの熱気に満ちた日はつい数日前のコトのようで。
 それでいて、妙に懐かしい。妙に嬉しい。
 入口にたどりつくと、「人間オリエンテーリング集合場所はあちら」という大きな看板が立っている。
 やっぱり、ここで正解だった、と。
 桜井は矢印に沿って歩き出す。
 そして、集合場所と書かれた広場の端に、二人の仲間を発見して。
 話は冒頭に戻るのである。

「ところで、蓮二。お前は青学の乾と友人だったのではないのか?」
「それがどうした。」
「携帯番号を聞いていたりはしないのか?」
「……貞治の携帯番号の最初の一桁が0である確率は99%。」
「む。さすがは蓮二だ!」
 桜井は氷に油を注ぐとどうなるか、家に帰ったら実験してみようと堅く心に誓っていた。
 っていうか、乾さん。早く来て!
 黒羽さんと裕太は一体どこへ行っちゃったんだ……!
 時計を見れば、11時半を過ぎている。よく分からないけど、とにかくこの二人のボケあいに付き合って、すでに30分近くが過ぎたというコトだろう。
「あの。」
 何とか会話に割って入ろうとして、桜井が声を掛ける。
「あの。すみません。良かったら……おはぎ、食べませんか?」

 そのとき。
「そのおはぎがこしあんである確率、76%。」
 突如、桜井の背後できらりとメガネが光る。
「貞治。甘いぞ。こしあんである確率は87%だ。」
 目を伏せたまま、柳が応じる。
「乾さん!」
「待たせたね。桜井。」
 乾さんは来た。待ちに待った乾さんが来た。来たけど。
 突っ込んでくれないばかりか、更にボケるつもりだ。この人!
 えっと。えっと。
 少し動揺しながら、それでも頑張って平静を装い容器を開ける。
 中のおはぎは、案の定というべきか、運良くというべきか、綺麗にこされたこしあんで。
「たまらん差し入れだな!」
 真田が評する。恐らく褒めているんだろう。桜井はそう思うコトにした。
「黒羽と裕太も合流できると良いが。」
 腕時計を見ながら、乾が呟く。
「何。大丈夫だ。貞治。彼らが合流できる確率は46%。」
 果たしてそれは大丈夫なのか?と桜井は不安に思った。だが、誰も突っ込まないようなので、黙っているコトにした。
 真田は黙々とおはぎを食べている。
「弦一郎と俺は、お互いの文字札を確認し、ここを目的地と想定し、学校のパソコンからこの会場の使用状況を確認したところ、今日はこの会場を青学が押さえているコトが判明した。そうなればここが目的地である確率は95%を越えると見て良い。他に行くあてがない以上、目的地で待っているのが一番良かろうと思ったが……当たりだったようだな。」
 桜井は柳を見直していた。ただのボケの人かと思っていたら、そうでもなかった!そして、柳の視線の先をたどる。そこには長身の人影があった。
「美味そうなもん、食ってんじゃねぇか。」
 桜井を覗き込む黒羽。
「ようやく来たか。」
「お。乾。さっきは悪ぃ。亮のヤツ、意地が悪くてな。」
 いや、長身なのは黒羽だけではない。冷静に考えてみると、なんだか周り中背が高い。怖ろしく背が高い。
 桜井はじりじり後ずさって、中3全員を見上げた。
「桜井。久し振り。」
 おっとりと声を掛けてくる裕太に、少し安堵しながら。
 一人一人、数える。
 ああ。6人いる。これで全員揃ったんだ。
 おはぎはちょうど人数分だった。ペットボトル片手に、おはぎを頬張る黒羽が、豪快に笑う。
「来てみたら、目的地がここだったんで、びっくりしたぜ?」
 もぐもぐと口を動かしながら裕太が頷いた。その言葉に。
「……ちょっと待て。お前たち、ここが目的地だと予想して来たんじゃないのか?」
 驚いたように尋ねる乾に。
「え?何で?お前ら、分かってたのか?」
 心底驚いたように尋ね返す黒羽。裕太も目を見開いている。
「じゃあ、なんでここに……?」
「や、なんとなく。真田はここ好きそうだなと思ってよ。な?裕太。」
「はい!」
 きっぱりとした黒羽の回答、裕太の返答に。
 柳と乾が顔を見合わせて。

 お願いです。
 誰か!
 誰か突っ込んでください……!
 氷に油を注いだにしたって、滑りすぎです……!

 桜井の懸命な祈りは空しく。
 9月の晴れ渡った空の下。
 6このおはぎは、美味しくいただかれたのであった。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
 彼は考える。
 勢いの盛んなものに更に勢いを加えることを「火に油」というのなら。
 ボケがいるところに、更にボケが加わり滑りっぱなしでどうしようもない状況。

どうもありがとうございました!




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