中二友の会。
<冒頭文企画連動SS>



「じゃあ俺と日吉はカフェとかやっちゃいますよ!カフェ!」
 部活後のルドルフ中テニス部の部室で金田の声が響いた。
 気持ちの良い夏の午後。
 午前だけ部活がある土曜日の部活明け。
 これから何をしてすごそう?
 そんな浮き立った気分を抱いていた部員たちは、一斉に金田を振り返った。
「へ?カフェ……?」
 びっくりしたのだろう。赤澤の間の抜けた声が問い返すが。
「止めてもムダです!お、俺は日吉とカフェとかやっちゃうんですから!」
 そう叫ぶように言い残すと、涙目の金田が部室の扉を勢いよく閉じて、飛び出してゆく。
「おい!待てよ!金田!」
 今日は急ぐ用があると言って、すでに着替えを終えていた金田である。鞄も担いでいたし、もう帰ってこないつもりなのだろう。
 呆然と、そしてどこか困り果てたように、金田の出て行った扉を見据えていた赤澤に。
「赤澤。金田くんはどうしたんです?」
 観月がいぶかしげに訊ねても、赤澤は首をかしげるばかりで。
「俺にも分からん。なんかいきなり……日吉とカフェやるって。」
「カフェ、ですか?それから日吉くん?氷帝の?」
 たたみかけるように問う観月に、赤澤は首を振った。
「分からん。どうかしたのか?あいつ。」
「さぁ?」
「……何か、疲れてんのかなぁ?おかしかったぞ?さっきの。」
 先輩の目を盗むようにこそこそと身支度を調えた裕太が、抜き足差し足で部室の戸を開ける。
「あの、俺も金田と同じ理由で急ぐんで。お先、失礼します。」
「あー?裕太、お疲れさん。」
 振り返る赤澤と観月に黙礼をして。
「……同じ理由で、ですか?」
 裕太は、観月がふと疑問に行き当たる前に、猛ダッシュで駅へ向かって駆け出した。


「あーん?だから何だ?」
「……海堂とカフェとか……!」
 跡部が日吉を睨み付ける。睨み付けられた日吉は怖じ気づく様子もなく、真っ直ぐに跡部を見据えた。そして、優雅な動きで「カフェテラスに潜むカラス」の構えを取る。
「だからカフェがどうした?」
 跡部の後ろでおろおろと狼狽えている樺地と鳳に、一瞬日吉は鋭い視線を向け。
「……やってしまいます……!」
 と断言した。
「……あーん?」
 夏の明るい陽射しが彼らを包み込む。
 見かねたのか、滝がにこにこと近づいてきて。
「要するに午後は忙しいから、日吉と鳳と樺地は自主練には参加できないってコトだねー?」
 と日吉に問いかければ。
「……はい!」
 きーん!と「カフェテリアに潜むテリア」の構えを見せて、日吉は深く頷く。
 氷帝テニス部の昼休み。
 その日は一日自主練となっていた。
 跡部は日吉と滝をゆっくりと見比べて。
「用があるのか。それならしかたない。好きにしろ。」
 特別に用件の内容を気にする様子もなく、さっさと自分の練習に立ち返った。二三度振り返りながら滝も跡部に続く。
 残された二年生三人は急いで、帰り支度をすべく部室へと向かって、慌ただしく着替えを終える。
「……行くぞ!」
 凛と響く日吉の声。三人は一斉に走り出した。


「手塚部長。」
 海堂から手塚に声を掛けるなど珍しい。
 無表情に振り返った手塚を真っ直ぐに見上げ、海堂は言葉に迷う。
「どうした?」
 低く問いかければ、意を決したように海堂が告げた。
「桃城と俺は、午後、神尾とカフェとかやらなきゃいけないんで、帰ります。」
「ふむ。」
 海堂の言葉に手塚は一瞬の間の後、頷いた。そして。
「大石。海堂と桃城は早退だ。」
 斜め後ろで乾と何かを打ち合わせていた大石に淡々と告げる。
 気持ちの良い風が吹く。
 青学テニス部の専用コートには部員たちの明るい声が飛び交っている。
「二人揃って早退?何かあるのか?」
 部誌をぱたりと閉じて、大石が微笑む。
「えっと。」
 再び言葉に迷う海堂に、ちらりと視線を向けてから、手塚がはっきりと言った。
「神尾とカフェとかやらなきゃいけないそうだ。」
 手塚の言葉に大石はきょとんとして。
「神尾とカフェとかやるってどういうコト……?」
 そのままオウム返しに問い返したが。
 明るい陽射しの中。
「何ぐずぐずしてんだ!ほら、急ぐぞ!海堂!」
 猛烈な勢いで突撃してきた桃城に話題をさらわれて、うやむやのまま。
「桃城!引っ張るんじゃねぇ!……し、失礼します!」
 引きずられるように連れ去られる海堂。
 大石は呆然と二人を見送り、手塚は手塚なりに二人を見送った。
 その後。
 帰る支度を終えた桃城と海堂が部室から全力疾走で駆け出してゆくのを、乾が気付いてこっそりとノートに何かメモしているのを、物陰から菊丸が目撃して「乾、何メモしてんの?」とわたわたしているのを、不二が「英二ってば楽しそう」とにっこり微笑みながら見守っているのを、河村が「不二、今日はやけに機嫌良いなぁ」とほのぼのしているのを、越前はさっぱり気付かずに「カルピン、昼飯何食ったのかなぁ」などと考えていた。


「橘さん。すみませんが、俺ら、午後、カフェとかなんで。」
「……カフェ?」
 部活を終えて、着替えていた橘に、恐る恐る神尾が声を掛ける。
「はい。あの……喜多とカフェとかやらなきゃいけなくて。」
「喜多?」
「山吹の二年です。」
 脱ぎかけのシャツをそのままに橘はまじまじと神尾を見て。
「そうか。」
 と軽く頷いた。
「楽しんでこいよ。」
「はい!」
 もぞもぞとシャツを脱ぎ捨てながら言う橘に、神尾は元気よく返事をする。森と桜井がふぅっと安堵の息を吐き出した。
「カフェか……。」
 橘が呟く。
 びくっと橘の顔色をうかがう神尾。
「俺もあと十歳若ければな。」
 橘の声に、伊武もびくっと振り返った。
「……まぁ、今更、言ってもしかたないか。あれはあれだったし。」
 淡々と独り言を続ける橘に、石田と内村が顔を見合わせる。
「杏にも……あれだったな。あれは。」
 橘さんはカフェにどんな思い出があるんだ……?!
 不動峰の良い子たちはおろおろと顔を見合わせ合う。
 だが、良い子たちが狼狽えている間に。
 ばさり。
 身支度を終えた橘がロッカーから鞄を取り出して、床に置いて。
「戸締まりは俺がやっておくから、先帰って良いぞ。用があるんだろ。お前ら。」
 いつもの笑顔で全員を見回した。
「……はい!お願いします!」
 神尾の返事を合図に。
「お先、失礼します!」
 不動峰の二年生軍団は、ばたばたと荷物を担ぎ上げると、勢いよく部室を飛び出して行った。


「カフェとかやっちゃうのであります!」
 喜多がまっすぐな視線で告げる。 
 渦巻きがほんのり初夏色に染まっている。いや、南にはその辺よく分からないのだが、新渡米に言わせるとそうらしいのである。
 帰宅前に時間がある者はちょっと試合のビデオを見るぞ、と声を掛けて歩いていた南を、廊下まで喜多が追いかけてきて告げた言葉に。
「カフェとか……やっちゃうって……なんだ。それは。」
 真顔で問い返す南。
「室町と俺がであります!金田とカフェとかやっちゃうのであります!」
 答えとしてかみ合っていないが、自信満々に応じる喜多に、南は額を抑えた。
「いや、だからな。カフェやっちゃうって何をやるって意味だ?」
 はぐらかしているつもりはなかったのだろう。喜多は何度か瞬きをしてから。
「カフェとかであります!」
 念を押すような口調で答えた。そして付け足す。
「だから30分早く帰る必要があるのであります!」
 渦巻きがほんのり2005年の最新流行の色に染まっている。いや、南にはその辺さっぱり分からないのだが、新渡米に言わせるとそうらしいのである。
「要するに、もう、帰らなきゃいけないって話か?」
 南の確認に、喜多はぱっと表情を輝かせ深く頷く。
「そうであります!」
「で、その、カフェとかやっちゃうってのは何をやるんだ?」
「カフェとかであります!」
 喜多は南の問いかけに真面目に返事をしているつもりなのであろう。悪びれる様子もなく、何度でも繰り返す。
 渦巻きがほんのり全国大会仕様に染まっている。いや、南にはその辺分かる予感の欠片もないのだが、新渡米に言わせるとそうらしいのである。
 室町が無表情に喜多と自分の二人分の荷物を抱えて、廊下に姿を見せた。
「……。」
 室町も問答無用にカフェとかやっちゃうつもりらしい、と、南は冷静に判断した。別に三十分早く帰るのは構わない。理由も秘密なら秘密でも構わない。まぁ、この二人が行かなきゃいけないと言うのなら、それ相応の理由があるのだろう。
 室町も喜多も何を考えているのか分からないところがあるが、南は二人のコトを信頼していた。山吹中のテニス部を秋から彼らに委ねるコトに何の不安もない。
「じゃ、気を付けてカフェとかやってこいよ。」
 それぞれに荷物を抱えて南を振り向いた二人に、そう声を掛ければ。
「……。」
「お先に失礼であります!」
 二人はぴょこんと頭を下げて、猛烈な勢いで駅への道を走り始めた。


 中二たちはぜぃぜぃと荒い息を整えていた。
 全員、全力で走ってきた。
 待ち合わせの公園に、夏の陽射しが照りつける。
 別に急ぐ理由はないのだが、先輩たちを試したという後ろめたさが、彼らを追い立てたのかもしれない。途中の移動は電車を使っていたはずなのに、全員、激しく息を切らせて座り込んでいた。
「どう、だった?」
 鳳が周りを見回す。
 今日は「中二友の会」の集会の日。
 この秋から部活を率いていく中二たちは、先輩たちの素晴らしさを少しでも学んでいこう、と、毎月テーマを決めて、先輩研究に勤しんでいる。今月のテーマは後輩が「カフェとかやっちゃいます」と早退したらどう反応すべきか、という超難題。それを先輩たちがどうこなしてゆくのか。中二たちは先輩の偉大な仕事ぶりに学ぶべく、体を張ってその難題を先輩にぶつけてきたのである。
「南部長は『気を付けてカフェとかやってこい』って。」
 額の汗をぬぐいながら、室町が低く報告すると、「おお!南部長は寛大だ!」と中二たちがどよめいた。
 その反応に喜多と室町が嬉しそうに目を見合わせる。
「橘さんも何だか辛い過去があるらしいけど、それを押し隠して『楽しんでこいよ』って言ってくれたけどね。」
 ぼやく口調ではなく、しかし、負けてなるものかとばかり伊武が言い返せば、再び中二たちは「さすがは橘さんだな!」と反応する。
 その雰囲気に不動峰の良い子たちは安心したようにふぅっと座り込む。
「手塚部長は、カフェなんて言っても、何も気にしてなかったぜ?」
「跡部さんもそんな感じだった。」
「うす。」
 桃城と鳳、樺地の声に、他の中二たちは「手塚部長らしいな!」「跡部さんらしい!」とそれぞれの部長の勇姿を思い起こしたように感嘆し。
 青学と氷帝の中二五人組は誇らしげに胸を張る。
「ルドルフは?」
 裕太と金田を振り返って訊ねる石田。
「赤澤部長は、なんか全然分かってなかったみたいだけど。」
 裕太はそこまで言って金田の顔を見る。
 後輩があんな意味不明な台詞を唐突にぶちあげて、涙目になって飛び出して行ったら、赤澤部長にしてみれば分かるモノだって分からないだろう。
 金田にしたら、尊敬する先輩を試さなきゃならないなんて、大変な苦行なんだろうとは分かるけども。だけど、裕太にそれをやらせるくらいなら、自分がやるって言って聞かないのが金田。
 ふっと裕太は笑った。
「なんていうのかな、金田がどうしちゃったのか、心配してた感じだった。」
 金田の顔にもう一度ちらりと目をやりながら、みなにそう告げると。 
 一瞬の間の後。
「赤澤さんって、なんかすごく良い先輩って感じするよな。」
 しみじみと桜井が呟いたのが聞こえて。
 ずっと俯いていた金田の肩から、すぅっと力が抜けてゆくのが分かった。
 もうすぐ全国大会。
 それが終われば、彼らの時代である。







☆☆15万ヒット記念☆ぷち企画☆☆
   <今回のいただき冒頭文>
「じゃあ俺と日吉はカフェとかやっちゃいますよ!カフェ!」

どうもありがとうございました!




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