けんかの必勝法〜六角篇。
<冒頭文企画連動SS>



「チャイナ姿でごめんなチャイナ…ぷ」
 天根の嬉しそうな声。条件反射とは恐ろしいもので、振り向きざまに回し蹴りをぶちかまそうとし、黒羽は高く持ち上げた足もそのままに凍り付く。
「……なんだそりゃ……?」
 そこには文字通りチャイナ姿……要するにチャイナドレスを身にまとった天根がいた。
 中学二年生とはいえ、180センチの巨漢がチャイナドレスである。黒羽でなくとも凍り付くのは必定であろう。
 昼休みのテニス部部室で弁当を食べ終えてのんびり雑談していた仲間たちは、ぽかんと口を開けて突如現れた天根に目を奪われていた。
「本当にチャイナ姿なのね。」
 しみじみと呟く樹。
「本当に世界中のチャイナドレス愛好家に謝れって感じだな。」
 しみじみと呟く首藤。
 深紅のチャイナドレスから筋肉質な少年の腕や足がのぞく状態は、なかなかに強烈なものである。
「……可愛い?」
 小首をかしげて尋ねる天根を。
「まさか。」
 にっこりと爽やかな笑みを浮かべて佐伯が一言の下に切り捨てた。
 佐伯の声に全員が深く頷いたので、天根は少しだけ悔しそうに頬をふくらませる。
「クラスのみんなは可愛いって言ってくれたのに……。」
 天根の説明によれば、文化祭のクラス企画のために衣装合わせをやっていたのだと言う。
 よくダビデサイズのチャイナドレスなんか見つけてきたのね、と樹は密かに感心した。
「企画ってお化け屋敷?」
 嬉々として目を輝かせる葵。天根はぶんぶんと激しく首を振った。
「じゃあ、妖怪喫茶とかかな?くすくす。」
 木更津の言葉にふるふると首を振る天根。
 っていうか、妖怪喫茶って何だ?
 と首藤は密かに首をかしげたが、もしかしたら世の中にはそういうものもあるのかもしれないと思い直し、黙っているコトにした。
「劇やるの。」
 天根が自慢げに言う。
「劇?」
 オウム返しに問い返したのは佐伯。
「うぃ。えっとね、白雪姫だって。」
「……白雪姫にはチャイナドレス着た妖怪は出てこないだろ。」
「……?」
 天根がもう一度小首をかしげた。 
「……そうだっけ。」
 チャイナドレス着た男が出てくるなんて、どんな白雪姫だ。それは。
 首藤はとりあえずそれ以上突っ込んでもしかたがない気がして、小さくため息をつく。
「くすくす。これか。」
 文化祭委員会からのお知らせなるプリントを鞄から引っ張り出した木更津は、ひらひらとそれを皆に示す。

2年B組:白雪姫vsチャイナ娘軍団!
必見!!情け無用のガチンコ真剣対決!!
最強の座を賭けて戦う女たちの熱い生き様を見よ!!

「これ、劇なのか?」
 脱力気味に問う首藤に、天根は何度も深く頷いた。
「うぃ。だって脚本もある。俺、チャイナ娘Dの役。」
「……チャイナ娘、何人いるんだ?」
「男ばっかり八人。白雪姫と七人の小人軍団と同じ人数なの。」
 天根はそれが奇妙だとは思っていないらしい。機嫌良く答える。
「男のチャイナ娘が八人も出てくる劇!面白い!!絶対見に行かなきゃね!バネさん!」
 きらきらと目を輝かせる葵に、額を抑えて黙り込んでいる黒羽は動かない。
「どうしたの?バネさん。さっきから大人しいよ!」
 俯いたままの黒羽の顔を覗き込む葵。
 くすくすと木更津の笑い声。
「ダメだよ。剣太郎。バネに今声かけちゃ。」
「なんで?!」
 はぁ、と黒羽の弱々しい溜息。
「ダビデ、てめぇ、分かってやってんだろ。」
 低くなじるような黒羽の口調に。
 一瞬、天根がにやりと笑った。
「猫が俺見て鳴きました……その衣裳、にぁう……ぷぷ。」
「……く。」
「菓子屋さんに貸衣装、貸しやしょう……ぷぷぷ。」
「……ちくしょう!!このばかダビデが……!!」
 呻くように吐き捨てる黒羽。
 佐伯が樹の肩に顔を埋めて笑い出す。
「サエ、笑いすぎなのね。」
 呆れたように、でも笑いを含んだ声でたしなめる樹に、首藤が頷いた。
「ダビデもあんまり調子に乗るなよ。バネの我慢にも限界があるからな。」
 葵が皆の顔を見回して。
「何?何?どういうコト?!」
 とはしゃぎ回る。
「そうか。剣太郎は知らないのか。くすくす。」
 木更津がぽふぽふと部長の頭を撫でた。
 秋めいてきた部室の空気。引退した部員たちにとって、この部屋で笑いあえる日々はあとわずかしかない。
「ダビデが今着てるの、貸衣装だろ?バネ、妙なトコで律儀だから、貸衣装とか着てるときは、絶対ダビデのコト、突っ込めないんだよ。汚しちゃまずいからね。」
「そうそう。幼稚園のお遊戯会のときに、ダビデの衣裳をうっかり泥だらけにしちゃって以来、ずっとそうなんだ。小学校の学芸会とか、絶対ダビデのそばに行かなかったくらいでさ。くすくす。」
 佐伯と木更津の説明に、葵は目を輝かせた。
「なるほど!面白い!!」
 だからっていちいち衣裳を見せに来るダビデもダビデだけどな、と首藤は小さく微笑んだ。たまにはバネをやりこめてやりたいってのは分かるけど。まぁね。
 がたり、と黒羽が立ち上がる。視線を上げないまま、部室を出て行こうとする。
「バネさん、逃げるの?」
 ドアの前に立ちはだかる天根。
「ダビデ。いい加減に……!」
 見かねて声を上げる首藤を、黒羽は軽く手で制し。
「……ダビデ。俺は思うんだがな。」
 相変わらず目を伏せたまま、低く呟いた。
「何?」
「衣裳汚したら、クラスの女子に怒られるのは、俺か?お前か?」
「……う。」
 それは決まっている。衣裳合わせの途中で抜け出して遊びに行った天根が怒られるのは当然だ。黒羽は三年生の先輩なわけだし、何より、わざわざ黒羽を挑発したのは紛れもない事実なのだから。
「どっちだ?」
「……ごめんなさい!」
 お前が良いなら、俺は容赦なく突っ込んだって良いんだぞ?
 黒羽の声がそう語っていた。
 そりゃそうだ。バネには遠慮する理由はない。突っ込まれると分かっていて、にじり寄ってきたダビデが悪いに決まっているんだから。ということは……形勢逆転、勝負あったかな?
 首藤がジャッジを下しかけたとき、部室の扉を勢いよく開いて、逃げるように天根は走り去る。
 ドアに寄りかかって黒羽が深く息を吐いた。
「珍しくバネが勝ったのかな?今日は。」
 くすくす笑う木更津。
「どうだか。やっぱりバネの負けじゃない?突っ込めてないもの。」
 佐伯が笑う。
「うるせぇ。俺はダビデに負けたんじゃねぇからな。貸衣装に負けただけだからな!」
 むきになったような黒羽の言い訳に。
 それって、むしろダビデに負けた方が潔いんじゃないだろうか?ってか、貸衣装に負けたって格好悪すぎないか?
 とか首藤は心密かに考えていたが。
「貸衣装に負けたバネさん!面白い!樹ちゃん、テニスの対戦表にバネさんの黒星一つ増やしておいて!!対戦相手はチャイナドレスね!」
 嬉々として部長がそう宣言するので。
 憮然とした表情のまま、貸衣装に負けたと自ら言い切った手前、反論も出来ないでいる黒羽に、佐伯は勢いよく吹きだした。
「チャイナ姿でごめんなチャイナ、か。」
 首藤は天根のダジャレを反芻し、実はこれ結構良くできてるんじゃないのか?とふと思ってしまったりしたが、まぁ、それはそれ、気にしないコトにした。ってか、その前に、対貸衣装の勝負結果をテニスの対戦表に書き込むのは違うだろ、とも思ったのだが、誰も気にしていないようだったのでそんなもんかと考えておくことにした。
 そんな平和な昼休みだった。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「チャイナ姿でごめんなチャイナ…ぷ」

どうもありがとうございました!




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