後輩自慢〜峰篇。
<冒頭文企画連動SS>



「おーい委員長!先生が探してたぞ」
「え?委員長?」
 背後から届いた声に石田はきょとんとして振り返る。声の主は内村。だが内村は、石田と目が合う前に突如猛ダッシュでどこかへ消えてしまった。
「内村!!」
 直後に廊下に飛び出して来た森が叫ぶように尋ねる。
「ねぇ!石田!内村見なかった?」
「ん?今、あっちに走ってったけど?」
「ああ!また逃げられた!!」
 ほうきを片手にさほど怒った様子もない森は。
「俺、掃除当番だから、また後でね。」
 にっこりと言い残して教室に戻っていった。
 もしかして内村も掃除当番だったんじゃないだろうか。俺がそれに気づいていたら、ちゃんと引き留めることができたかもしれないのに。
 石田は少しだけ気に掛かって周りをきょろきょろと見回したが、内村の姿はどこにも見あたらずしょんぼりした。
 部活開始まではまだ時間がある。でも、他にやることもない。それに、少しでも長く練習したいし。石田はその足で部室へと歩き出す。
「早いな。」
 考えることは誰も同じ。まだずいぶん早いのに、部室へ通じる廊下で桜井と合流する。
「今日は暑そうだな。」
「ホントにな。でも雨降ってるより良いだろ。」
「それもそうか。」 
 梅雨は明けた。途端に陽射しも何も夏の色に変わった。それが嬉しいのは、きっと今年の夏をずっと待ち望んでいたからだ。去年ではなく、来年でもなく、今年の夏。ずっと待っていた夏。
「そういえば、さっき、内村が『委員長』探してたみたいなんだけど、『委員長』って誰のコトだろう?」
 ふと頭の隅に引っかかっていたコトを口にすれば。
「委員長?何委員会の?」
 桜井がしごくまっとうな返事を返す。
「え?何委員会だろう?」
 素直に首をかしげる石田。
「内村が仲良さそうなヤツで、委員長やってるヤツとかいたっけ?」
 二人は思案する。だが、どうも思いつかない。だいたい、内村の友人が何委員会かの委員長をやっていたとしても、肩書きで呼ぶというのが不思議な気がした。
「先生が探してたって言ってたけど。」
「先生が?何の用だろうな。」
「うーん。」
 石田は首をひねり、それから「何とも不思議でしょうがない」と言った口調で続けた。
「あのとき、廊下には俺しかいなかったのに、内村ってば誰に話しかけていたんだろう……?」
「……。」
 桜井は額を抑えた。他のヤツがいないなら、そりゃ石田に話しかけたに決まっている。
「じゃあ、お前に用があったんじゃないのか?お前の方を向いて、呼んでたんだろ?」
「うん。でも、俺、委員長じゃないし。」
 石田の主張も正しいことは正しい。部室のドアに手を掛けながら、桜井は小さく笑った。
「ま、あとで内村に聞いてみればいいか。」
 考えてもしかたがないコトが世の中には確かにあるのだ。石田の情報と、内村の言動と。この二つだけを頼りに、真実を探り出そうとしても、きっとしかたがないコト。
 桜井は諦めの良さも美徳だと理解していた。


「あ。石田。」
 部室には先客がいた。
 ベンチに座って音楽を聴いていた神尾が、ヘッドフォンを外した。
「お前、タオル委員会なんだって?」
「へ?」
 神尾の言っている言葉の意味が分からない。いや、一つずつの単語は意味が分かるんだが、それが何を言いたいのかよく分からない。
「タオル委員会って何だ?」
「それを俺が聞こうとしていたんだっての!」
 石田の問にぷぅと頬をふくらませて神尾が抗議する。
 そんな抗議をされても、困るんだけどなぁ……と石田はのんびり考えた。
「アキラ。それ、誰が言ってたんだ?」
 冷静に桜井が尋ねれば。
「え?みんな言ってるぜ?」
 全く役に立たない神尾の証言。
「さっき深司も言ってたし。」
 噂をすれば何とやら。神尾の言葉が途切れるのとほぼ時を同じくして、伊武が姿を現した。
「……何みんなでこっち見てるんだよ。むかつくな。」
 ぼそぼそぼやきながら、伊武は仲間たちに背を向け、着替えを始めようとする。
「深司。タオル委員会って知ってるか?」
 勇敢にも桜井が問いかける。伊武は緩慢な仕草で振り返ると、しばらくうさんくさいものでも見るように桜井を眺めていたが。
「……当たり前だろ。」
 ぼそりとそれだけ呟いて、着替えを再開した。
「タオル委員会って何やる委員会なんだ?」
 石田もおそるおそる尋ねる。
「自分の委員会の仕事くらい、ちゃんと覚えておけよ。信じられないやつだな。石田。だからお前、そんなにでかいのに目立たないんだよ。」
 鬱陶しげにそうぼやきながら、伊武はつかつかと石田の正面に歩み寄って。
 ぐいっと。
 頭のタオルを奪い去った。
「うわっ!」
 びっくりしている石田にタオルを押しつけて、そのまままた着替えに戻る伊武。
 何したいんだ。深司は?
 桜井も驚きを禁じ得ず、様子を見守る。
「お前が知らないコトを俺が知ってると思ってるわけ?信じられないばかだな。石田。お前の頭、タオル巻くためだけにあるわけ?もしかしてアキラより頭悪いんじゃないの?」
 ぼそぼそと言いつのる伊武に。
 桜井は「今の深司の発言はもしや石田よりアキラが可哀想なんじゃないだろうか?」と気づいてしまったが、石田は衝撃を受けているものの、神尾がさっぱり傷ついた様子を見せていなかったので、まぁ、それならいいか、と受け流すことにした。
 っていうか、何なんだ。タオル委員会って。


「遅くなりました!」
 掃除当番の仕事が終わったのだろう。森が部室に駆け込んでくる。
 そしてきょろきょろと部屋の中を見回し、桔平がいないコトを確認して少し照れくさそうに笑った。先輩がいないのに丁寧語、というのは何かちょっと気恥ずかしい。それからふと気付いたように。
「あれ?内村は?」
「まだ来てないぞ。」
 掃除をさぼった上、行方不明の内村。
 彼らしいといえば彼らしいのだが。
「そういえば、森。あのさ。内村が石田のコト、『委員長』って呼んでたらしいんだけど。」
「ん?」
 シャツを脱ぎかけていた森は、半端に抜いた腕を少し袖に戻して、桜井の顔を見た。
「委員長?」
「うん。」
 森はしばらく桜井の顔を見つめていたが、袖から腕を抜きながら、にこりと微笑んだ。
「タオル委員会かな?」
「……やっぱりタオル委員会なのか……?」
 石田が真顔で尋ねるので、森は視線を石田に移した。
「うん。タオル委員会だと思う。タオル委員会の委員長。」
 森は軽くたたんだシャツをロッカーに押し込んで、頷いてみせる。
「やっぱり委員長、なんだ……。」
 立っているだけでじわりと汗のにじむ夏。桜井は額を手の甲で軽くぬぐった。
 タオル委員会の委員長って何なんだ。いったい。
 森もそれでは通じないと気づいたのだろう。言葉を続ける。
「この前さ、橘さんが言ってたんだ。」
 唐突に出てきた桔平の名に、全員の視線が集中する。
「橘さんが……何て?」
 おずおずと訊ねる神尾。森は急に集まった視線に少し狼狽えつつ、説明を続けた。
「石田のタオルはすごいって。どれくらいすごいかというと、委員会で喩えれば委員長くらいすごい。」
 喩えてもらってもなんだかさっぱり分からない。
 きっと橘さんの脳内では何かつながっているんだろうけども。
 何というか、とにかく分からない。石田を褒めているんだろうなと思うけども、褒められているのかどうか、微妙極まりない。
「どうした?」
 奇妙な緊張感漂う部室の気配。
「あ!橘さん!」
 驚いたように問いかけられて、桔平の登場に後輩たちの肩はびくりと跳ねた。
「や、あ、その、何でもないです。」
 慌ててタオルを頭に巻く石田。神尾もヘッドフォンを急いで鞄に押し込んだ。
「そうか。」
 桔平は素直に後輩たちの言葉を信じた様子で、無造作に鞄を床に置き、着替えを始める。
「橘さん。」
 伊武が静かに歩み寄る。
「何だ?」
「石田が委員長なら、俺は何ですか?」
 単刀直入な伊武の問いかけ。桔平は何の話かと一瞬ためらったように見えたが、すぐに理解したらしい。二度ほど頷いて応じた。
「深司は……髪がサラサラしているからな。理事くらいじゃないか?」
 さすがだ!と神尾は感動した。
 こんな意味不明の深司の問いに即答できるなんて!橘さんはすごい!
「理事と委員長はどっちが偉いんです?」
 よく分からないところで食い下がる伊武。
「……違う仕事をしている人たちだから、比べられないと思うが。」
 思案しながらもはっきりした答えを示す桔平に、伊武は一応納得したらしく引き下がった。
「じゃあ、俺はどうっすか?」
 神尾も負けず嫌いというところでは良い勝負である。
「アキラの前髪は議長レベルだな。」
 悩む様子も、ネタを考えている様子もなく、素直に淡々と結論を出す桔平。
「議長かぁ。」
 桔平と神尾にとって議長とはどれくらいの存在なのか、分からないのだけれども、とりあえず神尾的にはそれなりにオッケイだったらしい。嬉しそうに微笑んで更に問う。
「他の連中はどうなんすか?」
「そうだな。」
 桔平は部室を見回す。
「桜井のオールバックは隊長クラスだな。森は……。」
 しばらくの間、桔平は森を見つめて思案している様子だったが。
「森は森だからなぁ。」
 しみじみとそう呟いて。
「森は森だ。森であることが森なんだ。」
 まっすぐにそう結論づけた。
 桜井は森を見た。
 森も桜井を見た。
 神尾はぽかんと口を開け、石田は頬をかき、伊武は桔平をまっすぐに見据えた。
 えっと。えっと。
 まぁ、森は確かに森だよな。うん。
「あとは……内村か。内村は帽子がすごいだろう?だからいわば先生だな。あいつは。」
 一つだけ、間違いないのは。
 桔平が後輩たちを心から褒めているのだ、ということ。
 自慢してくれているのだ、ということ。
 褒め方はかなり微妙だけれども。
 それは橘さんだから、むしろ当然のことなんだ。
 不動峰の良い子たちは思った。
 俺たちはそんな橘さんを誇りに思う、と。
 それに、橘さんが言うなら、石田は絶対タオル委員会だし、森は間違いなく森なんだ、疑う余地なんかありはしないんだ、と。


 そのとき。
 ばたん!と部室の戸が開いた。
「うぃっす。」
 帽子を深くかぶり直しながら、全員の注目を浴びて部室に入る内村。
「石田!」
 内村がつかつかと石田に詰め寄る。
「さっき俺がお前を捜してるって言っただろうが!」
 上目遣いに睨め付ける内村に。
「え。え。ええっと。」
 石田はしばらく視線を泳がせた。えっと。委員長がタオル委員会の石田で。先生は帽子がすごい内村のこと、なのか……?
 って。
 さっきの内村の台詞は「俺がお前を探してたぞ!」って意味なのか……?!
 おろおろと狼狽える石田に、内村はふぅっと溜息をついて。
「まぁ、しょうがねぇ。用件は後で聞く。」
 寛大なオトナのような口調で、石田に背を向けた。
 いやいやいや!探していたのがお前なら、用件を言うのもお前だろう?!
 石田は狼狽えつつ、内村の背を目で追った。
 そんな後輩たちの姿を桔平は満足そうに見守っている。
 それはもう自慢の後輩たちなのだから。
 真夏の部活時のできごとだった。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「おーい委員長!先生が探してたぞ」

どうもありがとうございました!




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