半水滸伝!尽の巻。
<冒頭文企画連動SS>
「へぇ、面白そうだな!」
ルール説明を聞いて、桃城は目を輝かせた。
部室の時計を見上げればまだ朝の9時半前。
ゲーム開始までは30分近くある。
もちろん、目を輝かせたのは桃城だけではない。菊丸もその大きな目をきらきらとさせたし、乾はメガネを輝かせてやる気を見せた。
「メンバー表はいつ渡されるんすか?」
竜崎にわざわざ尋ねているあたり、海堂だってまんざらではないのだろう。いや、きっと彼なりにやる気満々なのに違いない。
「10時きっかりに渡すことになっておる。そう焦るんじゃないよ。」
そう言って竜崎は楽しそうに笑った。
子供たちが乗り気になってくれたなら、企画した甲斐があったというもの。
越前が焦れったそうに時計を見上げる。
まだ9時半になったばかりである。
誰が言い出した話だったのか、竜崎も定かには覚えていない。
とにかく全国大会終了の数日後のコトだ。
せっかく子供たちがこれだけ仲良くなったのだから、関東近郊の学校で何かリクリエーション企画の一つもやってみようじゃないか。
そんな話が持ち上がった。
希望者参加の小さな小さなイベント。
部長が全員分申し込んだ学校もあったし、各人好き勝手に登録した学校もあった。
どちらでも良い。
とにかく自由参加で楽しんで欲しい。
そんな顧問、監督たちの思いを込めて作られたイベント。その名も。
人間オリエンテーリング。地図片手に目的地を走破するのがオリエンテーリングなら、メンバー表片手に目的のメンバーを全員集めるのが人間オリエンテーリング。
それぞれの生徒に与えられるのは、自分のグループのメンバー表と1つか2つ文字が書かれたカード。
全員集って、文字札の文字を正しく並べたなら次の目的地が分かる、というルールだけは単純なゲームである。
集まり方は自由。
他のグループと助け合っても良し。
自分たちだけで頑張っても良し。「あと1分で10時だね。」
竜崎が腕時計に目を落とし、にやりと笑った。そして、ゆっくりとメンバー表と文字札の入った封筒を手渡して。
「さぁ、遠慮なく暴れておいで!」
その途端、かちり、という軽い音とともに時計が10時を指した。
「さてと。」
桃城は勢いよく封筒を破るとメンバー表を取り出した。橘桔平(不動峰中/中3/リーダー)
首藤聡(六角中/中3)
向日岳人(氷帝中/中3)
神尾アキラ(不動峰中/中2)
切原赤也(立海中/中2)
桃城武(青学中/中2)
周囲でも同じようにがさごそと封筒を開ける音がしている。
ざっと目を通すと、桃城は鞄を担ぎ上げ部室を飛び出した。
「橘さんが大将、か。」
メンバー全員顔は分かる。六角と青学は合同合宿までやった仲だし、不動峰とは地区大会から一緒。立海も氷帝も試合でやり合っている。全員、よく知った仲だ。
自転車置き場に飛び込むと、桃城は携帯を取り出した。アドレス帳から目当ての名前を選び出す。
「あ。神尾?」
腕時計の時刻は10時3分。
不動峰だってメンバー表が配られたところだろう。
「今、部室か?おぅ。じゃあ橘さんも一緒なんだろ?代わってもらえるか?」
案の定、神尾は桔平と一緒にいるわけで。
「もしもし。桃城っす。」
『どうやら同じチームのようだな。』
「ええ。こんなときはまず大将に挨拶しとかねぇとと思いまして。」
頭を掻きながら、桃城がぬけぬけとそう告げれば。
くっと桔平が喉の奥で笑ったのが分かった。
「今から不動峰に行きます。チャリですから。待っててください。」
桔平の返事を聞くと同時に、桃城は自転車に跨った。部室の方を見やったが、特に人の動きは見えない。携帯で連絡を取り合っているのか、とりあえず昇降口から飛び出して行ったのか。
「大将と神尾と俺がすぐ揃うってのは、うちのチームはラッキーだな。ラッキーだぜ。」
軽やかに鼻歌を交えながら、それでも全力で桃城はペダルを踏み込んだ。
「行こうぜ!不動峰!」
「さて。三人は簡単に集まったわけだが。」
不動峰の正門前。
桔平が神尾と桃城の顔を交互に見比べた。
9月下旬の土曜日。
暑いというほどには暑くはないが、それでも昼前の陽射しは強い。
「他のメンバーとどう合流するかが問題だな。」
六角の首藤聡。
氷帝の向日岳人。
立海の切原赤也。
冷静に考えてみると、千葉と神奈川のメンバーが含まれているというのは、時間的に不利なのかもしれない。もちろん、早く集まった方が勝ち、というわけではないにしても、だ。
「携帯の番号とか知らないっすからね。」
確認するように携帯のアドレス帳を回しながら、桃城が首をひねる。
「橘さんがリーダーだって、みんな知ってるんだから、全員不動峰に来るんじゃないのか?」
神尾がうかがうように桃城に訊ねたが。
「さぁ、分からねぇな。分からねぇよ。」
と、桃城は愉快そうに笑うばかり。
「まぁ、おそらく切原と首藤は東京に向かってはいるだろうな。」
正門から見える学校の時計の針は、10時半を指している。
「切原はともかく、首藤さんは橘さんトコに合流するつもりでいるんじゃないっすかね。……あー。でも。」
「何だ?」
「首藤さんって、出会い頭に乾先輩の汁飲んじゃう人だからな。」
桃城の発言に桔平は苦笑する。「出会い頭に乾先輩の汁飲んじゃう人」というのがどういう存在なのか、他校の人間にはよくは分からない。だがおおよその見当は付く。
「まぁ、都内に向かっていてくれればそれで合流のしようもあるだろう。」
「そうっすね。六角の人たちはその辺はぬかりないと思うっすよ。」
桃城と桔平が作戦会議をしている間。
神尾はぼんやりと空を見上げていた。
「どうした?神尾。」
桔平がその視線の先を追う。
「え?いや、向日さんが飛んでないかなって思って探していたんです。」
真顔で説明する神尾。
「ああ。そうか。」
桔平も真顔で了解し、目を細めて初秋の空を見上げた。
何となく楽しそうだったので、桃城もそれに加わることにする。
「飛んでないっすねぇ。」
「そのようだな。」
雲一つない明るい空。
向日が飛んでいれば、すぐに目に付くような澄み切った青。
「氷帝から不動峰なんて、向日さんならひとっ飛びだよなぁ。」
不思議そう呟く神尾に。
「そうかもな!」
力強く桃城は無責任な返事をした。
「橘さんに神尾……なんで不動峰のヤツらばっかり。」
切原は東京に向かう電車の中で、うんざりしながらメンバー表を見返していた。
イベント自体には気乗りがしないわけではない。幸村から全員分申し込んだと聞いたときには、うきうきしたのも事実だ。
電車の窓の外を流れてゆく住宅街の風景。
「リーダーが橘さんか。じゃあ、不動峰に行けば会えるのかな。」
どうせ参加するなら勝ちたい。
それも切原の本音である。
勝ち負けがつくような遊びじゃないらしいけれど、せっかくやるなら真田副部長にぎゃふんと言わせてやりたい。ジャッカル先輩に、これが「ぎゃふん」というヤツです、と実物を見せてあげたい。
「……いや、待てよ?リーダーが橘さんだというコトは、橘さんに勝ったコトのある俺は、リーダーより偉いってコトか?」
うーむ、と腕組みをする。
「リーダーより偉いなら、何かそれらしいシゴトした方が良いよな。」
脳裏を過ぎるのは幸村の姿。
部長は真田副部長より偉い。だから……いつも偉そうだ。
うーむ。
もう一度腕組みをして、電車の天井を見上げる。
……とりあえず俺も偉そうにしてみるかな。
窓の外は晴天。鮮やかな太陽の光が、長い影を生み出していた。
良い天気だ。しかもかなり飛びごろだ。
「天高く馬跳ねる秋ってヤツだな!」
向日は氷帝の校庭で何度も軽く飛び跳ねて、準備運動をした。
「よっし!今日も絶好調!」
全身軽い。今日はいつもより飛べそうな気がする。
「えっと。」
ポケットからメンバー表を取り出して、眺める。
「リーダーは不動峰の橘だな!というコトは、素直に考えれば不動峰集合というコト!だけど、不動峰は奇襲が得意だ!あの跡部がまんまと一杯食わされた相手だからな。油断ならないぞ。」
嬉しそうに向日はメンバー表を空にかざす。
「きっと何か裏がある!」
向日は考えた。
ずいぶんいろいろ考えた。
時計の針はどんどん進む。
しかし、向日には適切な対策が思い浮かばなかった。
「要するに、つまり、速攻オーダーだよな!たぶん!」
とりあえず何となく意味がありそうなコトを言ってみたが、自分でもよく分からない。
「まぁ、あれだ!とにかく橘に聞いてみれば分かるだろ!敵を欺くにはまずは味方からってヤツだ!俺を欺くにはまずは橘からだ!」
何となくかっこいいコトを言った気がして、向日はますます上機嫌に走り出す。
自動改札機に定期券を投入し、そのままひらりと改札機をムーンサルトで飛び越えると、改札機的に人間を認識できなくて困るらしい、とか何とか宍戸に延々説教されたコトを思い出しながら、向日は勢いよく自動改札機を駆け抜け、意味のないところでムダにジャンプをぶちかまして、不動峰に向かう電車に飛び乗った。
不動峰の最寄り駅の二つほど手前の辺りだっただろうか。
「あれ?」
「うん?」
乗り合わせた電車の中、見覚えのある髪型に首藤が声を掛ければ、振り向いた向日がぱっと飛び跳ねる。
「お前!」
「お、おう。」
「お前は……!」
明らかに、名前を認識していない向日のリアクションに、首藤は小さく溜息をつきながら。
「首藤だ。六角の。」
と自己紹介をする。
「おう!知ってる!俺は向日岳人!」
慌てて右手を差し出す向日に、首藤は苦笑した。まぁ、いいや。気のよさそうなヤツだし。
「同じチーム、だよな!」
素直ににこりとする向日。そして秘密を語るようにこう切り出した。
「あのな!橘のヤツ、何企んでるんだろうな!」
「ん?何か企んでるのか?橘。」
びっくりする首藤に、向日は真顔で頷いた。
「当たり前だろ!あのむっつり橘だぞ!」
当たり前なのか。
首藤は困惑しながら、向日の目を見つめた。
電車が静かに不動峰の最寄り駅に滑り込む。
下車すれば駅にはむっと暑い空気が立ちこめている。
「味方を欺くにはまず敵からって言うだろ!」
「言うのか?」
「言わないか?」
「……いや、俺は言わないけど……。」
首藤の言葉に向日は急に自信を失ったらしく、目に見えてしょんぼりして。
「しょうがないな。俺が奇襲するしかない……!」
なにやら悲壮な決意を固め始めていた。
「お前、立海だろ!」
向日が叫ぶ。
駅の前で地図を見ていた少年は、向日の声に振り返って。
「……あ。氷帝の。」
これでメンバー6人のうち3人揃ったわけだ。
首藤はメンバー表に目を落とし、確認する。あとは不動峰の2人と青学1人。この3人はもう合流済みの可能性があるよな。学校が近いし、この2校は確か結構仲が良かったはずだ。
「切原っす。」
「向日岳人だ!」
「首藤。六角の。」
確認のように自己紹介を済ませ、3人はもう一度駅前の地図に目を戻す。
駅の時計は正午を指そうとしていた。
「不動峰、これか。」
首藤が指で指し示す。駅からのルートをたどるように視線を動かす切原。
「よし。場所は分かった!だけど、橘に会う前に作戦会議だ!」
情熱を込めて向日が言い放つ。
「さ、作戦会議っすか?」
一応は丁寧語を使って問い返す切原。
「橘は奇襲作戦のプロだからな!橘を騙すにはまずは橘からって言うだろ!」
いや、言わないんじゃないかな、と首藤は思ったが、さっきの向日のしょんぼりぶりを思い出して、突っ込むのをやめた。しかし切原は真顔で受けて立つ。
「なるほど!そうっすね!橘さんに一泡吹かせてこその俺!敵を騙し、俺を騙せば百戦危うからずって、昨日真田副部長が言ってたっす!」
がしっと熱い握手を交わす2人。
首藤はとりあえず生暖かく見守ることにした。
ま、時間はありそうだしな。敵を騙し、己を騙せば、百戦危うしっていうか、危ういどころの騒ぎじゃない気がするけど、ま、気にしない。
「確かに不動峰は氷帝にも六角にも勝っているっすけど、我等が立海は不動峰に圧勝してるっす。橘さん対策は俺に任せてくださいよ!」
にやりと笑って見せる切原に、向日は素直に瞳を輝かせる。
「そうっすね……騙すといえば変装っすよ!」
「変装か!」
「要するに、橘さんに見える人はニセモノってことっす!」
「ニセモノ!」
「たぶん、橘さんと見せかけて、仁王先輩か柳生先輩っすよ!」
熱弁する切原は自信に満ちていたが、とりあえず味方を騙したところで橘にメリットはないんじゃないかなと首藤は少しだけ考えてみた。そこへ。
「お!やっぱ合流できたっすね!駅来て正解だったな!」
脳天気な桃城の声がして。
不動峰から歩いてきたのだろう。桔平、神尾、桃城の3人が駅前に姿を見せた。
「あわわ!」
作戦会議の途中だったせいか、あわてふためき、ムダにバク転を繰り返す向日。
だが、切原は慌てなかった。桔平に向き直ると。
「桃城は騙せても、俺は騙せないっすよ!」
びしぃっと桔平の額に人差し指を押し当てるように挑発する。
「何だ?」
困惑する様子もなく、桔平は真っ直ぐな目で斬り返す。
「アンタがニセモノなのは分かっている!もし本物だとしたら、本物の橘桔平だっていう証拠を見せてくださいよ。そうじゃなきゃ俺ら、信じません。」
「な……!」
憤慨したのは桔平本人ではなく、隣にいた神尾だった。
「お前!失礼だろ!!こんな神々しい人が橘さんじゃなかったら、いったい誰が橘さんなんだよ!!鎌倉の大仏か?!奈良の大仏か?!答えろよ!切原!!お前はここが奈良だとでも言う気かよ!だったら今すぐここに鹿出してみろ!鹿!」
猛烈なリズムで言いつのる神尾。桃城が大変ににこにこしているので、首藤は自分もとてもにこにこするコトでその場をしのぐコトにした。神尾はきっと心から橘を慕って居るんだ。うん。そうに違いない。
「本物かどうか疑うなら、ニセモノの証拠を出してみろ、と言いたいところだが、まぁ良い。」
泰然と桔平が口を開く。
「本物の証拠に、本人でないと分からないことを教えてやろう。」
ごくり、と切原が唾を飲む。
「そうだな……俺の1学期の数学の期末試験の点は……。」
「や、橘。それ、聞いても、俺ら、誰も本当かどうか、分からねぇから。」
辛うじて首藤が突っ込む。
「ふむ。それもそうか。」
真顔で腕を組む桔平。
「だったら俺が確認してやるぜ!橘!」
唐突に向日がムーンサルトを決める。へぇ、と少しだけ見直した気分で、首藤が向日を振り返ったが。
「お前の妹、橘杏の名前は?!」
その気分は一瞬にして九月の風の中に消えた。
「……杏の名前は杏だが。」
「おおお!切原!こいつ、本物だぜ!」
「マジっすか!本物か……まんまと騙されちまいましたね!向日さん。」
「おぅ!さすがは奇襲の達人橘だぜ!まさか本物が登場するとはな!」
切原と向日は頷きあっている。
まぁ、納得したなら良いかな、と首藤は思った。
そんなわけで。
無事に、というべきか否か、とにかく6人が結集した。
「あとは次の目的地を確認するだけ、か。」
時間は正午過ぎ。
結構あっさり集まれたものだ、と思う。
他のチームはどうだろう?
桃城は手の中で携帯を弄びながら、青学の仲間たちの顔を思い出す。
「これで6枚だな。」
それぞれが持ち寄った文字札6枚が今桔平の手の中にある。
「次の目的地は。」
6枚並べるまでもない。
そこに浮かび上がるのは全国大会会場の名前。
「あそこでまた集まるってコトか!」
勝ったコトも、負けたコトも、全部幸せな記憶。
もちろん、悔しさも悲しさも忘れたわけじゃないけども。
今は、とにかくもう一度あそこに集いたくて。
「行くか。」
桔平が駅の時計を見上げる。
「面白そうっすね!」
桃城の声に、5人が勢いよく頷いた。
☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
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「へぇ、面白そうだな!」
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