妖精さん事件。


「やぁ、大石。久し振り。」
「あ、南か。この前はどうも。」
 と。
 世にも平凡な挨拶を交わす山吹中テニス部部長と青学テニス部副部長。
 場所は関東大会水飲み場、時はD1とS3の試合の合間。
 地味な会話を交わしながら、地味に水を飲み、地味に汗を拭い。
「そういえば大石、試合はどうだった?」
「俺は怪我したから、今回出てないけど、菊丸は勝ったよ。」
 なんて普通な日常。
 しかし、世の中には派手なやつもいるもので。
 水飲み場の向かいから大きな声。

「こうやって見てると、やっぱり氷帝が一番かっこいいよな。侑士。」
「そやな。」
「山吹とか青学とかも悪くないけど、レギュラーなのに地味なやつが何人かいるし。こっちは全員派手にかっこいいんだもんな。」
「顧問も断然うちの勝ちやなぁ。優勝はいただきや。」
「俺らは負けたけどね!」
「それは言わん約束やろ。」

 「山吹と青学の地味なやつ」がすぐそばにいることを知ってか知らずか。向日と忍足は機嫌良く笑いながら去っていった。呆然と、取り残される南と大石。
 そして。
 二人は顔を見合わせ、同時につぶやいた。

「俺たちのことはいい!でも、竜崎先生の悪口は許さない!」
「俺たちのことはいい!でも、伴田先生の悪口は許さない!」

 そこで早速、「うちの顧問が世界一だもんね大同盟」が結成されたのである。
 世にこれを「水飲み場の誓い」、または「新☆地味’ズの誓い」という。
 まだ次の試合開始まで時間がある。二人は水飲み場から木陰のベンチへと移動し、ベンチを机代わりに、地面に座り込んで、レポート用紙を広げた。

「竜崎先生と伴田先生の魅力を世間に知らしめるために、頑張るぞ!」
「もちろんだ。協力しよう。」

 南と大石は熱く握手を交わした。その瞬間、間違いなくそこに血潮たぎる固い男の友情が芽生えたのであった。
 それから。

「氷帝の顧問は確か、榊太郎先生、だったよな。」
「確かに目立つ人だったし。彼に勝つにはどうすればいいかなぁ。」
 二人はしばらく首を傾げていた。
 だが、南は、ポンッと手を打って。

「そうだっ!名前だっ!名前で勝てる!榊先生は太郎なんてださい名前だけど、伴田先生の本名はなにせ『パンジー』だからな。」
「へ?」
「知らないのか?大石。伴田先生、いつもパンジーって呼ばれてるだろ。」
「……あれって、伴爺じゃなかったの?」
「違うぞ。伴田先生は、本当はパンジーの妖精さんなんだ。中一のころ、先輩に習った。先生にも確認したから間違いない!!」
「そうか。部長の南が言うんだから間違いないな。よし!!それなら榊先生に勝てる!」
「おう!……あのさ、もしかして竜崎先生はスミレの妖精さんなんじゃないのか?」
「あ!!そうかもしれない。スミレ先生だもんな。南、頭良いな。」
「へへ。まぁな。」

 新☆地味’ズは、「まずは一勝!」と確信した。
 ちなみにパンジーの和名は「三色スミレ」である。南は内心、スミレよりもパンジーの方が二色多いな、と嬉しく思ったが、大人なのでそれは口にしなかった。
 これが世に言う「二人合わせて四色スミレの心意気」である。

「次は先生たちの素敵さをどうやってみんなに知ってもらうか、だけど。」
「う〜ん。そうだなぁ。俺は太一のバンダナに書こうかな。『パンジー命』って。」
「なるほど。宣伝効果が高そうだなぁ。じゃあ、俺は海堂のバンダナに書くか。」
「おい、海堂ってあの目つきの悪い二年生だろ?協力してくれるのか?」
「いや、海堂は顔は怖いけど、素直で優しい良い子だよ。だから大丈夫だ。」
「そうか、それは心強いな。彼が『スミレ命』のバンダナを巻いていたら目を引くし。」

 なんとなく上手く行きそうな気がしてきた。世の中捨てたもんじゃないかもしれない。
 レポート用紙にカリカリと計画をメモしながら、二人は心が温まるのを感じた。

「他にも先生たちの素敵なところを考えよう。」
「よし。箇条書きにするか。」
「うん。それがいいな。竜崎先生の魅力1。男らしいところ。」
「伴田先生の魅力1。にまにましているところ。」
「竜崎先生の魅力2。逞しいところ。」
「伴田先生の魅力2。にまにましているところ。」

 しばらくは二人のシャーペンを走らせる音ばかりが響く。
 さやさやと風が木々を揺らし、木漏れ日が穏やかに二人を包む。

「客観的に見て、教えてくれないかな。竜崎先生の魅力って、南から見るとどう?」
「そうだなぁ。う〜ん。巨乳なトコが魅力、かなぁ。」
「ああ、そういえばそうだね。やっぱり客観的視点って参考になるよ。魅力3。巨乳っと。」
「じゃあさ。大石から見て、伴田先生の魅力ってどこかなぁ。」
「う〜ん。えぇと。……にまにましているところ、かな。」
「あ!なるほどね。やっぱり大石は見てるなぁ。魅力3。にまにましているところ、と。」

 地面に座り込んでベンチを机代わりに、懸命にレポート用紙に何かを書き込む二人の姿は目を引かずに入られなかった。いかに地味とはいえ、都大会上位二校の部長と副部長が熱く何事かを語らっているのである。周囲の生徒たちは、遠巻きに不審そうに彼らの姿を眺めていた。
 そこへ。
 通りがかったのは、竜崎先生と伴田先生の曲者顧問二人組。

「おやおや、あの子達は何をやっているんだい?」
「なんでしょうねぇ(にまにま)。」

 こっそりと二人の背後に忍び寄り、レポート用紙を覗き込む「お花の妖精さんたち」。
 そして、笑いを堪えつつ、物陰に駆け込んで。
 爆笑した。

「……あはは。ああ苦しい。なんだい、あれは。」
「……面白い遊びを考えましたねぇ(にまにま)。」
「自己啓発セミナーごっこか何かかねぇ?」
「そうかもしれません。南くんは昔から暗示にかかりやすい子でしたからねぇ(にまにま)。」
「それって騙されやすいってコトじゃないのか?」
「そうとも言いますねぇ(にまにま)。」
「大石も騙されやすいからなぁ。」
「そういう子ほど可愛いじゃないですか(にまにま)。」
「まぁ、そうなんだけどね。」

 そんなコトを言い交わすと。
 二人の「お花の妖精さん」は、それぞれのコートへと戻っていった。
 大石と南が試合会場に戻るのは、S3が始まる寸前のこと。
 部員たちが心配していたのは言うまでもない。
 これこそが世に言う「妖精さん拉致事件」の顛末である。



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