半水滸伝!情の巻。
<冒頭文企画連動SS>



 その日、部室では恒例の勝ち抜き指ずもう大会が始まろうとしていた。
 木更津の鼻歌をBGM代わりに、先週の勝者赤澤が恭しく優勝旗を返還する。
「赤澤の3週連続優勝は断固阻止だ〜ね!」
 柳沢が口をとがらせて宣言した。
 そのとき。
「お待たせしました。んふ。」
 観月がいくつかの封筒を抱えて部室に姿を見せる。
 途端に部室の雰囲気が一変した。
「ゲームのルールが分かったんですね?」
 嬉々として訊ねる裕太。
 今日は何だか不思議なイベントがある日なのだ。全国大会に参加した学校の生徒たちが交流するための。
 ルドルフは都大会で敗退している。だから本来ならこのイベントに参加する資格はないはずだった。だが、数日前、氷帝の監督榊太郎から電話が掛かってきた。ぜひ参加するように、と言うのである。理由は分からない。氷帝が都大会コンソレーションを共に戦った仲間であったからかもしれないし、一時的であれ全国大会への夢を断たれた同志であるからかもしれない。あるいはただの思いつきかもしれないし、観月の服の趣味に共感するところがあったからとかいう理由かもしれない。
 とにかく榊からの提案をルドルフの仲間たちは喜んだ。都大会で終わってしまった真夏の夢の続きを見るために、彼らは迷わず榊の申し出を受けたのである。
「じゃあ、指ずもう大会は延期な!」
 赤澤の言葉に一同異存などあるはずもない。
 彼らは目を輝かせて、観月が説明を始めるのを待った。


 誰が言い出した話だったのか、榊も定かには覚えていないらしい。
 とにかく全国大会終了の数日後のコトだ。
 せっかく子供たちがこれだけ仲良くなったのだから、関東近郊の学校で何かリクリエーション企画の一つもやってみようじゃないか。
 そんな話が持ち上がった。
 希望者参加の小さな小さなイベント。
 部長が全員分申し込んだ学校もあったし、各人好き勝手に登録した学校もあった。
 どちらでも良い。
 とにかく自由参加で楽しんで欲しい。
 そんな顧問、監督たちの思いを込めて作られたイベント。

 その名も。
 人間オリエンテーリング。

 地図片手に目的地を走破するのがオリエンテーリングなら、メンバー表片手に目的のメンバーを全員集めるのが人間オリエンテーリング。
 それぞれの生徒に与えられるのは、自分のグループのメンバー表と1つか2つ文字が書かれたカード。
 全員集って、文字札の文字を正しく並べたなら次の目的地が分かる、というルールだけは単純なゲームである。
 集まり方は自由。
 他のグループと助け合っても良し。
 自分たちだけで頑張っても良し。


「これがメンバー表とカードの入った封筒です。一人ずつ配りますよ。10時ぴったりに開封することになっています。良いですね?んふ。」
 一同が神妙に頷く。ルドルフにはそういうところでずるをするヤツはいない。観月は不思議と誇らしい気持ちになりながら、一人ずつの名前を記してある封筒を配った。
 金田が部室の時計を見上げる。
 9時56分。
 腕時計を確認しても、やはり9時56分。

「たぶん、俺ら、チームはばらばらになるんだろうけどよ。」
 椅子の背に寄りかかって、赤澤が笑った。
「ま、最後の目的地で全員また揃って会おうぜ?」
 部室の外は雲一つない晴天。行楽日和、というのはこういう日を言うのだろう。
 じりじりと全員が時計を見上げる。
「んふ。あと2分ですか。」
 観月が小首をかしげ、全員を見回した。
「赤澤の言うとおり、全員、きちんとゴールまでたどり着くんですよ?良いですね。」
 念を押すようにゆっくりと告げる観月。裕太が真剣な声で。
「はい!」
 と折り目正しく返事をした。

 ゆっくりと長針が進む。
 そして世界は10時を迎えた。
 がさり、と音を立てて、各人が封筒を開く。
「……。」
 黙って自分のメンバー表を睨む。
「あれ?くすくす。俺と観月、一緒のグループだね。」
「……そのようですね。」
「よろしく。リーダー。」
 木更津がおかしくてたまらない様子で笑う。
 観月は観月で軽く不安げな表情を浮かべ。
「よりにもよって木更津と一緒ですか。」
 と毒づいた。
「なんで?俺じゃ困るの?くすくす。」
「いえ……あなたは絶対そつなくこなすでしょう?だからボクが面倒を見るまでもない。だけど……。」
 そこまで言って、観月は裕太と赤澤にちらりと視線をやって、大げさに溜息をつく。
「まぁ、良いです。行きましょう。木更津。あなたが同じチームなら動きやすいのは確かですしね。んふ。」
「じゃあ、みんな、ゴールで会おうね。くすくす。」
 観月と木更津が部屋を出て行った。すぐに柳沢と裕太も後に続く。
「赤澤さんはどうするんですか?」
 鞄を背負って金田が真っ直ぐに訊ねるので。
「俺、どうするかなぁ。こういう複雑なゲームって苦手だからなぁ。」
 椅子の背にもたれたまま、メンバー表をひらひらと揺らす。
「あれ?赤澤さん、リーダーなんですか?」
 ちらりと見えたのだろう。金田は言ってしまってから、焦ったように。
「す、すみません!勝手に見ちゃって!」
 おろおろと謝罪した。
「良いって。別に隠しておかなきゃいけねぇわけでもないし。」
 赤澤の手元にあったメンバー表には以下の5人の名が並んでいた。

 赤澤吉朗(ルドルフ中/中3/リーダー)
 千石清純(山吹中/中3)
 丸井ブン太(立海中/中3)
 鳳長太郎(氷帝中/中2)
 海堂薫(青学中/中2)

「すごい!ジュニア選抜の千石さんがいるのに、赤澤さんがリーダーなんですね!」
 メンバー表を手渡されて、金田は目を見開いた。意外なことに驚いているというよりも、赤澤が認められたことが嬉しくてしかたないらしい。
「単に部長だったからじゃねぇのか?ま、部長って言っても、観月がいねぇとどうしようもないんだけどな。あーあ。どうすっかな。」
 苦笑しながらも赤澤はもう一度自分のメンバー表を取り戻す。
「金田。お前は大丈夫そうか?そっち、リーダー、誰だ?」
「あ。大石さんです。青学の。」
 ばさばさとメンバー表で自らの顔を扇ぎながら、赤澤はあくびをした。
「あー。なら安心だな。大石によろしく。」
「は、はい!」
「心配性の大石に心配されねぇようにな。行ってこい。」
 赤澤が背を押すように視線で扉を指し示す。小さく頷いた金田は、一礼して部室を飛び出して行った。


 鳳はうろたえていた。
「ルドルフって……。えっと。」
 氷帝の昇降口の隅。膝の上に置いたメンバー表をじっと見据え、鳳は途方にくれていた。頼みの綱の宍戸は、さっさと飛び出して行ってしまった。自力で何とかするしかない。だけど……リーダーはルドルフの赤澤という人で……。ルドルフのメンバーには一度も会ったことがない。だが、噂はよく知っている。自分は出ていないけど、都大会のコンソレーションで戦った相手だ。しかも、ジロー先輩がこてんぱんにのしちゃったとか何とか……。そこの部長さんがリーダー。えっと……。
 鳳は想像した。部長ってことは、跡部さんの立場だ。えっと、その、跡部さんだったら……えっと、うーんと、たぶん、「あーん?」って言う。それから「なぁ、樺地?」とも言うはずだ。えっと、じゃあ、俺は赤澤さんって人に会って、「あーん?なぁ、樺地?」って言われるのかな。そしたら、えっと、どうすれば良いんだろう?
 混乱した鳳の脳みそでは、どうにも状況が上手く整理できない。
 もう一度メンバー表に目を戻す。
「知っている人は……あ、青学の海堂がいる。」
 ふと思い出す。青学も確かルドルフに勝ったことがあるはず。となれば、赤澤さんって人が氷帝と青学を恨んでいたとしても、海堂が一緒にいてくれたら平気かも。「あーん?」って言われても、海堂が一緒なら平気かも。
 そこで鳳は祈るような気持ちで携帯を取り出した。もちろん、海堂の番号など知りはしない。だけど……どうにか奇跡が起きて、海堂から電話がかかってきたりしないだろうか。そう祈りながら、鳳は携帯を握りしめ、指先でロザリオをまさぐった。


 千石はうきうきしながらルドルフに向かっていた。
 ルドルフの最寄り駅はさっき調べた。大丈夫。そんなに遠くない。しかも乗り換えも簡単そうだ。
 うきうきと空を見上げれば、綺麗な飛行機雲。
 そのとき、鞄の中で何かが震えた。
「お?」
 手を突っ込んでみれば、案の定、携帯に着信がある。「真田クン」という表示に首をかしげながらも。
「もしもし!」
『俺だよ!俺!』
 通話ボタンを押せば、勢いよく飛び込んでくる声。
「えっと。俺?」
 オウム返しに問い返せば。
『おぅ!俺だ!俺!』
 お約束のリアクション。千石はうーんと大げさに唸った。
「あのね。ごめんね。今月の山吹テニス部の月間目標は『しない・させない・オレオレ詐欺』なんだ。だから、俺、真田くんのオレオレ詐欺に付き合えない。」
 心底申し訳なさそうに告げた。すると、声の主がむっとした様子で言い返す。
『失礼なヤツだな!俺は真田じゃない!丸井ブン太さまに決まってるだろぃ!真田が便所行ってる隙に、携帯を盗み出して使っているだけだろぃ!』
 いばっている割にはなんだか飛んでもない感じがするな、と思ったが、千石の第六感がその辺突っ込まない方がラッキー、と告げていたので、突っ込まないコトにした。
「今、どこにいるの?」
『もうすぐ多摩川渡るところだ!』
 腕時計に目をやれば、10時半の少し前で。
 そういえば、六角と立海は9時半にゲーム開始なんだっけ、と千石は思い出していた。
「真田くんも一緒なの?」
『違わい!俺一人だい。』
 しかし、丸井は真田の携帯を使っているはずで。
『立海出る前、真田が便所行ってる間に、こっそり盗っただけだい!お前と真田はジュニア選抜で一緒だったから、絶対連絡先知ってると思ったら大当たりってことよ!』
「あれ?じゃあ、真田くん、携帯は?」
 どきどきしながら尋ねる千石に、丸井はにやりと笑いを含んだ声で応じる。
『これで俺たちのチームが有利になったのは間違いないだろぃ!』
 すごいなぁ、立海って。
 素直に千石は尊敬した。よくわからないけど、なんかすごいや!
『で、千石。これからどうする?』
 メンバー表をポケットから取り出す。そっか。丸井くんと俺と赤澤くんが揃うと、中3はこれで全員になるんだ。
「とりあえずほかの人たちがどうするか分からないから、ルドルフに行ってみようと思うんだけど。」
『ルドルフってどこだ?俺、東京の電車、あんま分かんねぇし。』
 定期入れから路線図を取り出すと、千石は丸井に最短ルートを説明する。もうすぐ多摩川を渡るというのなら、あと1時間もあればルドルフで合流できるだろう。
 ちょうど、千石の待っていた電車がホームに滑りこんできた。電話を切って、うきうきと電車に乗り込む。クーラーの風が千石の頬をなでてふわりと中吊り広告を揺らした。


「乾先輩。」
 一通りのデータ分析を終えたのか、ノートを閉じ、部室を出て行こうとした乾に、海堂が呼びかける。ときは10時半近く。
「どうした?」
 乾が戦略家なのはいつものことだ。急いてことを仕損じるくらいなら、徹底的に策を練って動き出すのが乾。だが、海堂は考える前に走り出すタイプ。30分も部室で何もせずに過ごしていたとは、と乾はいまさらながら驚いていた。
「あんたに頼みがある。」
「珍しいね。」
 受けるとも断るとも言わず、乾は興味深そうにメガネを光らせた。
「違うな。頼みじゃない。取り引きだ。」
 ぼそぼそと訂正する海堂に乾は更に興味を引かれた様子で、ふむ、と相槌を打つ。
「あんたも今結構困ってるんだろ?」
「ご明察、と言いたいところだけど、今まで俺のことずっと見てたんだろう?他人を観察するとは、良い趣味じゃないな。」
「あんたに言われたくない。」
 乾たちが引退してから、もう一ヶ月近く経っている。部活という狭い世界の人間関係から解放されて、一ヶ月。それでも会話の質は変わらない。たった一ヶ月、か。長いような短いような。
 海堂が携帯を見せつけるようにポケットから取り出して見せる。
「俺の携帯には桜井の携帯番号が入ってる。」
「ほぅ?」
「しかもあんたの知らないやつだ。何しろ桜井は一昨日、番号変えたからな。」
「……なるほどね。で?誰の情報と交換かな?」
 実はさっき乾は桜井に電話をかけていた。海堂もそれを目撃している。そしてその番号が現在使われていないというアナウンスに愕然としながら通話を切ったのも、海堂は見ているはずだった。おそらく、海堂は乾と取り引きする材料を探るため、ずっと観察していたに違いない。そうと決めたらしつこいのがマムシの海堂。
 この無愛想な後輩が、それでも近隣の学校のテニス部員たちと緊密に連絡を取り合っているらしいことが、何となく嬉しくて、乾は心なしか口元がほころぶのを感じる。
「氷帝の鳳。」
 そんな先輩の思惑を知ってか知らずか、無愛想な後輩は一言だけ要求を告げる。
「鳳、ね。何で俺が鳳の番号を知っていると思う?」
 携帯のアドレス帳をいじりながら、乾が顔を上げる。
「関東大会の時、聞いているとこ、見てたから。」
 味も素っ気もない海堂の答えに、苦笑いしながら、乾はぱちりと携帯を閉じた。
「OK。じゃあ、取り引きだ。」


「南くん?」
 突然かかってきた電話に、あわてて千石は通話ボタンを押す。
 確か、山吹を出発するとき、南は言っていた。困ったことがあったら、南か千石に連絡するようにって。ってことは、南くんが困ってる!?
「どどどどどうしたの?南!迷子?」
 勢い込んで尋ねる千石に、南が笑ったのが分かった。
『まだ学校にいるっての。山吹で迷子になれるか。』
 いつもどおりの南の声に千石は安堵する。
『ところでお前、今どこにいる?』
「今ね、ルドルフの部室の前。」
 きれいな建物。きれいな部室。
 迷わずにたどり着いたあたり、自分はラッキーだと思う。だけど。
『部室の前ってことは赤澤に会えたのか?』
「あのね。部室まで来たは良いんだけど、誰もいないんだ。」
 ドアは開いている。しかし、中はもぬけの殻。
『赤澤、移動したってことか?』
「分からない。鍵は開いてるし、誰かの鞄置いてあるんだよね。」
 うーん、と南が電話の向こうで黙り込む。時計を見れば11時過ぎ。
「ところで南の用件は?」
 ふと気づいて尋ねれば。
『赤澤に聞きたいことがあったんだ。でも、いないならしょうがないよな。』
 そのとき、千石の背後で。
「おー!」
 と豪快な声がして。
「千石!」
「あ!……南!いたよ!赤澤くんがいた!しかもいっぱい漫画持ってる!」


 ルドルフの最寄り駅だと指定された駅の改札口に鳳が着いてみると、海堂はすでに到着していて。
「よぅ。」
 相変わらず眼光鋭くにらみつけてくる。
「あ、あの。さっきは電話、ありがとう。」
「……ふん。」
 駅の掛け時計は11時15分を指していた。
 9月の陽射しの下、海堂はぎゅっとバンダナを縛りなおす。
「お前、ルドルフに知り合いいねぇだろ?」
「え?」
「お前、都大会には来てねぇだろって言ってんだ。ルドルフは都大会までしか出てねぇし。」
「あ。あの。はい。」
「俺はお前と試合もしたから知り合いだ。違うか?」
「え。はい。違いません!」
「だから電話した。それだけだ。」
「その。あの。えっと、ごめんなさい……!」
「何謝ってんだ。」
「え。だって。あの。」
「……。」
 いらだった様子で海堂は鳳をにらむ。
「ご、ごめんなさい!」
「謝ってんじゃねぇよ!お前、悪いことしてねぇだろうが!」
「だ、だって!海堂、何か怒ってるし……!」
「怒ってねぇよ!!バカヤロウ!」
 もう一度、ぎろりとにらまれて。
 鳳はようやく気づく。
 もしかして、海堂って、怖い顔、怖い口調がデフォルトなのかな……?
「ぐだぐだ抜かしてねぇで、さっさと行くぞ。」
 むきになっている自分に照れたのか、ぷい、と目をそらして早足で歩き出す海堂。
「う、うん!行こう。」
 あわてて追いかけながら、海堂ってちょっと宍戸さんみたいだ、と急に安心してしまう自分が鳳には何だか妙におかしかった。


 舞台は戻ってルドルフの部室。
「いや、誰も来ないし、退屈だったから漫画読もうと思ってよ。で、寮の柳沢の部屋に取りに行ってたんだ。」
 赤澤はそう言って笑いながら、机の上に山積みにした漫画を嬉しそうに手に取った。
「まだ俺以外来てないの?」
「おぅ。」
 千石もつられて漫画に手を伸ばす。
 そのまま、二人揃って漫画に熱中すること10分。
「喉乾いた。」
 ふと気付いたように千石が呟く。
 9月末とはいえ、良いお天気の真昼。
 ただでさえ新陳代謝の良い男子中学生である。放っておいても喉が渇く。
「そうだな。コンビニ行って何か買ってくるか。」
 伸びをしながら応じる赤澤を遮るように。
「校門の前にコンビニあったね。じゃあ、俺、二人分、何か買ってくるよ。」
 と、千石が告げれば。
「悪ぃ。あと、氷も買ってきてくれ。確か淳の部屋にかき氷機とシロップがあったからよ。かき氷食おうぜ。」
「いいね!」
 なにやら楽しいことになってきた。


 そして。
「すみませ〜ん。赤澤さ〜ん。」
 恐る恐る鳳が声を掛ける。海堂が薄く開いた扉の間から部室を覗き込む。
 返事がない。
 二人は黙って顔を見合わせた。
「ルドルフに来たら、赤澤さんに会えるかと思ったんだけどな。」
 困惑したように呟く海堂。鳳にルドルフへ行こうと誘ったのは海堂である。責任を感じているのかもしれない。あわてて鳳が口を開く。
「俺も赤澤さんいるって思ってたし。」
 二人はまた目を見合わせて黙った。
 どうしようか。あとのメンバーは山吹の千石と立海の丸井さん。もし、ルドルフで会えないのなら、どうやって合流すれば良いんだろう?
 途方に暮れた二人に、脳天気な声が聞こえてくる。
「氷イチゴもいいよな〜。でもやっぱ俺は氷ミルクが好きかな〜。」
「宇治金時とかも美味いけど、ここでは作れないからな。」
 脳天気にかき氷機とコンビニ袋を抱えて帰ってくる中3ペア。
「……あ。」
 海堂は振り返って凍り付き。
「……え?」
 鳳も慌てて振り返り。
「お!ラッキー!海堂くんじゃないか。一緒にいるのは鳳くん、だよね?」
「良いトコに来たな!一緒にかき氷食おうぜ!」
 にこにこと二人に声を掛けられて。
 鳳と海堂はもう一度顔を見合わせた。

 ルドルフの部室にガリガリという音が響く。
「おお!海堂くん、上手だね。」
「……家でよく作るんす。」
 照れたように目をそらせて、海堂は黙々と氷を削る。
「さ、食おうぜ?ほら、海堂も座れよ。」
 赤澤が機嫌良くばんばんと椅子を叩いた。
 そして四人は仲良く並んで座り、かき氷をスプーンに載せた。
「美味しいね!」
「頭がきーんってするのが良いよな。」
 中3が元気にはしゃいでいるのを眺めながら、海堂と鳳はかき氷食べに来たんじゃない気もするんだけどなぁ、と思いつつ、美味しいし幸せだからいいや、と開き直ってみた。彼らとて、伊達に青学や氷帝に通っているわけではない。
「あー。美味かった!」
 5分もせずに皿は空になる。残った氷は部室の冷凍庫に押し込んであるが、すぐもう1杯いこうという気にはならない。
「丸井くん、そろそろ来るかなぁ。」
 幸せそうにまったりとくつろぐ千石。
 時計を見上げれば12時少し前だった。


 ルドルフの部室の扉は重厚な雰囲気だった。
 綺麗な学校だな、と丸井は素直に思う。
 だけど、知ってるヤツいないしなぁ。ルドルフって。
 そんなコトを考えながら、扉をぐっと押す。
 千石とここで合流すると約束したから、たぶん、みんな、待っててくれただろう。むしろ遅いって怒ってるかもしれねぇな。何せ途中でちょっと迷ったし。でも、しかたねぇだろ。俺、遠いんだから!
 と、一人勝手に憤慨しながら、中を覗くと。
「よっし!俺、2連勝!次は誰?」
「じゃあ、俺が。」
「来い!海堂くん!」
 むちゃくちゃ盛り上がっていた。
『勝ち抜き指ずもう大会』
 部室のホワイトボードにはでかでかと豪快な文字が躍る。
「あ!丸井さんですね!」
 にこにこと鳳が振り返った。
「待ってたんですよ〜。」
 待ってた、っていうか、お前ら思いっきり遊んでただろぃ。俺抜きで、楽しそうじゃねぇか!
 丸井は一瞬ぎろりと鳳を睨み。
「今すぐ俺も参加させろぃ!指ずもう大会!」
 いきなり指ずもう大会にエントリーした。

「はい。丸井さん。」
 赤澤vs丸井の指ずもう対決の横に、海堂の手作りかき氷が差し出される。
「イチゴ味とミルク味とレモン味、どれが良いですか?」
 鳳がシロップボトルを抱えて問いかける。
「ブルーハワイは?」
「あー。あるある。確か裕太の部屋にあったはず。」
「じゃあ、俺、取ってくるよ。裕太くん、何号室?」
「お。悪ぃな。千石!」

 そんなこんなで。
 大いに盛り上がること、30分。
 5人は思い出していた。
 今日の本来の企画を。

「さて。カードも揃ったし。そろそろ行くか。」
 赤澤が立ち上がる。 
「はい。」
 にこりと微笑んで鳳が。
「……ッス。」
 ゆらりと海堂が。
「気合い入れちゃうよ!俺!」
 にぱっと千石が。
「俺も気合い満点だぃ!」
 勢いよく丸井が。
 真っ直ぐに赤澤を見上げる。

 目的地は全国大会の会場。
 自分だけは選手として行ったことのない場所。
 仲間たちは全員選手としてそこに立ったのだ。

「どうしたの?赤澤くん。」
「いや、何でもねぇ。」
 赤澤は自らに気合いを入れるように、ぱしっと頬を叩いた。
「リーダーがぼーっとしてどうするんだよ!俺、道分からねぇんだからな!頼りにしてるぜ。」
「ああ。」
 丸井が勢いよく背中を叩く。
「よし。行くぜ。」
 海堂と鳳を振り返る。
「はい!」
「ッス!」
 そうだ。
 俺だって。
 指ずもう大会2連覇は伊達じゃない。
 赤澤は歩き出した。
 一度は終わった夢の続きが、少しだけ見えてきた気がした。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
その日、部室では恒例の勝ち抜き指ずもう大会が始まろうとしていた。

どうもありがとうございました!




ブラウザの戻るでお戻り下さい。