新世界より〜山吹篇。
<冒頭文企画連動SS>



「俺この前さァ、車いすテニスにまぜてもらってミックスダブルスしたんだけど、驚き! 打った瞬間に回転すんだよね、すっげ速いの! そんでかわいい子がいっぱいいてさ。来週も行くんだ! あ、南も行きたい?」
 月曜日。
 南の顔を見るなり千石がまくしたてて。
「……車いすテニス?」
 一瞬、何を言われているか理解しかねて、南はそのまま千石の言葉をオウム返しに問い返した。
「そうそう!車いすテニス!!」
 朝礼が始まるまであと七分。
 教室はまだざわざわしている。
 机の中に筆箱などを突っ込んだ南を見上げるように、机にあごをのせて、千石が嬉しそうに言葉を続ける。
「小学校のときの友達さ、今、みんな受験生でしょ。で、塾行ったりしてるじゃん?で高校行ったら、また別の友達と一緒になるわけでしょ。だけど俺はずっと山吹なんだなって思ったわけよ。塾も行かないし、高校でもほとんどメンバー変わらないし。」
 いきなり話題が変わったが、南は慣れていたので適当に相槌を打つ。
 一時間目、何だっけ。あ。英語か。
「もちろん今の友達とずっと一緒って最高だと思うわけね。でも、新しい友達できたら良いなって思うわけよ。で、行ってみた。車いすテニス!」
 そして。
 いつの間にか、当然のように、話が繋がる。
 で、と言われても、果たしてそれは自然な流れなんだろうか?と、南は少しだけ不思議に感じないわけでもなかったが。
 千石にしてはいたく殊勝なコトを言っている気もしたので、頷いておく。
「や〜、可愛い子がね、車いすの動かし方とかルールとか教えてくれたの。すっげぇ可愛い子でさ。俺、張り切っちゃったけど、やっぱ難しくてね。山吹中エース千石清純選手、可愛い女の子相手に惨敗!」
 目をきらきら輝かせて、千石は嬉しそうに惨敗を語る。負けたにしても、妙に前向きなのが千石の良いところだし、きっとここに彼のエースとしての資質があるに違いない、と南は信じている。
 だが。
 今の千石は、単にその女の子が可愛かったから嬉しそうなんだろうな、と。
 南は少しだけ冷たい視線になってみた。
 もちろん千石は気にする様子もない。
「女の子とダブルス組むとミックスダブルスって言うでしょ?車いすの人と健常者とが組むと、ニューミックスって言うんだって。途中から、俺、その子とニューミックスやってみたのね。これがまた面白いんだ。2バウンドまで拾って良いとか、ルールもちょっと違うんだけど、やっぱりその子の動きがなかなか読めなくて、タイミングが合わなくて大変なのね。それがさ、すごい新鮮で楽しいんだよ。」
 大変なのが楽しい、という感覚は分かる。
 ダブルスの醍醐味なんて、そこに尽きる。
「で、試合終わったあとにいろいろしゃべってたんだけどね、そのとき、すごく普通にしゃべったのね。で、気付いたんだ。俺、試合前にその子としゃべってたの、緊張してたんだな、って。意識していたつもりじゃなかったけど、どこかで『車いすの人としゃべってるんだ』って緊張してた気がする。でもニューミックスの後にはすんげぇ普通にしゃべれるわけなんだよ。」
 なんとなく、その感覚も分かる気がした。
 千石は体当たりでどこへでも突撃してゆくけれども。
 それはすごく立派なコトなんじゃないだろうか。
 こうやって新しい世界と繋がっていこうとする千石は、ただのお調子者ではない。たぶん。
 窓から双葉が見えた。どうやら廊下には新渡米がいるらしい。
「俺、思ったのね。ニューミックスってすごい、って。で、考えた。」
「うん?」
「もっといろいろ混ぜたら、もっとすごいんじゃないか、って。」
 新渡米の芽は今日も輝いている。
「ちょっと待て。」
「ん?」
「もっといろいろ混ぜるって……?」
 そのとき、チャイムが鳴った。ばたばたと生徒たちが着席する。
 千石はぱっと表情を輝かせて。
「続きはあとでね!」
 上機嫌に手を振ると、スキップで立ち去ったのであった。


 英語の教科書と辞書を机に置いて。
 さて、宿題はなかったよな、とノートをぱらぱら見ていた南に。
「さっきの続き〜!」
 千石がにじり寄る。
「さっきの……?ああ。車いすテニスか。」
 南のリアクションに千石は嬉しそうに笑った。
「そうそう!ニューミックス!ニューミックスって、混ぜてるけど、やっぱりテニス同士でしょ?もっと混ぜてみるべきだと、俺は思うわけよ。」
 嬉々として意味不明な主張をする千石に、南は眉を寄せる。
「何を混ぜるつもりだ。お前は。」
「考えたの。例えばね、将棋部とテニス部のニューミックス!」
「……将棋部とテニス部?!」
「そうそう!テニスコートに将棋盤みたいな升目を作ってね、駒の位置にテニス部員を置いてね、将棋部の人が『5二角!』とか指示を出したら、指示出された駒の選手がその通り動いてボール打つとか!」
「……ムリだろ。それ。絶対、人が多すぎるし、訳分からなくなるぞ?」
「そうかな?」
「しかも山吹には将棋部ないし、そもそも、それ、ダブルスじゃない。」
 南の言葉に千石は目を見開く。
「しまった……!これ、ダブルスじゃない!」
 目に見えてしょんぼりする千石に、南は朝、千石のコト見直してやったのは間違いだったんじゃないだろうかと少しだけ後悔した。

「じゃあ、雅楽部とテニス部のダブルスは?!」
 すぐに立ち直るのは千石のすごいところであって。
 がばっと顔を上げると次の提案を出す。
「ラケットのガットの代わりに、鼓を使うの。打ち合うたびに、ポン!ってきっといい音がして、素敵なセッションになりそうな気がする!」
「なるか!」
 反射的にぺしっと額にツッコミを入れつつ、南は溜息をついた。
「お前、雅楽部のヤツに聞かれたら、殴られるぞ……?」
「え〜?せっかく雅楽部の女の子たちと仲良くなるチャンスだと思ったのに!難しいなぁ!ニューミックスって!」
 額にしわを寄せて悩む千石。
 週末から続く良い陽気に、南はふわとあくびをした。
「お前、女の子と仲良くなりたいだけかよ。」
 椅子の背にもたれかかりながら訊ねる南に。
「そっか!男の子と仲良くなるのも大事だよね!」
 微妙にずれた反応を返す千石。
 そして真顔で首をひねり、懸命に何かを思案し始める。

「相撲部とテニス部のニューミックスってどう?!」
「どうやるんだよ……?」
「相撲部員ががっぷり四つに組んでいる間に、テニス部員がラリーすんの。」
「それ、相撲とテニス、別々にやれば良いんじゃねぇのか?」

「じゃあ、合気道部とテニス部のニューミックス!」
「何する気だ。」
「合気道部員はラケット使わないで気合いでボールを打ち返すの!」
「お前、合気道を何か勘違いしてねぇか?」

「えっと。ラグビー部とテニス部のニューミックスは?」
「どういうんだ?」
「ラグビー部員はボールを持って相手コートにトライして良いの。」
「ボール抱えて走って来るラグビー部のヤツを、俺らはどうやって打ち返すんだよ。」

 千石と南はしばらく見つめ合った。
 黙って見つめ合った。
 容赦なくツッコミを入れ続ける南に、千石は拗ねたように頬をふくらませていたが。
「南くん!俺、気付いた!」
 突如目を輝かせる。
「芽と渦巻きとかって、すごいニューミックスだよね!」
「……新渡米と喜多のコトか?」
「それに地味と地味を混ぜちゃうなんてのも、結構斬新だよね!」
「…………俺と東方のコトか……?」
「なんだ!ニューミックスって、意外と近くにあったんじゃん!」
 感動した様子で千石が立ち上がる。
「すごいや!山吹テニス部!!ダブルスはどっちもニューミックスだ!」
 こいつ、ニューミックスの意味を分かってないんじゃないだろうか?
 南は今更ながら、不安に感じる。
 もう少しでチャイムが鳴る。
 教室の壁にかかる時計を見上げると、南はぱたりと手元のノートを閉じた。
「で。何時にどこに行けば良いんだ?」
「え?」
 一瞬、千石はきょとんとして。
「車いすテニス。週末、連れてってくれんだろ?」
 チャイムが鳴る。
 途端にざわざわと動き出す教室の空気。
 千石はこくこくと何度も頷いて。
「詳しい話はまたあとでね!南くん!」
 またしてもスキップをしながら、南の元を立ち去ったのであった。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「俺この前さァ、
車いすテニスにまぜてもらってミックスダブルスしたんだけど、驚き!
打った瞬間に回転すんだよね、すっげ速いの!
そんでかわいい子がいっぱいいてさ。
来週も行くんだ!あ、南も行きたい?」

どうもありがとうございました!




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