後輩自慢〜六角篇。
<冒頭文企画連動SS>



「今度の試合で負けたやつはボーズね!」
 と、自分にばかり都合のいいペナルティを、剣太郎は嬉しそうに発表した。

「……ボーズはやだ。」
 数秒の沈黙の後、天根が真顔で呟いたが。
「反論は許さないよ!」
 にこにこと剣太郎は斬って捨てる。
 六角の中三たちはお互いの髪に目をやって苦笑い。
「剣太郎も負けたらボーズにするの?くすくす。」
 木更津が訊ねれば、元気いっぱいに彼らの部長は宣言した。
「当たり前だよ!ボク、ルールは守るもん!」
 「それ以上、どうやって?」と聞く者はなかった。たぶん、剣太郎本人は、ボーズと自分のヘアスタイルの間に違いがあるつもりでいるのだろう。その違いを知りたいとも思わなかったし、知ったところでどうなる問題でもない。
 部室の窓から微妙に温かい風が吹きこんできた。
 部活はもう終わっている。陽射しもすっかり夕方の色に染まった。
 千葉の夏はとにかく暑い。日が沈んだあともまだ暑くてたまらない。
 そんなときでもムダに元気な部長のテンション。
 もちろん、六角の良い子たちは慣れっこなのだけれども。
「ボーズ、似合わなそうだな。俺。」
 髪を掻き上げながら佐伯が苦笑いをすれば。
「んなの、負けなきゃ良いだけの話だろ。」
 簡単なコトであるかのように、黒羽が豪快に言い切った。佐伯は大げさな溜息をつく。
「……バネは一度負けといた方が良いかもね。」
「あー?」
 佐伯は言うだけ言い捨てて鞄の整理を始めた。木更津がまたくすくすと笑い出す。
「賭があろうとなかろうと、俺は負けないけどね。」 
 木更津の言葉に。
「亮の髪が一番切り甲斐がありそうだけどな。」
 首藤がにやりと笑ってまぜ返す。
「くすくす。絶対に切らせないよ。」
 木更津の長い髪がきらりと輝いて流れる。

 そのとき、部室の隅で樹が眉を寄せ、呟いた。
「ボーズは嫌なのね。頭、日焼けしそうなのね。」
 下校のチャイムが鳴り渡る。
 窓の外は夕焼け空。

「……剣太郎。」
 唐突に低い佐伯の声が響く。
「何?サエさん!いきなり本気モードだ!面白い!」
 副部長の真剣な眼差しに動じる様子もなく、むしろ面白がりながら、剣太郎はまっすぐな返事を返した。
「さっき、お前、今度の試合に負けたらって言ったね。」
 佐伯の眼はひたむきな光を宿し、剣太郎を射抜く。
「うん!言った!だってプレッシャーがあった方が良いでしょ!!」
 プレッシャーがあった方が良いのは剣太郎だけなんじゃないかなぁ……?
 と、天根は心密かに考えたが、もしかしたら亮さん辺りはプレッシャー好きかもしれないと思い直し、黙っているコトにした。サエさんはプレッシャーをかけるのが好きだし。うぃ。
 木更津が帽子を深くかぶりなおす。佐伯の鞄からポテトチップスの袋を発掘した黒羽が、勝手に開封して数枚取り出すと、袋を首藤に手渡した。
 ゆっくりと佐伯が口を開く。
「試合、今からやろうか。」
 長い付き合いだから分かる。サエは本気だ。
 ばりばりとポテトチップスを頬張りながら、首藤はどうしたものかと思案した。手にした袋に黒羽が手を突っ込んでくる。食うなら自分で袋持てよ、と思わないでもなかったが、まぁ、それはどうでも良かった。
「今から試合?!面白い!!」
 目を輝かせる剣太郎。
 勝負事への熱意なら、剣太郎とサエさんの右に出る者はいない。左に出る者くらいならいるかもしれないけど。っていうか、左に出るとどうなるんだろう?ぐるっと回って、右に回り込めたらサエさんたちに会えるかな?ムリかな?
 天根は一生懸命考えながら、ポテトチップスに手を伸ばした。
「ああ。ルールは剣太郎の決めたので良いよ。負けた人がボーズ。その代わり、勝負方法は俺が決める。」
「分かった!それで良いよ!」
 キッと強い視線を剣太郎に向けたまま、佐伯は首藤からポテトチップスの袋を取り上げた。そして一枚頬張って宣言する。
「勝負方法は……負け抜き後輩自慢対決!ただし後輩は六角中限定!」
 一瞬の沈黙。
 黒羽が佐伯の横に移動する。
 がさり。
 黙ったまま、黒羽の長い手がポテトチップスの袋に伸びた。
「……バネ。」
「あー?」
「お前、食い過ぎ。俺のポテチだぞ。」
「育ち盛りだから仕方ねぇだろ。」
「俺も育ち盛りだ!」
 サエの提案にバネが突っ込まないなら、このままスルーで良いのかな、と、首藤は木更津に目をやった。木更津ははなから突っ込む気などないようで、くすくすと口を押さえて笑っている。

 そして。
 負け抜き後輩自慢対決が今始まる。

「剣太郎はシードで良いよ。それくらいのハンデはくれてやる。」
「わーい!サエさん、太っ腹!」
 対戦表を作る佐伯と剣太郎。
 負け抜きの場合、シードだと、ボーズに近づいちゃうんじゃないだろうかとか、それ以前にこの勝負はあからさまに剣太郎に勝ち目がなさすぎなのに、異存はないんだろうかとか、天根としてはいろいろ気になるコトがあったが、気にしていると日が暮れると気付いて、気にしないコトにした。というか、もうほとんど日は暮れているのだけれども。


<樹vs木更津>
「後輩を自慢すれば良いのね?」
「くすくす。そうらしいね。」
 初戦の審判は佐伯。
 興味津々で剣太郎は試合を見つめている。
「えっと……剣太郎はもみあげが長いのね。」
「そうだね。くすくす。」
「それから……ダビデはダジャレを言うのね。」
「そうだね。くすくす。でも樹ちゃん、それって自慢するトコかなぁ?」
 木更津の言葉に困ったように樹が佐伯を見た。佐伯も樹を見つめた。
 そして。
「良いよ。サエ。俺の負けで。」
 くすくす笑いながら木更津が唐突に敗北を宣言する。
「え?なんでなのね?」
 びっくりしている樹の肩をぽんと叩いて、黒羽は黙って対戦表に「亮負け抜き」と書き込んだ。


<佐伯vs首藤>
「俺は抜けないよ。」
 佐伯の眼は本気だった。樹ちゃんをボーズの恐怖から守るために、ずいぶん張り切ってるなぁ、と首藤はにこにこしながら佐伯を見返す。
 審判の天根が。
「ファイト!」
 と妙に気合いの入った掛け声をかける。
「剣太郎は立派な部長だよ。」
 爽やかに言い放つ佐伯。
「本気でそう思っているのか?」
 首藤は佐伯を揺さぶる戦術に出た。
「本気でそう思っているなら、こんな試合、やらなくて良かった。そうじゃないのか?」
 むっと佐伯が口ごもる。
「本気で思っていないコトを褒めたところで、自慢とは言えないだろ。違うか?ダビデ。」
 首藤の言葉に天根は何度か瞬きを繰り返して。
「うぃ。サエさんの負け。」
 そう宣言した。


<黒羽vs天根>
 この勝負の審判は樹。
「ダビ。」
 真顔で黒羽が口を開く。
「うぃ。」
 緊張気味に返事をする黒羽。
「正直に言う。俺は……お前のコト、すげぇヤツだと思ってる。自慢できるヤツだとな。」
「……?!」
 天根はあまりの展開に動揺し、言葉もない。
 木更津をちらりと見やって、首藤は小首をかしげた。
「だいたい、俺の飛び蹴り喰らって、五秒で立ち直るのがすげぇ。それから、俺の裏拳喰らって、三秒で立ち上がるのもすげぇ。あと、俺のかかと落とし喰らっても、お前、十秒も経たないうちにけろっとしてるもんな。あれもすげぇと思う。」
 木更津がくすくすと笑い出す。
 バネのヤツ、本気でダビデ自慢してるな。これは。でも、それ、普通自慢するトコじゃないだろ。
 そっと樹が手を挙げて黒羽を制止した。
「勝負ありなのね。ダビデの負け。」


 無事に一回戦が終了する。
 二回戦はすでに準決勝ならぬ準決負である。
 そしていつの間にか、舞台は決勝戦……ではなく、決負戦に移っていた。


<佐伯vs葵>
 初めから勝負は付いている。
 誰もがそう思っていた。
 剣太郎だって気付いているはず。六角の後輩限定で自慢するとなったら、中一の剣太郎には後輩などいはしないのだから。
 佐伯がよほどのミスを犯さない限り、剣太郎に勝ち目などありはしない。
「サエさんと一騎打ちか。すごいプレッシャーだ!」
 だが。
 剣太郎の目には絶望などなく。
「さあ!正々堂々勝負だ!」
 にこにこと佐伯の眼前に立つ。
「ボクは一年だから、六角中に自慢できる後輩なんかいない!だけど、それはサエさんだって同じ条件だ!サエさんの後輩は、ボクとかダビデとかだもん!自慢できる後輩なんかいないはず!だから、ボクだって負けないぞ!!」
 ポテトチップスの袋はずいぶん前に空になっている。
 黒羽がごそりと自分の鞄からプリッツを取りだして開封した。
 下校のチャイムが鳴ってからずいぶん経っているが、見回りの先生が部室を覗きに来る気配はない。
「……剣太郎。」
 一度名前を呼んでから、ふぅっと佐伯が息を吐いた。
「勘違いするなよ。」
 低い押し殺したような声。
「俺は……お前たちのコト、本気で自慢できる後輩だと思っている。そうじゃなきゃ……中一を部長にして、副部長に甘んじてたりはしない。俺だってプライドあるんだぞ?他校のヤツらに、中一が部長で中三が副部長って、どう思われてるか知ってるか?」
 ぱり、と、黒羽がプリッツを噛む。
 勝負から目を離さないまま、木更津が三本ほどプリッツをつまんだ。
「だけど俺は……俺だけじゃない、中三はみんな、それでも良いって思ってるんだ。どういう意味か分かるか?剣太郎。」
 首藤が手を伸ばす。二本引っ張り出して口にくわえ、黒羽は箱ごとプリッツを首藤に投げ渡した。
「……あーあ。」
 突然、剣太郎は大仰に声を上げて、ベンチに身を投げた。
「ずるいよ。サエさん。」
「ずるくない。ホントのコトだろ。」
 爽やかな中にも、佐伯の声には本気の色が漂っていて。
 首藤の手元のプリッツの箱に手を突っ込みながら、樹は何度も瞬きをする。
「しょうがないなぁ。みんな、ずるいんだもん。」
 よいっしょ!
 と掛け声をかけ、剣太郎は跳ね起きる。床に転がしてあった自分の鞄を引き寄せると、ごそごそと中を引っかき回し。
「じゃ、ボクがボーズね!」
 満面の笑顔で、バリカンを取り出した。


「……剣太郎。お前、なんで学校にバリカン持ってきてるのね?」
 狼狽えたように訊ねる樹に。
「これ、罰ゲームにちょうど良いって、今朝閃いたんだ!」
 よくぞ聞いてくれたとばかりに食らいついて応じる剣太郎。
 いや、それだったら練習前に提案すれば良かったんじゃないかな、と、天根は思わないでもなかったが、そうじゃなかったから命拾いしたのかもしれないと気付いて、やっぱり黙っているコトに決めた。
 首藤からプリッツの箱を奪い取って、佐伯は優雅にプリッツを食べながら、ふわっとあくびをする。
 もう外はすっかり暗い。
「次の罰ゲームは何にしよう?」
 帰り支度をしながら、嬉々として訊ねる剣太郎に。
「次負けたヤツは長髪にするってのはどう?」
 くすくすと笑いながら、木更津が提案した。
 風はもう夜の匂いがしていた。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「今度の試合で負けたやつはボーズね!」
 と、自分にばかり都合のいいペナルティを、剣太郎は嬉しそうに発表した。

どうもありがとうございました!




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