新世界より〜峰篇。
<冒頭文企画連動SS>




 地球の上に朝が来る〜その裏側は夜だろう〜♪
 脳天気に物哀しいメロディーを思い出しながら、今朝起きた俺は、できることなら地球の裏側に行ってしまいたい気分だった。

「どうした?アキラ。」
 登校途中で一緒になった石田がこれまた脳天気な笑顔で問いかける。
 こいつ、人生の悩みとかねぇんだろうな。
「腹でも痛いのか?」
 違うっての。俺の悩みはそんな次元じゃねぇ。
 そう思いながら、俺はため息を吐く。
「あのさ。石田。日本の裏側ってどこだ?」
「裏側?」
「この地面の向こう側だよ。」
 石田はさっぱり分かってない様子でぱちぱちと瞬きをしていたが。
 ぱあっと表情を輝かせて。
「地底人の帝国?」
「……帝国?」
 きょとんとして思いっきりそのまま聞き返した俺に。
「そうじゃなきゃ、マグマってヤツ?」
 と相変わらず意味不明のリアクションをした。
「何だよ。マグマって。俺、ヒグマしか見たことねぇぞ?」
「や、マグマってクマじゃないだろ?」
「じゃあ、何だってんだよ。」
 ああ。やっぱ石田は分かってない。
 俺、クマの話なんかしたいわけじゃないのに。
 でも俺は優しいので、石田のクマ話に付き合ってやることにした。
「なんだっけ。あれだろ。大きな真鯉はお父さんで、小さい緋鯉は子供たち、なんだろ?じゃあ、マグマがお父さんで、ヒグマが子供たちなんじゃねぇのか?」
「……うーん。」
 首をひねってる石田。
 ちょっと難しすぎたかな。石田には。
 まぁ、あれだ。俺が頭良すぎるのがいけねぇんだ。
「じゃあ、お母さんは?」
 真顔で石田が訊ねてくるものだから。
「お母さんは吹き流しに決まってんだろ!」
 俺も真面目に答えてやった。
「お母さんは吹き流し……子供たちがヒグマで、お父さんがマグマ……。」
 空を見上げて、石田が何かを一生懸命想像している。
 そして。
「吹き流しもクマなのか?」
 石田はもう少し真実を見極める思考回路を持った方が良いと思う。
 お父さんと子供がクマだったら、お母さんもクマに決まってんだろ!
 俺はそろそろ石田のためにも話を軌道修正するべきころだと考えた。
 で。
「日本の裏側ってどこの国だ?」
 もう一度同じ質問をする。
「どこの国……?ああ、裏側ってそういう意味か!」
 ようやく理解したらしい石田。
「確かブラジルだろ?」
 結構あっさり答えやがった。そうなのか。ブラジルなのか。
「ブラジルってどんな国なんだ?」
「え?えっと。日本の裏側、だろ……?」
「でも、日本の裏側って……ヒグマなんじゃねぇの?」
「ヒグマなのか?マグマじゃなくて?」
 石田って、何言ってるか分からねぇな。やっぱ。

 そのとき。
 背後に大きな人の気配がした。
「何の話だ?」
「……わ!橘さん!!」
 びっくりだ。登校途中に橘さんに会うなんて。
 世界は光に溢れている。そんな気がした。
「そんなに驚くなよ。」
 あわわ。苦笑いしているよ。橘さん。
 石田も俺も跳ね上がりそうにびっくりしたからな。
「あ、あの。その。」
 空気が足りてないみたいに口をパクパクさせながら、石田が言葉を探す。
 住宅街を通り抜けて学校に続く道。
「ブラジルってどんな国かって話、してたんです。」
「ブラジル?」
 きょとんとした様子でそのまま問い返す橘さん。だけど、中三はオトナだった。
「サッカーとか強い国だろ?」
 おお!さすがは橘さんだ!何でも知ってるんだな!
 俺と石田は目を見合わせた。
「あとはサンバで有名なんだっけな。」
 サンバかぁ……!
 石田と俺はもう一度目を見合わせた。
「サンバっていったら浅草ですよね。」
 目を輝かせる石田。
「確かにあれは浅草名物だな。」
 なるほど!
 芝で生まれて神田で育ち、今じゃ浅草名物でってヤツだな!
 俺は感動した。
 なんだよ。ブラジルって結構近所じゃんか!
 地球の裏側って、実はすぐそこだったんだな!
「どうした?神尾。」
 俺が小さくガッツポーズしたのに気付いて、橘さんが笑う。
「何か良いことでも思いついたのか?」
「え?ええ。まぁ。」
 たぶん、変ににこにこしてるんだろうな。俺。ま、良いけど。
 空は晴れ渡っている。
 清々しい朝の空気を胸一杯吸い込んで。
「そういえば、聞いてください。」
「何だ?」
 思い出したように口を開いた石田に、橘さんが石田を見上げる。
 でかいよなぁ。二人とも。
 橘さんに見上げてもらえるんだから、石田ってやっぱすげぇや。
「アキラのヤツ、マグマとヒグマが親子だって言うんですよ。」
「マグマとヒグマ……?」
 石田の顔と俺の顔を見比べる橘さん。
 そして。
「そうなのか?神尾。」
「はい!」
 俺、思いっきり良いお返事。
 だってそうだろ?鯉の話考えれば間違いない。
 橘さんは虚空に視線を向けて、何かを考えているようだったが。
「ま、家庭の事情はそれぞれだよな。」
 と何だか妙に悟った言葉を吐いて、頷いた。
 石田がにこにこしている。
「でね、橘さん!ブラジルがヒグマなんですよ。」
「そうなのか?」
「はい!それでサンバで浅草なんです!」
「うん?」
「日本の裏側が浅草で夜なんです!」
「そうだったのか……?」
 また虚空を見上げる橘さん。
「しかも地底人の帝国なんです。」
 石田が付け足す。
 おっと!そうだった。地底人の帝国なんだよな。日本の裏側は!
 橘さんはゆっくりと俺たちの話を反芻しているみたいだった。
 そして深く頷いて。
「ところで、マグマはどこへ行ったんだ?」
 真顔でそう訊ねた。
 あれ?マグマはえっと……吹き流しだっけ?
 校門が見えてくる。
 あちこちから不動峰の制服を着た生徒たちが吸い込まれてゆく。
「今度、浅草まで確かめに行ってみるか?」
 笑みを含んだ声で橘さんが誘ってくれる。
 うお!それ、すげぇ良い考え!
 そうだよな。地球の裏側なんて、一度、行ってみたいじゃん?
 俺は一も二もなく頷いた。石田もにこにこ頷いている。
 良い天気だよな。今日はホント。
 世界中、すげぇ光に満ちてるぜ。明るくて……素敵な世界。
「じゃ、他の連中誘って行くか。」
 鞄を軽く担ぎ直して、橘さんが校門を通る。もちろん俺たちも続く。
「テストが終わったら、な。」
 そして橘さんは中三のげた箱の間に消えていった。
 ああああ!そうだった!!
 そうだよ。今日から中間テストなんだよ!
 だから俺、地球の裏側に行きたかったんじゃねぇか。
 立ち止まった俺の後ろ頭を、石田がぽふぽふとでかい手で撫でた。
「行こうぜ?浅草!」
 怖い目で睨んでやろうと思ったけど。
 その台詞はねぇだろ?
 もう、そんなコト言われちゃ、負けてらんないし。
 やってやろうじゃねぇの。
 上履きに履き替えると、杏ちゃんたちの声が聞こえた。
 よっし!試験なんかとっとと終えて、行ってやるぜ!地球の裏側!







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
地球の上に朝が来る〜その裏側は夜だろう〜♪
脳天気に物哀しいメロディーを思い出しながら、今朝起きた俺は、
できることなら地球の裏側に行ってしまいたい気分だった。

どうもありがとうございました!




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