新世界より〜六角篇。
<冒頭文企画連動SS>



「僕、○○に行ってみたい」
 そうつぶやいた。

 なのにさ。
「あー?」
 良いタイミングでつぶやいたと思ったんだけどな。反応したのはバネさんだけ。しかも反応、むちゃくちゃ微妙。ちゃんと聞いてたのかな?
 あーあ!
 もう!みんな、もっと部長をあがめ奉ろうよ!
 むしろ、敬ってへつらうくらいの勢いで良いよ!
 なんて一人でむくれている僕に、ペットボトルを煽っていたサエさんが視線を向ける。
「どうかしたの?バネ。」
 しかもバネさんに声掛けるし!
 もっと部長を大事にしなきゃダメでしょ!副部長!
「んー。」
 バネさんもタオルで首筋の汗ぬぐいながら、生返事。
 と思ったら、バネさん、困った顔してこっちを見た。この表情、知ってるな。ダビデが下手すぎるダジャレを言って、どう突っ込んで良いか、困ってるときの顔だ。
 って、僕のさっきの発言、そんなに変だった?!
 全然、変じゃなかったでしょ?!
 ここは「さすが部長だぜ!剣太郎!」とか、僕のこと、褒めてくれるトコでしょ?!
「ってか、剣太郎。」
 しょうがねぇから一応突っ込んでおこうかな、って顔でバネさんが僕に話しかける。
「な、何?」
「あのな。」
「うん!」
「開口一番、伏せ字ってのはどうかと思うぜ?」
 もう!バネさんも分かってないなぁ!
 伏せ字にしても、以心伝心、部員のみんなはそこを汲み取って、部長の素晴らしい志を理解するべきところじゃないか!
 伏せ字じゃ分からないなんて、バネさん、六角テニス部員失格だよ!
 僕がむぅっとむくれたら、サエさんがにこにこして。
「何?剣太郎、伏せ字でしゃべったの?」
 なんて僕の頭を撫でる。
「お年頃だねぇ。剣太郎も。」
 言ってる意味分からないよ!サエさん!

 今は部活の休憩時間。
 まだ真夏と呼ぶには早い季節だけど、やっぱり日向は暑いよね。
 でも、夏は大好き。
 だって、潮風が最高だし、潮干狩りもできちゃうし、何より日が長いもん。みんなと一緒にたくさんテニスができる。
 といっても、この夏だけだけどね。サエさんたちと一緒に「六角中テニス部」にいられるのは。
 あーあ。なんでみんな僕と同じ年に生まれなかったんだろ?みんな、うっかりしすぎだよ!僕に合わせてくれなきゃ、ダメじゃないか!
 地面に真っ黒に映る影はすごく短くて、僕はふと夏至って言葉を思い出した。ああ。そうか。夏至って何かに似ているなって思ってたけど、バネさんがダビデを蹴るときの音に似ているんだ。
 げしっ!
 ほらね。考えているそばから、バネさんの跳び蹴りが炸裂した。
 ダビデってば何言ったんだろ?ま、良いけど。僕、ダビデのダジャレは全然興味ないし。万が一、面白いダジャレだったら、後できっと亮さん辺りが教えてくれるしね!そんな可能性、ほとんどないけど。
 ふぅって、大きく深呼吸しながら、僕は日陰に腰を下ろした。そうしたら、バネさんが来て、すぐそばに座ったんだ。ダビデとかサエさんとか樹ちゃんも一緒にね。
 で。
 最初の台詞に戻るわけ。

「剣太郎は結局どこに行きたいのね?」
 バネさんが僕の台詞をみんなに紹介してくれたから、一応、みんな興味を持ってくれたみたい。でも、僕の口から伏せ字の中味を聞かないと分からないなんて、ダメじゃん、僕をフリーにしちゃ、って感じだな!……ちょっと違うか。うーん。サエさんのマネするの、難しいや!面白い!
「剣太郎……。」
 ダビデが真顔で僕の肩を掴んだ。
「……我慢するの、良くない。便所、あっち。」
 知ってるってば!トイレがどこにあるかくらい!
 僕、女子じゃないんだし、トイレに行きたいときには堂々と行くよ!ってか、女子の方が堂々と「トイレ行ってきます!」とか授業中に言ってるけどさ。
 だいたいさ!「便所に行ってみたい」ってどう考えても変だろ?!トイレくらい、僕の十二年にも及ぶ長い人生の中で、何万回も行ってるよ!あれ?何万回は行ってないかな?一万回行くためには、一年で八百回くらい?じゃあ余裕じゃん!一日二回は行ってるもん、トイレ!任せてよ!僕、トイレのプロ名乗っちゃおうかな!
 って言ったら、亮さんに。
「俺はお前より、二年、トイレ歴が長いんだけど?くすくす。」
 って笑いながら自慢された。むー。僕も負けないもんね!

「分かった。剣太郎。」
 サエさんが穏やかに僕の目を見据えた。
「でも、それは犯罪だから、やめておけ?」
 いきなり、僕、犯罪志願者になってるし!面白い!
 だけど、なんで?
「女湯、だろ?」
 違う!
 いや、違わないけど!女湯、行ってみたいけど!
 でも、今、僕が言いたかったのは違う……けど、女湯って、ちょっと気になるよね!偶然、うっかり、間違えて迷い込んでみたくなるよね!
 偶然、うっかり、間違えて迷い込んだ場合は、犯罪じゃないでしょ?しかたないもんね!間違いは誰にでもあるしさ!
 とか考えていたら、いきなり亮さんにぺしって頭を叩かれた。サエさんが。
 なんで?
「剣太郎にばかなコト吹き込むなよ。くすくす。」
 亮さん、笑ってる。怒ってるのかいないのか、分からないのが亮さんのすごいところだ!面白い!

「分かったのね。剣太郎。高校に行きたいのね?」
 樹ちゃんが言った。同時に鼻息をしゅぽーって吐く。すごいね!樹ちゃん!しゃべりながら鼻で息して、しかもそんな排気量!僕も頑張ろうっと!負けないぞ!
「ん?高校?」
 聡さんが首をかしげる。
「そら、高校に行かれないと困るだろうけど、剣太郎、まだ中一だろ?」
 すごいや!聡さん!洗濯にしか興味ないような顔して、僕の学年覚えてた!
 僕だってよく忘れてるのに!!

「で、剣太郎はどこに行きたいんだよ。」
 バネさん、考えてないでしょ!
 そうやって脳みそ使わないと、ダビデみたいになるよ!
 って言ったら、どよーんとダビデが凹んだ。すごい!効果音が目に見えるみたい!さすがダビデ!オーバーアクションだな!面白い!
「じゃあ、しょうがないからヒントね!」
 ああ、僕ってなんて人格者なんだろ!立派な部長だなぁ!
「ヒント1!二文字です。」
「そら、分かってるっての!」
 ぺしっとバネさんの軽い裏拳が入る。
 あ。「夏至」って聞こえるヤツは、ダビデ専用なんだな。羨ましくはないけどさ。あ、強がりじゃないよ?僕、全然、羨ましくない。ホントだってば!ホント!
「ヒント2!最初の文字は『氷』です。」
 ん?って感じに樹ちゃんが首をかしげた。
「氷山?」
 確かに今日は暑いからね!涼しそうだよね!氷山!
 でも、氷山じゃ潮干狩りもテニスもできなそうだから、今日は特に行きたくないかな!
 続いて答えたのはダビデ。
「氷イチゴ……?」
 ダビデ、さすがだね!僕が「イチゴ」を漢字で書けるなんて思ってるのかな!書けるわけないだろ?
 そんなわけで、外れ〜!
 亮さんがくすくす笑いながら言った。
「そうだな。氷室とか涼しそうだけど。」
 ひむろ?!
 何?それ?美味しいの?!ってか、「ひむろ」って「氷」という字、付いてるの?!
 僕はみんながあんまりにも分かってくれないから、もう一つヒントをあげることにした。すごいな!僕、太っ腹!
「ヒント3ね!二文字目は『帝』です。」
 みんなが顔を見合わせた。
 ふぅっと息を吐きながら、バネさんが言う。
「そろそろ練習再開すっか?」
 ちょっと待ってよ!せっかく三つもヒントを出したんだから、答えてよ!
 食い下がろうとした僕の頭を、樹ちゃんがぽふぽふ、と撫でてくれる。樹ちゃんの手、大好き。
 じゃなくて!騙されないぞ!僕は騙されない!
「剣太郎と打ちたいのね。」
 わあい!樹ちゃんとラリーだ!負けないぞ!
 じゃなくて!僕は騙されないもんね!絶対!

 サエさんが苦笑しながら、ダビデを小突いた。
「あのな。剣太郎。」
 ダビデを小突きながらなのに、なんでか僕に話しかけるサエさん。なんで?変なの!面白いや!
「氷帝百人斬りはダビデだけで十分だから。これ以上、あっちに迷惑かけちゃダメ。良いね?」
 予想外に真剣な声。
 ん……?なんか、亮さんとかバネさんも頷いているし。何で?
 ってか、暑ぃなぁ、今日は!
「違うよ!僕、百人斬りなんか興味ない!」
 僕はきちんと自分の気持ちを告げた。みんなが僕の気持ちをちゃんと理解してくれないなら、僕が説明しなきゃいけない。それが部長としての僕の当然の務め。出来の悪い部員ばっかりだと、部長も大変だね!
「じゃあ、なんで氷帝と?」
 聞き返したのは聡さん。鋭いツッコミだね!見所あるよ!
「だって氷帝の女子、制服が可愛いじゃないか!」
 僕の正当な主張は。
 あっという間にみんなに認められるべきところだったんだけど。
 みんな、理解力がなくてさ。
 ふぅ、困ったな。
「剣太郎?」
 みんなを代表して、って感じで、サエさんが口を開く。
「氷帝の女子は、だいたい跡部のファンだろ?剣太郎がいくら声掛けてもムダじゃないかな?」
 む。知ってるよ!確かにみんな「跡部さまー!」とか叫んでるもんね!
「でもさ、僕だって部長だしさ!部長つながりで葵部長も素敵!とか気付く女の子もいるかもしれないじゃないか!」
 僕は論理的だからね。理論武装なら任せてほしい!
 どう?サエさん!ぐうの音も出ないでしょ!って、「ぐうの音」ってどんなんだろ?一度、誰かに出してほしいな!
 お日さまがかんかんに照りつける感じ。すごいや!夏って気分!
 でも誰が「かんかん」って言葉、考えたんだろうね!お日さま、「かんかん」って音しないのに!面白い!
 そのとき、バネさんが困ったように言った。
「あのな。」
「何?」
 僕は部長だから、部員の意見は分け隔てなく聞いて上げるよ!
 バネさん、真っ直ぐに僕の目を見た。
 どんと来い!バネさんの全てを受け止めて上げる!
「……まぁ、何だ。剣太郎。氷帝の女子には……お前の好きなタイプはいないんじゃねぇかな?」
 むー。そうなの?僕、氷帝の女の子たち、可愛いと思うけどな!
 でも、サエさんも亮さんも聡さんも樹ちゃんも、みんな頷いた。ダビデまで頷いてる。
 そっか。みんながそう言うんだったらそうなのかな。
 僕は勢いよく伸びをした。
「じゃ、練習再開しようか?」
 気持ちいい潮の香りが風に乗ってテニスコートを駆け抜ける。
 これだから夏って大好き!
 あ!そうだ!
 ちなみにね、僕の好みの女子は「僕に惚れてくれる子」!
 よろしくね!







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「僕、○○に行ってみたい」
 そうつぶやいた。

どうもありがとうございました!




ブラウザの戻るでお戻り下さい。